villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「ドイツ・ナチスの黒幕達」

 

 

 ナチスの黒幕が率いている部隊は五師団存在する。歩兵師団、空挺師団、機甲師団、山岳師団、そして派遣師団だ。人造吸血鬼による武装兵団が所属しているのは派遣師団である。巷で「ナチスの兵士に化け物が紛れ込んでいる」という噂が流れていたが、彼等の事を言っているのだろう。

 

 大和は前以てヒムラーからナチスの情報を入手していた。今回の吸血鬼の登場も無論、予想の範囲内である。しかし問題は吸血鬼が天然ではなく人造である事だ。あのヒムラーでさえ、ナチスの真の情報は知り得なかったのだ。

 

(人造吸血鬼たぁ……ふむ、どうやら相当厄介な事になってるらしい)

 

 天然ならまだよかった。人造はまずい。何故なら──

 

(人造吸血鬼を量産できる科学力と魔術の知識。更に吸血鬼という種族の根幹に関わる存在が居るって事だ。面倒くせぇ……色々探ってみるか)

 

 大和は鎖鎌を構えつつ、三白眼に冷たな輝きを灯す。馬鹿な人造吸血鬼達は下卑た笑みを浮かべていた。

 

「大日本帝国の軍人が、こんな僻地に何の用だ? 同盟国の兵士だ。本来友好的に接するべきだが……我々の存在を知られたからには、生きて返せないな」

「いいや、違うね。お前らはわざと俺の前に現れたんだ。俺を嬲り殺す口実を生むために」

「……察しが良いな。下等生物」

「お前らも元、下等生物だろ? ご都合主義で吸血鬼化した雑魚共が、調子乗ってんじゃねぇよ」

 

 同時に一兵士の頭が消し飛んだ。唖然とする隊長の目の前で、大和は鎖分銅を回していた。アレで頭部を消し飛ばしたのだ。大和は嗤う。

 

「さぁて、狩りの時間だ」

 

 大和は鎌を投擲する。真空波を孕む鎌鼬は面白い様に兵士の首を飛ばしていった。兵士達の動揺が憤怒に、そして恐怖に変わるのに、さして時間はかからなかった。逃げ惑う彼等を鎖分銅は正確に追尾していく。樹木の間を縫って逃げても、必ず頭を消し飛ばす。

 

 あっという間に最後の一名となった隊長は、歯をガチガチと鳴らしながら大和を指さした。

 

「な、何者なんだお前は……ッッ、不死身の怪物である我々をこうも容易く……!!」

「格が違うなァ」

 

 宵闇が溶け出した様に、唐突に隊長の背後に現れた大和。彼は既にその首元に鎌刃を押し当てていた。親しげに肩を組みながら笑いかける。

 

「ご都合主義に頼っても、所詮雑魚は雑魚だな。ええ?」

「待っ……」

 

 隊長の首が宙を舞った。その身体は灰となり、骨も残らない。他の隊員達も灰となって消えていった。ご都合主義に頼った者達の末路としてはあまりに似合い過ぎている。

 

 大和はふと、傍の茂みに視線を向けた。そして鎖分銅を投げつける。隠れていた隊員は悲鳴を上げて暴れ回った。

 

「いやぁ!! お願い! お願いします!! 助けてください!!」

 

 甲高い女の悲鳴に大和の口角が愉悦で歪んだ。

 

「ビンゴ♪ 女だ、だから生かしておいたんだよ」

 

 吸血鬼の怪力をものともせず女性隊員を引き寄せ、大和は舌なめずりする。

 

「そう怖がるなよ。事情聴取が終われば天国に連れてってやるから……」

「イヤァァァァァァァ!!!!」

 

 真夜中の森林に女性の悲鳴が木霊した。だが暫くすると甘い喘ぎ声に変わったという。しかしその後、彼女を見た者は誰もいなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 ノイシュヴァンシュタイン城、晩餐の間にて。ナチスの黒幕達、即ち生粋の化け物共が食事をとっていた。最奥に佇んでいる黒髪の美青年は優雅に頬杖をついている。想像を絶する美男だった。容姿的年齢は二十代前半ほど。大和と違い線が細く優美で、儚さすら感じさせる。しかしその瞳には想像を絶する狂気と憎悪が渦巻いていた。

 彼は壊れている。人間として終わっている。だからナチスを裏で操れるのだ。

 

 世界最強の王にして、神々が最も畏れた人間。暴君の代名詞──ソロモン。

 

 大和とエリザベスとはまた違った特異点。第三の人類最終試練。半永久的に続く例外的な終末論「ムースピリ」の代行者。

 人間でありながら非の打ち所の無い完璧な存在。だからこそ人間に絶望し、世界に絶望し、全てを滅ぼそうとしている破綻者──大和とは似て非なる魔人である。

 

 枢軸国──ドイツナチスは彼の無聊を慰める演目に過ぎなかった。反ユダヤ主義? 崇高なるアーリア人? 彼にとってユダヤ人もアーリア人も同じくゴミでしかない。

 

 あまりに優秀過ぎるから、完璧過ぎるから、自分以外の全てが雑種に見える。だから滅ぼす。ゴミを綺麗に掃除する。

 恐ろしいほど壊れていた。大和とも雅貴とも違う、彼は徹底的に人類を、世界を、憎んでいた。

 

 そんな彼に付き従うのは最後の怪物大隊、超越者達が指揮する五つの師団である。

 

 歩兵師団。武術とは効率的な殺戮術であり活人など綺麗事でしか無い──そう豪語する血気盛んな500人の武人達で構成されている。師団としての規模は最小だが、一名一名が神仏の権能を無効化できるほどの闘気と想像を絶する武技を誇る武闘派集団だ。

 大隊長は世界最強の槍術家「三本槍」筆頭、「魔槍」ヴォルケンハイン。

 黒のざんばらば髪に無精髭を生やした野性的な男性である。容姿的年齢は四十代ほど。粗野だが野卑ではない。豪快に食事をしている様も実に清々しい。その肉体は親衛隊の制服の上からでもわかるほど鍛え抜かれており、碧眼に宿る闘志はまるで地獄の業火の如く。傍らには禍々しい魔槍が立てかけられていた。彼は槍術のみならば確実に大和を超えている真の達人である。

 

 空挺師団は外宇宙からの侵略者、頂点捕食者ドラゴンで構成されている。戦争と蹂躙をこよなく愛する彼等にとって、ソロモンは利害の一致する関係だ。

 大隊長は最強クラスのドラゴン「魔龍王」ニーズヘッグ。金髪を腰まで流した、冷たい雰囲気を醸す美男である。SS軍服がよく映える。一見冷静沈着そうに見えるがしかし、その胸奥は戦争欲で煮えたぎっていた。

 

 機甲師団は最新鋭のサイボーグ、アンドロイド集団で編成されている。これらは大隊長本人が発する純エーテルで駆動しており、圧倒的な戦闘力と共に自動修復機能も備えている。師団としての規模は随一で、小国をものの数分で滅ぼす事が可能。

 大隊長は嘗て唯一神に抗った旧人類が創造した対神仏用終極兵器「ゴグ・マゴグ」。耳までかかる程度の銀髪と無機質な瞳が特徴の美男である。こちらもニーズヘッグと同様、制服がよく映える。彼との違いは冷静ではなく無感情である事。燻る欲望も無い。ただ淡々としている。

 

 山岳師団の大隊長は日本三大怨霊の一角であり、最終的に神と崇められるに至った大天狗「崇徳上皇」。この師団は彼に付き従う怨霊、霊能力者で構成されている。直接的な戦闘力こそ他の師団に劣るものの、呪詛、天災、禁呪を用いての補助、支援力は破格の一言に尽きた。東洋然とした雅な容姿にSS制服がまた似合う。ソロモンとはまた違う絶世の美男。彼はソロモンに「世界を憎悪する過去の己」を重ねて、慈悲の心を以て力を貸している。最も、現世に辟易している事には変わりなく、そのやり口は苛烈を極めている。

 

 派遣師団の大隊長は吸血鬼の大本であり真祖の上位、神祖である「ヴラド・ドラキュリーナ」。生体兵器である人造吸血鬼、その失敗作であるゾンビを用いてバイオハザードを繰り広げている。縦ロールの豪奢な金髪に鮮血を彷彿とさせる双眸。死人の様に白い肌。身に纏う凄絶でありながら妖艶な色香は吸血鬼の神故のものだろう。SS軍服には独自のアレンジを加えている。彼女は何かしらの思惑があるようだが、その真意はソロモンにも語っていない。

 

 以上、五師団の大隊長と晩餐を共にしているソロモン。彼は実に上機嫌だった。その様子を物陰から探っていた大和は内心舌打ちする。

 

(何だこの面子は……想定外もいいところだぜ。報酬と釣り合ってねぇ。……まぁでも、一度受けた仕事だ。形式上でもこなさねぇとな)

 

 大和は即座にソロモン殺害の筋道を導き出し、それを実行に移す。

 

 

 ◆◆

 

 

 まず反応したのは機甲師団大隊長「ゴグ・マゴグ」だった。僅かな、しかしこれ以上無い「気配」を察知し、反射的に裏拳を放つ。神仏の魂すら容易に砕ける破滅の鉄拳。余波だけで広間の片側を消し飛ばし、ノイシュヴァンシュタイン城を震撼させた。

 本来であればここら一帯を消し飛ばせる容赦無い一撃だったが──ゴグ・マゴグは悟る。わざと放たされたのだ。精密無比な迎撃プログラムを逆に利用された。

 

 そう至った時には既に遅い。破滅の鉄拳を合気の秘奥「流水」で転化し、大和は渾身の膝蹴りを放つ。鳩尾を穿たれたゴグ・マゴグは遙か彼方へ吹き飛ばされていった。

 

 次に反応したのは歩兵師団大隊長、ヴォルケンハインだった。嬉々として魔槍を携え、突きを放つ。牽制の突きだったが、威力は中級邪神を討ち滅ぼせる出鱈目なものだった。しかし襲撃者──大和は敢えて食らう。腹筋をわざと穿たせた。

 ヴォルケンハインは下手を打ったと舌打ちする。強靭過ぎる腹筋に矛先を絡め取られ、魔槍を引き戻せないのだ。大和は背中に帯びた日本刀を抜き放ち、予め超圧縮していた闘気を開放する。

 

 有形無形問わず全てを消し飛ばす滅の斬撃──雷光剣。

 

 ヴォルケンハインは防御するも、威力を押さえきれずに吹き飛ばされる。しかし日本刀を破壊して行った。大和は舌打ちすると同時に、前方で絶大なオーラを拳に集約している空挺師団大隊長──ニーズヘッグを睨み付ける。

 

 宇宙を消し飛ばせるレベルの右ストレートが放たれた。しかし大和は首を逸らして威力の殆どを受け流す。彼は背中に帯びているもう一本の日本刀に手を添えた。ニーズヘッグはさせまいと体勢を立て直すものの、全身を鎖鎌で拘束されてしまう。そのまま二発目の雷光剣が放たれた。

 

 ほんの一瞬で三名の超越者を無効化した大和は机の上に着地し、暴君ソロモンを睨み付ける。ソロモンは不敵に笑っていた。

 

 大和の周囲の空間が、圧倒的な呪詛と妖力によって圧迫される。山岳師団大隊長、崇徳上皇と派遣師団大隊長、ヴラド・ドラキュリーナによる同時拘束術式だ。魔導師クラスでも脱出困難な拘束を、しかし大和は埒外の闘気と腕力で吹き飛ばす。魔術、異能、術式、権能、超能力──あらゆる神秘的な力に無敵に近い防御性能を発揮する闘気。ソレを極めている大和を、如何に超越者とは言え術式で抑える事は不可能だ。

 

 大和は光速を超える速度で駆ける。ソロモンの周囲を覆っている曼荼羅状の超高密度多重障壁を八極拳の大技、鉄山靠で粗方破壊した。しかし完全には突破できず──大和は振り向き際に筋肉を限界まで絞り、間接を捻り上げる。そうして生まれた絶大な力を解放する様に渾身の一太刀を放った。その威力に耐えきれずに日本刀の刃は砕け散ってしまうが、残る障壁はほんの数枚。

 しかしその数枚こそがソロモンの本命だった。あの災厄の魔女、エリザベスですら突破困難のソロモン王最強の防御結界。大和の闘気でも無論、無効化できない。

 

 しかし大和は突破する。闘気を込めた指で術式をなぞり、強引に解除した。

 

 荒唐無稽の荒業である。埒外の闘気と、何より魔導師クラスに異能術式に精通していなければ不可能。しかし大和は両方兼ね備えている。彼は異能術式を用いないだけで、知識は保有しているのだ。それも、エリザベスに比肩するほどの莫大な情報量を──

 

 その美顔を驚愕で歪めるソロモン。彼の心臓目がけて大和は必殺の抜き手を放つ。操身方で金剛石の如く硬化した五指は難なくソロモンの心臓を貫いた。吐血する彼を見やり、大和は勝利を確信する。

 

 同時に背後から嘲笑が聞こえてきた。

 

「全く、忌々しいほど見事だよ。奇襲とは言え、単身で五師団の大隊長を無効化し私を殺してみせるなんて……いやはや、全く以て理不尽だ。お前は」

 

 嘲りの中に確かな敬意を含めて、ソロモン──であろう美少年はSS軍服のマントを靡かせる。振り返った大和は訝しげに眉を顰めた。

 

「転生か……?」

「そうだとも。つい先日、秘術で転生したんだ。惜しかったな、あと一日早ければ私を殺せたのに」

 

 ソロモンの周囲に五師団の団長が並び立つ。大和は舌打ちした。

 

 奇襲が失敗した時点で任務失敗は確定した。ソロモンは大和に語りかける。

 

「私は異世界へ往く、軍事力を溜めるためにな。悪いがここでお別れだ。暗黒のメシア」

 

 ソロモン達の背後に突如として異界門が現れる。彼等は次元の狭間を繋ぎ、別の世界へ赴こうとしているのだ。大和は既に戦意を伏せている。ソロモンは嗤いながら告げた。

 

「お前をけしかけたであろう碌でなしのヒムラーに伝えておいてくれ。遊戯は終わりだ、ナチスはもうじき滅びる。短い間だが、暇潰しにはなったぞ──と」

「…………」

「ではな」

 

 異界門を潜っていくナチスの黒幕達。最後にヴラド・ドラキュリーナに投げキッスを送られ、大和は小さな溜息を吐いた。その頃には既に異界門は閉じていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 その後、ソロモンが言った通りドイツナチスは壊滅。独裁者アドルフ・ヒトラーはベルリンの塹壕で自殺し、ヒムラーもイギリス軍に拘束された後、青酸カリで自決した。第二次世界大戦を深刻化させていた悪魔の軍勢は、こうして駆逐されたのである。

 

 ドイツナチスの真実を聞かされたサンとムーンは、驚愕のあまり唖然としていた。途中でメモを取るのも忘れていたほどである。

 

 大和は何杯めかのラムをグラスに注ぎながら苦笑を浮かべた。

 

「依頼を失敗したのはアレで最後か……全く、忌々しい記憶だぜ」

 

 グラスいっぱいのラムを飲み干すと、ドライフルーツの盛り合わせを口に放り込む。辛うじて、ムーンが口を開いた。

 

「では、まだ黒幕は生きているのか……?」

「そうだ」

「……世界が危ないのではないか? それほどの男なのだろう、ソロモンは」

「ああ、自分以外の全ての存在を「道具」としか思ってない野郎だ。戦争中毒者であり、世界の破滅を目論んでる」

「っ」

「まぁ、俺には関係の無い話だ。依頼されれば話は別だが、そうでなけりゃどうでもいい」

「……貴方も貴方で、狂っているな」

「そんな俺に話を聞きに来たお前達も大概だと思うぜ?」

 

 小首を傾げた後、大和は付け足す。

 

「今の話、記事にしない方がいいぞ。ネオナチのシンパは今も世界中にいる。暗殺されたくなかったら公表しないでおくんだな」

 

 その忠告を胸に刻みつける前に、サンとムーンは抱きかかえられていた。そのままベッドに放り投げられる。

 

「さぁて、約束の報酬タイムだ。味あわせてもらうぜ」

「ちょ! ままま、待って欲しいにゃん! まだ心の準備が……!!」

「そうだ!! もっと余裕を持たせて欲しい!! こんな状態で……!!」

「ぐだぐだ煩ぇなぁ、その気にさせりゃあいいんだろ? 任せておけ」

 

 抱き寄せられ、唇を奪われるムーン。驚愕しながらも、その舌使いに一気にメスとしての本能を刺激される。健気に目を瞑り、大和の舌を受け入れる。サンはあわあわしながらその様子を見つめていた。

 

 彼女達はその後、約束通り三日三晩大和に貪られた。

 大和からすればネオナチスなど過去の亡霊、故にどうでもいいと割り切る。

 

 しかし彼等と再度相まみえる時は、刻々と迫っていた。

 

 

《完》


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