大和が戦闘を始めた頃、青宮霊園に入った男がいた。
白のスーツとお洒落なサングラスが似合う伊達男。
彼はジャンクフードの入った紙袋を携え、付近のベンチに腰かけた。
「知ってる殺気だと思ったら……派手にやってんなー」
右之助の眼前でティンダロスの猟犬が宙を舞う。
大和に蹂躙されていた。
まるでサッカーボールのように蹴り飛ばされている。
「猟犬共には少し同情するぜ。相手が悪すぎる」
「やぁやぁ、右之助くんじゃないか」
「……」
右之助は目を丸めた。
声をかけられるまで「彼女」の存在に気付けなかったからだ。
褐色肌の美女。
ダークシルバーの長髪に真紅の双眸。
可愛らしい童顔に反して、ライダースーツを盛り上げる豊満な肉体は魅惑的だ。
彼女から満面の笑みを向けられ、右之助は頬を引き攣らせた。
「心臓に悪いぜ。……ええーと、アンタ名前が多いから、なんて呼べばいい?」
「ニャルさんでいいよ」
「じゃあニャルさん。隣、座るかい?」
「いいの?」
「いいぜ」
「では遠慮なく」
右之助の隣に座る褐色肌の美女、ニャル。
右之助はやれやれと肩を竦めると、携えていた紙袋からジャンクフードを取り出した。
ハンバーガーだ。
しかし肉が異形のバケモノで、奇声を上げて触手をうねらせている。
常人なら食欲が失せるソレを、右之助は美味そうに頬張りはじめた。
その様子を、ニャルは面白そうに眺めている。
「それは何だい?」
「んぁ? これか? 最近人気のジャンクフードだ。美味いぜ?」
「口の中で暴れない?」
「それがいいんだよ」
「ふ~ん」
断末魔の悲鳴を上げるタコを歯ですり潰す右之助。
ニャルは何故か、つまらなそうに唇を尖らせた。
「全く、この都市の人間にはSAN値っていう概念が無いみたいだね。僕やティンダロスの猟犬を見ても発狂しないし」
「そりゃあ、全員正気じゃねぇし?」
「つまらないよ~っ」
「でも、アンタが本性を出したらヤバいだろうな」
「どうだろう? 案外大丈夫なんじゃない?」
ニャルはそう言いながらチラチラとハンバーガーに視線を向ける。
何となく察した右之助は紙袋を差し出した。
「もう一個あるから食うか?」
「本当に!? いやー! 右之助くんは優しいねー! 大和にも見習ってほしいよ!」
ニャルは子供のようにはしゃぐ。
右之助は苦笑いした。
彼はニャルの正体を知っていた。
禍々しくも冒涜的な素顔を──
当のニャルはというと、美味しそうにハンバーガーを頬張っていた。
◆◆
大和は唐突に大太刀を放り投げる。
「つまんねぇぞ。本気で殺しにこい」
そう言って両手を広げる。
挑発しているのだ。
猟犬たちは我先にと飛びかかる。
大和はされるがままになった。
鋭い牙で噛みつかれ、注射器のような舌を突き刺される。
しかし、その肉体は傷付かない。
度重なる鍛錬で変質し進化を遂げた肉体は、猟犬たちの攻撃を悉く無効化していた。
大和はため息を吐く。
「馬鹿過ぎて殺意が湧くぜ」
そう言って無造作に両腕を振り回す。
それだけで巨大な
大和は先ほど放り投げた大太刀を手に取る。
「……飽きた。もうそろそろ終わらせるぜ」
そう呟き、全身から真紅のオーラを迸らせる。
闘気。
生命エネルギー「気」を戦闘用に練り上げたものだ。
猟犬たちは後ずさる。
しかし、怖気づいた相手を
切り裂き、抉り抜き、叩き割り、すり潰し──
猟犬たちを皆殺しにする。
「こんなもんか……つまらねぇ。まぁいい。任務完了だ」
納刀し、踵を返す。
今回の依頼は何事もなく終わった。
──かに思えた。
「!!」
凄まじい憎悪を背中に叩きつけられ、反射的に振り返る。
背後の次元が──歪んでいた。
割れた空間。
その奥からおぞましい唸り声が聞こえてくる。
青宮霊園に棲息している肉食カラスたちが一斉に羽ばたいた。
大和の吐く息が白く染まる。
周囲の環境が激変していた。
それほどの存在が、割れた空間の奥からやってきていた。
「へぇ……王様の登場か」
大和は嗤う。
割れた空間から巨大な前足が出てきた。
続いて出てきたのは──顔。
ティンダロスの猟犬に酷似している。
『──────────────―!!!!!!!!!!!!!』
咆哮。
ただの咆哮だ。しかしそれだけで生物は理解してしまう。
彼が「絶対捕食者」であることを。
青宮霊園にいる殆どの生物が発狂した。
ティンダロスの王。
ティンダロスの猟犬を統べる強力無比な存在。
最も忌避され、嫌悪される種族。邪神の一角だ。
一ナノ秒に満たない刹那、大和の頭に前足が叩き落とされる。
あまりの衝撃に地面が揺らめき、地殻が変動した。
震度6を超える大地震がデスシティを襲う。
「お手はできるみてぇだな……しかし躾けが行きとどいてねぇ」
飄々とした声が響き渡る。
大和は王の前足を片手で受け止めていた。
『……』
王は再度前足を振り下ろす。
地殻が砕け、星の核にまで衝撃が行き届く。
青宮霊園はたちまち崩壊し、超犯罪都市に深刻なダメージが刻まれた。
「へい、興奮するなよワンちゃん。お手ができるのはわかったからよ」
いつの間にか、大和は王の背中に座っていた。
王は暴れて引き剥がす。
既に崩壊してしまった大地へと着地した大和は、楽しそうに振り返った。
「ただの小遣い稼ぎが、とんだサプライズだ。いいねぇ、丁度退屈してたところなんだよ」
大和は大太刀を抜くと、空いた手でクイクイと手招きする。
その顔には凶悪な笑みが貼り付いていた。
「しっかり躾けてやる。まずは服従ポーズからだ」
◆◆
同時刻。
デスシティ全域に緊急速報が行きわたっていた。
『中央区南側にある青宮公園でAランクの邪神が出現しました。付近にいる住民はただちに避難してください。繰り返します──』
速報を耳にしながら、右之助は天高くに跳躍していた。
ティンダロスの王を確認した瞬間、現場を離れたのだ。
彼は住宅街を優々と飛び越え路上に着地する。
コンクリートを砕き、更に跳躍した。
「いや~! 右之助くん助かるよ~! わざわざ運んでくれるなんて!」
ニャルは右之助の腕に抱かれていた。
右之助は顔を青くしながら言う。
「アンタが混ざるのはマズいからな。悪いが、俺と一緒に来てもらうぜ」
「かまわないよ。でも大和の戦いぶりが見たいから、見晴らしのいい場所へ連れていってくれるかい?」
「お安い御用で」
右之助はビルを駆け上がる。
ここら辺で一番高いビルの屋上へとやってきた彼は、ニャルを下ろしてほっとため息を吐いた。
ニャルはというと、眼下に広がる阿鼻叫喚の景色に満足げな笑みを浮かべている。
「流石にティンダロスの王が出てくると、この都市の住民も慌てるみたいだね」
「まぁ、ティンダロスの王はその気になりゃあ地球も壊せるバケモンだ。そりゃあ慌てるだろうよ」
ニャルは右之助を見つめる。
「君なら、ティンダロスの王に勝てるんじゃない?」
「ハッ……そりゃあお世辞が過ぎるぜ。ニャルさんよ」
「お世辞じゃないよ」
ニャルの言葉に、右之助は苦笑した。
「足止めが限界だ。勝てはしねぇ」
「謙虚なんだね」
「どーも」
ニャルはニコッと笑うと、遠くで激闘を繰り広げている大和を見つめる。
顔付きが女のものに変わった。