Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第十六章「修羅伝」
異世界の剣闘大会


 

 

 異世界、平行世界から来訪者が訪れるのもデスシティの醍醐味の一つ。彼等が齎す未知の物質や技術によって、産業革命が日々に起こっている。デスシティを構成している要素の一つとして、別次元の異世界があった。

 

 であれば、その逆があるのもまた必然。以前、大和が中世ヨーロッパに似たファンタジー世界に召喚されるという事態があった。デスシティの住民が異世界に来訪するのもよくある話なのである。

 

 では、任意ではどうなのか? デスシティの住民が「自分の意思」で異世界に赴く事は可能なのか? 可能である。既に時空間移動の方法は確立されており、「銀の鍵」などの便利なマジックアイテムが存在する。更に「異世界ハンター」なる専門職業もあるくらいだ。

 宇宙的恐怖である邪神が根城としているデスシティ。何でもありの此処、魔界都市に不可能など無かった。

 

 特に魔界都市でA級以上の戦闘力を誇る存在──超越者や魔導師、魔神や邪神などは異世界に何不自由無く赴く事ができる。その規格外の力で無理やり次元の壁を通り抜けられるのだ。

 

 だが、それだけ強大な力を誇る者達だ。わざわざ異世界に赴く理由は無いに等しい。超然とした性格をしている者達が多いのだ。

 

 しかし、俗っぽい性格をしている者もまたいる。最強の肉体と武術を誇りながら、金と美女に目が無い低俗極まりない男が──

 

 今回の物語の舞台は、魔界都市でも表世界でも無い。全く別の異世界だ。彼は何時も通り、欲望の赴くままに周囲を滅茶苦茶にしていくのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 地球がある宇宙とは別の宇宙に、トバルという惑星があった。地球に似た良好な環境を誇る星である。元々の原住民は獣人族──デスシティでいう亜人族だったが、この宇宙を支配する魔神達が暇潰しでこの惑星を箱庭に変えた。

 

 剣闘大会の聖地──戦いを生き甲斐とする者達はそう呼ぶ。

 

 日夜、寝る暇も無く殺し合いが繰り広げられる。宇宙中の腕自慢が己が最強である事を証明しようとしているのだ。大金を賭ける観客もゴマンといる。

 死者が量産され、目も眩む大金が動きまくる。出場者も観客達も、血に酔っていた。血に飢えていた。デスシティとはまた違う狂気に蝕まれた場所──ソレが此処、トバルである。

 

 剣闘大会の総合受付であるギルド酒場は、屈強な戦士達でごった返しになっていた。皆、己の腕に絶対の自信を持つ強者である。種族も多種多様だが、どちらかと言えば魔族や獣人族、神族が多い。生まれながらに強大な力を持つ存在だ。

 

 殺気立っている者達が殆どだが、無関心に自分の得物を整備している者や美女達と戯れている者もいる。殺意と自己顕示欲に満ちたこの世界に、今宵暗黒のメシアが降り立った。

 

 ウェスタンドアを無造作に開けてギルド酒場へ入っていく。騒々しかった酒場が一瞬で静まり返った。大男──褐色肌の美丈夫があまりに美しかったからだ。

 

 鋭利な三白眼に獰猛なギザ歯。それらを抱えながら全く色褪せない神域の美貌は女神すら骨抜きにしてしまう。鍛え抜かれた肉体はそもそもの出来が違った。骨格や筋肉密度が異常で、それらを鍛錬で極限まで進化させている。二メートルを優に超える身長でも、羽根の様に軽やかな動きができるだろう。

 

 身に纏っているのは白と黒の浴衣。肩から真紅のマントを羽織っている。腰に帯びられた大小の日本刀は、彼の体躯に合わせ拵えられた特注品だった。

 

 しかし、彼の種族を察した大半の者達が鼻で笑った。この世界で、この宇宙で、人間は下等種族だ。悪魔や獣人の方が遥かに高いポテンシャルを誇っている。しかも神秘的な力を感じない。魔力も霊力も神力も──

 

 話にならない。とんだ雑魚である。嘲笑が木霊した。ソレが自分に向けられているとわかっていても尚、褐色肌の美丈夫は嗤っていた。

 

 しかし、ほんの数名が大量の冷や汗を流していた。彼等は愕然としている。

 

「……バケモノか」

 

 一人が囁く。褐色肌の美丈夫の「真の実力」を見抜いてしまったのだ。

 格が違い過ぎる──どういう経緯を経てそこまでの存在に成れたのか……疑問は尽きないが、今はそれどころではない。

 問題は、今回の剣闘大会が剣闘大会として成立しない事だ。彼によって蹂躙劇に変わる。

 

 そう男が確信した瞬間、目が合った。刹那に寒気に襲われる。褐色肌の美丈夫は嗤いながら人指し指を口元に当てた。「黙ってろ」。そう言っているのだ。

 

 その灰色の三白眼に宿る埒外の殺意と狂気に、男は危うく悲鳴を上げかけた。彼は戦闘をするために此処に来たのではない。何か別の目的でこの場に来ている──その目は戦士の目ではない。殺し屋の目だった。

 

 男は頷いた後、脱兎の如くギルド酒場を出た。彼は今回の目玉である「ある大会」の優勝候補であったが、ここで脱落した。しかし、ソレは正解だった。

 

 褐色肌の美丈夫は肩を竦めると、受付嬢に笑いかける。うっとりと見惚れる受付嬢に対して低く甘い声音で告げた。

 

「この星で一番規模のデケェ大会──アルティメット・ワンって大会に出てぇ。優勝賞金が凄ぇんだろ?」

 

 この男──大和の目的は血沸き肉踊る闘争などではない。優勝賞金だ。

 戦いなど、結果を得るための手段でしかないのである。

 

 

 ◆◆

 

 

「あの、本当に、アルティメット・ワンに出場なさるんですか?」

「おう、駄目か?」

 

 大和が小首を傾げると、周囲の戦士達がクツクツと喉を鳴らした。失笑を抑えきれないのだ。しかし受付嬢は心優しいのだろう、心配そうに告げる。

 

「……お客様は、人間ですよね?」

「ああ」

「……無礼を承知で申し上げます。アルティメット・ワンは危険な大会です。他の剣闘大会をお勧めします」

「ふぅん、どんな風に危険なんだ?」

「アルティメット・ワンは様々な剣闘大会が開かれている惑星トバルでも種族、経歴、武器の使用、その他一切の出場条件を問わない無差別級の大会です。試合はどちらか死ぬまで続行されるます。最後に立っているのは優勝ペアただ一組だけです。確かに、優勝ペアには惑星一つ分の金銀財宝が与えられますが──」

「よし、出る」

 

 一切迷い無い応答に対して、受付嬢は苦々しい表情で告げた。

 

「……お話しを聞いていらっしゃいましたか?」

「おう」

「アルティメット・ワンには強力な魔王や神が出場しています! 人間である貴方が出場すれば、死んでしまいます!」

「死ぬかどうかはやってみなきゃわからねぇだろ? ああ、ペアはいるから安心してくれ。じゃ、登録よろしく♪」

「お客様!!」

 

 受付嬢の忠告を無視して、ギルド酒場から去ろうとする大和。周囲の客人達の視線が変わった。怒気である。生意気だと視線で訴えているのだ。

 どうでも良いとばかりに真紅のマントを靡かせる大和の前に、同じ位の身長の大男が立ち塞がった。青い肌に尖った耳、紅蓮の双眸から滲み出る魔力は魔族──それも魔王クラスである。

 

 彼はその厳つい容姿に似合わない優しい声音で大和を諫めた。

 

「なぁ兄ちゃん、顔とガタイが良いからって勘違いしてねぇか? 自分が強いって」

「……」

「困るんだよ。兄ちゃんみてぇな弱っちぃのがこのトバルの花であるアルティメット・ワンに出られると」

 

 種族も性別も関係無いとされているが、アルティメット・ワンとに出場できる種族は限られている。男はこう言っているのだ。「雑魚は引っ込んでろ」と。

 

 周囲の獣人族が嗤う。魔王達は指を差して陰口を叩いていた。完全にアウェイだ。

 しかし大和は微塵も動揺していなかった。ただただ胡乱と、目前に佇む木偶を眺めていた。

 

「だからよぉ兄ちゃん……回れ右して、参加資格を取り消してきな。でないと……俺がこの場で兄ちゃんを晒し者にしなきゃなんなくなる」

 

 大和の肩に手を置き、諭す様に告げる魔王。しかし野次馬達は違った。

 

「いいんだよバラガス!! やっちまえそんな雑魚!!」

「痛い目見せてやりな!! 人間風情が調子に乗って!!」

「ボロ雑巾にしてやれ!!」

 

 罵詈雑言の嵐。魔王──バラガスは哀れみを以て大和を見つめた。しかし大和は──懐からラッキーストライクを取り出し、火を点ける。そして紫煙をバラガスの顔面に吹き付けた。

 

「さっきから何グダグダ言ってんだよ。邪魔だ、消えろ」

「……~~~~~~~~ッッ」

 

 バラガスの眉間に特大の青筋が浮かび上がった。野次馬達は「終わったな」と肩を竦める。バラガスはとある銀河で最強を誇る大魔王だ。アルティメット・ワンに出れる資格を十分に満たしている。

 彼を怒らせてしまった馬鹿な人間に対して、周囲は同情の念すら抱けなかった。

 

 しかし次の瞬間である、野次馬達はありえない光景を目撃した。

 バラガスの顔面を片手で掴み、無理やり捻じ伏せている「人間」が居たのだ。人間──大和は煙草を咥えながら嗤う。

 

「調子に乗ってんのはどっちだ、ええ?」

「~~~~~~~ッッ!!!?」

 

 メシメシと嫌な音が響き渡る。規格外の握力で頭蓋骨を締め付けられたバラガスは、悲鳴を上げる事すらできずに失神した。泡を吹いている彼を無造作に投げ飛ばし、大和は湧き出る怒髪天の念を冷笑に変える。

 

「雑魚共が……ミンチにしてやりてぇところだが、今は許してやるよ。今はな」

 

 そう言い残し、大和は去っていく。真紅のマントがウェスタンドアを潜った後も、ギルド酒場は静寂に包まれていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 ふらりふらりと街中を歩いていく大和。トバルの中心地、その街並みは中世欧州の後期をイメージさせた。夜の街並みもまた風情がある。

 たびたび獣人族の女達に逆ナンされるものの、適当に流す。何時もの彼であれば何名か宿屋に連れて行くのだが、今回は違った。連れ合いがいるのだ。

 

 廃れた宿屋に辿り付けば二階に上がる。自室に入ると、濡れた奈落色の双眸が大和の美顔を映した。白いドレスに包まれた我儘ボディを捩らせて、妖艶過ぎる美女は微笑む。

 

「どうだった?」

「話にならねぇな。これなら楽に優勝できそうだ」

「なら、アンタ一人でもよかったんじゃない?」

「お前がいれば確実なんだよ──アラクネ」

 

 彼女を引き寄せ、紅の塗られた唇を奪う。魔性の美女──アラクネは蕩けた表情で大和の腰に手を回した。そう、大和のペアはあのアラクネなのだ。

 

 剣闘大会が蹂躙劇になる──確実に。

 

 

 ◆◆

 

 

 剣闘士の間で、とある噂が流行していた。「人間の男があのバラガスを腕力で捻じ伏せた」というものだ。その場に居合わせていなかった者は皆信じなかった。ありえない、魔力や霊力を用いたのなら兎も角、只の腕力で人間が魔族に勝てる筈が無い──と。

 

 しかしその場に居合わせていた数名は言う。その男の背後に、恐ろしい鬼神を垣間見たと──

 

 全ての真実は今日明らかになる。惑星トバル最大の目玉、無差別級剣闘大会アルティメット・ワン。その第七試合に件の男が登場するのだ。まだ初戦なのにも関わらず会場は満席だった。皆、噂の真相を確かめに来たのだ。

 司会者である獣人族の美女が声高らかに告げる。

 

「それでは!! 第七試合を始めます!! 東の門より「大和&アラクネ」ペア!!」

 

 出た、アイツ等だ。会場が騒然となる。しかし、すぐに静寂に包まれた。

 二名のあまりの美しさに全員見惚れているのだ。褐色肌の大男と妖艶過ぎる美女。二人共、異性の理想像そのものであった。

 

 男は強く逞しく、しかしハンサムで。女は淫靡で魅惑的で、しかし影がある。

 

 剣闘士の男達は思わず涎を垂らす。最高の女だと、是非自分のものにしたいと──劣情を全く隠しもしないので、アラクネは思わず苦笑した。しかし不快感は抱いていない様である。現に投げキッスで応じているあたり、楽しんでいる節すらあった。

 

 大和は司会者に手を振るう。惚けていた司会者は我に返り、慌てて西の門を示した。

 

「つ、続きまして西の門から!! 「トウジョー&サンジ」ペアです!!」

 

 が──何時まで経っても入場して来ない。司会者は慌てて呼びかけた。

 

「トウジョー&サンジペア! 入場をお願いします!!」

 

 しかし、応答は無い。代わりに大会関係者が出てきて司会者に耳打ちした。彼女は目を見開いた後、顔を真っ青にして観客達に告げる。

 

「えー、その……トウジョー&サンジペアは死亡していたため、出場できません。よって、大和&アラクネペアの勝利となります!!」

 

 会場が再び騒然となった。トウジョー&サンジペアは優勝候補の一角だった。皆、大和&アラクネペアを蹂躙してくれる事を期待していたのだが──それ以前の問題である。

 トウジョー&サンジペアを殺せる存在など限られている。会場内が疑心暗鬼の空気に包まれる。

 殺した存在がいる。彼等を暗殺した存在がいる。優勝候補達が、互いを密かに警戒し始めていた。

 

 しかし、彼等は気付かなかった。気付けなかった。人間だと見下しているペアが実は伝説の殺し屋コンビである事を。

 デスシティの住民がこの場に居れば思わず失笑するだろう。

 

 あの大和とアラクネが、こんなお遊戯に付き合う筈がない──と。

 

 現に、二名の顔には暗い笑みが貼り付いていた。犯人など既にわかりきっている。

 

 

 ◆◆

 

 

 安宿に戻った大和は、アラクネを膝上に置いてソファーで寛いでいた。その魅惑的過ぎる肢体を抱き寄せ、呟く。

 

「この調子でいくか」

「そうね。一々戦うなんてアホ臭いし、まばらに殺していきましょう。周囲も私達の事を弱者と断定してるし、今がチャンスだわ」

「どっちみち、俺達が犯人だって証拠を出せる奴がいねぇ。馬鹿ばっかりだからなァ……」

 

 酷な話である。こと殺しに於いて並ぶ者無き二人から証拠をゲットするなど、同格でもなければ不可能だ。彼等は伝説の殺し屋──証拠は一切残さない。

 

 大和は嗤う。

 

「大会のルールに「事前に殺し合いをしてはいけません」なんて無かったからなァ……最低限、大会として機能させればソレでいいだろ」

 

 大和はアラクネの耳元で囁く。

 

「お前は特に人気みてぇだから、暗殺も楽そうだな」

「あら、妬いてるの?」

「ほざけ」

「ああんっ♪」

 

 首元を甘噛みされ、嬉しそうに喘ぐアラクネ。

 二人の悪意を止められる者は、生憎この惑星にはいなかった。

 アルティメット・ワンの出場者は黒鬼と毒蜘蛛の餌になるしかなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 深夜。惑星トバルの夜空は、それは美しかった。満天に星々が煌いている。空気も新鮮で上手い。血生臭いこの星で唯一心癒される景色であった。

 

 トバルの原住民しか知らない風化した闘技場で。獣人族の女が功夫(クンフー)に励んでいた。仮想の敵を眼前に映して、ソレを仕留めんと鋭爪を煌かせている。衝撃波が辺りを吹き抜けた。繰り出された回し蹴りはまるで死神の鎌、並の相手なら首から上が消し飛んでいるだろう。

 

 仮想の敵を完全に殺した女は静かに息を吐いた。獣の要素を残しつつ、美しさを損なっていない健康的な女である。手足は猫科の──虎の要素を強く現している。尻尾と猫耳も付いていた。

 

 年齢は二十代前半ほど、肩辺りで切られた金髪に同じ色の瞳。Tシャツにホットパンツというラフな格好。端正な顔立ちと豊満な肢体は男共の視線を釘付けにする。

 しかし腹筋はしっかりと割れており、肩の筋肉も筋張っていた。その身から滲み出る闘気は並の戦士より遥かに濃い。

 色気と力強さを兼ね備えた、この惑星ならではの女だった。

 

 彼女は空中で三段回し蹴りを放った後、華麗に着地してみせる。猫科の動物ならではの、しなやかで無駄のない動きだった。そうしておもむろに上空を見上げる。野性の勘が何かを告げたのだろう。

 

 瓦礫と化した闘技場の柱の上に男が座っていた。真紅のマントを夜風でバサバサと靡かせている。煌くギザ歯に褐色の体躯。そして──冷たい殺意を宿した灰色の三白眼。

 

「ッッ」

 

 女の背筋に悪寒が奔った。本能による訴えだった。今すぐ逃げろと、獣の血が叫んでいる。しかし戦士の矜持がソレを押し殺した。女は不敵に嗤う。

 

「何の用だ……私は今、鍛錬の最中だ。用が無いなら消えろ」

「いいや、用はあるぜ。地元出身の女闘技者──タガイ」

 

 彼女は地元トバルでも随一と謳われる戦士だった。雌でありながら並み居る闘技者達を薙ぎ倒して来た。獣人族で彼女に並ぶ存在は殆ど居ない。その力は別世界の魔王や神仏に比肩しうるほど──アルティメット・ワンでも優勝候補の一角に数えられていた。

 

 物理戦闘では今大会最強と名高い彼女を一目で怖気づかせた褐色肌の男は、まるで羽根の様に彼女の前へ降り立つ。下駄の音が高らかに鳴り響いた。その容貌を確認してタガイは目を見開く。

 

「お前は──そうか、今話題になっている人間の雄か」

「こんばんは、今日はイイ夜だな。こういう夜は無性に女を犯したくなる」

「…………」

 

 眉根を顰めるタガイ。視姦される事には慣れているが、ここまで無遠慮にされるのは初めてだった。指先の一つまで舐る様に観察され、嫌悪感で吐いてしまいそうになる。

 

「下等生物が──余程調子に乗ってるらしい」

「調子に乗ってんのはどっちだ? 畜生風情が。人間様に会ったら尻尾振れってママに教わらなかったのか?」

 

 歯軋りの音が静かに響き渡った。同時に莫大な怒気がこの場を圧迫する。タガイの金髪が逆立った。

 

「どうやら自殺志願者らしい──いいだろう。お望み通り八つ裂きにしてやる」

「野良猫の躾け方か……マタタビでも持ってくればよかったか? でもまぁ、所詮牝だ。やり方は変わらねぇ」

 

 大和は嘲笑を浮かべながらタガイに手を差し出す。

 

「ほら、お手。……出来たら優しく犯してやる」

「……殺すッッ」

 

 タガイの鋭爪が無慈悲に煌いた。

 

 

 ◆◆

 

 

 アラクネの毒壺がまるで意思を持つかの様にうねり、男の怒張を絡め取った。甘い嬌声と共に漏れ出した吐息を感じる暇も無く、男は絶命した。泡を吹いて痙攣している。アラクネは消化不良でやれやれと肩を竦めた。

 

「まだ全然イッてないのに……もう」

 

 白目を剥いている男の顔を、その豊満過ぎる乳房で包み込む。そして額をイヤらしく舐め上げた。魔族であろう屈強な男は、音も立てずに塵となって消えていく。アラクネの毒があまりに強過ぎるのだ。

 

 アラクネは立ち上がると、純白のドレスを身に纏い宿屋を出て行く。

 

「今日で五人目……でも全員早漏だから満足できないわ。やっぱりアイツじゃないと……」

 

 宿屋に居る者達は全員アラクネの存在に気付かない。彼女がミスリル銀の糸でふわりと虚空を舞っても見向きもしない。世界最強の暗殺者の誇る気配遮断は神すら欺く至上の絶技、気づける筈もない。

 

 街道をふわりと舞っていき、待ち合わせ場所まで向かう。中途半端に火照った肢体は冷たい夜風によってすぐ冷めてしまった。

 

 街道を抜ければ人気の少ない通りへと出る。そこで件の男は既に待機していた。アラクネは表情を惚けさせ、男に身を投げる。

 男、大和は彼女を抱きとめ苦笑した。

 

「キャッチしなかったら地面に落ちてるぜ」

「信じてたもの。キャッチしてくれるって」

 

 微笑むアラクネ。大和は彼女の額にキスを被せた。

 

「コッチは五人だ。お前は?」

「私も五人よ。ノルマ達成ね」

「そうだな」

「…………」

 

 アラクネは不意に大和の胸板に顔を埋める。そして不機嫌そうに頬を膨らませた。

 

「……他の女と寝たでしょう?」

「ああ」

「殺したの?」

「もちろん」

「最低最悪の屑野郎ね……でも、いいわ。許してあげる」

「お前の許しが必要なのかよ」

 

 大和は苦笑しながら宿屋へと入って行く。

 闘技大会アルティメット・ワンは既にグチャグチャになっていた。最低最悪の男女達によって──

 

 

 ◆◆

 

 

 豊満でありながら鍛え抜かれた極上の女体を漆黒のドレスで包み込んでいる魔の戦女神。

 惑星トバルの代表管理者であり、一介の魔王でありながら死と戦を司る魔神にまで上り詰めた女傑、ダクネス。彼女はその美顔を憤怒で歪めていた。真紅のストレートヘアが湧き上がる怒りで戦慄いている。

 玉座に佇んでいる彼女の怒りを冷まそうと数々の宴が催された。しかし全てが逆効果だった。

 

 ダクネスの居城である大魔宮殿にて。彼女の怒りは遂に臨界点を突破した。誇り高き戦士達の血沸き肉躍る死闘を何よりも楽しみにしている彼女は、大会の根本定義を穢されて絶大な怒りを覚えていた。

 ダクネスは命じる。己の腹心でありアルティメット・ワンの絶対王者に。元凶を抹殺し、地獄の底に叩き落とせ──と。

 漆黒の重鎧を着込んだ巨漢は黙して主君の前に座していた。ダクネスは彼に再度告げる。

 

「殺せ。生かして返すな。戦士の誇りを地に貶めた奴等を決して許すでない」

「ハッ、貴女様の怒りは我が憤り。必ずや思い知らせてみせましょう」

 

 絶対王者、カザン。魔法と武技を極めたこの益荒男もまた、今回の事件に憤りを感じていた。険しい面持ちで礼をすると、玉座を後にする。その後ろ姿を見届けたダクネスは、意味深な溜息を吐いた。

 

「迫真の演技だな。エエ? ダクネスよぉ」

 

 玉座の裏から突如現れた褐色肌の美丈夫。瞬間、ダクネスの表情が女王から牝のソレに変わった。彼女は蕩けた表情で彼に抱きつく。

 

「アア、大和様……っ、幾星霜ぶりでございます。あの日、刻まれた女の歓び──忘れた日などございません」

「アレがアルティメット・ワンの絶対王者か?」

「はいっ、貴方様の仰る通り、今大会に出場させました。一時の慰めになれば幸いです……っ」

「腹心なんだろう? いいのかよ。殺しちまって」

 

 大和の言葉にダクネスは熱い溜息を吐く。

 

「貴女様の暇潰しになるのでしたら、あ奴も本望でしょう……」

「相変わらずだな、お前」

「アア、大和様──こんな愚かな私めに罰を……っ」

「いいぜ、この雌犬が。たっぷり躾けてやる」

「ああ……ッ♪」

 

 本当に幸せそうな表情をするダクネス。そう、彼女は遥か昔に大和に調教された雌奴隷なのだ。厳粛さと冷酷さで知られる戦女神の誰も知らない素顔……しかし、絶対強者への服従は彼女の心の支えでもあった。

 

 全ては終焉に向かっていく。救い様の無い終幕へと──

 

 

 ◆◆

 

 

 翌日。アルティメットワンの闘技場はまるで通夜の如く静まり返っていた。辺りを満たしているのは憎悪と、それ以上の恐怖。皆、認めたくないのだ。しかしそれ以上に恐れている。あの人間のペアを──

 

 ありえない、考えられない。しかし現実で起こっている事だった。現に、闘技者の大半は大会に出る事なく殺されてしまった。理由は不明。証拠不十分で「変死」と断定されている。しかし、この場にいる皆はわかっていた。この事件で一番得をしている存在──そう、あの人間のペアこそが犯人であると。

 

 偏見主義が崩れ始める。同時に会場に漲っていた闘志が、それ以上の恐怖で塗り潰されていく。

 違う、違う──こんなモノを見に来たのでは無い。誇り高き戦士達の血沸き肉躍る闘いが見たいのだ。こんな陰鬱で──血生臭い「現実」など見せられたくない。

 

 しかし、あの二人は戦士ではない……殺戮者だ。魅せるために殺すのでは無く、己のために殺す。我欲を満たすためだけに──殺す。

 殺戮ショーは今日、本物の意味で殺戮ショーとなるのだ。血で酔った観客達が現実に引き戻される日がやって来た。

 

 司会者の女性はビクビクと怯えながら東門を指す。

 

「そ、それでは──や、大和&アラクネペア、登場です!!! ヒィィっ!!」

 

 恐怖のあまり涙を流して逃げ惑う司会者。無理もない、人間のペアが遂にその本性を現したのだ。

 滲み出る埒外の殺意──観客達に発狂したり気絶したりする者が現れる。超濃度の殺意はありもしない幻想を生み出した。悪辣なる黒鬼と禍々しい毒蜘蛛──幾千幾万の魂を犯し、糧にしてきた生粋の化物達。

 

 偏見主義を無くした戦士達は思わず生唾を飲み込んだ。一体どれだけ殺めれば、あれだけの殺気を纏えるのか──彼等の足元で蠢く那由他の亡霊達。ソレも幻覚なのだろう。が、此処まで明確な「死」のイメージを抱かせる存在は惑星バトルにも他の銀河にもいなかった。

 

 駄目だ、勝てない。あの絶対王者でもこの二人には勝てない。何故なら彼等は「勝つか負けるか」で決着を付ける存在では無いからだ。

 

 司会者の紹介無く、漆黒の重鎧を着込んだ大男が現れる。バトルの開始を告げる合図は……無かった。そう──既に始まっているのだ。しかし両者とも構えない。大男──絶対王者ことカザンは苦悶の表情で二人に問う。

 

「貴殿等には矜持が無いのか? この大会を虚偽で満たし貶め、誇り高き戦士達を死に追いやった……悔いはないのか?」

「「……」」

 

 大和とアラクネは互いに視線を合わる。そして嘲笑を浮かべた。カザンは問いを重ねる。

 

「それだけの強さを誇りながら、何故だ? 何故この様な非道な行いを──」 

「止めようぜ、グダグダ語り合うのは。お前と俺達は分かり合えねぇ」

 

 大和は肩を竦め、諭す様に囁く。

 

「俺達にとって暴力は「目的」じゃなくて「手段」だ。欲しいのは勝利でも名誉でもねぇ、報酬なんだよ」

「……」

 

 カザンは沈鬱げに視線を下ろした。

 

「成程……端から分かり合えないというわけか」

「そうだ」

「──貴殿等は戦士ですらない。只の殺戮者だ」

「御名答、だからもういいだろう? かかってこいよ」

「是非も無し。ここで死ね」

 

 超濃度の魔力で身体強化を果たしたカザンは、召喚した魔槍で二人纏めて斬り飛ばそうとする。同時に幾億もの魔術式を平行起動、怒涛の追撃を加えようとした。

 しかし見える──死が。カザンの眼前に「死」が迫っていた。

 大和の神速の抜刀術に、アラクネが鋼糸を通じて致死性の猛毒を付与する。万象切断してみせる真空波と、神仏であろうと絶滅必至の致死毒による合体技──大和&アラクネコンビの十八番。

 

 

『鬼蜘蛛』

 

 

 カザンは最期を悟り、吠えた。万感の怒りを以て──

 

「そんな……貴様等の様な、貴様らの様な矜持も無い奴等にィィィィィ!!!!」

「強さと矜持は関係ねぇよ。俺が言うんだ、間違いねぇ」

 

 カザンは魂ごと消し飛ばされる。その気になれば宇宙を容易に滅ぼせる豪傑が、呆気なく消滅したのだ。残ったのは彼の誇る神殺しの魔槍だけ。ソレもすぐに溶け落ちる。

 

 観客達は以前静まり返っていた。絶望だった。アア、やはり──間違いない。彼等がこの大会を滅茶苦茶にしたのだ。怒りすら湧かない。その代わりに修羅達の宴の終焉に、逃れられない現実に、深い深い絶望を覚えるのであった。

 

 大和とアラクネは嗤いながら踵を返していた。

 

 

 ◆◆

 

 

 アルティメット・ワンが終わった。悪夢の様な大会だった。惑星トバルは静寂に包まれている。以前までの活気は存在しない。皆、目が覚めてしまったのだ。

 

 誰も歩いていない夜の細道を褐色肌の美丈夫と妖艶過ぎる美女が並び歩いている。大和とアラクネはこれ以上無いほど上機嫌だった。アラクネは大和の腕に豊満過ぎる乳房を当てながら微笑む。

 

「凄い賞金だったわね。これなら暫く仕事しなくて済みそう」

「そうだな。暫くお前と戯れるのも悪くねぇ」

「フフフ、最近本当に優しいわね。大和……」

「そうか?」

「ええ。正直になって、本当に良かった」

 

 アラクネは立ち止まり、大和の鎖骨に指を這わせる。大和が膝を折れば、待っていたとばかりに唇を重ねた。そのまま濃密なキスを交える。大和はアラクネの腰に手を回し、アラクネは大和の首に両腕を回した。

 

 その時である。互いの背後に忍び寄っていた刺客達がバラバラに引き裂かれたのは……。銀閃が幾重にも煌く。アラクネの鋼糸に絡め取られたのだ。咽返る様な血臭と共に、二人の足元に臓物が散らばる。

 しかし、二人は以前舌を絡め合っていた。そうして離れれば、卑猥な銀の糸が垂れ落ちる。うっとりとしているアラクネに大和は嗤いかけた。

 

「サンキュー」

「お安い御用よ」

 

 二人はそのまま周囲を取り囲んでいる刺客達を見渡した。総勢100名ほどか。剣闘士や大会関係者、さらには見知らぬ殺し屋や賞金稼ぎなどもいる。余程、今回の事態が大事になっているのだろう。

 しかし、二人からすればどうでもいい事だった。獲物が増えただけである。

 

「いいねェ……消化不良だったんだ。もっと殺して犯して、愉しみてぇんだよ。俺達は」

「だから火照らせて頂戴。欲求不満なのよ。早く来て……♪」

 

 嗤いながら手招きされ、刺客達は我先にと躍り出る。二人は死のダンスを踊った。そうして存分に血を浴びて、悲鳴を聞いて、狂気に酔い痴れた後に身体を重ね合うのだ。

 

 誰よりも欲望に忠実に──殺して、犯して、何もかも蹂躙する。

 二名の殺戮者達はこれでもかと享楽的な人生を愉しんでいた。

 

 

《完》

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