やはり俺たちの高校生活は灰色である。〜名前のはなし〜   作:発光ダイオード

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「まずは名字から考えてみましょう」

 

雪ノ下がそう言うと、由比ヶ浜は机の上に置いてあったノートをペラリとめくり、新しく開かれた真っ白なページの真ん中に「千反田える」と名前を書いた。顔を寄せてノートを覗き込む俺たち。すると福部がつまらない感想を漏らす。

 

「名前も珍しいけど、こうやって見ると名字もまた珍しいね」

 

まぁ、確かに。千反田、千反田……千の反する田んぼ…?うん、わからん。

 

「東京に五反田ってあるよね」

 

「三反田や七反田って地名もどこかにあったはずよ。他には……」

 

「四でも六でもいいさ。要は反田がいくつあるかって事だろう」

 

雪ノ下と由比ヶ浜がうーんと頭をひねっている所に折木が口を挟むと、由比ヶ浜はさらに深く頭をひねった。

 

「反田ってなに?」

 

「“たんだ”とか“そりた”って読むけど、意味は焼畑とか、場所によっては水田だったりするね。その考えでいくなら千反田さんの家は米農家だから、恐らく後者だろうね」

 

「じゃあ、田んぼが1000個あるってことっ?」

 

「個ってなんだよ」

 

福部の説明に驚きの声を上げる由比ヶ浜、そして思わずツッコミを入れる俺。

 

「ならヒッキーはわかるの?」

 

「えっ?そりゃ…ほら、アレだろ……」

 

あの難しい漢字のやつ。田のへんがつく、難しいやつだ。なんだっけ?

必死に思い出そうとしていると、横から福部がやれやれと言うようにため息を付いて、

 

「ふたりとも、そんなに考えなくてもここに書いてあるじゃないか」

 

と言いながらペンを取り、ノートに書いてある「千反田える」の「反」の字にアンダーラインを入れる。

 

「田んぼは、1反、2反って数えるんだ」

 

「「へぇー」」

 

「畝じゃなかったか?」

 

「単位の違いだよホータロー。1反=10畝」

 

「さいで」

 

「つまり千反田さんの名字は、1000反の田んぼを持っている家ってことだね」

 

「んー、なんか想像できない。とりあえずすっごく広いって事はわかるけど、どのくらい広いの?」

 

確かに1000反なんて言われてもあまりピンとこない。せめて東京ドーム何個分とかで例えてほしい……いや、東京ドームの広さもよくわからんけど。

 

「1反は畳600畳分だから、メートル法に換算すると…えっと…」

 

福部は天井を見つめながら黙り込む。紙とペンがあるんだから書けばいいものを。こいつの知識は興味のあることにしか注がれないので、学校の成績はあまりよくない。数学も俺とどっこいで、今も頭のなかで暗算しているフリをしながら、実は何も考えてないかもしれない。

 

「991.736平方メートルよ。つまり1000反は991736平方メートル…まぁ、約1平方キロメートルってところかしら」

 

フリーズを決め込んだまま回答を出さない福部に耐えかねて、雪ノ下が正解を口にする。なんだかとんでもない数字が出てきたぞ。

 

「それってどのくらい?」

 

「そうね……ディスティニーランドとシーを足したくらいかしら」

 

「夢の国っ!」

 

由比ヶ浜は驚嘆しながら千反田の顔を見つめる。恐らく俺も同じような顔をしていたんだろう、千反田は向けられた熱い視線に対し困ったような笑みを返してきた。

 

「ちなみに由比ヶ浜さん、石高って知ってるかい?」

 

「なあに、それ?」

 

「畑や屋敷地などの生産高を米の量として表したものよ」

 

「一石の収穫が上げられる田んぼの面積を一反として、江戸時代だと金一両でほぼ一石のお米が買えていた。一両は今の価値で言うとだいたい75,000円くらいだから……」

 

「ちっ、ちょっと待ってっ!」

 

雪ノ下と福部の言葉を遮って、由比ヶ浜は素早くノートにペンを走らせて、数字を書き並べ、ゆっくりと一文字ずつ数を数えていく。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……

 

「な…7億5000万円!?」

 

「7500万円よ」

 

「なんだビックリ…ってそれでも十分すごいよっ!」

 

なんとっ!あまりの規模に思わず目眩がする。由比ヶ浜も何処かに気をやったように視線を宙空にさまよわしている。やはり小市民の俺たちと名家のお嬢様じゃ何かにつけて規模が違う。この中で千反田の家と張り合えるのは雪ノ下の家ぐらいだろう。

しかし、この経済力はかなり魅力的だ。婿に貰ってくれないだろうか……いや、旧家名家ともなれば色々なしがらみもあるだろうし人付き合いは必須。その勤めを俺が果たせるかと問われれば、間違いなくNOだ。非常に残念だが致し方ない。千反田よ、他にいい婿を探してくれ。

 

「すごいねっ、ちーちゃん!」

 

意識を取り戻した由比ヶ浜は、とりあえず千反田を手放しで褒め讃えた。

 

「いえ、そんな…。昔の話ですし、それに今は土地も半分くらいしかありません」

 

「そうなの?」

 

「えぇ、千反田家は古い家柄ですから、分家の数はかなり多いんです。時代が経つに連れて関係が薄れ苗字を変えていまった家も多くあります。年代にもよりますが、分家した場合はある程度の資産を持たせるのが恒例だったそうです」

 

「当時の資産というと、土地のことかしら」

 

「そうですね。分家した家がすぐに暮らしに困らないように土地を分け与えるんです。ですので千反田家は代を重ねるごとにその規模を小さくしていきました。一時は“分家”や“新家”と全く立場が逆転していたこともあったそうです。

戦後、祖父が千反田家の農業をいち早く近代化し、手放した土地を徐々に買い戻したおかげで、今では昔の土地の半分ほどを回復しましたが、祖父の投資の時も“新家”には随分相談に乗ってもらったそうです。

そういう色々なことがあって、わたしの家は今でもこうやって千反田本家でいられるんです。」

 

千反田はそこまで一息に話すと、呼吸を整えるようにふぅと息を吐いて、

 

「なので、みなさんが思っているほどでもないんですよ。普通よりは、少し大きいくらいです」

 

と少しだけおどけるように言った。

 

「そうなんだ、ちーちゃん家にもいろいろあったんだね」

 

「まぁ由比ヶ浜ん家みたいな一般家庭よりはいろいろあるだろうな」

 

「むっ、それヒッキーも一緒じゃん」

 

「まぁまぁ、由比ヶ浜さん。それよりほら」

 

福部はなだめる様に言いながら、頬を膨らませた由比ヶ浜が見やすいようにノートを回して差し出した。見ると、千反田の名前の下には新しく「1000反の田んぼを持つ家」と書き足されていた。

とりあえず、これで千反田の苗字の由来はわかった。次は名前の意味について考えてみるか…。

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