白のエルフさん   作:あじぽんぽん

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魔術文字

「いやーめんごめんご、大変お待たせしました!」

 

 源五郎がやってきたのは、シロウと雪子が二杯目のコーヒーを飲み終えたところであった。

 小洒落たアロハシャツにスラックス、そしてシロウと同じデニム地のエプロンを着た源五郎だが、どこかファンシーでコミカルな印象である。

 そんな彼は椅子に座ってしゃちほこばる雪子に「おおっ!」と嬉しそうに声をあげた。

 

「シロ君の言うとおり、本当にセーラー服の可愛らしい学生さんだ! ボクはこの店の店長の金田源五郎です、よろしくねお嬢さん!」

「は、はじめまして、仁村雪子(にむらゆきこ)です、よろしくお願いします」

 

 ドワーフとは思えぬほど愛想の良い源五郎に雪子は曖昧な表情を浮かべた。

 そしてなにか言いたそうにエルフの少女を見るが、雪子の気持ちを察する事は鈍いシロウには当然できない。

 それどころかシロウは年下とはいえ話す機会も少なかった女子(・・)に見つめられ、ドキドキして引きつった笑顔を返すので精いっぱいであった。

 そのエルフの微笑みは雪子には眩しく映り、また照れて視線を逸らしてしまう。

 

(うう……僕は目を背けられるほどキモイ表情をしていたのかな……)

 

 自分に自信のない日陰者のシロウは、先ほどから悲しい勘違いを飽きずに繰り返していた。

 何にしても日本中で彼ら師弟よりイメージの違うドワーフとエルフは恐らくいないだろう。

 

「それで仁村さん、修理して欲しい魔道具だけど、現物は持ってるかな?」

「はい、見てもらいたいのはこれなんですけど……」

 

 雪子が学生鞄から取りだして、テーブルに置いたのはハンカチに包まれた銀色の円盤だった。

 それはなんの変哲もない懐中時計。

 一見して大量生産の既製品のようだが、シロウには魔術的な機構を組み入れた魔道具であると直ぐに判別できた。

 古い物のようだが状態は良く、秒針が時を刻む事を止めていなければ実用品としても十分に使えそうだ。

 

「ほほぅ、これはとても大事に扱われている物のようだね」

「爺ちゃ……祖父の形見で、亡くなった一年前から動かなくなってしまったんです」

「うーん、この時計は魔道具でもオーダメイドに近い物のはずだけど(・・・・・)、現在の所有者は仁村さんなのかな?」

「あ、違います……その、今の所有者は祖母だと思います」

「ふむふむ、なるほど、なるほどねぇ」

 

 源五郎は幾つかの質問をして懐中時計を手に取ると、耳に当て指で軽く叩きだす。

 反響音だけで内部に故障箇所がないかを調べているのだ。

 源五郎の仕事を真剣な表情で見るシロウと緊張した様子で見守る雪子。

 そして源五郎はエプロンのポケットからライト付きルーペを取りだし、今度は目視で調べ始めて……と思いきや横にいたシロウに顔をむけた。

 

「あー、シロ君、視てもらっていいかな?」

「え、自分がですか?」

「うん、シロ君のほうがボクより目がいい(・・・・)から、修行と思って、ね?」

 

(修行って、修理を頼む、お客さんの前で言っていいのかな……?)

 

 シロウが不安に思いながら雪子に目を向けると、キラキラとした強い眼差しが返ってきた。

 

「ぜひ、ぜひ、お願いしますシロさん!」

「ええっと……はい、わかりました……」

 

 何故かニコニコしている源五郎からシロウは懐中時計を受けとる。

 

(う、あまり見つめないでほしいな……)

 

 雪子の期待のこもった視線はシロウとしてはひどくやり難い。

 懐中時計を明かりにかざして見る。

 機械的に壊れているのなら源五郎が直ぐに分解を始めているはずだが、しかし師は視てくれと言った……だとすれば故障の原因は魔術文字だろうか?

 シロウがそう考え、視るために作業用メガネを外すと紫水晶の瞳が現れる。

 その神秘的な色合いに「わぁ……」と雪子が驚きの声をあげたが、すでに集中し始めたシロウには聞こえない。

 

 シロウは懐中時計の表面に細い指を添わせ、決められた手順で魔力を慎重に流しこむ。

 魔術文字(漢字ベースのようだ)が何重にも浮かんでは消え、人間のときには読み取れなかった細かな情報までもがシロウの脳内に入ってくる。

 エルフの眼は視えすぎるため、通常の作業では視力を落とすメガネが必要なほどだ。

 その解析能力を機械的な手法で再現しようとすると何億円もかかる設備が必要なのだが、シロウは自らの目の価値にはまだ気づいていなかった。

 

「時計が……光っている」

 

 そう口にする雪子には懐中時計がぼんやりと発光している程度にしか分からない。

 しばらく魔術文字を視ていたシロウだが違和感を覚えた。

 魔道具の魔術文字とは仕掛けを制御し、言霊(じゅもん)による命令を実行するためのものだ。

 例えば電源スイッチのような機能を持つ魔道具を動かすには「点ける」「消す」という意味の魔術文字が必要となる。

 シンプルな魔道具なら使用する魔術文字は少なくて済むが、複雑な機能をもつものとなれば魔術文字の量は当然増えていく。

 

(……ああ、そうか、ただの時計に使うにしては、文字が多すぎるんだ)

 

 機能に対して明らかに過剰な文字量、それが違和感の正体だった。

 ではこの時計に時を測る以外にどのような機能があるかはシロウでも分からなかった。

 魔術文字がちょっとした辞書ほどの量があり、全体が把握できていないからだ。

 

(でも、文字に変な癖がないし、構成もシンプルだから……僕でも読み解けるかな?)

 

 懐中時計に刻まれている魔術文字は教科書のお手本のような綺麗な構成である。

 パズルのように難解な表現を芸術的価値として喜ぶのはコレクターだけであり、実用品として修理や調整する職人からしてみれば、このように簡潔で分かりやすいほうが好ましい。

 

 シロウはより深く知るために感覚を鋭利にして必要なもの以外を遮断する。

 誰に教わったわけでもないのに何故かそのやり方を知っていた。

 検索……そして文字を追い、夢中で読み解いて、いつしか音読するように口ずさむ。

 

「ラ……ララ、ララ……ラララァ――」

 

 懐中時計の奥底で眠っていた魔術文字の群はシロウによって音として世界に再現され、羅列はやがて美しい歌詞へと変わっていく。

 歌に呼応するかのように魔術文字の輝きが増し、常人でも認識できるほどの光を放ち始める。

 静かに古い時計を手の平に乗せ、魔道具に刻まれた記憶を歌い続けるエルフの少女。

 

 目の前に現れた幻想的な光景に雪子は声もなく見守った。

 

 しばらくして歌声が止まり、そして光も緩やかに消えていく。

 シロウは手にした時計ごと胸を押さえて感動と満足感に溜息をついた。

 時間の経過も忘れていた……懐中時計に刻まれた魔術文字の構成が上質な物語のように面白くて、気がつけば読破していたのである。

 おかげで分かった事もあった。

 

(この時計は壊れてはいない、止まっていただけなんだ)

 

 優柔不断なシロウとしては珍しい事にそうはっきりと断言できた。

 時を止めている事も懐中時計の形をした魔道具の機能であると。

 それから、どうしたものかと考える。

 依頼主の望みどおりに普通の時計として動かすだけなら簡単である。

 停止させている魔術文字を二箇所ほど削り取ればよいのだから。

 でもそれはこの魔道具の作られた理由に、その存在意義に反するのではないだろうか?

 シロウは雪子にどう説明すればいいか悩んだが、とりあえず源五郎に報告しようと視線をあげた。

 すると雪子の幼い顔が直ぐそばにあった。

 

「え……?」

「え……?」

 

 雪子が木製テーブルに両手をついて身を乗りだし、シロウの豊かな胸に挟まれた懐中時計をのぞいていた。

 そして何故でこんなに近くにいるの? という不思議そうな表情をしている。

 雪子は懐中時計が見せた神秘に夢中になって、惹きよせられるように近寄っていたのだ。

 

 お互いの体温すら感じられそうな距離に沈黙する。

 

「あの……?」

「きゃあっ!? ご、ごめんなさいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 雪子は甲高い悲鳴をあげて椅子から転げそうな勢いで後ずさりした。

 シロウとしては緊張して焦るより先に中学生女子のテンションに対して、どう反応すればいいのか全く分からない。

 

「終わったかなシロ君?」

「あ、はい、一応……原因は分かったと思います」

 

 雪子の一人騒ぎにも動じずニコニコしながら質問する源五郎に、心の中で断言した割には口にだすと自信なさげになるシロウである。

 

「それじゃ、コーヒーでも飲みながら、シロ君の出した答えを聞こうとしようか? ミルクをたっぷり入れた甘いやつでね」

 

 お茶目にウィンクする源五郎の言葉に赤面していた雪子が途端に渋い顔をする。

 その様子にシロウは引きつった笑顔を浮かべるのであった。


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