villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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伝説の殺し屋コンビ、復活
黒鬼と毒蜘蛛


 

 

 魔界都市デスシティの朝は静寂で満ちていた。大通りに何時もの活気は存在しない。殆どの店舗が灯りを消している。第二級種に指定されている危険妖魔が徘徊していても出歩く者達がいないため、駆除されない。

 年に数度濃霧に包まれる中央区の早朝は、この間だけ危険地帯としてのランクが最上級にまで跳ね上がる。理由は、前を歩く事すらままらないこの濃霧の発生源に関係していた。

 

 潮の匂いが満ち、さざ波の音が何処からともなく響き渡る。デスシティに海域と呼べる場所は存在しない。しかしこの濃霧の時間帯にだけ、ある場所に繋がる。

 

『海底神域ルルイエ』

 

 水を司る旧支配者(グレート・オールド・ワン)、クトゥルフの眠る冒涜的な海底都市。太平洋の底に沈んでいる水魔の揺り籠は、濃霧と共にデスシティに顕現する。

 

 理由は、この地の底深くに眠る絶対王アザホートへの参拝のため。首領であるクトゥルフとその眷属数億匹が中央区を徘徊する。その様はまさに地獄絵図だ。

 

 先程の第二級危険妖魔達も最下級眷属である「深きものども」に囲まれ、骨の髄まで貪られる。邪神の眷属達の強さは破格であり、最下級でもデスシティの住民「程度」ならあしらってしまう。抗う事はできても、殺す事は不可能。

 

 故にデスシティの住民は動かない。殆どの者達が部屋に引き籠り、カーテンを閉める。音も立てず、静かに息を殺す。

 

 狂気を浴び続けているデスシティの住民でも、旧支配者クラスを拝めばまず発狂する。生存本能に関しては野性動物並の住民達は、静かに水魔達の参拝が終わるのを待っていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 奈落の底の如き暗黒色の双眸が情欲で濡れる。掠れた喘ぎ声は耳に入るだけで男の劣情を駆り立てた。怒張を包み込む膣はまるで毒壺。うねり絡み、早う早うと吐精をねだる。男の肌に伝わるのは極上の柔らかさと質感を誇る女体だった。

 

 しかし、二名の顔は浮かなかった。ただ快楽を貪っているだけ。ただ身体を重ねているだけ。時折耳元で吐かれる罵倒を、男は苦笑しながら受け止めていた。

 

 そうして長い情事が終われば、女──アラクネは手早く純白のドレスを纏う。そして振り返らずに告げた。

 

「満足した? 私は帰るわよ」

 

 冷たい言葉と共にアラクネは薄暗い部屋を去ろうとする。しかしその手を男──大和が掴んで離さなかった。

 

「……何よ」

「今はクトゥルフの参拝時間だ。外に出るのは危ないぜ」

「あら、心配してくれるの? 随分優しくなったじゃない。でも心配する相手を間違えてるんじゃないかしら」

「いいからこっち来い。話がある」

 

 引き寄せられ、背中から抱きつかれる。抗おうにも筋力が違い過ぎて逆らえない。アラクネは伏目がちに言った。

 

「何……? 満足してないなら他の女を抱けばいいじゃない。私より良い女なんて沢山いるでしょう」

「この際だからハッキリと言うぜ。俺はお前が好きだ。そんじょそこらの女よりよっぽどな」

「……ッ」

 

 アラクネの表情が歪む。上手く表情を作れないのだ。それでも薄っすらと嗤ってみせる。

 

「告白練習か何かかしら? それとも二日酔い? 付き合ってられないわね」

「真面目な話だ。はぐらかすんじゃねぇよ」

「…………」

 

 アラクネは知っている。大和は誰よりも正直な男だ、嘘を付けない。誰よりも彼と親しい関係になったからこそ、アラクネは理解できてしまう。それでも──

 

「ねぇ……止めましょうよ。私とアンタはソリが合わない。それで話が付いたでしょう? 今の関係のままでいいじゃない」

「俺はお前が嫌いじゃねぇ。お前が罵倒してくるから罵倒し返してるだけだ。今でも──愛してる」

「~~~~っ」

 

 アラクネは頬を朱に染め、唇を噛み締める。そして上擦った声で告げた。

 

「どうせ、この身体が目的でしょう? 他の男と一緒よ」

「……お前は、俺を本当の意味で愛してくれた女だ」

「…………」

 

 アラクネの頬に、静かに涙が伝った。彼は覚えてくれていたのだ、遥か過去の記憶を──

 

「ズルい、ズルいわよ……私だって、アンタに救われたんだから。体内の毒を制御できない時期に何も言わずに抱きしめてくれて、愛してくれた……」

 

 アラクネは今でも大和を慕っている。しかし素直になれなかった。まるで年頃の乙女の如く、反発してしまったのだ。

 長い年月が経った。途方もなく長い年月が──。すれ違っていた二人の心が再び重なりつつある。

 

「お前が嫌だって言っても、もう離さねぇからな」

「ッ」

 

 アラクネは大和に振り返ると、その首筋に両手を這わせる。そして唇を奪った。

 

「…………好き、大好きよ、大和。愛してる……」

「俺もだ、アラクネ」

 

 熱いキスを交える。そして再度身体を重ね合った。しかし先ほどの情事とはまるで違う。アラクネは幸せそうに表情を蕩けさせ、嬌声を室内に響かせた。大和も夢中になっていた。

 

 嘗て世界中の神魔霊獣から畏れられていた伝説の殺し屋コンビが復活した瞬間だった。

 二人はすれ違っていた時間を取り戻すかの様に、幾日も交じり合った。

 

 

 ◆◆

 

 

 魔界都市デスシティに於いて数少ない完全安全地帯に認定されている大衆酒場ゲート。時間帯も真夜中になり、店内は賑わいを極めていた。

 淫乱なエルフとダークエルフが際どい私服で傭兵達を誘う。シャツを盛り上げる豊満な乳房と括れた腰、生来の美し過ぎる美貌は男達の脳を熱泥に変えた。エルフ達も快楽と金を求め、喜んで男達に従う。

 

 一つ目妖怪やサイボーグ、リザードマンが酒をガブ飲みしながら麻雀で盛り上がっていた。種族は違えど此処では気さくな飲み仲間。何も賭けずに駄弁り合いながらゲームを楽しむ。

 

 怨霊達が呪詛を撒き散らしながら歩いていても皆気にしない。怨霊達もまた、酒場の店主に気を遣って最小限で呪詛を抑えていた。

 小妖精達が自慢の戦斧を研ぐレッドキャップに話しかけ、その武勇伝をワクワクしながら聞いている。脇では生気の無いアンドロイドの少女を蟲人の男達がナンパし、袖にされていた。

 

 居るだけでも面白い場所である、此処は。外は殺伐としているのに、此処には一切そういうものが無い。皆も求めていなかった。懲り懲りなのだ。癒しを欲しているのだ、この場だけでも。

 しかし、そうでない者達も利用している。此処は秘密の取引をするにはうってつけの場所なのだ。そういう悪巧みを店主は敢えて無視している。この店に被害が出なければ、暴力沙汰にならなければ、全て容認する。

 店主である金髪の偉丈夫、ネメアはセブンスターを吹かしながら何時も通り新聞を読んでいた。すると店内が異様な盛り上がりの後、静寂に包まれる。ネメアは何事かと視線を上げた。

 

「~♪」

 

 二人仲良く歩いてくる男女。互いに想像を絶する美貌を誇っていた。男らしい褐色肌の益荒男に女らしい華と毒を含んだ美女。二人は魔界都市でその名を知らない者はいない伝説の殺し屋達である。

 客人達が唖然としたのは、二人が仲良く並んで歩いている光景など見た事が無かったからだ。現にネメアも咥えていた煙草を落としかけ、寸前でキャッチする。それ程までに異常な光景だった。

 

 大和とアラクネ──二人の仲の悪さは筋金入りの筈だ。それはもう、会えば互いを激しく罵り合い最悪殺し合いに発展する位には。犬猿を通り越して因縁の間柄だった筈だ。

 それが今はどうだ、アラクネは大和の腕に絡みつきうっとりとしている。大和も上機嫌そうに笑顔を浮かべていた。

 

 ネメアは己の眼を疑い一度擦った後、両者を見る。次には笑って頭を押えた。

 

「俺は夢でも見てるのか……? どうしたお前達、仲直りしたのか?」

「した」

「したわ。もう正直になる……自分の気持ちに嘘は付かないわ♪」

 

 カウンターに腰かけ、アラクネを抱きかかえる大和。アラクネは彼の首に両手を回し、その頬にキスをした。ネメアは目を丸めた後、本当に、本当に嬉しそうに微笑む。

 

「そうか……いやぁ、嬉しいな。やっと仲直りしたのか」

 

 ネメアはカウンター越しに頬杖を付き、幸せそうに両者を見つめる。

 

「今夜はご馳走を振る舞うぞ」

「いいのかよ?」

「俺がしたいんだ。気にするな」

「ありがとネメア♪」

 

 アラクネは嬉しそうに笑う。その笑顔は本当に幸せそうで、ネメアは温かい気持ちで満たされた。その時、ネメアのスマホが鳴る。内容を確認したネメアは表情を顰めた。

 

「……こんな時に面倒な依頼が舞い込んできたな」

「どうした、緊急か?」

「ああ、クトゥグアを信仰する邪教徒集団が北区周辺で儀式を執り行っている。放っておけばクトゥグアがデスシティの空に顕現するぞ」

「そりゃ不味いな」

 

 意外と緊急事態だった。火を司る旧支配者(グレート・オールド・ワン)が荒れ狂う疑似太陽として召喚されようとしているのだ。もしもそうなればデスシティが一瞬で溶け落ちる。それどころか地球に存在する全ての生物が死滅してしまう。

 

「数日前のクトゥルフの参拝から、邪神を崇拝する組織の活動がやけに活発的なんだ。これも狂気の影響だろうな」

「ネメア……その依頼、何処からだ」

「世界政府だ。何処から情報を仕入れたのかは知らんがな」

「まぁ、アッチの事情はどうでもいい。報酬は弾むのか? 二人分だ」

「……まさか」

 

 ネメアは碧眼を見開く。そのまさかである。大和とアラクネは不気味に嗤ってみせた。

 

「俺達が出る。すぐ解決してきてやるよ」

「私達二人が出れば問題無いでしょ?」

「ああ……それは、問題無い。いや……逆に同情するぞ。邪教徒達に」

 

 大和はアラクネを抱えたままカウンターを立つ。そして真紅のマントを靡かせた。

 

「ご馳走楽しみにしてるぜ。冷めない内に帰ってくる」

「後で三人で談笑しながら食べましょ♪」

 

 ネメアだけではない。酒場の客人達が全員戦慄していた。世界最強の殺し屋と暗殺者が、こと『殺し』に於いて右に出る者がいない男女が、コンビを組むのだ。単身で邪神を葬ってしまう規格外のコンビ──その真の恐ろしさを知る者は、生憎この場にはネメアしかいない。故に彼は邪教徒達に同情したのだ。

 

 二人がコンビを組んだ場合の戦闘力は拡張抜きで「あの」七魔将に匹敵する。

 それ程までに相性が最高で、且つ抜群のコンビネーションを誇るのだ。

 二名が組んで殺せなかった存在など、古今東西存在しない。

 

 ネメアは二名の頼もしい背中を苦笑半分で見送るのであった。

 

 

 ◆◆

 

 

 北区はギャンブラーの楽園。壮大なカジノ都市の筈だが、現在は邪神の従者達による狂宴場と化していた。数多の悲鳴が野太い怒号と重なり合う。大富豪の用心棒達が懸命に戦っているが、虚しい健闘である。多数の犠牲を払っても止めるのが精一杯。邪神の奉仕種族はデスシティの住民程度、軽く嬲り殺してしまう。魔改造を施した重火器の一斉掃射を浴びても気持ち良さそうに身震いし、度重なるサイボーグ強化を果たした肉体を戯れで引き裂いてしまう。

 阿鼻叫喚の地獄へとやって来た大和は呑気に口笛を鳴らした。

 

「成程、確かにヤベェ。北区が壊滅状態だ」

「本当に。三日くらい遊べそうにないわね」

 

 二人で苦笑し合いながら地獄の只中を歩いていく。名も無き奉仕種族達は二名に襲いかかろうとした。が、一斉に動きを止める。その後、奉仕種族同士で盛大な殺し合いを始めた。冒涜的な悲鳴を上げながら爪牙を煌かせる。名状しがたい色彩の血潮が吹き上がった。

 大和の腕の中で寛いでいるアラクネが片手間に鋼糸を操り、奉仕種族逹を操り人形にしているのだ。北区に跋扈する数千の奉仕種族を傀儡師として殺し合わせている。

 想像を絶する暗殺技術を披露しているアラクネだが、退屈なのだろう。空いた手で大和の逞しい胸を撫でていた。

 

「フフフ……」

「どうした?」

「ううん、嬉しくて……こんな些細な事でも、幸福を感じられるのね」

「甘えたいだけ甘えろ」

「ええ、そうするわ」

 

 髪を撫でられ、アラクネは子猫の様に瞳を細める。その様子は微笑ましいが、周囲は正に地獄絵図だった。目も当てられない。二人の通り過ぎた後には凄惨な死体しか残っていなかった。臓物で彩られた血の絨毯を大和達は進んでいく。ふと、思い出した様に大和は言った。

 

「確かクトゥグア召喚の儀式って、失敗したら凄い事になるよな?」

「……フフフ、そうね。凄く面白い事になるわ」

 

 二名は暗い笑みを浮かべると、邪神教団が隠れているであろう場所に莫大な殺気を飛ばす。世界最強の殺し屋と暗殺者が発する殺気は不老不死の神仏にも明確な死をイメージさせる。只人が浴びればどうなるか──その答えが遠方で派手に出された。

 邪教徒達は驚愕して儀式に失敗してしまったのだろう。クトグゥアとはまた違う、しかし凶悪な邪神が現れた。

 

 ヤマンソ。

 

 クトゥグアとは別性の炎の邪神。人類を妬み恨む、貪欲なる捕食者。花弁の如き口から三つの灯火を浮かべ、異形のバケモノは咆哮と共に致死の焔を撒き散らした。周囲にある一切合切を燃やし尽くす。半径数十キロメートル、北区の約半分が灰燼と化した。

 範囲内にいた大和は片手を掲げる事で無効化していた。同じ邪神であろうと容赦無く燃やし尽くすヤマンソの邪炎を難なく受け止められたのは、大和自身が誇る圧倒的な闘気のおかげ。例え邪神の権能だろうが、大和の肉体を犯す事は叶わない。

 

 大和はアラクネを下ろすと、自分達を憎々し気に睨み付けるヤマンソに歩み寄る。ヤマンソの身長は然程大きくない。大和の方が大きいくらいだ。しかしその力は破格。鬼神や魔王とは比べものにならない。

 それでも大和は不敵な笑みを崩さない。アラクネもである。ヤマンソはその小生意気な面を叩き潰さんと、触手を振り上げようとした。

 

『!!?』

 

 しかし動かない。指先一つ動かせない。アラクネがミスリル銀の鋼糸でヤマンソの肉体を完璧に拘束しているのだ。1000の1ミクロンまで研ぎ澄まされた精神感応金属は高次元霊体であるヤマンソの肉体を的確に捕らえている。大和は嗤いながら更に歩み寄る。その右拳に極大の闘気を圧縮、蓄積した。極大の生命力から放たれる強制終焉、幕引きの一撃。

 

 陽の型・天中殺

 

 妖魔を滅ぼす曙光の名を冠した一撃必殺のアッパーがヤマンソの顔面を捉える。ヤマンソは悲鳴すら上げられずに滅びていった。強制的に元居た場所に転移させられたのだ。

 呆気ない、あまりに呆気ない終幕。しかし大和とアラクネからすれば当然であった。

 

 二人は抱き合い、静かにキスを交える。

 

 ネメアが何故、邪教徒達に同情したのか──その理由が判明した。

 強過ぎるのだ。あまりにも。このコンビは──

 

 

 ◆◆

 

 

 暫くして。大衆酒場ゲートに二名の客人が駆けこんだ。その内、男の方がカウンターから身を乗り出す。純白のスーツにお洒落なサングラス、巌の如き肉体。傷だらけのその顔を驚愕と好奇で彩っていた。腕利きの用心棒──右之助である。

 

「オイオイ! ネメア! あの大和とアラクネが仲直りしたって!? マジかよ!!」

「ああ、惜しかったな。今さっきご馳走を振る舞って帰ったところだ」

「マジかよ! あ~あ、アイツ等がイチャイチャしてるところ見たかったなぁ」

 

 心底残念そうにカウンター席に座る右之助に、ネメアは苦笑を向ける。

 

「そんなに意外か? アイツ等は元・恋人同士だ」

「俺が此処に来てからずっと仲悪かったぜ」

「この都市に来てまだ100年も経ってないだろう、お前は。知らなくて当然だ」

「いや、お前等何歳だよ」

「途中から数えるのを止めた」

 

 肩を竦めてセブンスターを吹かすネメア。三羽烏に年齢を聞くなど野暮な話である。彼等は実在する神話の英雄達なのだから。

 右之助は隣で不貞腐れている女性に体を向ける。漆黒の制服と帽子が似合う東洋系の美女。右之助は苦笑して彼女の肩を叩いた。

 

「そう拗ねんなって死織! まだチャンスはあるぜ、アイツの懐の深さは無限大だ。悪い意味でだけどな」

「…………」

 

 ブラウン色の双眸を潤めたかと思えば、大きく項垂れる。何時も以上に感情的な彼女に対して右之助は肩を竦めると、ネメアに告げ口した。

 

「コイツ、最近大和にマジで恋してるんだ。アイツが他の女と寝ると一気に不機嫌になるんだよ」

「今日は随分口が達者ですね右之助さん。少し黙っていてください」

「へいへい」

 

 仰々しく両手を広げる右之助に死織は鋭い眼光を向けるも、溜息を吐いて再度項垂れる。「これは重傷だな」とネメアと右之助は内心思った。死織は涙目で唇を尖らせる。

 

「馬鹿、バカ大和──今度会った時は絶対容赦しません。搾り取ってやります……」

 

 右之助は静かにネメアにジェスチャーする。「モテる男ってのは大変だねぇ」と。それに対してネメアは肩を竦めるだけで応じた。

 

 

 ◆◆

 

 

 その頃、裏路地にある大和の仮宿屋で。大和は極上の枕に寝転がり、全身の力を抜いていた。アラクネの膝枕である。アラクネは柔らかく微笑みながら彼の頬を撫でる。大和は猫の様に三白眼を細めた。

 

「落ち着く……」

「フフフ、アンタのこんな気の抜けた姿、滅多に見れないわ」

 

 大和は普段から野生動物の如く神経を尖らせている。セッ〇スの最中だろうがだ。それがどうだ、アラクネの膝の上で寝ている今は完全に油断している。己の命を預けられる女が傍にいるからだ。アラクネは嬉しくなり、暗黒色の双眸を潤める。

 

「寝ていいわよ。私が見張っておいてあげるから」

「そうか? なら甘えようか」

 

 何の疑いも無く熟睡する大和。暫くすると小さな寝息を立て始めた。アラクネは子供の様なその寝顔を愛おしそうに撫でると、隙だらけの唇にキスを被せる。

 

「愛してるわよ、大和……もう、離れないから」

 

 それは誓いであり、今まで正直になれなかった分の反動だった。誰よりも特別な男性に対して、アラクネは溢れる愛情を抑えられないでいた。眠っている彼の黒髪を撫でながら、幸せそうに微笑む。

 

 静かに夜が過ぎていく。

 黒鬼と毒蜘蛛の仲はもう崩れそうにない。これからもずっと──

 

 

《完》

 

 


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