villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

106 / 255
第十七章「魔戦伝」
一話「貪狼連合からの依頼」


 

 

 デスシティには「五大犯罪シンジケート」と呼ばれる犯罪組織の元締め達がいる。彼等の存在がデスシティの治安を寸前のところで抑えているのだ。表世界──財政界との繋がりも強い彼等は魔界都市を支える柱である。

 

 その五大犯罪シンジケートの一角──貪狼連合(たんろうれんごう)は、臓器や奴隷売買を主な資金源にしている中華系マフィアだった。西区の一画を完璧に占領し「人間牧場」なるものを経営しているのは有名な話である。臓器売買に関わる殆どの犯罪者が貪狼連合の傘下にあり、許可なく売買を行った者達には苛烈な制裁が施される。

 他にも北区のカジノ街──特に奴隷市場を取り仕切っており、表世界に於いては本土の経済発展に便乗して電子機器、服飾デザインなどにも手を出している。

 中国政府に対する圧力は絶大であり、莫大な資金を融通して貰っている中国政府は彼等の命令に絶対に逆らえなかった。

 

 中国全土の暴力団体の総締めであり中華の裏番ともいえるこの組織の長は、なんと可憐な美少女であった。しかし、前総帥の実娘である彼女の才覚は破格を通り越して最早異端。前総帥は彼女に全幅の信頼を置き、ほぼ全ての商いを任せていた。

 

 汪美帆(ワン・メイファン)

 

 傾城の美少女と讃えられる彼女は華僑の誇る闇の花。その美貌に魅了され、立場を弁えずに求婚を申し出る政治家やVIP達が後を絶たない。ソレ等を上手く利用して財政界のコネクションを広げているのだから、少女とは言え立派な悪女である。

 

 そんな彼女が熱に浮かされているのがあの世界最強の殺し屋──大和なのだから、世も末である。美帆は是非自分の伴侶にと何度も申し出ているのだが、軽くあしらわれていた。それでも恋心は冷める事を知らないらしい。熱烈なアタックを続けている。

 

 今回、美帆は大和にとある依頼を申し込んだ。乙女としてでは無く、貪狼連合の総帥として。理由は統治区画である西区の繁華街で不穏な動きを見つけたからだ。治安が乱れ、邪教徒達の活動が確認されている。仕事も邪魔されており、出荷すべき品も奪われていた。

 美帆はこの事件を自分達人間の手に負えるものでは無いと即断し、人間を超えた怪物を頼った。

 

 甚大な被害が出る前に強大な力で叩き潰す──徹底的に、容赦無く。だからこそ彼女は貪狼連合の総帥を任されているのだ。

 

 そうして、今回の物語が始まる。

 

 

 ◆◆

 

 

 中華風の豪勢な装飾が施された貴賓室で。大和は華僑が誇る闇の花と対峙していた。濃紺のチャイナドレスを着た絶世の美少女。白磁の如き柔肌に発展途上とは言え豊満な肢体、そして女神もたじろぐであろう完璧な顔立ち。シニョンで纏められた黒髪を揺らして、彼女は蠱惑的に微笑んでみせた。

 

「わざわざありがとうございます。大和さん」

「婚約の話ならパスだが、依頼の話なら別だ」

「もう……相変わらずいけずですね」

 

 可愛らしく頬を膨らませる美少女──汪美帆(ワン・メイファン)に、大和は肩を竦めながら問う。

 

「で──邪教徒だったか。ソイツ等を皆殺しにすればいいのか?」

「いいえ、邪教徒と言ってもその派閥は多種多様で我々でも把握しきれていません。現在確認されている信徒も、恐らくは末端の者達でしょう」

「つまり、殺すべき対象を把握できていないと?」

「はい。現在、腕の良い情報屋を大多数動かしています。暫くすれば明らかになるでしょう」

「成程……見つけ次第ぶっ殺してほしいワケか」

「話が早くて助かります。流石大和さんです」

 

 花が咲いた様に微笑む美帆。彼女はウットリとした様子で大和を見つめていた。大和は居心地悪そうにしながらも問いを重ねる。

 

「しかし俺を雇う程の事態か? お前の配下なら片付けられるだろう。特に横に控えてる奴なら──」

 

 美帆の傍らに控えている男へと視線を向ける大和。漆黒のチャイナ服を着た美男。年齢は二十代半ばほどか、寡黙で武人然としている。

 

 飛龍(フェイロン)。双剣術の達人であり天下五剣の一角に名を連ねている最高位の武人だ。大和と戦える強者の中の強者である。美帆は苦笑した。

 

「彼は私の専属ボディーガードです。緊急事態であれば話は別ですが、今回は動かす必要が無いと判断しました」

「身内を動かさず、外部の連中だけで解決するか……中々に総帥らしくなってきたな」

「ふふふ、褒め言葉として受け取っておきます。……それと」

 

 美帆は笑顔で両手を重ねる。

 

「邪教徒絡みですから、用心に越した事はありません。邪神でも召喚されたらひとたまりもありませんからね。なので、もう一人頼れる存在を雇いました」

「ほぅ……誰だ? 俺とコンビを組めるほどの奴か?」

「はい。腕は保障しましょう」

 

 タイミング良く大和の背後の扉が開く。振り返れば絶世の美女が居た。結い上げられた黒髪に薄く化粧の施された顔立ち。スラリとした長身と豊満な乳房。見目麗しい美女だが、その太腿はむっちりとしておらず程良い筋肉が付いていた。そして、股の部分が若干膨らんでいる。

 彼女は彼である。女装をしている美女と見紛うほどの美青年なのだ。

 

 彼は気軽に手を上げる。

 

「よぅ大和、この前ぶりだな。忘れねぇぜ、俺をぶん殴った事」

紅花(ホンファ)……」

 

 世界最強の槍術家、三本槍の一角にして六合大槍の達人。紅花は意味深な笑みを浮かべた。

 

 

 ◆◆

 

 

「あの後普通に生死の境を彷徨って、ちゃっかり生き残った紅花ちゃんで~す。大和この野郎、少しは手加減しろよ馬鹿野郎」

 

 ソファーで寛いでいる大和に背後から抱き付き、その耳を甘噛みする紅花。女性用の甘ったるい匂いが香る。胸板を這う指を止めながら、大和は鼻で笑った。

 

「俺と対峙して生き残れただけ良かったじゃねぇか。ええ? 紅花ちゃんよォ」

「ハァ~? 許さねぇし。これはアレだ、キッチリ慰めて貰わなきゃ帳尻合わねぇわ」

 

 本来ある筈ない豊満な乳房を押し付けながら艶然と微笑む紅花。その様子を貪狼連合の総帥、美帆は面白くなさそうに眺めていた。

 

「相変わらずですね、紅花。下品な男娼だこと……」

「ハッ、マセ餓鬼が拗ねてやがるぜ。な~大和、慰めてくれよ~今ここで」

 

 紅花は大胆に大和に擦り寄る。ハッキリと挑発されたので、美帆は眉間に深い皺を寄せた。大和はやれやれと肩を竦める。

 

「喧嘩すんなよ、面倒くせぇ……紅花、今からホテルに行くぞ。きっちり慰めてやる」

「さっすが~♪」

「美帆。テメェもこの任務が終わったら可愛がってやるから、そう拗ねるな」

「はい♡ 拗ねてませんよ私は♡」

 

 両者共に満面の笑みを浮かべる。大和は立ち上がると紅花を抱きかかえ、貴賓室を後にした。

 

 

 ◆◆

 

 

 掠れた嬌声が喉の奥から這い出た。固い臀部が揉みほぐされる。武術家として鍛え上げたしなやかなな肢体を、まるで娼婦の堕肉の如く柔らかくされた。元・男娼である己の弱点を的確に突いてくる。最奥を何度も突かれ、舌を貪られ、熱い白濁を流し込まれ……紅花という男は完全に屈服した。

 

 男と女ではシかたも違うだろうに、大和は完全に慣れていた。可愛ければ、美しければ男であろうが床を共にするこの男は実際にバイセクシャルである。紅花もまたバイなのだが、一度この男に抱かれてしまうと虜になってしまうからいけない。他の男ではもう満足できない体にされてしまうのだ。

 

 ホテルの一室、そのベッドの上で。大和はラッキーストライクを咥えて紫煙を吹かせていた。その逞しい腕に抱きつき、紅花は蕩けた笑みを浮かべている。

 

「このすけこまし……めっちゃ気持ちいいんだよ、ば~か♡」

「フン」

 

 鼻で笑いながらも紅花の頭を撫でる大和。紅花は気持ちよさそうに目を細めた。

 そんな時、大和のスマホが鳴る。内容を見てみると──貪狼連合のトップ、美帆からだった。すぐに応答する。

 

「おう美帆、どうした?」

『申し訳ありません。大和様、現在本部が邪教徒に襲撃されております。私も刺客に襲われておりまして──』

「……ハァ?」

『もしお時間が空いていれば、援護して貰ってもよろしいでしょうか? 敵方の情報はゲットできましたので』

「……OK。お前らの本部って事は、中央区の高層ビルだよな?」

『はい』

「一分後に援護する。通話は切らないでくれ」

 

 大和は立ち上がると、親指で天井を指さした。

 

「聞いてだだろ紅花、仕事の時間だ。屋上行くぞ」

「おーけーおーけー♪ スッキリしたし、今日の俺は滅茶苦茶強いぜ~♪」

 

 紅花は上機嫌に着替え始めた。大和も衣服を纏い始めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 貪狼連合の本部である超高層ビル、その屋上で。美帆はソファーで烏龍茶を啜りながら溜息を吐いていた。通話中の大和に呆れ混じりに告げる。

 

「襲撃者は邪教徒と邪神の眷属達、そしてB級レベルの傭兵と殺し屋です。A級もちらほら混じっている様ですが、飛龍(フェイロン)がいるので問題ありません」

 

 凶悪な煌めきを放つ白刃が美帆の眼前まで迫る。が、美帆は一切動揺していなかった。その真横で、双剣を掲げた武人が白刃ごと襲撃者を細切れにする。美帆の専属護衛──天下五剣の一角、飛龍。双剣術の達人である彼が居る間は美帆に傷一つすら付けられない。天地の龍を模した柳葉刀を、その強靱な足腰で振り回す。斬撃の嵐が襲撃者達を蹂躙した。美帆は軽い調子で大和と会話を続ける。

 

「全く、この都市で数百年の歴史を誇る我々の本部を襲撃するなんて──邪教徒共はどうにかしています。一族郎党皆殺しです」

『邪教徒共に理性がある筈ねぇだろ。まぁ、ソッチのやり方で殺してやれや』

「無論です。決して許しませんとも」

 

 プンプンと頬を膨らます美帆。その眼前で生首が宙を舞う。が、美帆はケロリとしていた。彼女にとって死屍累々の光景などごく日常的な光景なのだ。

 己に血の一滴も浴びせる事なく襲撃者達を葬っていく飛龍の腕に「流石だ」と感心しながら、美帆は大和との通話を続ける。

 

『そうだ美帆、飛龍の奴に言ってくれ。屋上をスッキリさせてくれって。遠距離から援護すっから』

「了解しました、飛龍」

 

 黙礼し、一瞬で屋上を消し飛ばす飛龍。美帆は満足げに頷いた。同時に超遠距離から無数の弓矢が飛来してくる。ソレらは的確に襲撃者の弱点を穿ち即死させた。更に虚空から六合大槍の矛先が現れ、邪神の眷属達を串刺しにする。周囲は瞬く間に静寂に包まれた。

 

 十数キロ離れた西区のラブホテルの屋上で。大和は大和弓を携えながら顎を擦っていた。

 

「まぁ、こんなもんだろ」

「だな」

 

 紅花もまた、自慢の得物である真紅の六合大槍を振るった。大和はその様子を興味深そうに眺めている。

 

「次元の狭間を通って突いたのか?」

「おうさ、次元を通って繰り出す刺突は縦横無尽。しかも距離を問わねぇ。隙が多いから遠距離専用なんだが、中々重宝するぜ?」

「ったく……天下五剣にしろ、その分野を極めた奴はやっぱり異常だな」

「ニッシッシ♪」

 

 大和を以てしても「異常」だと言わしめる槍捌き。

 紅花もまた古今無双の武術家であり、最強の名に恥じぬ槍術家なのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和は美帆から異教徒共の詳細を聞き出す。美帆は流暢に話し始めた。

 

『異教徒共が所属しているのは混沌教団。異世界の混沌の神カオスを信仰しているオカルト団体です。どの異世界か──特定まではできませんでしたが……恐らく中世ヨーロッパに似た魔法世界かと。装備品や魔術体系から割り出した憶測なので、確実ではありません。彼等はこの世界に紛れ込んで、生け贄を捧げるなどして暗躍している様です』

「成程、お前んところ人身売買の邪魔をしてるのはそういうワケか」

『辻褄が合います。ですが気になる点も……彼らは今まで正規の異教徒リストにも乗らなかった地味な団体です。それが何故、今更──』

「何かしらの準備が整いつつあるって事だろ、自信が行動を大胆にさせるんだ」

 

 大和は顎を擦り、脳内で憶測を組み立てる。ご都合主義を抜きにした現実的な未来を描き出した。

 

「まぁ最悪、そのカオスって神が復活するかもしれねぇ。用心に超した事はねぇなァ」

『その場合、大和さんと紅花にお任せします。報酬は相応の額を支払いますので』

「了解だ。で、他に異教徒共の情報は掴めたか?」

『お待ちください──はい、今部下から新たな情報が入りました。中央区の高速道路で私達の商品を横取りした車両が逃走中との事です。大和さん、至急現場に向かい、車両を停止させてくださいませんか? 何名か生かして、後は皆殺しにしても構いません。品物の生死も問いませんので』

「ったく、しゃあねぇなぁ。俺は殺し屋だぜ? 妨害屋じゃねぇんだ」

『申し訳ありません』

「今回はサービスだ。また後でかけ直す。じゃあな」

『はい。それでは』

 

 早速、美帆から車両の写真と現在地を知らせるマップが送信されてくる。その両方を立体ホログラムで映し出すと、紅花が興味津々に覗いてきた。

 

「へぇ、それが新しい標的か?」

「おう、こっから数十キロくらいか──1分もかからねぇな」

「お姫様抱っこで頼むぜ♪」

 

 紅花は笑顔で両手を広げる。大和は鼻で笑った。

 

「この甘え上手め」

「ああんっ♡」

 

 首筋を甘噛みされ、紅花は喘ぎ声を上げる。大和はそのまま彼を抱き上げると、驚異的な脚力で天高くに跳躍した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。