villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「邪炎帝」

 

 

 燃え盛る業火の如き真紅の魔術紋様から、黒兎に向かって失笑を交えた声がかけられた。

 

『俺の力を求めるか、異端児よ。対価の準備はできているか?』

「エネルギー量には自信があります。受け取ってください」

『ほぅ……確かに、凄まじいエネルギーだ。では我が眷属を向かわせよう』

 

 真紅の魔術紋様から幾千幾万の火の精霊が飛び出る。ソレ等は一斉に大和達の方角へ飛んでいった。

 

 しかし、黒兎の眉間には深い皺が刻まれていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 高速道路、その横に伸びる道路を爆走しながら件の装甲車を発見した大和達。同時に背後から迫り来る敵勢に気がついた。紅花は器用に立ち上がり六合大槍を構える。

 

「俺が迎撃する! 運転任せたぜ!」

「おう」

 

 大和は速度を上げる。迫り来る火の精霊達は一匹一匹が上級悪魔に匹敵する格を備えていた。しかも数万単位で、まるで津波の如く押し寄せてくる。紅花の眉間に皺が寄った。

 

「オイ大和! なんかヤベェぞ! そこそこの奴等がすげぇ数で迫ってきやがる!」

「アアン?」

 

 大和は振り返る。勢いよく飛んでくる火の精霊達を見た瞬間、嫌悪で顔が歪んだ。黒兎が召喚しようとしている存在がわかったのだ。

 

「あのクソジャリがァ……とんでもない奴を呼び出そうとしてやがる」

「どうするよ!」

「取り敢えず装甲車に追いつく。それまで迎撃頼んだぜ」

「おうさ!」

 

 安定しない足場でも抜群の槍捌きを披露してみせる紅花。迫り来る幾万の火の精霊達を的確に穿ち、消滅させていく。その際に起こる爆発の規模は尋常ではなく、爆走していなければ巻き込まれてしまうほどだ。背後の車両や建造物が面白いほど吹き飛んでいく。阿鼻叫喚の地獄絵図、しかしデスシティでは日常的な光景だ。

 

 装甲車に乗っている邪教徒は追われている事に気がついたのだろう、背後の車両を魔術で吹き飛ばす。即興の柵を作ってみせた。大和は嗤ってスカアハを跳躍させる。高速道路の側面を爆走し、そのまま装甲車を追い続けた。邪教徒達は目を剥く。その間も紅花は火の精霊達を消し飛ばしていく。

 

 このままでは不味い。しかし黒兎は契約を更新しようとしていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 黒兎は頬を膨らませながら文句を言う。

 

「何故ですか? 私のエネルギー量では足りないと?」

『そう怒るなよレディ、十分満足しているよ。だから俺の眷属を向かわせたんだ』

「……貴方本人を召喚するためには、どうすればいいですか?」

『正直なのは美徳だぞ、レディ。そうだな──君は俺を召喚するという本質を理解していない』

「本質──?」

 

 怪訝な表情をする黒兎に、真紅の魔術紋様の先にいる存在は告げる。

 

『俺は邪神だ。対価は相応のものを求める。重要なのは量ではない、質なのだよ』

「……つまり?」

『君に相応の苦しみを味わって貰わなければ、出張る気力が沸かないという事だ』

「…………」

『ふて腐れている可愛いレディに忠告だ。任務は大丈夫かい?』

「!!」

『生憎、俺も暇では無いんでね。契約はまたの機会にしよう』

 

 真紅の魔術紋様が消えかける。黒兎は叫んだ。

 

「待ってください! 対価なら払います! その──」

『何だね?』

「命と処女以外で、お願いします……っ。将来、捧げたい人がいるので……っ」

『…………』

 

 主は呆然としたのだろう。その後、大爆笑し始めた。

 

『ハッハッハ!! そうかレディ!! 君は心までも処女という事か! この都市において、更にあの男の娘でありながら!』

「糞親父は関係ないです……私は将来、ネメアさんと結婚するんです……!! だから処女は上げられません!!」

『うむ! 大いに結構! では対価を言おう。君の血だ。ワイングラス一杯分で手を打とう。どうだい?』

「……良いのですか? そんなもので」

『いい、愉悦は十分味わった。後はこの余韻に浸りたい。世界最強の武術家と魔導師のサラブレット、更に生娘の純血ともなれば、これ以上無い報酬だ。さぁ……どうする?』

 

 黒兎は迷うことなく頷いた。

 

 

「ではお願いします────クトゥグアさん」

 

 

 その者、炎を司る旧支配者(グレート・オールド・ワン)。炎のみならず、熱現象を完璧に掌握してみせるエネルギーという概念そのもの。

 

『邪炎帝』

『ニャルラトホテプの天敵』

『気まぐれな赤』

『獰猛なる紳士』

 

 真紅の紋様から宇宙開闢と終焉の業火を纏いて現れる、朱一色の美男。帽子、カマーベスト、シャツ、ロングコート。目から髪の色まで、全てが紅。癖のあるミディアムヘアを靡かせて、優男は告げる。

 

「契約成立だレディ。それじゃあ……派手に暴れるとするか」

 

 甘いマスクに凶悪な笑顔を浮かべて、炎の旧支配者──クトゥグアは極大の邪気を迸らせた。

 

 

 ◆◆

 

 

「紅花、降りろ」

「おう!」

 

 紅花は地面へと着地する。二名の顔は緊迫で固まっていた。察したのだ、とんでもない存在が顕現した事を──

 

「スカアハ、御苦労。撤退しろ」

『マスター。私が本来の形態を開放すれば──』

「今はその時じゃねぇ」

『……Yes。どうかご無事で』

 

 スカアハは異空間へと消えて行く。大和はすかさず大和弓を取り出し、弓矢をつがえた。放つは神穿ちの弓矢──奴が来る前に、装甲車ごと射線上に在る全てを消し飛ばす。しかしその前に装甲車の上に真紅の紳士が舞い降りた。彼は凶悪な笑みを浮かべて両手を掲げる。

 

 瞬間、炎熱地獄が大和達を襲った。

 

 容易く宇宙を塵に出来る奈落の業火を極点に絞り開放される。弓矢をつがえている大和の代わりに紅花が前線へと躍り出て六合大槍を回転、炎の津波を塞き止める。しかし真紅の紳士は容赦無く熱量を上げる。

 無限の宇宙空間を内包している多次元宇宙を燃やせるレベルまで、それでも駄目なら多次元宇宙を無限数内包する超多次元宇宙を燃やせるレベルまで──

 

 邪神の権能によって周辺被害を抑え、更に極点開放とは言え、その余波は尋常ではない。大和達の背後にある全てが消し飛んだ。北区と西区の半分が焼失する。数百キロメートルの土地が一瞬で焼け野原になったのだ。死者は容易く100万人を超える。

 紅花は悲鳴にも似た声を上げた。

 

「オイ!! マジでヤベェぞ大和!!」

「わかってらァ」

 

 大和は限界まで弦を引き絞り、解放する。神穿ちの弓矢──以前の天使病幹部に打った時の比では無い。全身全霊の一矢である。流星一条、地盤を粉砕して放たれる神魔必滅の弓矢は衝撃波だけで奈落の業火を吹き飛ばした。中央区の高層ビルをドミノ倒しの容量で倒し、射線上にある南区を両断する。しかし衝撃波を通したのみ。

 

 真紅の紳士は眼前に放たれた神穿ちの弓矢を歯で咥えて止めていた。ペッと弓矢を吐き出して、その甘いマスクを獰猛な笑顔で彩る。

 

「さぁ、愉しい愉しい喧嘩の始まりだ……!」

「クトゥグアぁ……あんま調子乗ってんじゃねぇぞ」

 

 大和の眉間に特大の皺が寄る。魔界都市を崩壊させる勢いで、最強同士の喧嘩が始まろうとしていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 その頃、大衆酒場ゲートではネメアが憂鬱そうに溜息を吐いていた。店の中は怯えた客人達で溢れ返っている。外では旧支配者の顕現を知らせる緊急アナウンスが流れていた。

 

「北区と西区が半壊、南区は両断か……洒落にならんな。しかし止めに行こうにも行けん。こうも客人で溢れ返るとな……」

 

 皆、ネメアの力を頼って集まって来ているのだ。そうすると動けない。ネメアは唸った。

 

「恐らく気の利くヨグ・ソトースあたりか魔界都市在住の魔導師が出ていると……信じたい。どうなんだ、ニャル」

 

 ネメアはカウンター席でふて腐れている褐色肌の銀髪美女に問いかける。彼女は豊満な乳房を揺らしながらそっぽを向いた。

 

「ヨグ様がどうにかしてくれるみたいだよ。僕には関係無いことだからね、ふーんだ」

「……ハァ。まぁ、お前が出れば更にややこしくなる。このまま此処に居てくれ」

「言われなくても。あのクソ野郎の顔なんて死んでも拝みたくないからね。それに──」

 

 ニャルは頬をハムスターの様に膨らませた。

 

「アイツと大和が楽しそうに喧嘩してるところなんて見たくないもん! 大和の馬鹿! 僕という存在がありながら、本当にもう!!」

 

 本格的に拗ねているニャル。しかし動く様子は無いので、ネメアは取り敢えず安心する。彼はセブンスターを咥え、遠くで大喧嘩をしているであろう大和に囁いた。

 

「早く終わらせろ、大和……この世界は、そこまで頑丈じゃないんだ」

 

 

 ◆◆

 

 

 邪心群の副首領、ヨグ・ソトースは世界そのもの、次元という概念を司る超次元存在である。結界術に於いて、彼の右に出る者はいない。故に隔離された大和とクトゥグアは一切加減無く殴り合っていた。

 

 互いに世界最強クラスである。その殴り合いは余波だけで数多の世界と次元を消し飛ばしてしまう。ヨグ・ソトース製の結界は宇宙、多次元宇宙、超多次元宇宙、その先の──超多次元宇宙を無限数内包した「三千世界」を更に複数用いて強化した特別製だ。

 しかし、これでも彼等が本気で殺し合えば耐えきれるものではない。純粋な腕力で殴り合っているだけなので、コレで済んでいるのだ。

 

 如何に二名が規格外で、如何に大和が普段から手加減をしているかがわかる。

 

 擬似的な宇宙空間で、大和とクトゥグアは盛大な殴り合いを展開していた。クトゥグアは生まれ持った天性の戦闘センスと腕力で無理矢理ねじ伏せようとしている。

 対して大和は天性の肉体+血の滲む様な努力で鍛え上げた「天才&努力」で成り立つ至上の肉体で迎え撃っている。

 

 大和は武術を用いていない。洗礼された武技を使用してない。何故か? 出す必要が無いからだ。これは殺し合いではなく喧嘩──クトゥグアもそのつもりだった。

 

 二人とも笑顔でクロスカウンターを被せる。体格的には大和の方が上だが、総合的な力は全くの互角。故に両者共鮮血を撒き散らして後退する。クトゥグアは愉快愉快と哄笑を上げた。

 

「やっぱりお前は最高だよ! 大和! 俺と正面から殴り合ってくれる奴なんて同族にもいない! ああ、愉しいな! やはり喧嘩は素手が一番だ!!」

 

 ネクタイを緩め、優男の面を狂気で歪めるクトゥグア。大和は口内に溜まった血を吐き出しながら鼻で笑った。

 

「いいぜ。殺しをするのにも飽きてたところだ……付き合ってやるよ。久々の喧嘩だ、楽しませてもらうぜ!!」

「ああ!! 存分に楽しもうではないか!!」

 

 二名は埒外の握力で拳を握り締めると、ソレを振り抜く。大和はアッパーで腹を抉り、クトゥグアは左フックで顔面を吹き飛ばす。衝撃で三千世界製の結界に亀裂が奔る。それでも二名は止まらない。互いに血反吐を撒き散らしながら再度拳を振りかぶった。

 

 

 ◆◆

 

 

 紅花の怒濤の乱撃を黒兎は辛うじて捌き続けていた。本来の彼女の技量であれば不可能だが、千里眼による未来視と魔闘技法による出力アップで何とかカバーしている。

 それでも経験値の差はいなめない。徐々に追い詰められていく。

 才能だけなら父母を間違いなく超えている。しかし若い。あまりに若い。

 紅花は唇を歪めた。

 

「いや、間違いなく天才だぜお前──でもなァ、本当に惜しいなぁ。若すぎる。後五年もすりゃあ、俺と対等になれるかもな」

「っ」

「ま、妨害屋としては十分じゃねぇの? 俺を単体で足止め出来るくらいなんだからなァ!」

 

 六合大槍をしならせ刺突の軌道を変化させる。ただの刺突でも練度が違った。応用性が違った。一芸を極めた武術家の本領が発揮される。隙があまりにも無い……一から全てを積み重ねて来た彼等は真の戦闘のプロフェッショナルだ。中途半端な技は通用しない。才能任せの技であれば尚更だ。たとえ才能で負けていようとも、幾星霜の努力と経験値で覆してしまう。

 

 それが天下に名だたる三本槍であれば尚のこと。そも、紅花に「天才」と呼ばれるほどの才能を持つ黒兎は真の意味で天才なのだ。

 

「褒められても全く嬉しくありませんね……!」

 

 ミスリル銀の長棒を無闇に形状変化させず、そのままの状態で防御に集中している黒兎。長棒の特性をフルに生かしている。彼女は妨害屋の本分を全うし、足止めに集中していた。凄まじい集中力──紅花は内心舌を巻いていた。

 

(格上相手にもキッチリ対応してくる辺り、流石アイツの娘と言ったところか──仕事もキッチリこなしてやがるし。こりゃ将来本当に化けるぞ)

 

 何だかんだ言いつつ、防御に徹せられると厄介だった。黒兎自身が驚くほど冷静なので、紅花は装甲車を追走できずにいる。

 

 そんな時である──装甲車のあろう場所から特大の邪気が現れたのは。

 

「「!!」」

 

 紅花と黒兎は咄嗟に攻防を中断し、そちらに視線を向ける。何かが起こった。得体の知れない何かがこの都市に召喚された。

 その真相を千里眼でいち早く視た黒兎は眉を顰めて溜息を吐く。

 

「……予定外ですね。まさか依頼主が暴走するとは」

 

 異世界の邪神、顕現──。混沌教団は異界の神カオスを召喚してしまったのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 異教徒達はふと思い至った。「そうだ、今戦ってる奴等を生け贄にしよう」と。馬鹿な彼等は自分達が崇拝する異神の事しか考えていない。いいや、正確には自分の事しか考えていない、か──

 混沌の神カオスは生け贄を好む邪悪なる神である。その力は尋常では無く、もたらされる強大な加護は比類無き恩恵だ。そのために異教徒達は他者を迷うこと無く贄に捧げていた。

 

 無情だが現実である。人間は自分のためなら他者を平然と犠牲にできるのだ。

 

 異教徒達は今戦っている面々が最高の生け贄である事を察してしまった。そこからは早いものである。すぐさまカオスの召喚儀式を開始、参拝と会話を終え、生け贄指定を済ませた後にデスシティに召喚した。

 

 暗黒の曇天が裂けて、異神が魔界都市に顕現する。曲がりなりにも異世界で邪神認定されているこの神は、この世界観でも最高位の神性を誇っていた。その格、恐らく上級神仏かそれ以上──全知全能の権能をふるい、悪逆を撒き散らす狂乱の神。カオス──

 

 邪教徒達が歓喜で喚いていた。生け贄を指さし、早く加護を恩恵をと強請っている。その哀れな様を高層ビルの屋上から見下ろしている絶世の美男が居た。優雅──ただただ優雅な男である。

 長身痩躯。煌びやかで、しかし品性を損なわない衣装に身を包んでいる。癖のある金髪を腰まで流し靡かせるその様は神々しくもあった。彼は黄金色の瞳を邪教徒達に向け、嘆息を吹きかける。

 

「哀れな……此処は魔界都市。我等が首領の無聊を慰める暗黒の揺り籠。……分を弁えなさい」

 

 瞬間、邪教徒達は空間断裂に巻き込まれ消滅した。悲鳴を上げる事も許されなかった。ただただ無慈悲な断罪。邪神群の副首領はその美麗な横顔に微かな嘲笑を浮かべる。

 

「異世界の神、ですか──矮小。あまりに矮小ですね。品が無い」

 

 指をパチンと鳴らし、黄金の美男──邪神群№2、ヨグ・ソトースは鼻で笑う。

 

「格の違いを思い知るといいでしょう。死と共に──所詮貴方など、彼等に構ってすら貰えない」

 

 同時に別次元で喧嘩の真っ最中だった二名の規格外が召喚された。血まみれの彼等は拳を振り上げた時に異変に気付き、上空を見上げる。

 

「「……アア゛?」」

 

 二名──大和とクトゥグアは、眉間に特大の青筋を浮かび上げた。

 

 

 ◆◆

 

 

 異界へ通じる門が完全に開き、極悪なる神が顕現した。出てきたのは片手のみだが、それでも魔界都市の一区画を覆える大きさを誇っている。上位次元の存在、降臨──魔界都市の住民達は早速パニックになっていた。ただ事では無い、間違いなく宇宙規模の大問題である。

 

 地鳴りの様な声は歓喜の表しているのか、それとも怨嗟の唸り声なのか。

 どちらにせよ、緊急事態である事には変わりない。上空の異界門から溢れ出る邪気と神気は間違いなく上位存在のソレ。

 異界の神カオスは生け贄指定されていた眼下の二名の魂を食らおうと、巨大な手を伸ばした。

 

 が──

 

 大和とクトゥグアは明確過ぎる殺意を以てその硬い拳を振り抜く。

 

 

「「俺たちの喧嘩の邪魔すんなボケぇッッ!!!!」」

 

 

 異世門ごと次元が吹っ飛んだ。比喩表現ではない。その気になれば銀河だろうが宇宙空間だろうが殴り壊せる両者の剛拳は、異界の神ごと空間を叩き壊したのだ。

 

 断末魔の悲鳴が、空間ごと次元の狭間に吸い込まれていく。大気が破裂し、生まれた衝撃波が魔界都市全土に吹き抜けた。高層ビルがドミノ倒しの要領で倒れていく。崩壊した上空は次元の狭間と不完全に繋がり、そのせいでブラックホールを発生させた。住民ごと瓦礫を吸い込んでいく。

 

 阿鼻叫喚の大地獄。巻き上がる前髪を鬱陶しそうにかき上げて、大和は血みどろのクトゥグアを睨んだ。自分も同じ様な状態である事を察しながら、冷めてしまった戦意のままに吐き捨てる。

 

「興が冷めた──」

「同感だよ。全く副首領殿め……」

 

 両者苦笑し、互いに背を向け合った。

 

「また今度な」

「ああ、さらばだ友よ」

 

 

「「次こそぶっ殺す」」

 

 

 そう宣言し、別れを告げた。同時にブラックホールが次元の狭間と共に閉じる。

 想定外が続いた任務はこうして無事、終了を迎えた。

 

 

 

 尚、黒兎と紅花はちゃっかりブラックホールの圏内から逃げていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 数日後、規格外共の闘争によってデスシティは甚大な被害を被ったものの、魔導師達やマッドサイエンティスト達が動いてくれたおかげで普段通りの営みを再開できていた。死傷者数は120万人。行方不明者を含めれば150万人を超えるが、大した事では無い。魔界都市なら許容できる範囲だ。

 

 大和は華僑の誇る闇の華、汪美帆(ワン・メイファン)を約束通り可愛がってやった後、紅花と他愛無い時間を過ごしていた。自宅の自室、そのベッドの上で。紅花を抱きかかえて胡坐を描いている。その逞しい腕に抱かれ、紅花は蕩けた笑みを浮かべていた。

 

「なぁ大和? これからも俺とコンビを組まねぇか? きっと無敵になれるぜ。体の相性も抜群だしよォ……」

「調子乗ってんじゃねぇ」

「ああんッ♡」

 

 尻を揉みしだかれ、嬉しそうに嬌声を上げる紅花。彼はそれで満足したのだろう、熱い溜息を吐きながら話題を変える。

 

「あの餓鬼──黒兎だったか? お前の実娘だろう? あれはヤベェな。幾らお前でも、将来追い抜かれるかもしれないぜ」

 

 挑発しているのか、本音なのか、恐らくどちらもなのだろう。しかし大和は嗤ってみせる。

 

「まぁ、追い付かれる事はあるかもしれねぇな。でも抜かれる事はねぇよ。潜ってきた修羅場の数が違い過ぎる」

「──まぁ、もし世界滅亡の危機があったとしても、お前かネメアが解決しちまうもんなぁ」

「それもわからねぇぜ? 俺やネメアでも、黒兎でもない。別の若い世代が救うかもしれねぇ」

 

 まぁ、どうでもいいけどな。そう言って大和は紅花のきめ細やかな頬を撫でる。紅花は気持ち良さそうに目を細めた。

 

「それより面倒臭ぇのは、アイツの「力」に対する価値観だ」

「……どういう意味だよ?」

「そのままの意味だ。俺は「自分の力で物事を成したい」から武術家になった。エリザベスの奴は、そもそも力なんて欲していなかった。魔導師になったのも仕方なくだ。だがアイツは、黒兎は違う。力を欲しているが内容に拘ってねぇ。武術だろうが魔術だろうが召喚術だろうが、使えるものは何だって使う。だから面倒臭ぇんだよ」

「……つまり?」

「アイツ単体で俺を追い越す事はできなくても、それ以外の方法で追い抜いてくる可能性があるって事だ。今回の件だって、クトゥグア以外にもう一柱呼ばれたらヤバかった」

 

 しかし大和は獰猛に、凶悪に嗤う。

 

 

「いいぜ、むしろそうこなくちゃな……ただでさえ人生イージモードなんだ。こういう展開を楽しまねぇとな」

 

 

 酒、女、殺し──人生は楽しんだ者勝ち。それが大和の座右の銘だった。

 

 

 ◆◆

 

 

 一方その頃、黒兎は中央区にある小粋な喫茶店で不思議な少年と会合を果たしていた。隣にいるのは金髪の妖美男──邪神群の№2、ヨグ・ソトース。

 周囲の客人達は彼の本性に気付いていない。まさかデスシティで最も畏れられる種族の副首領が喫茶店に訪れているなどと思わないのだ。

 

 そして、彼が世話を焼いている不思議な少年。容姿的年齢は黒兎と同じ位、十代前半ほど。黒髪と白髪が入り混じった不思議な髪色をしていた。双眸も右目が黒、左目が白という変わったオッドアイ。服装は白のTシャツに黒の半ズボン。端正な顔立ちをしており、隣のヨグ・ソトースとはまた違う可憐な色気を纏っていた。

 

 彼はオレンジジュースをストローで啜ると、黒兎に小首を傾げる。

 

「で──僕に何の用だい? 傘下に加わりたいと言うのであれば歓迎するよ。何せ君はあの大和とエリザベスの実娘だ。将来がとても有望……」

「貴方と個人契約を結びたいのです。誰でも無い、貴方本人と──」

「…………」

 

 少年は白髪交じりの前髪を指先で弄り、そして嘲笑を浮かべた。

 

「僕と契約? できるの? 君に? 母親でもできなかった事だよ」

「だからこそです。貴方はあの糞親父でも倒しきれない絶対的な存在ですから」

 

 

 

 邪神王アザホート──そう呼ばれた少年はクスリと微笑んでみせた。

 

 

 

《完》


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