villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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五話「デスシティの民間人」

 

 

 同時刻。

 突如起きた大地震により、デスシティの交通機関は大打撃を受けていた。

 特に中央区の大通りは大渋滞を引き起こしている。

 

「はい、はい……なるほど」

 

 漆黒色のバス、通称「闇バス」の運転席で。

 運転手の美女が本部と連絡を取り合っていた。

 黒の制服と帽子がよく似合っている。

 

 死織(しおり)

 闇バス、闇タクシーの運転手だ。

 

「Aランクの邪神ですか……ですが相手はデスシティの三羽烏。問題は無いでしょう。被害は拡大しそうですがね」

 

 死織はやれやれと肩を竦めると、乗客たちに振り返る。

 

 彼等は表世界の住民だ。

 大金を積んでまでこの都市を観光したいという物好きたちである。

 

 彼らは現状を理解できていなかった。

 死織は立ち上がり、彼らに頭を下げる。

 

「申し訳ありません。現在、未曽有の災害が発生しております。暫くの間停車いたしますが──」

 

 それ以上の言葉を、死織は紡げなかった。

 

 雨あられと降り注ぐ質問の嵐。

 本当に大丈夫なのか? 逃げなくていいのか? 身の安全は保障できるのか? 

 

 絶えずまくしたててくる乗客たちに、死織はたまらず顔を俯ける。

 

(全く、これだから表世界の住民は……慌てて覆る状況なら苦労しませんよ)

 

 心の中で文句を言った後、無理やり営業スマイルを作った。

 

「落ち着いてください。まず、このバスはお客様の安全を第一に考え設計されています。外よりも、バスの中のほうが遥かに安全です。外に出れば身の安全は一切保障できません。この都市は凶悪な化物どもの巣窟──私一人でお客様を守ることは不可能です」

 

 死織の言葉に乗客たちは口をつぐむ。

 安心させる言葉よりも恐怖をあおる言葉……死織は人の心をよくわかっていた。

 

 大人しくなった乗客たちに、死織は深く頭を下げる。

 

「ご協力、ありがとうございます」

 

 そのまま運転席に戻った。

 巨乳のせいでただでさえ凝る肩をグルグルと回す。

 

(さて、これで大丈夫でしょう……今は、本部から連絡を待つしかありませんね)

 

 死織は面倒臭そうにハンドルに頬杖をついた。

 

 その視界に巨大な瓦礫が映り込む。

 ソレは対向車線のトラックを弾き飛ばしていった。

 

 死織の眼前に死の暴風が迫っていた。

 先程の瓦礫は遥か前方にあった車両の残骸だ。

 

 地割れと共に一直線に迫ってくる衝撃波。

 

「ッッ」

 

 考えるよりも先に身体が動いた。

 死織は闇バスの自動ドアを渾身の蹴りで破壊し、外へ身を投げる。

 

 着地して振り返ると、阿呆な面をした乗客たちがバスごと暴風の中に消えていった。

 死織は近くにあった外灯を咄嗟に掴む。

 暴風が死織を吸い込もうとしていた。

 歯を食い縛って耐えていると、暴風は遠くへと消えていく。

 

 暫くして。

 嵐が過ぎ去ったことを確認した死織は、やれやれと肩を竦めた。

 

「恐ろしい。まさか戦闘の余波だけで闇バスが吹き飛ばされるとは……やはりAランクは洒落になりませんね」

 

 死織は手袋に付いた汚れをパンパンと払うと、帽子を被りなおす。

 

「さて、お客様はお星様になってしまいましたし……どうしましょう?」

 

 小首を傾げる。

 ふと、名状しがたい悪臭が鼻を突き抜けた。

 周囲を見渡すと、瓦礫から不気味な煙が吹きあがっている。

 

 煙はすぐに冒涜的なバケモノに姿を変えた。

 青いウミのような液体を纏った四足歩行は瞬く間に死織を囲う。

 

「なるほど……ティンダロスの猟犬ですか。では、Aランクの邪神はティンダロスの──」

 

 考えるのもほどほどに、死織は臨戦態勢に入る。

 異次元から日本刀タイプの高周波ブレードを取り出し、構えた。

 

 

「私をただの運転手だと思わないでくださいよ。民間人は民間人でも、デスシティの民間人です」

 

 

 ◆◆

 

 

 鋼鉄をバターのように切り裂ける高周波ブレードは、猟犬を容易く両断した。

 しかし、殺すことはできない。

 精々時間を稼げる程度だ。

 

 猟犬は不老不死。

 故にただの物理攻撃では殺せない。

 

 しかし、死織も負けていなかった。

 彼女は肉体に最新鋭のサイボーグ手術を施していた。

 体内にナノマシンを循環させ、主要臓器と肉体を強化している。

 

 死織は試しに5トントラックを片手でひっくり返した。

 下敷きになった猟犬たちだが、煙になってすり抜けてくる。

 

 彼らを殺すには特別な力が必要だ。

 魔族殺しのアイテム、または強力な魔術。

 それらがなければ、ダメージを与えることができない。

 

 死織は苦い顔をした。

 

「全く、クトゥルフ神話のバケモノはしぶとい……台所に出てくる黒いアレが可愛く見えますよ」

 

 死織は懐から小さな宝石を取り出す。

 

「かなり高価な品ですが……出し惜しみはできません」

 

 宝石を握り潰すと、特殊な力が付与される。

 襲いかかってくる猟犬を切り裂いた。

 それでもお構いなしに噛み付こうとした猟犬だが、あまりの激痛に悲鳴を上げてのたうち回る。

 

 死織は暗い笑みをこぼした。

 

「退魔の波動……効果があって何よりです」

 

 宝石を対価に発動する破邪の力。

 これによって、死織は猟犬と戦える力を得た。

 

(しかし、あまり長くは持ちません。早く打開策を見つけなければ……)

 

 脳をフル回転させる。

 すると、猟犬の一匹が木っ端微塵に砕け散った。

 続けて響き渡る発砲音はまるで大砲。

 

 死織は猟犬を仕留めた主を確認する。

 

 筋肉の宮ともいえる鍛え抜かれた肉体。

 荒々しく逆立った白髪に仁王像のような厳つい顔立ち。

 魔改造を施した対物ライフルとメートルを超える人斬り包丁を携えている。

 

 死織は嬉しそうに「彼」に背中を預けた。

 

「ありがたい──源次郎さん」

「礼はいいぜ。俺も一人じゃ厳しかったんだ。ここぁ手を組もうぜ──死織さん」

 

 源次郎。

 大和がよく通うおでん屋「源ちゃん」の店主だった。

 

 


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