パライソと荊軻と酒呑が酒を呑むだけの話。

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パライソの真名バレありますのでご留意をば


酒と大蛇と子守唄

くい、と杯を傾ける。程よく温められた日本酒が喉を通り、心地よい熱さが荊軻の身体を包んだ。

 

「ふむ・・・美味いな」

 

「せやろ?とっときの日本酒やさかい、味わってもらえるんならうちも嬉しいわぁ。ほれ、パライソはんも遠慮せんでぐいっといったり?」

 

酒呑童子は妖艶に微笑み、横のパライソの杯になみなみと酒を注ぐ。

 

「い、いえ、拙者は遠慮しておこうかと」

 

「酒の席でそれは無粋やちゃうん?それともうちの酒は呑めないっちゅうんやろか。悲しいわぁ」

 

「そ、そんなつもりはござらぬ。ただ、拙者忍びの身故過ぎた酒は・・・」

 

酒呑ににじり寄られ、身体を強張らせるパライソ。酒呑は何がおかしいのかけらけらと笑いながら強引に杯に口を付けさせた。

 

「むぐっ!?」

 

「そないなこと言うて、再臨して旦那はんに祝うてもろた時はしこたま呑んどったやないの。遠慮せんでたっぷり喰らいや」

 

酒を流し込まれ、パライソの顔がみるみる赤くなっていく。

 

「ごぼ、ごぼぼ」

 

「酒呑、その辺にしておけ。無理に飲ませるものでもあるまい」

 

荊軻がたしなめ、酒呑はようやくパライソの口から杯を離した。

 

「あはは、えろうすんまへんなぁ。パライソはんの反応が面白うてついついからかい過ぎてまうわ」

 

「う、うぅ・・・世界がぐるぐる回る・・・・・・」

 

「やれやれ・・・・・・そらパライソ、水だ」

 

「かたじけのうござる・・・」

 

荊軻からコップを受け取り、くぴくぴと水を飲むパライソ。そんな様子の眺めつつ、荊軻は小皿の干し肉をつまみ上げ口に放り込んだ。

 

「んぐ・・・この肉は風味が独特だな。なんの獣だ?」

 

「あぁ、それはヒュドラの肉やね。毒抜きが面倒なんやけど、まぁ慣れると癖になる味やさかい茨木にやってもろたんよ」

 

茨木はこの風味が苦手なんやけどね、と愉快そうに話す酒呑童子を眺めつつ、荊軻は疑問を口にする。

 

「鬼にここまで歓待されると後が怖いな。一体何が目的だ?」

 

元々この飲み会は突発的に起こったものだった。レイシフト帰りの荊軻とパライソがカルデアの廊下を歩いている所を、酒呑童子が半ば強引に部屋に二人を連れ込んだのだ(室内は和室に改装されていた)。

 

「んー?なーんもあらへんよ、目的なんて。強いて言うなら一人酒っちゅう気分やなかったってくらいやねぇ」

 

杯に酒を注ぎながら、酒呑童子は飄々と答える。荊軻はしばらくその様子を見つめていたが、やがてふっと微笑み、

 

「そうか。なら、存分に楽しませてもらうとしよう。こういうのもたまには悪くない」

 

そう言って自身も酒を注ぎ、それを一息に飲み干した。

 

「あら、ええ飲みっぷりやねぇ」

 

「ふふ、この酒が美味いからさ」

 

和やかに会話を交わす二人を見ながら、パライソはコップを置く。

 

(酒呑殿に部屋に引きずり込まれた時はどうなることかと思ったが、荊軻殿が常識人で助かったでござる。この前酒呑殿に誘われて飲んだ時はとんでもない目に・・・)

 

いつぞやの悲劇を思い返し、思わず身震いが起きた。最終的に泥酔状態でマスターの部屋に放り込まれた時はマスターに多大な迷惑をかけてしまった・・・らしい。パライソ自身は泥酔の影響で全く記憶に無いが、それ故に何があったか聞くのが恐ろしいのだ。あの一件からマスターが妙に気にかけてくるようになったし。

 

(しかし、今回は安心でござるな。荊軻殿には後でお礼を言わねば)

 

心の中で感謝をしつつ、ヒュドラの肉を手に取り咀嚼する。少しくらいはお酌を受けてもいいかな、と思いながら。

 

―――彼女は知らなかった。荊軻の生前の逸話を。荊軻が参加した飲み会がいつもどうなっていたかを。

 

哀れな巫女巫女くノ一は何も知らず、何も気づかず、アルコール臭い深淵へと足を踏み入れていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーいパライソー!杯が渇いてしまうじゃないか!ほら、もっと飲め飲めー!」

 

「ちょ、荊軻殿、流石にこれ以上は・・・!」

 

「なぁに言ってるんだ、わたしの酒が飲めないのかー!?」

 

「い、いやそういうことではなく、拙者はもうげんかごぼぼぼぼ」

 

「あははははは!いいぞーパライソ!イッキ、イッキ!」

 

完全に出来上がった荊軻に日本酒の瓶を口に突っ込まれ、流し込まれる。ごきゅごきゅごきゅ。酒を飲み下す音がやけに明瞭に頭の中に響き、パライソの意識を侵食していく。

 

「楽しそうやねぇ、羨ましいわぁ」

 

酒呑は笑いながら杯を傾ける。既に三人の周囲には大量の空き瓶が転がっていた。

 

廻る視界、騒ぐ荊軻、笑う酒呑。酒気に満ちた部屋の中で、パライソはぼやける思考を必死に繋ぎとめる。

 

(ど、どうしてこんなことに・・・)

 

失策を悔やむ。まさか荊軻がここまで酒乱であったとは。

 

いや、元より兆候はあったのだ。一定のメンバー以外は荊軻と酒を飲みたがらないようだったし、荊軻が酒瓶を抱えてどこかに向かっているのを見かけたこともある。しかし、

 

「はっはっは、いい気分だなー!やっぱり鬼の酒はいい!強さが段違いだ!」

 

「せやろ?気に入ってくれて嬉しいわぁ。まだたーんとあるさかい、全部飲み干してもええんよ?」

 

「本当か!?いやー太っ腹だなぁ酒呑!お礼に誰かを刺そうか?」

 

「せやったら牛女をさくっとやってくれるとありがたいわ。ほんに乳臭くてかなわへんからねぇ」

 

「よーしそうか分かった、今から行ってくる!」

 

これほどとは。

 

荊軻は跳ねるように部屋を後にした。言葉の通り牛女・・・源頼光を刺しに行ったのだろうか。

 

「ただいま!」

 

速攻で帰ってきた。

 

「おかえりやす。ほな一杯どうぞ」

 

「あぁ!」

 

ぐびー。酒呑から杯を受け取った荊軻は一息で飲み干す。

 

「いやぁ、考えたら頼光の部屋の場所を知らなかったからな!聞きに戻ってきた!」

 

「そうなんか。せやけどうちも知らんからなぁ・・・パライソはんは知ってはる?」

 

パライソはくらくらする頭で思う。こっちに話を振らないでほしい。

 

「い、いや、生憎存じませ・・・」

 

本当は知っていたが面倒な事態になりそうなので誤魔化そうとしてはたと気付く。部屋を教えれば荊軻は出ていく。つまり絡み酒されることは無くなるのでは?

 

いや、しかし、しかしだ。そうしてしまうと今度は酒呑と二人きりになってしまう。それに今回の件とはなんの関係も無い英霊に迷惑をかける訳にもいかない。だが、荊軻が部屋に留まったままだとさらなる惨劇が我が身に降りかかるのではないか。むむむ。

 

パライソは悩んだ。すごく悩んだ。お館様に渡すバレンタインの贈り物を決める時と同じくらい悩んだ。

 

そして決意する。やはり周りに迷惑をかける訳にはいかない。この惨劇は、この地獄は、全て私が引き受けねばならぬものだと。彼女もまた酔っぱらっていた。

 

意を決して二人を騙そうと顔を上げる。と、

 

「すぴー・・・くかー・・・」

 

荊軻が寝落ちていた。いつの間に。

 

「あんたはんがうんうん考え込んでる内にストンと眠ってしまったんよ。子供みたいやねぇ」

 

酒呑が笑いながら寝ている荊軻の髪を指で梳く。幼子を労わる母親のような振る舞いだ。

 

「そうでござったか・・・で、では荊軻殿も寝てしまわれたので拙者はこの辺りで・・・」

 

「まぁ待ちや。そない慌ててなんか用事でもあるん?」

 

体よく離脱しようとしたパライソに酒呑が声をかける。びくりと身体を震わせ止まるパライソ。

 

「いや、特に用事などはござらんが・・・えぇと・・・・・・あ、明日に備えて休まねばならんのでござる!明日もレイシフトのメンバーに入ってる故!」

 

中々に無理がある言い訳だったが、酒呑は納得したのか軽く頷いた。

 

「成程なぁ、せやったらはよ身体休めんといかんね」

 

「そ、そうなんでござる!なので今宵はここまで「そやから、こっちおいで」・・・え?」

 

酒呑は手招きをしながら微笑んでいる。こっちとは、つまり酒呑の所なのだろうが、一体どういう・・・?パライソはこんらんしている。

 

「ほれ。膝貸してあげるさかいたんと休みなはれ」

 

ぽんぽん。自身の膝を叩く酒呑。ここに至ってパライソは意味を理解したが、しかし首を横に振った。

 

「いや、いやいやいや。酒呑殿にご迷惑をかける訳には・・・」

 

「別に迷惑なんて思っとらへんよ?そもそも誘ったのはうちやさかい、なーんも気にすることはあらへんよ」

 

そう言って酒呑はふわりとほほ笑む。邪気の感じられない笑みだ。

 

「う、ぐ・・・」

 

躊躇する。酒呑のことだ、何かの罠かもしれない。しかし、もし単なる善意で言ってくれてるのだとしたらそれを断るのは躊躇われた。

 

「で、では失礼して」

 

少し悩んだ後、思い切って申し出を受ける。酒呑の横に腰を下ろすと、果実のような甘い香りが鼻をくすぐった。

 

ごろりと横になって酒呑の膝に頭を乗せると、弾力のある肌が頬に触れる。パライソは身を固くしたが、それを察したかのように酒呑はパライソの頭を優しく撫でる。

 

「そない緊張せんでもええよ。ただの気まぐれやさかい」

 

酒呑の手のひらからじんわりと伝わってくる熱に、パライソは自身の緊張がほぐれていくのを感じた。

 

「ふふ。可愛らしなぁ。牛女やあらへんけど、こういうのもたまにはええもんやね」

 

「うむぅ・・・拙者は幼子ではござらん」

 

「ほうかほうか。そやなぁ、幼子にしては気張り過ぎやしなぁ」

 

その返答にパライソは頭を動かし、酒呑を見上げる。

 

「・・・・・・酒呑殿。もしかして、その・・・」

 

「ん?どうしたん?」

 

「・・・・・・いや。なんでもござらん」

 

もしかして、彼女は自分が無理をしないようにこんな呑み会を開いたのだろうか。パライソは酩酊感に支配された頭でそんなことを思った。流石に自意識過剰だし、それに鬼である酒呑がそんなことをするとは考えにくい。

 

だから、パライソは気付いていないことにした。きっと、ただの鬼の気まぐれなのだろう。と、

 

「~~♪」

 

酒呑が何かの唄を口ずさむ。子守唄だろうか、澄んだ声で唄われるそれはとても美しく、はかなげに聞こえた。

 

 

 

 

 

こんな泣く子よ  守りしぇと言うたか

 

泣かぬ子でさえ  守りゃいやにゃ

 

どうしたいこりゃ きこえたか

 

 

 

 

 

パライソはその唄を聞きながら、ゆっくりと微睡みの中に沈んでいく。とても心地がいい。

 

脳裏に生前の記憶がよぎる。母上に唄ってもらい、そして子に唄った記憶。

 

 

 

 

 

この子よう泣く  守りをばいじる

 

守りも一日  やせるやら

 

どうしたいこりゃ きこえたか

 

 

 

 

 

思えば幸せな人生だったのだろう。呪いに蝕まれた身なれど、あのような時代に人としての幸福を得ることが出来たのだから。しかし、

 

 

 

 

 

来いや来いやと  小間物売りに

 

来たら見もする  買いもする

 

どうしたいこりゃ きこえたか

 

 

 

 

 

甲賀三郎の呪。決して逃れることの出来ない、我が血の運命。一族に生まれ落ちたというだけで、私は罪を背負っていたのだ。

 

 

 

 

 

寺の坊んさん  根性が悪い

 

守り子いなして  門しめる

 

どうしたいこりゃ きこえたか

 

 

 

 

 

お館様は、マスターは言った。「罪に罰が必要なら、そんなに苦しんできたことが君に対する罰なんだと思う」と。「俺は君が抱えているものの全てを知ることは出来ないけれど、それでも一緒に歩いていくことは出来るから」と。

 

 

 

 

 

久世の大根飯  吉祥の菜飯

 

またも竹田の もん葉飯

 

どうしたいこりゃ きこえたか

 

 

 

 

 

この身は生者に非ず。人理を守る為に呼び出された、人類史の影法師だ。カルデアでどれだけ面白おかしく過ごそうと、私が、望月千代女の歩んだ人生が変わる訳では無い。

 

 

 

 

 

盆がきたぁかて  正月がきたて

 

なんぎな親もちゃ うれしない

 

どうしたいこりゃ きこえたか

 

 

 

 

 

しかし、それでも。

 

 

 

 

 

はよもいにたい  あの在所こえて

 

むこうにみえるは 親のうち

 

どうしたいこりゃ きこえたか

 

 

 

 

 

きっと確かに、「この私」には救いがあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ・・・すぅ・・・」

 

穏やかに寝息を立てるパライソを見つめながら、酒呑は静かに杯を傾ける。

 

いつかどこかの並行世界のことを思い返し、口角を上げ苦笑する。

 

「まったく、柄じゃないんやけどねぇ」

 

ぼやくようにつぶやき、ゆっくりと寝ているパライソを抱え上げた。

 

「ま、うちもかるであは気に入っとるさかい、楽しゅうやれるならええんけどな」

 

起こさないように静かにドアを開き、部屋を後にする。

 

「さて、旦那はんの部屋にでも放り込んどこ。その後は茨木誘って呑み直すとしよか」

 

笑みを浮かべながら、酒呑はゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

 




荊軻と酒呑にアルハラされたい、されたくない?


京言葉分からんので間違ってたらごめんちゃい。パライソ×酒呑いいよね・・・。


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