villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

103 / 255
第十五章「帝国伝」
一話「ドイツ・ナチスの真実」


 

 

 第二次世界大戦の裏には何かがあった。世界滅亡の危機に直面するほどのナニカがあった。

 デスシティで流行している都市伝説の一つである。ソレが真実なのか、ただの都市伝説なのか、確かめたいと願う者達がいた。

 彼女達はジャーナリスト。お金のために、何より「隠された真実を知りたい」という好奇心に突き動かされて、今宵世界の真相の一ページをめくる事になる。ソレを知る者は誰でも無い、魔界都市のジョーカーと謳われる、あの男だった──。

 

 

 ◆◆

 

 

 魔界都市デスシティで最も安全と謳われる場所、大衆酒場ゲートにて。今宵も大いに盛り上がっているこの憩いの場に、亜人族のペアが現れた。それぞれ犬、猫の亜人達である。犬の女性は真面目そうな雰囲気を醸しながらも豊満な肢体をしており、猫の女性は小柄ながらも社交的、悪く言えば遊び慣れた雰囲気を纏っている。それぞれの服装が性質を端的に表していた。ラフな格好をした猫女は猫耳をピョコピョコ動かしながら周囲を見渡し始める。捜している人物でもいるのだろう。

 

 彼女の目に、褐色肌の美丈夫が映った。灰色の三白眼に凶悪なギザ歯、魔性の美貌は無二の色香となって周囲の女達を魅了している。靡く真紅のマントは彼のトレードマークだった。

 

 世界最強の殺し屋にして武術家、大和。

 

 暴力の天才、邪神も畏れる人間の皮を被った怪物に、猫女は一瞬躊躇うものの、群がる女達をかき分け話しかける。

 

「あのー! 大和さん! すいません、お時間よろしいですか?」

 

 大和はゆっくりと視線を猫女に向けた。巌の如き肉体から滲み出る凶悪なまでの存在感。神話の時代から生きている正真正銘の魔人に対し、猫女は緊張のあまりゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 その灰色の三白眼は冷たい輝きを灯していた。人間のしていい眼ではない、まさしく怪物──。善悪などの理屈を抜きに相手の本質を見抜いてしまう、ある種の千里眼。

 猫女は心の奥底まで見透かされている様な気がして、とてつもない寒気を覚えた。

 

 大和はふむと顎を擦ると、周囲の女達を退かせる。女達は渋々といった様子で離れていった。

 

「何のようだ? 俺を誘いに来たワケじゃあ無さそうだ。と言っても、依頼をしに来たワケでも無さそうだし──何を聞きにきた? ジャーナリスト共」

「……私達、まだ職業を名乗ってないんですけど」

「視線と服装、立ち振る舞いと挙動。後はそうさな……亜人の割には、色々こなれてるって所か。まぁ、経験と勘を照らし合わせただけだ。別に驚く事でもねぇだろ?」

 

 人懐っこく笑った後、大和は眼を細める。

 

「まぁ、暇潰しには丁度良い……話題によっちゃあ付き合ってやらんでもない」

「「……」」

 

 猫女と犬女は互いに視線を合わせる。そして意を決した様に頷き、大和に歩み寄った。

 

「私はサン。猫の亜人です」

「私はムーン。犬の亜人だ」

「俺は大和。職業は言わなくてもいいよな?」

 

 サンとムーンは強張った表情で頷く。この魔界都市で彼の事を知らない存在はまずいない。

 代表して猫女、サンが口を開く。

 

「第二次世界大戦の真相を──正確にはドイツ、ナチスの真相を知りたいんです」

「……そりゃあ、おめぇ。トップシークレットってやつだぜ。なぁネメア?」

 

 カウンター越しで新聞を読んでいた金髪の偉丈夫、ネメアは険しい表情で告げた。

 

「止めとけ、命を落とすぞ。それ位の情報だ」

「それでも知りたいんだ。実際に関わっていたであろう貴方達から、話を聞きたい」

「「…………」」

 

 ムーンの言葉にネメアと大和は視線を合わせた。大和がフッと鼻で笑う。

 

「根拠は?」

「色々調べさせて貰った。都市伝説でしかない第二次世界大戦の真相を──しかし、ナチスの裏に途轍もない存在が隠れていた事と、貴方達が関わっていた事しかわからなかった」

「だから聞きに来たんです。誰でも無い、貴方達に」

「特に大和──貴方は相当深く関わっていた筈だ。誰でも無い、世界を裏で救い続けてきた闇の英雄である、貴方なら──」

 

 サンとムーンに問い詰められ、しかし大和は面白そうに笑っていた。ネメアはやれやれと肩を竦める。

 大和は彼女達に問うた。

 

「お前ら、覚悟はあるか?」

「望むところだ」

「相応の覚悟はできています」

「よし、なら教えてやるよ」

 

 その代わりに──と、大和はいやらしく三白眼を細めた。

 

「お前らの身体と引き替えにな。そうさな……三日くらいで許してやるよ」

「にゃ!!?」

「……わぅぅ!!?」

 

 サンとムーンはツンと耳を立てた。次には顔を真っ赤に染めて狼狽する。

 

「そそそそそれは!! えええ!!?」

「わ、私達は亜人だぞ!? 正気か!?」

 

 獣の色が濃い亜人族は差別意識が緩いデスシティでも比較的敬遠されている。蟲人と同じくらい容姿が人間離れしているからだ。ソレを好む輩もいるが、疎ましく思う輩の方が多い。

 しかし大和は違う、妖艶に笑いながら彼女達を抱き寄せた。

 

「知った事かよ。お前達はイイ女だ。周囲がどう言おうが、俺がそう思ってんだよ。……いいから抱かせろや。満足させてやるから」

「……にゃぅぅっ」

「……わぅっ」

 

 両者は表情を蕩けさせる。大和が何故、あらゆる種族の女達から慕われているのか──その理由の一端がわかる瞬間であった。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和の寝床である仮宿で。亜人の女達、サンとムーンはガチガチに固まっていた。居間で座っているものの、落ち着かない様子である。部屋の中をキョロキョロと眺めていた。

 猫の亜人、サンは相方であるムーンに上擦った声で話しかける。

 

「私……こう、遊び慣れてるつもりなんだけど、男性の部屋にお呼ばれするのって……初めてなんだよねっ」

「それを言うなら、私なんて……交際経験すら無いんだぞッッ」

「「…………」」

 

 二人共、顔を真っ赤にして黙ってしまう。ジャーナリストとして訪問しているのに、両者共すっかり意識してしまっていた。部屋に香る男性の匂いがまた甘美で、ついつい鼻を動かしてしまう。

 

「おぅ、わりぃ。遅くなった」

 

 シャワールームから出てきた大和。肩にタオルをかけながら髪の毛を拭いている。その格好にサンとムーンは唖然とした。ジーパンを履いているだけで上半身は裸、凄まじくラフな格好だったのだ。

 

 代表してムーンが視線を逸らし、声を荒げる。

 

「な、なんだその格好は!! ふ、服を着ろ!!」

「? 別にいいだろ、俺の部屋なんだし」

 

 肩を竦めながら冷蔵庫を開ける大和。氷と水を持ってきて、卓袱台の上に置いた。そして妖艶に微笑んでみせる。

 

「それに、後で裸の付き合いをするんだ。かまわねぇだろう?」

「っっ」

 

 ムーンとサンは返答出来なかった。ただただ、大和の裸体に目を奪われていた。大和は知らずに会話を続ける。

 

「生憎、水と酒しかねぇんだ。我慢してくれ。……で、何処から話せばいい? ……って」

 

 大和は異性のいやらしい視線に気付く。二人は慌てて視線を逸らすも、既に遅い。

 

「そんなに俺の身体が気になるのか? いいんだぜ、先に味わっても。話なら後でできる」

「そ、それは駄目にゃん……っ」

「ああそうだ。まずは話を聞かなければ……っ」

 

 そう言いつつも、視線はチラチラと大和の腹筋や胸板に注がれていた。よほど魅力的に映っているのだろう。大和は苦笑しながら自分用のラムをグラスに注ぐ。そうして話し始めた。

 

「第二次世界大戦の時、ドイツナチスの勢いが凄かったのは知ってるよな?」

「ふぇ? は、はい! 勿論ですとも!」

「そりゃあもう、破竹の勢いだった。でもその裏には邪悪な神秘の影があった」

「「ッ」」

 

 二名共、ジャーナリストの顔付きになる。大和は話を続けた。

 

「国家社会主義ドイツ労働者党──通称であり蔑称がナチス。第三帝国と名乗っていた時期もあったか……ユダヤ人の大虐殺が有名だな。だが、それは歴史の一部に過ぎない。ぶっちゃちまえば、独裁者アドルフ・ヒトラーも操り人形でしかなかったんだ。……アイツのな」

 

 大和はたゆたうラムの水面を見つめる。その瞳に過去の出来事を映しながら──

 

「史上最悪の暴君、ソロモン。ナチスはアイツのおもちゃ箱でしかなかったんだ。……なんて事はねぇ、単なるお遊びだったんだよ。戦争と世界の滅亡を何よりも望む、アイツのな」

 

 そうして始まる、隠された歴史の真実。

 大和は当時、ソロモンの存在を誰よりも畏れていたナチス親衛隊のトップ、ハインリヒ・ヒムラーからソロモン暗殺を請け負っていたのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 ドイツ南部のバイエルン州バイエルン・シュヴァーベン地方にあるノイシュヴァンシュタイン城にて。

 現在はロマンティック街道の終点として人気の観光スポットになっているこの荘厳なる城は、第二次世界大戦の時にナチスドイツの元凶である「暴君」の極秘拠点となっていた。それを知る存在はネオナチ親衛隊の中でも上層部の者達のみ。表向きでは全国指導者ローゼンベルク特捜隊がフランスから強奪した美術品を保管するための集積所とされているが、実際はその美術品も「暴君の無聊を慰める献上品」でしかなかった。

 

 自然の要塞で護られたこの城に今宵、一名の殺し屋が侵入しようとしていた。大和である。何時もの服装ではなく、大日本帝国の軍服を着用していた。頭に白布を巻き、背中には二本の日本刀。腰には鎖鎌を帯びている。

 彼は微かな音すら立てずに常夜の森林内を飛び回り、樹木の上からノイシュヴァンシュタイン城を見つけた。そして灰色の三白眼を細める。

 

 第二次世界大戦が始まって、既に何年も経つ。ナチスドイツの勢いはそれはもう凄まじかった。このままでは世界征服されてしまうのも時間の問題だろう。アメリカ連合軍やイギリスは悠長に迎撃体勢を整えているが、このままでは一年と経たない内に世界全土がナチスの領土になってしまう。

 

 それを誰よりも畏れたのはナチス親衛隊のトップにして独裁者ヒトラーの右腕、ハインリヒ・ヒムラーだった。彼は大和に極秘回線で「元凶の抹殺」を依頼した。破格の報酬を約束され、大和はこの依頼を引き受けたのだ。

 

 大和はノイシュヴァンシュタイン城を見下ろしながら思う。

 

(元凶は、恐らくアイツだ……表世界をここまで巻き込むのはアイツしかいねぇ)

 

 冷たい溜息を吐く。依頼とは言え、大和はターゲットの事を「本当に面倒臭い奴」だと思っていた。だからこそ今回の任務、一筋縄でいかない事も考慮済みである。

 

「!!」

 

 大和は反射的に跳躍する。足場にしていた枝が影で編まれた槍達に穿たれた。まるで黒豹の如くしなやかな動きで地面に着地した大和は、周囲を見渡す。対の紅玉が闇の中で幾つも煌めいていた。

 樹木の枝に宙吊りで佇んでいる、SS軍服に身を包んだ兵士達。彼等は獰猛に犬歯を剥き出し、魔力を解放した。

 

 大和は嗤う。

 

吸血鬼(ヴァンパイア)──ここまで来ると確定だな。アイツめ、また世界を狂わせるつもりか」

 

 ギザ歯を剥き出して、鎖鎌を携える。

 そうして、深夜の暗殺劇が始まった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。