初めての場所に緊張気味な日高愛と、初めてのことに緊張気味な水谷絵理。
二人はお喋りしておやつ食べて、アイドルとして貴重な休日を大事に過ごす。
絵理さんに挨拶をするときばボリュームを4割絞る。
じゃないと絵理さんがびっくりしちゃうから。
「おじゃましまーす」
今日は待ちに待った絵理さんのお部屋にご招待の日!
ママに無理やり持たされたお土産を絵理さんに渡して玄関に上がらせてもらう。
「今、誰も居ないから気にしないで」
「お仕事か何かですか?」
あたしの言葉を聞いて絵理さんが少し考える。
そういえば、あたしは絵理さんの家族構成も知らない。
今の質問は少し失敗だったかも。
「両親が何をしているか、分からない」
「そーなんですか?」
「うん。両親もわたしには興味無いみたいだし」
絵理さんはいつもの優しい表情で答えてくれた。
とりあえず最悪の質問では無かったみたい。
だけど…あたしもお父さんが居ないから、『お父さんのお仕事は?』っていう質問が本当に嫌だった。
説明するのも、説明した後の空気も。
「あの、変なこと聞いて…ごめんなさい」
「変なこと?」
「だって…その…」
何て言ったらいいか分からない。
こんなとき、あたしはやっぱり馬鹿なんだなぁと痛感する。
あたしが返答に困っていると
「謝る方が…変?」
と言って、絵理さんがいつもの笑顔で笑ってくれた。
あたしも出来るだけの笑顔を返した。
「先に部屋、行ってて。飲み物用意するから」
「はいっ」
っと返事をしたものの絵理さんのお部屋はどこだろう?
「あのー…絵理さん。絵理さんのお部屋ってどこですか?」
「あ、あそこの階段を上がって突き当りの部屋」
階段を上がって、とんとんとん。
廊下を進んで、突き当りっと。
絵理さんのお部屋ってどんななんだろう?
おっきなクマのぬいぐるみとかがあって、凄く可愛いお部屋だったりして。
何でか凄いドキドキする。
アイドル以外の絵理さんを知ることが出来るからかな?
こういう時ってノックとかした方がいいのかな?
「入らないの?」
急に声を掛けられて心臓が飛び出るかと思った。
「えっ! いや!!」
振り向くと絵理さんが飲み物を乗せたお盆を持って立っていた。
「愛ちゃん…さっきから何か変」
「それは~…その…」
「体調悪い?」
お盆を片手に持ち直して、絵理さんが空いた方の手をあたしのおでこに当てた。
ひんやりして気持ちいい。
「熱は…普通?」
「だだだだ大丈夫ですっ、あたしは元気です!!」
「じゃあ…」
絵理さんが顎に手を当てて首をかしげる。
「そ、それよりも! お部屋見せて下さいっ!!」
言葉を遮って、強引に絵理さんのお部屋に押し入った。
絵理さんのお部屋は想像していたものとは全然違った。
薄いクリーム色の壁紙で包まれたお部屋の中で、まず目についたのは大きなパソコン。
その他、プリンタとか良く分からない電子機器や段ボールが置いてある。
スタジオなんかで見たことあるような機械もあった。
後はベッドと小さなテーブルが置いてあるだけ。
可愛らしい小物やぬいぐるみなんかは無い。
こういうのをなんて言うんだっけ。
殺風景?
「ごめんね? ちらかってて」
「これが…絵理さんのお部屋…」
「うん」
入口で固まってるあたしの横をすり抜け、絵理さんはテーブルにお盆を置いた。
それから段ボールの中からクッションを2つ取り出して、その1つをあたしに差し出した。
「座って?」
受け取ったクッションは、やはり薄い青色をしていて凄くふかふかだった。
「これ気持ちいいですね」
「ファンからのプレゼント」
「そうなんですか? いいなぁ」
テーブルを挟んで絵理さんの反対側にクッションを置き、その上に座った。
「愛ちゃんにもプレゼント届いてるよね?」
「はい、でもあたしのはステージで着る衣装だったりお手紙だったりするので、こういう実用的なものは貰ったことないです」
「そうなんだ」
空気が何となくぎこちない。
最近、忙しくて絵理さんとゆっくりお喋りする機会が無かったからかな?
何か会話が広がりそうな話題を考えていると、絵理さんがコップに飲み物を入れて差し出してくれた。
「これ、好きだよね?」
「これは…?」
透明のガラスコップに入ったピンク色の液体。
コップを手に持ってみると甘ったるい香りが鼻をくすぐった。
苺ミルクだ!
「はいっ、大好きです!」
あたしは右手を掲げて答えた。
「良かった…でもこういうの買ったことないから美味しいかどうか分から――」
絵理さんの言葉を最後まで待たずにコップに口を付ける。
そして一気に飲み干す!!
『ごっごっごっ…!!』
あたしのために絵理さんが用意してくれたんですから
『ぷっはー!!』
美味しいに決まってる。
「おいしいですっ!!」
「ひぅ…凄い勢い…」
あ、やっちゃった。
「ご、ごめんなさい。嬉しかったから、つい…」
「…う、ううん。こっちこそ、ごめんね」
また驚かせちゃった。
学習しないなぁ、あたし。
でも絵理さんがあたしの好みを覚えててくれた。
そのことは素直に嬉しい。
絵理さんは自分ことをあまり話さない人。
絵理さんは自分の感情を表に出すのが苦手な人。
それなのにステージの上では笑顔で歌って跳ねて…まるで別人みたいに。
あたしはアイドルの絵理さんしか知らない。
どっちが本当の絵理さんなんだろう。
どっちも本当の絵理さんなんだろうか。
もっと絵理さんのことを知りたい。
知って…どうしたいんだろう?
「愛ちゃん。どうかした?」
絵理さんが不安そうにこちらを見ている。
まただ。
「あ…! ごめんなさい…えーと…少しお腹空いちゃって…あたし、オヤツ持ってきたんですっ! い、一緒に食べましょう!?」
今日は駄目な日だな。
折角、絵理さんのお部屋に招待してもらったのに。
「オヤツ…」
あ、また絵理さんが困った顔になった。
「駄目ですか…?」
何か間抜けな質問。
余計に絵理さんを困らせるだけなのに。
…でもそれ以外に言葉が思い浮かばない。
「ううん。一緒に食べよ?」
絵理さんがそう言ってくれたので、あたしはカバンから、うますぎ棒を取り出してテーブルに並べてみた。
「激辛ハバネロ味!」
「特濃マヨネーズ味!!」
「てりやきナットウ味!!!」
…って、これ全部、あたしの好きな味だっ!?
絵理さんはあたしの好きなものを用意してくれたのに…。
…うぅ…きっと絵理さんも困った顔をしてるはず。
怖くて絵理さんの顔が見れない。
…どうしよう。
「じゃあ…激辛ハバネロ味、もらうね?」
え…?
『シャクシャク』
「ん~…クセになる辛さ?」
それから呆けてるあたしに特濃マヨネーズ味を差し出してきた。
「食べないの?」
「食べるっ、食べますっ、頂きます!!」
受け取って包装剥ぎ取って一口でガブリ!!
は出来ないから、食べかすが落ちないようにそっと齧る。
『シャクシャク』
「美味しいですね」
「うん」
『サクサク』
「えっと…愛ちゃん…気をつかわせて、ごめんね?」
「へぁ?」
予想外の言葉に変な声が出た。
少し恥ずかしい。
「何がですか? あたしこそ絵理さんを困らせるようなことばっかり…」
また少し下を向いてしまう。
「愛ちゃん」
小さい子供を呼ぶような優しい声。
あたしは視線だけ絵理さんに向ける。
少しだけ眉毛が八の字な絵理さんが居る。
「わたしね、嬉しい」
嬉しい?
「愛ちゃんが本当に遊びに来てくれたこと」
そりゃ絵理さんのお部屋ですもん。
「有難う」
絵理さんの表情が変わる。
そんな笑顔で言われたら…あたし。
「それでね…わたし、こうして部屋に誰かを呼ぶのは初めてで…だから…だから、少し緊張して…」
緊張? 絵理さんが?
「上手くおもてなしできてるかなって? って思ったら、いつも以上に上手く受け答えできなくなって…ごめんなさい」
ああ、そうだったんだ。
絵理さんもあたしも空回りして。
そう考えると何だか可笑しくなってきた。
心のモヤモヤが全部飛んでいった。
「絵理さんっ! あたしもごめんなさいっ!」
ママに以前、言われたことがある。
『愛は馬鹿なんだからイノシシみたいに何も考えずに直進してればいいの』
その時は少し傷ついたけど、今思うと本当にママの言う通り。
ごちゃごちゃ考えても仕方ない!
「あたし、絵理さんの好みとか何にも知らなくて、だからもっと絵理さんのことがもっと知りたくて……それで…焦って、空回りして…ました」
当たって砕けろ!!
「あたし、絵理さんともっとお話ししたいです。お仕事のことも、お仕事以外のことも、全部、何でもっ!!」
それが、あたし流だから!!!
「うん。お話、しよ?」
「はいっ、一杯しましょう!!」
でも、砕けるのはあたしじゃない!!!!
砕けるのはっ!!
壁の方だーーーーーーーっ!!!!!
ということがあって、あたしは門限ぎりぎりまで絵理さんとお喋りしてた。
少し冷静に振り返ってみたら、何か凄い恥ずかしいことを叫んでいた気がするけど気にはならない。
だって
あたしは絵理さんが好きだから!!
※「おしゃべりーす」に続く?