villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第十八章「御子伝」
光の御子と爛れた関係


 

 

 曇天の空は妖魔達が放出する瘴気とマッドサイエンティスト達が垂れ流す有毒ガスによって、一生晴れる事は無い。そもそも、太陽の光がこの魔界都市に降り注いてくれるのか──怪しいものだった。此処は穢れた世界だから。

 銃声と爆発音、そこに笑い声と悲鳴が混じり合う。コレも何時も通り。

 中央区の裏通りにある仮宿屋の前で。複数人の女の喘ぎ声を聞きながら唇をへの字に曲げている絶世の美女が居た。

 この美女、何とも風変わりな格好をしている。西洋風の鎧に身を包み、額に魔法石のペンダントを掲げているのだ。

 とある部屋の前で、腕を組み仏頂面を晒している彼女はそれでも女神の如く美しい。デスシティの男達が放っておく筈がない。しかし彼女は言い寄る全ての存在を薙ぎ倒し、此処までやって来たのだ。

 そも、彼女は女神の様に美しいのではなく、実際に女神だった。

 

 一時間ほど経っただろうか──10メートルはあろう巨大な甲冑蟲種が群れをなしてアパートの上空を飛んでいく。女神の眼前の玄関扉が開いた。同時に濃厚な雌の淫臭が漂ってくる。女神の眉が八文字になった。出て来たエルフやダークエルフ、サキュバス達は蕩けきった表情をしつつも、女神を見つけて部屋の主に声をかける。

 

「大和~っ、お客さんがいるみたいよ~」

「すっごい美人さんよ」

「嫉妬しちゃうわねぇ」

「じゃ、また今度ね~」

 

 女神の横を通り過ぎ、女達は階段をカツカツと降りていく。玄関扉が再度開き、ラフな浴衣姿の褐色肌の美丈夫──大和が現れた。

 

「誰だ? 今日はアイツ等以外との約束はしてねぇ筈だが……」

 

 斑模様が薄く入った紺色の浴衣を緩く着こなすその姿、否応無しに人目を引く。胸元や腹が丸見えだった。女神は怒鳴り散らそうとしたものの、その艶姿に顔を真っ赤に染めて視線を逸らす。逆に大和は意外な来訪者に驚いたのだろう、その灰色の三白眼を丸めていた。

 

 この女神とは知り合いなのである。

 青色の布地に黄金の装甲を混ぜ込んだ絢爛な戦装束に身を包んだ光の戦女神。豊満であり、しかし絞れた女体の黄金比を誇る肢体は高位の女神である証。

 

 彼女はエメラルドの双眸を羞恥と怒りで濡らし、黄金色のストレートの髪を戦慄かせていた。

 

「ルー……姉弟子様が、一体どうしたんだ?」

「相変わらずだな……大和。この破廉恥猿め」

「ハッハッハ! その悪口、久々に聞いたぜ! まぁ上がれよ。用があるんだろう?」

「…………」

 

 ルーは仏頂面のまま部屋へと入っていく。大和は陽気に笑っているようだが、その口元は微かに歪んでいた。

 

 

 ◆◆

 

 

 部屋に入って、ルーはまず大和の胸にしなだれかかった。先程の仏頂面は何処へ行ってしまったのか、トロトロの表情で大和を感じはじめる。熱い溜息を吐いている彼女の唇を、大和は奪った。ルーは嬉々として受け止め、舌を絡める。大和はその薄桃色の唇を舐め取り、嘲笑を浮かべた。

 

「合格だ。躾けをしっかり覚えてるみてぇだな、ルー」

「はい、大和様っ。私は貴方の忠実な奴隷(ペット)でございます……っ」

 

 凛然と在った光の御子の面影は、もう何処にもない。愛しき御主人様に侍る雌犬が、ソコに居た。大和はそのプラチナブロンドの長髪を撫でる。

 

「ケルト神話最強の英雄、百芸に通じる万能の戦女神が隷属願望持ちのポンコツだとは誰も思わねぇだろうな」

「ああんっ、大和様……」

 

 彼の太い指を舐めて音を立てて吸い、ルーは懇願する様に上目遣いした。

 

「先程の女共より私の方が貴方様を満足させられます……どうか、チャンスをっ」

「いいぜ、チャンスを与えてやる」

 

 ルーの片腕を無理やり引き上げ、その惚けた面を拝む。ルーは恐怖と、それ以上の期待で瞳を潤ませていた。

 大和は嗤う。

 

「今からお前の肢体を貪ってやる。イイ声で鳴かせてやるよ」

「アアっ……そんな」

 

 その声はしかし、喜色に溢れていた。抗うフリをするルーを大和は無理やり組み伏せる。ルーは艶やかな悲鳴を上げた。

 

 爛れた二名の関係を知る者はいない。師匠であるバロールすらもだ。このアブノーマルな関係から、此度の物語は始まる。

 

 

 ◆◆

 

 

 工芸・武術・詩吟・古史・医術・魔術──何でも出来た。師からもその万能性を絶賛された。周囲が揃って口にするのは称賛、称賛、称賛。

 仲間や民達、家族すらも同じ事しか言わない。自分を「完璧な戦女神」としか見てくれない。

 

 鬱陶しかった。煩わしかった。その幻想をぶち壊してやりたかった。自惚れている自分を穢してやりたかった。穢れた自分を慕う無知共を嘲笑いたかった。

 

 だから当時、最も嫌悪していた男に身を差し出した。師を女に変えた野獣に肢体を貪らせた。

 しかし誤算だった。齎される余りの快楽に夢中になってしまったのだ。見下され、蔑まれ、一匹の牝として扱われる事に無上の悦びを覚えてしまった。

 

 しかも、無造作に扱う様でしっかりと愛してくれるのだ。彼は──。ルーとして、一人の女として、愛してくれる。嫌悪は情愛に変わり、侮蔑は喘ぎ声に変わった。

 

 ルーは堕ちた。唯一自分自身を曝け出せる男、大和に絶対の忠誠と親愛を誓った。その結果が現在である。白い喉から高い嬌声が吐き出される。その官能的な美声は近くを通りかかった男共の性欲を一気に爆発させた。戦士として絞られていながらも豊満な肢体は女体の黄金比。90を優に超す乳房はマシュマロより柔らかい。白磁の如き肌がほんのり朱に染まり、汗と愛液による甘酸っぱい淫臭で部屋が満たされる。

 自ら腰を揺すり、何度目かわからない絶頂をその身に刻み付けたルーはプラチナブロンドの長髪を振り乱した。そして寝転がっている大和に寄り添う。

 

「アア、凄い……ん、ちゅっ、大好き……♪」

 

 厚い胸板にキスの雨を降らせる。そんなルーの頭を雑に撫でて、大和は問うた。

 

「で? 俺を訪ねて来た理由は兎も角、何故デスシティにやって来た。お前は仮にもケルト神話の主神格。本来ならこの土地に踏み込めないだろう?」

「それは──」

 

 ルーの表情が一気に険しくなる。彼女は伏目がちに言った。

 

「エリンの四大秘宝の一つ、至高の結界宝具「リア・ファル」がデスシティの攫い屋共に奪われてしまったのです。今夜、中央区最大のオークションで出品されると言うので、参上しました」

「何だそりゃ」

 

 リア・ファル。アイルランドの護国神器、神々が齎した人類の防衛ラインの一つだ。コレが盗まれたとあっては、大和も険しい表情をせずにはいられなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 中央区の地下では月一の間隔で世界最大の闇オークションが開催される。アガルタ──伝説の地下都市、太陽の空想都市の名を掲げる、魔界都市が誇る一大イベントである。

 競売にかけられるのは宝物、武器、魔術兵器、戦闘用スーツから、遺伝子改造された合成魔獣、誘拐された美少年、美少女まで──大半が違法行為で仕入れられた難物だが、此処でしか手に入らない物もある。故に様々な立場の者達が参加する。表世界のVIP、闇社会のブローカー、モグリの狂人科学者、犯罪組織、中華系マフィア、凄腕の呪術師、魔法使いなど──そして、ソレらを眺める外野の住民達。

 

 今宵、アガルタは大いに盛り上がっていた。コレのためだけに天文学的数値の大金を溜め込んで来ている者もいる。皆、熱狂していた。

 

 そして始まる──アガルタのメインイベント、神秘部門が。各神話の宝石や伝説の武具が競りに出される。本来であれば幾ら大金を積んでも手に入れられない非売品ばかりだ。故に他の部門とは金額の単位が違う。ざっと七桁ほどか──それでも接戦になるのだ。メインイベントに相応しい盛り上がりを見せる。

 

 さぁ、第一の競売が始まろうとしたその時、会場に一組の男女が入って来た。純白のスーツに黒のシャツを着こなし、ネクタイをきっちり締めた褐色肌の美丈夫。そして純白のドレスを纏った光の御子。会場がどよめきに包まれた。二名の類稀なる美貌もそうだが、その素性を知る者が多数居たのだ。

 

 世界最強の殺し屋にして武術家──大和。

 ケルト神話最大の英雄──ルー。

 

 異端の組み合わせだが、勘の良い者達は二名がどの品を競り落としに来たのか察する。今回最大の目玉、アイルランドの護国神器リア・ファル──

 

 本来、闇オークションへの途中参加は認められないものの、大和はこのオークションの上客であるため顔だけでパスされた。彼の金使いの荒さを知っている常連客達は苦い顔をした。

 

 改めて、闇オークションの始まりである。

 

 

 ◆◆

 

 

 指定席に座ったルーは会場を見渡すと、隣に腰かけた大和に不遜に問いかける。

 

「この場にいる面々の異様な空気は何だ?」

「……」

 

 大和はルーの腰に手を回して、その安産型の尻を揉みしだく。ルーは甘い吐息を吐きながらも気丈な面持ちを崩さなかった。しかしエメラルドの双眸にはこの後の「お仕置き」を期待する色が見え隠れしている。敢えて不遜な態度を取って大和の機嫌を損ねようとしているのだ。とんだポンコツ女神である。大和も苦笑せずにはいられなかった。

 

「このオークションでしか手に入らねぇもんがある。だから表世界の大富豪や政治家、VIPなんかの大金持ちが沢山参加してんだよ。皆殺気にも似た物欲を醸し出してやがる……他にもデスシティで勢力を築きつつある暴力団、犯罪組織の幹部。マッドサイエンティストや魔法使いなんかも居やがるな。そぅら、噂をすればだ……」

 

 大和に背後から抱きつき、その首筋にキスの雨を降らせる謎の美女。妖艶すぎる女だった。亜麻色の長髪、女神もたじろぐ絶域の美貌。紫苑色のドレスに包まれている熟れた肢体は男共の本能を直に刺激する。ルーに負けず劣らずの乳房をその逞しい背中に押し付け、彼女は囁いた。

 

 サラサラと前髪が靡けば、泣きぼくろと翡翠色の双眸が現れる。

 

「ふふふ、久しぶりね、大和……」

「ルチアーノ」

 

 魔導師ルチアーノ。欧州最大の魔術結社「黄金祭壇」の№4。イタリア支部の支部長であり、闇魔法と禁呪のスペシャリスト。数少ない魔導師──その一角である。彼女もこの闇オークションに参加していたのだ。まるで猫の様に甘えて来る彼女に大和は問う。

 

「どうしたいきなり、溜まってんのか?」

「ええ、貴方のスーツ姿を見たら昂っちゃった。どう、また後で……」

「いいぜ。後で気持ち良くさせてやる」

「フフフ♪」

 

 ルチアーノは上機嫌に微笑む。その隣では、ルーがこれでもかと仏頂面を披露していた。ルチアーノは肩を竦めると、大和の唇にキスを被せて踵を返す。

 

「じゃ、また後でね♪」

「おう」

 

 手を振って見送った大和を、ルーは忌々し気に睨み付けていた。大和は無視して始まった競りに注目する。最初の競売品は──見目麗しいハイエルフの少女だった。白を基調とした森の種族特有の薄着に、深緑色のローブ。黄金色のミディアムヘアにスカイブルーの双眸がまた美しい。エルフはエルフでも、別格の美しさだった。

 司会者が声高らかに告げる。

 

「№1は北欧地方の神秘の森に生息しているエルフの王族、ハイエルフの少女です。成長途段階の肢体、生意気な双眸に態度。魔法で厳重に拘束しておりますが、何も手を付けておりません! 天然ものです! 一切の穢れを知らない少女です! エルフは数多くおれどハイエルフは稀! 奴隷市場でも滅多に出回りません! では! オークションを開始します!」

 

 木槌が鳴らされる。瞬間、ここぞとばかりに表世界の大富豪達が大枚をはたき始めた。大和も興味津々といった様子で形の良い顎を擦る。デスシティへの滞在歴が長い彼でもハイエルフを拝んだのは久々だった。故に興味が尽きないのだろう。

 

「よし、買うか」

「大和! 貴様! 我々の目的を忘れてはいないか!?」

「うるせぇ、黙ってろポンコツ」

「あ、ぅぅんっ♡」

 

 背後から胸を揉みしだかれ、喘ぐルー。煩い雌奴隷を黙らせた大和は、ノリノリで競りに参加するのであった。

 前途多難である。

 

 

 ◆◆

 

 

 ルチアーノは三階バルコニーに上がると、一緒にやって来た魔導師の横に付く。獅子の如き紅蓮の長髪を靡かせる女傑。彼女は暇そうに大欠伸をかいていた。刃の如き真紅の双眸に鮮血色のローブ。高身長で豊満な肢体を誇っている。

 

 彼女は闇オークションに興味無いのだろう、大層眠そうにしている。ルチアーノはそんな彼女に告げた。

 

「ヴァーミリオン。用は済んだわ。貴女は先に帰っていいわよ」

「む……リア・ファルを買い取らなくていいのか? エリザベス様の命令だぞ」

「大和が関わってるわ。無駄よ」

「そうか、アイツが関わっているのか」

 

 紅蓮の女傑、ヴァーミリオンは身を乗り出して下の会場にいる大和を見つける。

 

「ああ、アレだな。あまりに退屈で気付かなかったぞ。横にいるのは光の御子殿か。変な組み合わせだな」

 

 ヴァーミリオン。黄金祭壇の№3。フランス支部の支部長であり身体強化魔導と炎熱魔導のプロフェッショナル。近接戦闘での強さは黄金祭壇随一であり、魔導師でありながら四大魔拳に名を連ねている文字通りの女傑だ。

 彼女は肉食獣の様に唇を舐める。

 

「最近暇だったからな、床に誘うとしよう。アイツと性行は刺激的だ」

「残念、先約済みよ♪」

「む……なら今度でいいか。兎も角大和の所へ行くぞ。お前も行かないか?」

「ん~、そうね。帰っても暇なだけだし……いいわ。行きましょう」

 

 ヴァーミリオンとルチアーノは一階へと降りていった。

 

 

 ◆◆

 

 

「1億!!」

「5億!」

「10億!」

「12億!!」

「……15億!!」

 

「50億!!」

「100億!!」

「200億!!」

 

「500億!!」

 

 500億──会場が静寂で包まれた。ハイエルフは稀有で大変美しい種族だが、500億出すかと言われれば躊躇われる。大富豪達は揃って悔しそうな表情をしていた。純然たるエルフの生娘──喉から手が出る程欲しい。しかし金額の単位があまりに大きすぎる。

 

「502億」

 

 ここで大和が手を挙げた。勝利を確信していた表世界のVIPが片眉を跳ね上げる。脂ぎった醜い壮年だ。何としても競売品を手に入れるため、彼は更に金額を上乗せした。

 

「505億!!」

「510億」

「~~~~~~~~~~~ッッ」

 

 VIPの顔に脂汗が滲む。大和はニヤニヤと嗤っていた。その笑顔が心底気に入らないのだろう、VIPが更に金額を上乗せしようとしたその時、外野から声が上がる。

 

「550億」

 

 VIPは絶望で項垂れ、それ以上何も言わなかった。大和は不快そうに首を傾ける。その視線の先には純白の軍服を着た絶世の美女が居た。濡羽根色の短髪に純白のマント──まるで堕天使の如き神々しさをその身に纏っている。いいや、彼女は本物の堕天使なのだ。それも最上級の。

 

 彼女の隣にいる細身の色香漂う男が大和に手を振る。大和は舌打ちしながら金額を少々上乗せした。

 

「551億」

「…………それでは、551億で落札です!」

 

 会場にどよめきが走る。ハイエルフとは言え、まさか一人の少女に550億も出す男が現れるとは──。古参メンバーは表情を苦渋で歪めていた。やはり大和の金使いの荒さは異常だと。新参の者達は驚愕し腰を抜かしていた。

 しかし、大和の視線は一点に集中している。最古の堕天使、ルシファーと、アメリカ合衆国大統領、カール・マーフィーに。

 カールは30代でアメリカ合衆国の頂点に立った辣腕家。裏世界でも悪い意味で有名な野心家である。

 

 

 ◆◆

 

 

 面倒臭い事になってきた──と、大和は肩を竦めた。

 ズドンと、大和の隣に強引に腰かけた紅蓮の女傑──ヴァーミリオン。彼女は大和の首に腕を回して無理矢理引き寄せる。そして甘ったるい声音で囁いた。

 

「大和、今夜暇か? 暇だろう? 私が床を共にしてやる。光栄に思え」

「ちょっと、ヴァーミリオン。貴女やっぱり横取りするつもりだったのね。駄目よ、私が先約してるんだから」

 

 ルチアーノは大和の背中に抱きつき、頬を膨らます。その豊か過ぎる乳房でうなじを挟めば、ヴァーミリオンも負けじと彼の手を己の乳房に埋もれさせた。

 

「~~~~~~~~っっ」

 

 隣のルーは頬を風船の様に膨らましている。大和はやれやれと肩を竦めた。

 

「随分楽しそうじゃなぁ、大和様♪」

「……」

 

 大和の足に抱きつく狐耳の美少女。大和は小さくため息を吐いた。色彩豊かな浴衣、お尻から生えた九本の尾。女神すら寄せ付けぬ美貌はしかし、抑えているのだ。何せ彼女は傾世の美女──世界最高の美女の称号を持つ魔性の妖魔姫だから。

 

 白面絢爛九尾狐──万葉。

 傾城街、東区の花魁の頂点もこの闇オークションに参加していた。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和は万葉の頭を狐耳ごと撫でる。気持ち良さそうに目を細める彼女に問うた。

 

「何の用だ?」

「実は先ほどのハイエルフを狙っておったのじゃ。代理人に任せておったのじゃが、550億で買い取られたと泣き付かれてのぅ。そんな大金を出す男など大和様しかおらんと思ったら、案の定じゃった」

「やらねぇぞ」

「そこを何とか! お願いじゃ~大和様っ。ハイエルフは希少なんじゃ。是非うちの娼館に欲しい!」

「嫌だね」

「そこを何とか~!」

 

 涙目で懇願する万葉に、大和は暗く嗤いかける。そしてその小綺麗な顎を指ですくった。

 

「ならお前と、お前の娼館に所属する美女を全員抱かせろ」

「……いいのかえ? 大和様。そんな魅惑的な条件で」

「いいんだよ。全員満足させてやる。……オイ、お前等もだ」

 

 ルチアーノの唇にキスを被せ、ヴァーミリオンを引き寄せる。そして艶然と笑った。

 

「下らねぇ喧嘩してんじゃねぇよ。二人共満足させてやる。立てなくなるまで可愛がってやるから」

「「……♡」」

 

 ルチアーノとヴァーミリオンは恍惚とし、大和にしなだれかかる。万葉もメロメロで足に抱き付いていた。

 彼は最後に本格的に拗ねているルーを無理やり引き寄せ、その桃色の唇を奪う。

 

「!! ~~~~~ッッ♡♡」

 

 抗うルーを、しかし強引に捻じ伏せて舌を絡ませる。ルーは徐々に力を無くしていき、最後は彼の胸板にしなだれかかった。大和はフンと鼻を鳴らす。

 

「あんま調子に乗ってんじゃねぇよ。女なんざ所詮食い物だ」

 

 コレこそ、大和の本質であった。

 

 

 ◆◆

 

 

 今回の神秘部門の目玉である護国神器「リア・ファル」を巡って、各勢力が思惑を巡らせていた。リア・ファルはアイルランドという国全域を妖魔から守護していた究極に等しい防御装置。コレを手に入れれば自分の身どころか領土全体を守護する事ができる。破格の性能を誇るこの宝具を手に入れたいと願う者達は多い。

 

 表世界の政治家や大富豪、デスシティの暴力団や犯罪組織などがそうだ。

 

 逆にリア・ファルの真の力を知っている者はその力を利用しようとしたり、悪人の手に渡らない様にアイルランドに返還しようと考えている。

 

 モグリのマッドサイエンティスト達。ハグレ魔術師達。欧州を勢力下とする魔術結社の重鎮。対神秘組織の面々など。

 

 そして、物見遊山で眺めているのはどう転んでも自分達の利益にしかならない者達。アメリカ合衆国の大統領、頭のキレる賞金稼ぎや殺し屋達など。

 

 様々な思惑が絡み合っている最中、今回最大の目玉が披露される。会場に居る者達の欲望が一気に爆発した。正方形の真紅色の巨石こそ、ケルト神群の加護の具現化。あらやる魔からアイルランドを護ってきた護国神器である。

 

「さぁ、今オークション最大の目玉である「リア・ファル」です! 説明は最早野暮というものでしょう! 此処にいる皆さまはその価値を知っている筈です! それでは、オークションを開始します!!」

 

 皆、国家予算に比肩しうる金額を提示しようとしていた。中には兆単位の金額を出す事も辞さない者も居る。その中で、誰よりも早く大和が告げた。ソレは釘刺しだった。

 

「100兆」

 

 会場が静まり返った。個人が出せる金額では断じて無い。しかしこの男、大和は出せるのだ。故に皆、何も言えなかった。

 

 徒党を組めば抗える可能性はある。しかし各々で思惑がある以上、下手に組めない。その一瞬の迷いがオークションでは命取りになる。誰よりも惜しみなく金を出せる者が勝つ。オークションも要は駆け引き、戦闘だ。

 戦闘という分野で、大和は無類の強さを発揮する。

 

 詰みだった。

 

 アメリカ合衆国大統領、カール・マーフィーは肩を竦めて踵を返す。そして隣を歩くルシファーに告げた。

 

「流石、デスシティで最も畏れられる男──これはある意味、予定調和だ。そう思わないか? ルシファー君」

「ああ、そうだとも。あの男の本質は英雄──救済者だ。奴にその気が無くても、その行動で世界は救われる。だから暗黒のメシアと呼ばれるんだ」

「……そういう運命の元にいるという事か、あの男は。これは、懐柔した方が良さそうだな」

「簡単だよ。大金と美女を大勢準備すれば良い。でも、完璧に懐柔はできない。人間どころか邪神にも出来なかった事だ。覚えておいてくれ」

「肝に銘じておこう」

 

 純白の軍服を靡かせ、ルシファーはカールと共に闇へと消えていく。他の者達もだ。その背後で司会者がオークションの決着を告げる。

 

「それでは、100兆で落札です……!!」

 

 大和は絶世の美女達を侍らせながら勝利の笑みを浮かべた。

 

 

 ◆◆

 

 

 デスシティに雪が降った。粉雪である。表世界は梅雨明けで夏に入ったばかりだった。しかしデスシティに異常気象は付き物である。晴れにならない限り住民達は動揺しない。

 だが、デスシティのニュースキャスター達は密かに困惑していた。何らかの神秘が関わっているのは確実だが、素性が掴めない。害こそ無さそうなので、特に取り上げる事もしなかったが──

 

 大和は真紅の番傘を差しながら裏通りを歩いていた。吐息が白く染まる。下駄の音は粉雪にほぐされていた。本来、莫大な闘気を纏っている大和に傘は必要無い。しかしこの粉雪は浴びる気にはなれなかった。何故なら──この雪は太陽の御子の涙だから。

 

 東区随一の娼館で何百人もの美女美少女を抱き、絶世の魔女二名を立てなくなるまで愛してやって、心地良く帰路に付いていた手前である。大和は女──いいや、女神の癖の強さに辟易しつつも、サクサクと歩いていた。恐らく、まだ待っている。あの女は──まだ。

 

 ボロいアパートの階段を上がり、自分の部屋の前に付くとすすり泣く声が聞こえてきた。大和は一度溜息を吐くと、玄関扉を開ける。すると薄暗い部屋からプラチナブロンドの髪が靡き、女神が飛びついてきた。

 

「おかえりなさい……っ」

 

 罵声を吐かず、泣き言も漏らさず、ただ自分の帰りを喜んでいる女神に、大和は思わず呟いた。

 

「何で待ってんだよ。こんな男、早く見限っちまえよ。俺よりイイ男なんざ幾らでもいるだろ」

「絶対に嫌です……貴方じゃなきゃ、いや……」

「…………」

「邪悪で低俗で下品で、それでも、貴方が好き……」

「…………」

「愛してるの……大和っ」

 

 エメラルドの双眸を潤め、自分を見上げてくる女神という称号だけのか弱い女。大和はその桃色の唇にキスを被せた。

 

「馬鹿な女……変な男に捕まっちまって、本当に救えない女……」

 

 この後、ルーは激しく愛された。入念にその肢体を貪られた。指先に至るまで愛され、ルーは歓喜で鳴いた。何度も唇を被せ、愛を囁く。

 

 仮初の愛でも構わない。爛れた関係でも構わない。

 好き──愛している。

 

 ルーは三日三晩、大和を離さなかった。粉雪は、何時の間にか止んでいた。

 

 

《完》


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