白のエルフさん   作:あじぽんぽん

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お客さん

 仁村雪子(にむらゆきこ)は雪のような白肌を薄く朱に染めて緊張していた。

 目の前には重厚な色合いもつ木造家屋。

 壁に掛かっている下げ看板にはドワーフ工房カネダの文字と、その横に猫のシルエットが小さく表示されている。

 確かに親友のエっちゃんの言った通りの場所にドワーフ工房があった。

 

(……どうして猫が描かれているのだろう、カネダさんは猫好きなのだろうか?)

 

 雪子は看板を見つめ、しばし彼方へと思いをはせる。

 そして、おかっぱ気味な頭を振る。

 そのように脱線をしてどうでもいい事を想像をするのは雪子の昔からの悪癖であった。

 

 工房の隣を見ると洒落た作りの建物が見える……喫茶店のカネダだ。

 

 雪子が遠目で覗うとオープンカフェの店内には幅広い年齢層のお客さんが入っていた。

 こちらもエっちゃん情報なのだがその店には時々、恐ろしいくらいに綺麗なエルフがメイドとして働いているらしい。

 しかし、その話に雪子は疑いをもっていた。

 幼馴染でもあるエっちゃんは普段は良いやつだが、思い出したように雪子を騙してケケケと山姥のように笑うのだ。

 雪子も中学二年である、いつまで騙されるようなピュアなお子様ではない。

 

「エっちゃん、流石にエルフさんはないよ、ドワーフさんのお店で、仲の悪いエルフさんがメイドさんしているなんて絶対ないよー」

 

 エっちゃんは、えーという顔をしたが雪子は取り合わなかった。

 それにこんな片田舎に異人種の中でも超希少種であるエルフがいる事自体が眉唾なのだ。

 田舎にいる異人種というのは、猫耳系の獣人くらいなもので希少種自体が滅多にいない。

 むしろ河川敷で日向ぼっこしている猫神さまを見かけるほうが多いくらいだ。

 

(あれ、どちらもネコ耳のお爺さんだ……ひょっとして同一人物!?)

 

 雪子はまたどうでもいい想像をしてしまう。

 気を取り直し、雪子はドワーフ工房の分厚い扉の前に立ちドアノブに手をかけようとしたところで不意に不安に襲われる。

 念のため学生鞄を探ると、果たしてそこにはハンカチに包まれた大事な品が入っていた。

 

「ああ、よかったぁ、ちゃんとあった」

 

 心配性で忘れ物の確認は最低でも二回はする雪子はため息をつく。

 こんな一見さまお断りな雰囲気のお店に一人で入るだけでも緊張するというのに、肝心の修理を頼む品を持ってきてなかったら赤っ恥どころの話ではない。

 ましてや、このお店の主は看板どおりなら頑固で不愛想で有名なドワーフのはずだ。

 そんな事になれば「小娘がぁ! 冷やかしはお断りじゃあ!」などと言って金づちやバールのような凶器をブン投げてくるかもしれない。

 恐ろしい想像に雪子は小柄な体をぷるぷると震わせた。

 彼女のドワーフのイメージは怒り狂いながら皿をパリンパリンする工芸家であった。

 別に工芸家も怒ってパリンパリンしているわけではないのだが。

 

「どうしよう帰ろうかな……」

 

 怖くなって呟くと雪子の中の天使が、それがいいかもとささやく。

 彼女の心の天使さんはいつだって後ろ向きだ。

 

「ばあちゃん……」

 

 しかし、優しい祖母の柔和な顔が雪子の脳裏に浮かんだ。

 普通にしていても「何か良い事あったの?」と聞かれる雪子の表情がキュと引き締まる。

 やや下膨れな頬をもつ彼女は祖母似であった。

 

「ばあちゃん、私がんばるよ!」

 

 決意した雪子はドワノブをつかむと木製の扉を思いっきり開いた。

 取り付けられていたドアベルがチリンチリンと大音響を鳴らす。

 雪子は大層驚いて……そして小柄な体をさらに小さくして、こそこそと店内に入っていった。

 

「あ、あの、ご、ごめんくしゃい……ごめんください!」

 

 噛んだ……噛むほどにガチガチになって挨拶したが、明るい店内には誰もいないようだ。

 エアー音がした。

 微かにエアコンの作動音が聞こえ、見渡すと用途も分からぬ様々な工作機械と作業台、そして魔道具らしきアンティークが壁の棚一面に置かれて並んでいた。

 見慣れぬ光景、安堵したのも束の間、雪子はすぐに心細くなった。

 面識のない人と話すのは緊張するが、かといって見知らぬ場所で一人待つのも苦痛である。

 しかし雪子のそんな気持ちはすぐに杞憂となった。

 

「は、はい、ど、どちらしゃま……どちらさまですか?」

 

 ハープ弦楽器のもつ音色というのか、そんな美しい声がした。

 雪子は鞄を胸に抱きしめ視線を向ける。

 静穏エアコンの音よりも気配が薄く、工作機械の影に隠れて姿が見えなかったが店内には人がいたのだ。

 

「わ、私、仁村イイマス! ええっ、雪子デス! そ、それで……」

 

 緊張のあまり、何故か片言な自己紹介から入った雪子。

 だがそんな彼女の奇行も途中で止まってしまう。

 意識せずに唇からヒュッという奇妙な声がもれ、そして呼吸すら忘れて、雪子は見惚れるという言葉の意味を十四才の年にて初めて知った。

 

 恐ろしいくらいに綺麗な女性がそこにいた。

 

 

 

 

「ええっと、こんにちは?」

 

 綺麗な女性はゆっくりとした口調で挨拶をすると雪子に静かに微笑んだ。

 硬そうな笑顔である……しかし、人目を引く美貌とは真逆の控えめで落ち着いた雰囲気に雪子の緊張は解れていく。

 怖いくらいの美人さんなのに、全然怖くなさそうな美人さんだと雪子は安堵して同時に。

 

(うわぁ……何だか気恥ずかしい……)

 

 美人さんから見つめられているという、そのよく分からぬ羞恥に視線をそらしてしまう。

 頬を熱くした雪子が女性をチラチラと覗うと、何故かひどく悲しそうな顔をしていたので、自分の態度で何か誤解が生じているのかと慌てて大声をあげた。

 

「は、はじめまして! 改めて、私は仁村雪子です! 二年二組で、出席番号十七番です!」

 

 自己紹介はいいが誰もそこまでは聞いていない。

 

「え、はい、初めまして、二年二組の仁村雪子さん、ですか? あの、どのようなご用件で?」

「はい! そ、その……しゅ……修理お願いしたいです!」

「修理……? あ、魔道具の修理依頼ですね? すぐに源五郎さんに……店長に連絡しますので、ちょっとだけ待ってもらっていいですか?」

「は、はい……!」

 

(気がついた、耳長いよ、この人はエルフだ、生エルフだ! エっちゃん、信じられる? 本物のエルフさんが今、私の目の前にいるよ! すんごい美人さんエルフだよ!! お人形さんのように細いしスタイルいいよ! でもおっぱい大きいよ凄いよエルフさん!!)

 

 雪子は本当に現金な少女であった。

 彼女は別段エルフが好きというわけではない。

 テレビジョンや雑誌などに映るエルフを見て美人さんだなと思う程度だ。

 そんな雪子でも目の前にエルフが現れて動き喋れば、年頃の娘らしく興奮もする。

 

「あ、もしもし、源五郎さん……ええ、お客さんです……ええ、はい、はい……」

 

 エルフの女性は工房の電話で店長さんに連絡を取っているようだ。

 雪子は勧められた椅子に座ると、再びチラチラと小動物のように観察する。

 女性は綺麗な白銀色の髪をポニテで一まとめにして、細いフレームのメガネをお洒落に掛け、作業用らしきデニム地のエプロンを着けている。

 その下は七分袖のシャツにジーンズという全体的にシンプルで色気のない格好で、それが逆に働く大人の女性といった印象で雪子には格好よく感じられた。

 

「え、そうなんですか……はい、わかりました」

 

 少し沈んだ声。

 受話器を長耳に当て電話コードを指で絡め、顔をやや傾けながら通話している姿は中学生の雪子の目には知的で凄く大人(セクシィ)に映る。

 おっぱいもエプロンを押し上げるほど大きいし。

 

(私も後数年したら、こんな感じの大人になれるのかなぁ……)

 

 そう思いながら雪子は自分の凹凸の少ない体を見下ろして、フっとため息をついた。

 やがて、エルフの女性は申し訳なさそうな顔をして雪子に向き直る。

 

「あ、あの、店長は今、手が離せないらしくて……コーヒーと紅茶、どちらが好きですか?」

「は、はい?」

 

 店長がすぐ来れないという話から、いきなり飲み物の話に飛んで雪子は理解できず疑問を返してしまう。

 そんな雪子の態度にエルフの女性も自分の言葉足らずに気がついたのか、付け加えるように言った。

 

「え、えーとですね、店長が来るまで少し時間かかりそうなので……あ、そういえば仁村さん、お時間のほうは大丈夫ですか?」

「は、はい、時間は大丈夫です、一時間でも二時間でも待てますから!」

 

 勢いよく返答する雪子にエルフの女性は目を丸くすると、笹の葉のように長い耳をわずかに下げ、またあの静かで優しい笑顔を見せてくれたのだ。

 

(やんだぁ、べっぴんさんだっ!?)

 

 こんな美人さんの微笑みを自分一人で独占しているかと思うと気恥ずかしくなる。

 雪子はドワーフ工房カネダに来た目的も忘れ、エルフという未知との遭遇にすっかり舞い上がっていた。

 

「十分くらいで来ると思いますので、それで飲み物はどちらにします?」

「ええっと、紅茶……いえ、コーヒーで……ブラックでお願いします!」

「え、ブラック?」

「はい、ブラック飲めますよ!」

「は、はあ……?」

 

 落ち着いた大人なエルフの女性を見ていたら雪子も背伸びしたくなった。

 そういうお年頃である。

 

 

 

 豆からひいたらしいブラックコーヒーは芳醇な大人の香りと味がした。

 雪子は添えられていたスティックチョコレートを齧り、スティックシュガーを三本つかった。

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