気がついたら7年近く経過してました
話の答え合わせを待っていた方には本当に申し訳ありません
楽しんでもらえたら幸いです
「運命の時計ですか?」
源五郎の言葉に雪子は疑問を返した。
「そう、ぼくがまだ修行時代の頃に出回ったもので、一部オーダーメイドだけど、魔道具としては比較的安い値段で販売していたこともあって、普段そういうものに触れないカップルとかにも人気があったんだよ」
「へぇ……?」
なんだか分かっているのかいないのか、気の抜けた返事を返す雪子に苦笑しながら、源五郎は弟子に声をかけた。
「で、シロくん、時計が動かない原因は何だったんだい?」
「ええっと……この時計は魔道具として完璧に作動しています。ただ与えられた機能の通り時を止めているだけなんです」
シロウは自分の目が分析できた事柄を源五郎に全て報告する。
次に雪子に顔を向けると、彼女のシロウを見上げる大きな瞳は不安げに揺れていた。
「時計の機能を説明しますと……あ、ところで仁村さん、おじいさまの名前は『武夫』さんでおばあさまの名前は『花枝』さんというのではないですか?」
「はい、その通りです……シロさん、どうして分かったんですか?」
「時計に刻まれた
「ああそうだよ。二人で時を刻み、二人の思い出を記憶するから『運命の時計』と呼ばれていたんだ」
源五郎は正解とばかりににっこり笑った。
シロウは答え合わせが間違ってなかったことに、ほっと息を吐く。
そして懐中時計の縁を細い指で撫でると、中の魔術文字が反応して微かな光が浮かぶ。
エルフ特有の魔力操作が無意識に発動していることにシロウは気づいていなかった。
「つまり……動かないのは故障ではなく……」
「仁村さんのおじいさまが亡くなってからおばあさま一人では時計を動かすことができなくなった。二人がそろってないと動かない仕組みだから……」
雪子はようやく懐中時計が止まった理由を知った。
小さいころからよく遊んでくれた祖父の笑顔が、彼女の記憶の底から浮かび上がってくる。
「あー、それでシロ君。修理はどうするんだい?」
「この時計には二人の思いが込められています。時間を動かすということは……」
シロウは源五郎の問いに迷いを見せた。
この魔道具の真の役割がわかり、そして刻まれた記憶を全て読み取ったから、単純に時を動かすだけではいけない気がしたのだ。
黙り込んだシロウに、雪子は何を言いたいのかを察して表情を曇らせていく。
「この時計から
「それと正確には、時計の中に刻まれ続けた二人の『記憶』も一緒に消すことになります」
部屋に沈黙が流れる。
源五郎は真面目な顔をすると、雪子に向き直り静かに語りだした。
「修理とは単に機械を動かすことだけじゃない。たとえ動かなくても込められた思いを尊重することも重要なんだよ」
雪子はその言葉に懐中時計をじっと見つめ、もう二度と会えない、もう記憶だけとなってしまった祖父の顔を思いだす。
源五郎が再び雪子に尋ねた。
「どうする仁村さん?それでもこの時計を動かしたいかい?」
「元気のないばあちゃんのために動かしたい……でも……じいちゃんと、ばあちゃんの思い出は消したくない……です」
雪子はうつむいて答えると、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「…………」
普段のシロウならば目の前で女の子がとつぜん泣き出せば大いに慌てて、どうやって慰めたらいいかとパニックになっていただろう。
しかし今はひどく冷静であった。
それは時計の中の二人の思い出を読み取ったから……そしてシロウ自身も雪子と同質の痛みを感じていたからである。
自分も大切なものを失った経験があるから彼女の気持ちが痛いほどわかったのだ。
だから……
「他にも方法があります」
シロウが小さな声で、しかしいつもの自信無げな態度とは真逆の、迷いのない態度で言い切った。
うつむいていた雪子がハッとした様子で顔をあげた。
「時計には『歌』も封じ込まれていました。今までの二人の記憶……魔術文字が組み合わさって歌詞になっていました」
シロウが再び作業用メガネを外した。
雪子はどこか緩んだ雰囲気だった先ほどのシロウとは別物の、まるで氷の女王を思わせる凛としたエルフの美貌に、唯々見惚れた。
紫水晶の宝石のような瞳が輝き、埃っぽい工房の空気が微かに震える。
「僕は魔術文字を音としても認識できる。つまり歌で時計に干渉し、魔道具として与えられた『二人がそろわないと動かない』という機能だけを消すことができれば……大切な記憶を保持したまま、普通の時計として動かせるかもしれません」
「なるほど!魔力操作に長けたエルフならそういう手もあるか!あ、でもシロ君……それは文字操りを専門とする魔女でも匙を投げそうな、かな~り難しい仕事になると思うよ?」
その源五郎の指摘に、ピシリッと……なんだか神秘的だったシロウの雰囲気が一瞬で崩れた。
実は物理的な解決方法ならいくつか考案できた源五郎である。
例えば、懐中時計に刻まれた記憶だけを抜き出し、それを別の魔道具に移植するという方法もある。
というか元々「運命の時計」にはそれ専用の魔道具があったはずだ。
ただ、シロウが言ったような懐中時計の前オーナーの記録を維持したまま動かす場合には、源五郎の持っている技術でも出来なくはないが、かなりの手間とお金がかかることになる。
それらのことを弟子の成長のために、雪子には悪いがあえて黙っていたのだ。
源五郎が目をやると、シロウは「ううっ」と呻いていた。
シロウが提示した方法は、人体に例えるなら「悪くなった内臓の一部を体を傷つけず触診だけで摘出しますね」というものであった。
シロウは自分が言ったことの突拍子のなさに気がつく。
そしてごくりと喉を鳴らすと、おずおずといつもの自信なさげな雰囲気で雪子に尋ねた。
「その……仁村さん、言っててなんですが、この方法だと絶対に成功するとは言えないので……」
「お願いします!」
「え……?」
ローテーブルに両手をつき、すごい勢いで身を乗り出して、迷うことなく即答する雪子にシロウはたじろいだ。
「ええっと、ね、失敗したら、もしかしたら時計の中の思い出が消える可能性もあるんですよ?」
「それは嫌ですけど!でもでもシロさんならできます!できると思います‼」
「あ、はい……」
そう言い切った雪子のやや下膨れぎみの頬は興奮で真っ赤に染まっていた。
そのあまりの勢いにシロウは面食らってしまう。
そして、どうしてこの子、自分をこんなに信用できるんだろうと不思議にも思った。
同時に温かい気持ちがシロウの中で広がる。
思えば、15年の人生で、誰かにこれほど信頼されて頼りにされるという経験が、シロウには実の母親以外では皆無であった。
師の源五郎にも伺いを立てるように顔を向けたら笑顔でサムズアップされた。
シロウは覚悟を決めることにした。
「始めます……」
二人が見守る中、そう静かに宣言すると懐中時計を両手で軽く包み込み、深く息を吸い込んで集中する。
すると指先から淡い光が広がり始める。
普段は感じない、工房の古い木の匂いが鼻腔をくすぐる。
光が強くなるにつれ、シロウのポニテにまとめた銀髪が波打ち、額に汗が浮かぶ。
「ラ……ララ……」
やがてシロウの唇から美しい旋律が漏れ始める。
魔術文字が次々に現れて、歌となって空間に満ちていく。
雪子は再び展開されるその超常的な光景に息を呑んだ。
懐中時計が青白い光に包まれ、シロウの手の平からふわりと浮び上がるとくるくると宙で舞いだした。
「すごい……」
雪子が呆然と呟く。
神秘が頂点に達した瞬間、懐中時計から鮮やかな光の帯が放たれる。
光は工房を駆け巡り、空中に
「これは……じいちゃんとばあちゃんの……」
若き日の二人の姿が部屋中に映し出されていた。
それだけではない、その時に二人が感じた『思い』も雪子の中に体験してきたかのように流れ込んできたのだ。
花枝が武夫に懐中時計を贈る瞬間。
公園で花枝が作ったお弁当を照れくさそうに食べる武夫。
リックサックを背負った二人が山道を歩く姿。
海で友達と一緒に西瓜割りをする二人。
緊張した様子で花枝に指輪を差し出す武夫。
大勢の人に祝福された結婚式。
二人だけの失敗つづきの新婚生活。
生活に慣れてきたころに花枝の妊娠が分かり喜ぶ武夫。
子供を無事出産し微笑む花枝と感涙する武夫。
家族が増えて、また子供が生まれ、成長して学生となり、社会に出て、恋人を連れてきて……
そしてその子らが結婚して……
孫が生まれて……
やがて老人になった武夫と花枝が手をつないで公園をゆっくりと歩く光景……
そこに手を振りながら駆けよってくるセーラー服姿の雪子の姿……
光の帯が収束し、懐中時計がシロウの手の中に降りた。
カチ……カチ、カチカチ……
秒針が静かに、しかし確実に動き始める。
雪子が涙声で呟いた。
「じいちゃんの時計が動いてる……」
「ふたりの『思い』はそのままに、時計を動かしました。これからは……武夫さんが存在したことを示す時計は止まることがないでしょう」
「あ、ありがとう……シロさん」
雪子は涙を拭いながら満面の笑顔で、受け取った懐中時計を抱きしめた。
見守っていた源五郎もほっと溜息を洩らすと温かい笑顔を浮かべる。
「見事だよシロ君。君は本当に素晴らしい職人になりつつあるね」
「え、いえ、僕なんてまだまだで……」
「いいえ!」
涙の跡が残る笑顔の雪子が勢いよく立ち上がった。
「シロさんは本当に凄いエルフさんです!」
彼女の怖いくらいに真剣な眼差しにシロウは気恥ずかしくなって顔を赤らめたのだった。
◇◇◇
数日後、シロウは喫茶店カネダでオムライスをテーブルに運んでいた。
既製品ではなく、わざわざオーダーメイドした制服のメイド服を着ることには前ほどの違和感はない。
胸は大きいのに腰や他の部位は細いという、アニメじみたエルフ体形用に作られた服だからだろうかと、シロウのひざ下丈のスカートを摘まんだ。
「シロくーん!追加オーダーあがったよ!」
「あ、はーい!」
厨房の中からエプロン姿の源五郎が声をかける。
シロウは返事をしてカウンターにおかれた料理をうけとった。
そんな動きにつられてエルフの長い耳がぴこぴこと動く。
「あらあらシロちゃんは今日も可愛いわねえ」
「うふふ、ウチのシロちゃんはいつでも可愛いんですよ」
常連客の老婦人が源五郎の妻である良子と親し気に会話をしていた。
シロウは照れながらも軽く会釈をした。
あの日からシロウの日常は少しずつ変わっていた。
自分のエルフとしての能力を恐れずに、少しだけ使えるようになったのだ。
「あ!シロさん!」
振り返ると店の入口に雪子が立っていた。
黒髪のおかっぱで座敷童を連想させるような柔和な顔立ちの彼女はセーラー服姿で手には紙袋を持っている。
「お仕事中すみません。これ……お礼です」
彼女が差し出したのは手作りらしきクッキーであった。
シロウが微笑むと雪子のやや下膨れ気味の頬が朱に染まる。
「ありがとう
シロウが伺うように良子に顔を向けるとニッコリとした笑顔と、源五郎とよく似た仕草でサムズアップされる。
夫婦って似てくるものなんだとシロウはなんだか感心してしまった。
「ちょうど休憩時間だから、よかったらコーヒーごちそうするので一緒に食べようか?」
「はい!」
雪子は嬉しそうに元気に頷いた。
シロウは彼女を空いた窓際の席に案内しながら考えた。
(僕は女の子として……エルフとして生きていけるのだろうか)
戸惑うことばかりで答えはまだ見えない。
でも確かなことが一つある。
この不思議な第二の人生を、一歩ずつ歩んでいくしかないのだ。
コーヒーとクッキーの
そして喫茶店カネダの古い掛け時計と、雪子がテーブルにおいた懐中時計がカチカチと規則正しく時を刻み続けていた。