冥界騒動の後、冥界の住民達は騒動を起こさなかった。正確には起こせなかったのだ。冥界に鎮座する歴代の強者達が許さなかった。
こんな事で一々騒ぐな、と──
歴代の天下五剣、三本槍、四大魔拳。その他、大和と同じ時代を生きた魔王や魔導師達。彼等が圧力をかけたのだ。八天衆も武力行使を辞さない姿勢だったので、住民達はソレらを畏れた。
神仏達は雅貴達への警戒心を更に強める一方で、密かに同盟を結ぼうとしている者もまた居た。スポンサーを申し出る者も現れ始める。様々な思惑が絡み合う事で、世界は益々混沌と化していくだろう。
雅貴の魔城郭、天守閣にて。見目麗しい魔戦姫が佇んでいた。戦装束に身を包んだその肌は濃紺色。結った長髪と同じ色なのに違和感はまるでない。白黒逆転した瞳もまた彼女の魔性の美のアクセントになっていた。左目はアイパッチで隠されている。戦士らしく絞られたメリハリのある肢体から滲み出る色香は言い得もしない。特に乳房は驚くほど実っていた。
極西最強の邪神。神殺しの魔王。
武技と魔導を極めた死の戦女神──バロール。
彼女は数億年と寸分変わらぬ姿で、嘗ての弟子であり愛人だった男を見つめていた。
天守閣には現在、バロールと大和しかいない。
バロールは大和の頭から足先まで舐める様に観察した後──複雑な溜息を吐いた。
「堕ちるところまで堕ちたな、大和。貴様はもう英雄では無い、ただの怪物だ。しかし、その有り様が現世の情勢を物語っている。……貴様以上に世界が腐り果てている様だ。平和も行き過ぎれば毒になる。そして平和の裏には必ず混沌がある。……クククッ、だが安心したぞ」
大和に歩み寄り、その胸に擦り寄りながらバロールは囁く。
「魂までは腐っていない様だ。見違える程逞しくなった肉体、自信に満ちた面構え。洗練された闘気──成長したな」
「当たり前だ。そういうアンタは昔のままだ──美しい」
バロールを抱き寄せ、熱いキスを交わす大和。情熱的に舌を絡ませられ、バロールは表情をふやけさせた。
「……英雄だった頃の貴様も好きだが、今の貴様も好きだぞ。……いいや、今の方が魅力的かもしれん。何せ、その様が一番貴様らしい」
「ありがとうよ」
バロールは大和の首に両手を回し、愛おしそうに抱き寄せる。その時である。侵入者が現れたのは。
ウリエルとフェンリルだった。彼女達は怒り心頭といった様子で大和達に襲いかかる。
「大和の馬鹿っ、僕という女がありながら……消し飛ばしてあげるよ」
「大和ォ……貴様は一度、徹底的に教育を施したほうが良さそうだな」
「ヤベ、逃げるぞ」
「抱きかかえよ、皇子殿」
「皮肉かよお師匠様」
大和は笑いながらバロールをお姫様抱っこし、天守閣から飛び降りる。そのすぐ頭上で無限熱量の業火と絶対零度の氷塊が突き抜けた。
「ハッハッハ!! 牛魔王殿始まったぞ!! ドロドロの四角関係というやつだ!!」
「何を喜んでいるんだ雅貴。早く止めるぞ」
「まぁ待て! もう少し拝んでおきたい!」
「ハァ……」
牛魔王の溜息がやたら大きく聞こえた。
七魔将──遂に七名揃ったが、大和からすればどうでもいい事だった。
世界の情勢など知った事ではない。
大和は取り敢えず、本気で怒っている二名から割とマジで逃げるのであった。
《完》