白のエルフさん   作:あじぽんぽん

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エローフ姫

 アパートに戻る前にシロウが来たのは小さな公園。

 

 遊具は砂場とブランコ、そしてベンチしかない寂れた風情であった。

 住宅街に必要とされる避難所として設置された公園である。

 そんな世間の事情はシロウには分からない知らない。

 ただ、折角のオニギリである。

 青空の下で食べれば美味しいだろうと突拍子なく思いついて立ち寄ったのだ。

 

 木の影からコソっと公園内を確認するシロウ。

 傍目に見れば、木陰から人間の様子をうかがう絵本に出てきそうな可憐な妖精である。

 昨日までの容姿なら、お巡りさんされるような、明らかな不審者だったが。

 

 それはそうと、平日の朝から寂れた公園に来るような暇人は滅多にいない、そこまで警戒をしなくてもよさそうなものだが。

 

「よ、よし誰もいないな……」

 

 小動物のような、きょろきょろとした自信なさげな歩き方。

 エルフの少女は、半透明なコンビニ袋を片手に背を丸めて公園内に侵入した。

 縁が欠け丸くなった木製のベンチを発見、そして歩みよるとゆっくりと座る。

 安堵の溜息、見渡す周囲には人はいなかった。

 食事をする場所ならまだしも、それ以外の場所で食事をする勇気はシロウにはない。

 誰もいないならともかく、人前でも食事はなんだか恥ずかしいのだ。

 

 ベンチは見た目のぼろさに反して厚みのあるしっかりとした作りで、長年の使用により磨かれたのか、撫でるとつるつるした木の感触である。

 

「ふふ、素晴らしく頑丈、流石は我らが大日本帝国製だ」

 

 シロウは背もたれに深く腰を乗せる。

 背伸びして見あげた空は、雲の一つもない蒼天だった。

 それほど悪くない座り心地に単純なシロウはすぐにご満喫だ。

 でも、残念ながらそのベンチは外国製である。

 

 早速食事をしようと、シロウはコンビニ袋を探った。

 手につかんだのはツナオニギリ。

 梅は二番目に食べる予定だったので幸先がいい。

 包装紙を剥がそうとしたところで、シロウの長いエルフ耳が意識もせずに上下に動いた。

 田舎特有の環境音に紛れて微かに聞こえてきたのは、複数の足音と甲高い声であった。

 

 ビクリっ、と、体を震わせ不安を覚えるシロウ。

 オニギリを袋に戻して、それから、ど、どうしよう? と怯えた。

 野生動物のように音を聞きわけられる事に関して、何の疑問も抱かない。

 

 公園に近づいてくるのは、タッタッタッ、という軽めの足音だ。

 

 怖いのならば一旦公園から逃げればいいのに、その判断も下せぬほどシロウは鈍い。

 来ないで、と、公園の入り口に祈るような視線を向ける。

 だが悲しいかな、公園の神様には聞き届けてはもらえなかったようだ。

 あるいはそれは、予定調和だったのだろうか?

 

 駆けてきたのは園児服を着けた幼女、ばっちりと目が合ってしまった。

 

「あ……あっ! あっー! エローフ姫がいるよお――!!」

「――――!?」

 

 大きい目を丸くし、顔いっぱいを口にした幼女が突然、怪鳥の叫びで先制攻撃だ。

 超音波のような甲高い声。

 エルフの少女は小動物(ハムスター)のように竦んだ、効果は抜群だ!?

 シロウのベニヤ板並みに薄い精神防壁は、一瞬で突破され混乱状態に陥る。

 

「え、メグちゃんどこどこー!?」

「ばかだなメグ、エローフ姫なんているはずないだろ?」

「いるもん! そこっ! そこにいるもーん!!」

 

「あ、あ、あ、あっ!?」

 

 仲間を呼ばれた!?

 幼稚園児が増えた!?

 エルフの少女は状況についていけず、カクカクプルプルと震えた。

 

 そう、シロウは幼児というものが苦手だった。

 

 

 中学生の頃である。

 

 帰り道での事だった。

 まったく知らない幼女に服の裾をつかまれて泣かれてしまう。

 途端に周囲の人の無遠慮の目に晒される。

 小心者であり注目されることがひどく苦手なシロウ。

 胃が痛くなるようなストレスを感じながらも、しどろもどろの言葉で幼女を落ちつかせて、泣いている理由を何とか聞き出した。

 幼女は迷子になっていたらしい。

 人のいいシロウはすぐに近くの交番へ連れて行こうとした。

 しかし、突然、後ろから強く突き飛ばされ転ばされてしまう。

 

『あんた! うちの子に何してんのよっ!?』

 

 やったのは、買い物籠を持った幼女の母親だった。

 シロウは変質者扱いをされて交番につきだされてしまう。

 最終的に誤解は解けたが『そんな人攫いをしてそうな不細工な顔をしているのが悪いのよ!!』と彼女からは一切の謝罪はなかった。

 

 同情する警察官の視線が今でも忘れられない。

 シロウはひどく惨めだった。

 母から貰った母に似ない容姿。

 普通の者より明らかに劣った容姿である。

 それでも「シロちゃんはハンサムだよ」と母は褒めてくれた。 

 亡き母が褒めてくれた顔を、それを侮蔑する相手に何も言えなかった自分が惨めだった。

 泣き出しそうな幼女もいた。

 心優しいシロウは歯を食いしばるしかなかったのだ。

 

 ああ、お母さん、親不孝でごめんなさい……。

 

「――――はっ!?」

 

 過去のトラウマに苛まれて、現実逃避ぎみに意識を飛ばしかけていたシロウ。

 気がついたら幼児達に取り囲まれて、逃走経路を断たれていた。

 女の子が二人と、男の子が一人である。

 女の子二人が、小さいモミジのような手をシロウの太ももに乗せていた。

 慌てるが、無理に跳ねのけると怪我をさせそうで、怖くて動く事ができない。

 無垢な瞳で、シロウの事を、じっーと見あげてくる幼児達。

 料理人に見下ろされている、まな板の上のコイの気分だ。

 泣かれて、騒がれて、不審者扱いされたらどうしよう? シロウの額から変な汗がでる。

 

「ねっ? ねっ? ねっ? お姉ちゃん、エロフ・エローフ姫だよね!?」

「本当にエローフ姫だ! お姉さん、どうしてそんなに耳が長いの!?」

「俺知ってるよ。エロフ種族だから耳長いんだよね?」

 

「エ、エロ……フ」

 

 エロフ・エローフ姫。

 

 それは幅広い年齢層に人気の国民的な長寿アニメ。

『魔法少女タフ&クール、二人はナイスガイッ!!』に出てくる登場人物だ。

 

 初期のエロフ・エローフ姫は準レギュラーポジションだが、主人公のタフガイ真とクールガイ薫を影ながら支える、非常に人気の高いキャラクターであった。

 その華奢で可憐な姿はエルフ種族をモデルにしていると製作スタッフからも公言されており、今のシロウの容姿は幼児達にはエロフ・エローフ姫に見えるのだろう。

 というか主人公の幼女二人が魔法少女に変身するとマッチョな男前(ごりらイケメン)になるので、必然的に人気が出てしまったキャラなのだ。

 

「ち、違うよ」

 

 しかしシロウは今の自分の容姿がエルフだという事をすっかりと忘れている。

 少女の体に馴染みすぎている事に、こんな状況でもなければ疑問を覚えただろうが、ブサ顔の自分がエローフ姫なんてトンデモナイと否定する事で精一杯だ。

 

 そんなエルフの美少女に幼児達は――幼女二人はキョトンとした。

 

「え、ええっ……違うの!?」

「でもお姉さんの耳長いよ?」

「メグ、リコ、あれアニメだから本当の事じゃないんだよ」

「あ……そうそう、そうなんだ」

 

 聡そうな男の子の言葉に、シロウは小さい頭を必死に上下させた。

 確実に十以上は年下の幼児にフォローしてもらう妖精だがほのぼのとしている。

 これが元のシロウの姿なら、いや普通の容姿の者なら失笑ものだろう。

 

 ただし美形(イケメン)に限るは、男女平等である。

 

「エ、エローフ姫じゃ、ないの……?」

「わっメグちゃん、どうしたの悲しいの!?」

「うわっ! メグ、泣くなよっ!?」

「うぅ……だってぇ……だってぇ……」

 

 メグ(・・)ちゃんがぐずりだしたよっ!?

 シロウは慌てふためく。

 過去のトラウマが脳内でリフレインして、咄嗟に、誤魔化すための優しい嘘をついてしまう。

 

「は、はーい! エローフ姫だよっ!?」

 

 ぎこちないながらも、ニタッと笑ってメグちゃんに手をふる。

 すると、今にも泣きだしそうだった幼女の顔が、ぱあっとほころんだ

 

「エローフ姫っ!!」

「は、はーいっ!」

「きゃあ! きゃー!!」

 

 メグちゃんは幼児特有の怪音波を発生させながら、エルフ少女の華奢な腕に両手で抱きつくと、ブンブンと嬉しそうに左右に振りまわし始めた。

 シロウが少しだけ安心して残り二人の幼児に目を向ければ、もう一人の女の子も目を輝かせ、男の子の方は『お姉さんも大変ですね』的な同情の視線である。

 

 彼は常日頃から苦労してそうだ。

 

「エローフ姫っ! あれやってあれ!」

「は、はい……あれっ?」

 

 幼児特有の主語ぶち抜け要求に、幼児慣れしてないシロウは戸惑ってしまう。

 

「あれ……あれ、はーとふる……なんだっけリコちゃん?」

「メグちゃん、エローフプリンセスの必殺技の事?」

「ハートフルセクシーダイナマイッツ!! だろ?」

「そう、それそれ! 流石はタクちゃんっ!」

 

 幼女二人は、きゃきゃ、きゃーっと声をあげる。

 

 いつの間にかシロウの反対の腕もリコ(・・)ちゃんに抱きしめられていた。

 幼女二人に無理やり引っ張られベンチから立たされてしまう。

 男の子の流石なタク(・・・・・)ちゃんを見ると、幼児らしからぬシニカルな、アメリカンな仕草で肩を竦めている、どうやら彼には日常茶飯事らしい。

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