villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「妨害屋、参上」

 

 

 魔界都市にまるで迷路の如く広がっている高速道路。その上を重厚な装甲車が爆走していた。背後からずっと追走してきていた中国マフィア達は既にいなくなっている。奴らめ諦めたかと、邪教徒達は勘違いで笑い声を上げていた。

 

 その時である、遙か上空から暗黒のメシア達が降りてきたのは。着地の際の衝撃で高速道路が崩壊する。邪教徒達は驚愕しながらも、アクセルを目一杯踏み込んで崩壊の波から脱した。しかし二名の武術家達が間を置かずに躍り出る。

 

 大和の抜刀術で生まれた真空刃を避けられはしたものの、高速道路が両断される。更に相方の紅花が万象穿つ矛先で車体を覆っていた魔術結界を破壊した。

 

 棒高跳びの要領で跳躍した紅花は車上に着地する。その周囲360度を攻撃魔術陣が覆うも、紅花は緻密かつ大胆な槍捌きで全て破壊した。更に出てきた邪教徒は大和が大太刀で斬り伏せる。

 

 紅花は更に跳躍、乗車席を窓から覗く。そして六合大槍を突き出した。隣席の邪教徒は貫かれ、運転手もそのまま貫かれる──筈だった。

 

 しかしその矛先を寸前で銀の長棒が止めた。運転手の背後から現れたソレは紅花の得物を難なく弾き返す。

 

「何ぃ!?」

 

 驚愕する紅花。同時に車上の装甲を突き抜けて妨害者が現れた。黒い兎のフードを被った金髪の眼鏡美少女。彼女は灰色の双眸を冷たく輝かせ、ミスリル銀製の長棒を肩に乗せる。

 

「全く……今日は厄日です。まさか糞親父とオカマ野郎の相手をしなければならないとは……」

 

 デスシティの誇る最強の妨害屋、黒兎(こくと)はやれやれと溜息を吐いた。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和は糞生意気な実娘を見据えると、嗤いながら両手を広げる。

 

「オウオウ、誰かと思えばチンチクリンじゃねぇか。今回は大人しく逃げた方がいいんじゃねぇの? 今なら見逃してやるぜ」

「ほざきやがれです腐れ親父。相変わらず加齢臭酷いですね。マジで死んでくさい」

「処女が粋がってんじゃねぇよ、マジでぶち殺すぞ」

「本当に最低最悪の糞親父ですよ、アナタは……いや本当に」

 

 呆れて怒りすら沸かない様子の黒兎に、大和は大太刀の切っ先を向ける。

 

「で? 俺達に殺されるって事でOKなんだな?」

「ええ、でも死ぬのは私ではありません。貴方達です、この変態野郎共」

「「……」」

 

 大和と紅花は顔を見合わせる。そして凶悪に嗤った。

 

「「なら死ね」」

 

 白刃が無数に煌めく。しかし黒兎は軽やかに躱してみせた。そのまま口元を緩める。

 

「貴方達相手だと私一人では正直厳しいです。ですので奥の手を披露させて貰います」

 

 両手で魔力と闘気を融合させ莫大な力をその身に纏う、究極技法「魔闘技法」。七色のオーラを纏った黒兎に対して大和は酷薄な笑みを浮かべた。

 

「ソレは前に見た。内容こそまだ把握できてねぇが……俺一人なら兎も角、紅花もいる状態で通用すると思ってんのか?」

「早まらないでください糞親父。私はまだ奥の手を披露していませんよ」

 

 余裕の笑みで返す黒兎。彼女は大和の読心術をある程度回避できる希有な存在だった。大和が訝しげに眉を顰めていると、彼女の放った言葉の意味がその背後に現れる。突如として何かが突撃して来たのだ。ソレは真紅の流星──

 

「チィ……!!」

 

 心臓目がけて突き出された得物の速度は生半可では無かった。受け止めた際にわかる膂力と技量。大和は辛うじて大太刀で受け止めるも、耐えきれずに遙か遠くへ押し返される。

 

 魔界都市と異なる瘴気が辺りに充満し始めた。戦意と殺意を孕んだ血風を纏って現れたのは数千の軍勢。中華風の鎧を着た彼等は一名一名が歴戦の強者だった。何名かが牙門旗を掲げる。ソレに記された文字は──「呂」

 

 あの百目鬼村正作の大太刀が悲鳴を上げたので、大和は途中で敵の得物──方天画戟の束を掴んだ。それでも威力を殺しきれないのは、人馬一体の力の伝達法にあるのだろう。真紅の巨馬に跨がりし稀代の豪傑は戦意に満ち満ちた双眸で大和を見下ろしていた。

 

 方天画戟と一日千里を駆ける名馬、赤兎馬。

 そして兜に付いた特徴的な羽根飾り──

 

 大和は自慢の超怪力で地面を砕きつつ「彼等」の突進を止めると、驚愕と好奇心で破顔した。

 

「はじめましてか? ──ええ? 三国志最強の英雄、呂布(りょふ)よォ」

「フン……冥界で暴れ回るのも飽きていた頃よ。元、天下五剣や三本槍から話は聞いている──貴様が大和か」

 

 三国志にその名を刻みし暴力の権化。人中にこの男在りと謳われた稀代の豪傑──呂布奉先。彼は獰猛過ぎる笑みを浮かべた。

 

 黒兎は召喚魔導によって、冥界から呂布とその軍勢を召喚したのだ。

 時代を超えた合戦が開幕する──

 

 

 ◆◆

 

 

 数多の英傑が誕生した三国志に於いて、武力のみであれば最強と謳われた男──呂布。

 彼とその武に惹かれて集った兵士達は冥界に下った後も本能のままに暴れ回っていた。彼等はむしろ生前より生き生きとしていた。時代の流れに囚われず、血湧き肉躍る闘争を未来永劫楽しむ事ができるからだ。探せば強者など幾らでもいる。人間のみならず怪物、魔王、邪神の成れの果てまで──。呂布達にとって、冥界は最高の楽園だった。

 

 そんな彼等が戯れで契約を果たしたのが、妨害屋こと黒兎である。

 生前とは比べものにならないほど強靱になった彼等を現世に召喚できる存在はごく限られている。呂布単体なら兎も角、軍勢丸ごとなら尚更だ。しかし、黒兎には出来た。母親がかの大魔導師、災厄の魔女ことエリザベスだからだ。英霊召喚、魔人召喚など取るに足らない。魔闘技法で得た莫大なエネルギーを糧に、呂布軍はデスシティに完全な状態で降臨した。

 

 黒兎は呂布軍総勢二千を召喚したにも関わらず、ケロりとした表情をしていた。そのまま邪教徒の運転手に告げる。

 

「三分──約束の時間はギリギリ稼げそうです。逃げてください」

 

 その言葉を聞いて、邪教徒達は形振り構わず装甲車を爆走させた。ここから先は人智を逸脱した者達の戦い──巻き込まれれば命は無い。

 

 紅花は六合大槍を肩に担ぐと、呑気に口笛を吹いた。

 

「呂布軍──三国志か。華雄に高順、他にも優秀な武将が揃ってるみてぇだな」

 

「呂」の牙門旗がはためき、屈強なる騎馬隊が進撃を始める。地鳴りが響き渡る。将軍である華雄と高順は我先にと突撃して行った。紅花はしかし、冷酷な笑みを浮かべていた。

 

「冥界で多少鍛えてはいる様だが──黒兎ちゃんよォ、召喚する奴等間違えたんじゃねぇの?」

 

 その身から桃色の闘気が溢れ出たかと思えば、淡い残像を残して六合大槍が消える。紅花と共に絶対貫通の概念そのものに成った矛先は華雄と高順を騎馬軍団ごと引き裂いて黒兎の喉元にまで迫った。黒兎は千里眼を用いて寸前で防御する。遅れて、騎馬軍団と周囲の建造物が吹き飛んだ。

 

「俺は世界最強の槍術家、三本槍だぞ……表世界の英雄崩れ共に遅れなんか取るかよ。あんま舐めんじゃねぇぞ、糞餓鬼」

「ッッ」

「俺を足止めしたかったらもっと連れてきな!」

 

 槍のしなりで黒兎を遥か遠方に吹き飛ばした紅花はそう豪語した。

 

 

 ◆◆

 

 

 呂布は確かに最強だった。三国志では──。しかし大和は、有史以前から「最強」の名を欲しいままにしている闇の救世主だ。正直に言おう、格が違い過ぎる。

 

「アア、そうだ。お前は確かに強いよ。中国の一地方の、限られた時代では──お前は最強だったんだろうよ」

 

 冥界の呪詛を吸い込んで見違える程逞しくなった赤兎馬。その顔面を下駄で無理やり踏み躙り、既に瀕死になっている呂布を片手で持ち上げている大和。彼は嘲笑を浮かべながら囁く。

 

「冥界で暴れ回って、自分達が強くなったと勘違するのは結構だぜ。実際強くなってるからな、上級悪魔位か? まァ、それでも雑魚には変わりねぇ……あんま調子乗ってんじゃねぇぞ?」

 

 その傍らには、柄から真っ二つに折れた方天画戟が刺さっていた。呂布の胸には赤柄巻の大太刀が、首筋には脇差が刺さっている。呂布はそれでも不敵に嗤っていた。

 

「忌々しき、しかし俺の求める最強の座にいる男よ……いずれ貴様の首、この呂奉先が奪ってやる」

「まぁ、期待しないで待ってるぜ」

 

 呂布は最期まで嗤いながら光となって消えて行った。冥界に強制送還されたのだ。落ちた大太刀と脇差を拾い上げて、大和は「さて」と黒兎達の居る方角を見据える。

 

「流石のアイツでも、最強クラスの武術家や魔神は呼び出せないか……いいや、コレは時間稼ぎだな。アイツめ、わざと呂布なんぞを召喚して時間を稼ぎやがったな」

 

 苦笑する大和。彼は異能魔術を一切用いないが、なにも知識が無いワケでは無い。むしろその道の最高位、魔導師に匹敵する知識量を誇っている。

 

「そりゃそうだ。世界最強クラスの奴等は皆癖ありだ。あのチンチクリンの言う事を聞く奴なんて限られてる。使役じゃなくて召喚なら、互いの意思疎通が絶対条件だからな」

 

 召喚魔術──英霊召喚にしろ魔人召喚にしろ、お互いの了承が合ってこそ成り立つものだ。そうでなければ無理矢理召喚する事になる。ともすれば最悪、召喚した存在に殺されるかねない。

 

 黒兎ほどの才能を持つ存在でも、この概念を覆す事は不可能だ。将来的には可能かもしれないが──彼女は未だ最強では無い。才能があっても、経験が追いついていない。大和と同格の者達と契約するにはまだ幼すぎる。最も──

 

「近い内に何人かと契約しそうだ。そうなると──アア、マジで厄介だな。今の内に殺しておくか?」

 

 ため息を吐きながら、大和は口笛を吹き鳴らす。異空間から轟音を立てて漆黒色のカスタムハーレーが現れた。魔導カスタム仕様のハーレー「スカアハ」。大和の愛車である。

 

『参上しました。マスター』

「久々にドライブだ。頼むぜ相棒」

『お任せください』

 

 機械的な女性の声を響かせた後、地鳴りの如きエンジン音を轟かせるスカアハ。大和は「彼女」に跨がると、豪快な疾走を始めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 紅花の猛撃を寸前でいなし続けている黒兎。その表情には若干の狼狽の色が見て取れた。流石の彼女でも世界最強の武術家を足止めするのは厳しいのだ。紅花は嗤いながら六合大槍を振り回す。

 

「パパは多少なりとも手加減してくれるんだろうが、俺はそうはいかねぇぞ! ええ!?」

「煩いですよオカマ野郎……!」

 

 ミスリル銀の長棒を双剣に変えて手数で攻める。しかし隙を見出せない。紅花はスレンダーな体付きをしているのにも関わらず、とんだパワーファイターなのだ。

 六合大槍を極めるにあたり八極拳を平行して極めた彼は拳法の達人でもある。当然、懐に入られた際の対処法も完璧。中距離は彼の領域であり、近距離に寄ろうにも無理矢理弾き飛ばされる。遠距離からの攻撃魔術も全て闘気で無効化されてしまう。

 

 ここまで強いのか──黒兎は歯がみしていた。

 

 糞親父がどれほど手を抜いてくれていたのか──今ならわかる。しかしソレが気に食わない。何よりも気に食わない。黒兎は総身から怒気と共に魔闘気を溢れ出させた。紅花はしかし余裕の笑みを浮かべる。

 

「才能は特上。今でも最強一歩手前なんじゃねぇの? でも経験が致命的だなぁ……出直せやクソ餓鬼!」

「っ」

 

 目と鼻の先まで迫り来る矛先──黒兎はソレを上体を反らす事で躱すと、反動で六合大槍を蹴り上げた。しかし紅花は離さない。武術家が得物を離すなど論外である。紅花はしなった槍をそのまま地面に叩き付けた。クレーターと共に大地震が発生する。中央区が揺れた。

 

 しかし黒兎にとってその行動は計算の内だった。叩き下ろしを軽やかなステップで躱し、槍の上に乗るとミスリル銀を矛に変えて突き出す。この距離で得物を封じている状態……一矢報いられる、そう確信した。

 

 しかし忘れてはいけない。紅花は八極拳の達人である。超至近距離でのパワーファイトを売りにしているこの拳法は、懐に入られた時にこそ真価を発揮する。

 

 紅花は得物を迷うことなく離すと、大地震かと錯覚する程の震脚を踏み鳴らす。そのまま黒兎の鳩尾に肘撃を叩き込んだ。カウンター気味に入り、黒兎は呆気なく吹き飛ばされる。幾多の建造物を倒壊させながら沈んでいった。

 

「甘ぇんだよ、二流が」

 

 鼻で笑う紅花。その背後から魔導式ハーレーに跨がった大和が現れた。

 

「終わったか?」

「ああ、内臓グチャグチャにしてやったぜ。暫く立てねぇだろ」

「……そうか。よし、とっとと任務を終わらせるぞ」

「おう♪」

 

 紅花は大和の背に抱きつく形でスカアハに跨がる。大和はそのままスカアハを爆走させた。

 

 

 ◆◆

 

 

 遠く離れた瓦礫の中から七色のオーラが爆発する。口元から垂れる血を拭いながら、黒兎は忌々しそうに遠方を睨んだ。

 

「やりますね……本当に。コレはもう少し上位の存在を頼った方が良さそうです」

 

 そう呟きながら内臓や骨肉の修正を瞬く間に終わらせる。黒兎は唇に付いた血で魔術文様を即興で描き出した。まだ戦いは終わっていない。第二ラウンドの始まりである。


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