同時刻。
突如起きた大地震により、デスシティの交通機関は大打撃を受けていた。
特に中央区の大通りは大渋滞を引き起こしている。
「はい、はい……なるほど」
漆黒色のバス、通称「闇バス」の運転席で。
運転手の美女が本部と連絡を取り合っていた。
黒の制服と帽子がよく似合っている。
闇バス、闇タクシーの運転手だ。
「Aランクの邪神ですか……ですが相手はデスシティの三羽烏。問題は無いでしょう。被害は拡大しそうですがね」
死織はやれやれと肩を竦めると、乗客たちに振り返る。
彼等は表世界の住民だ。
大金を積んでまでこの都市を観光したいという物好きたちである。
彼らは現状を理解できていなかった。
死織は立ち上がり、彼らに頭を下げる。
「申し訳ありません。現在、未曽有の災害が発生しております。暫くの間停車いたしますが──」
それ以上の言葉を、死織は紡げなかった。
雨あられと降り注ぐ質問の嵐。
本当に大丈夫なのか? 逃げなくていいのか? 身の安全は保障できるのか?
絶えずまくしたててくる乗客たちに、死織はたまらず顔を俯ける。
(全く、これだから表世界の住民は……慌てて覆る状況なら苦労しませんよ)
心の中で文句を言った後、無理やり営業スマイルを作った。
「落ち着いてください。まず、このバスはお客様の安全を第一に考え設計されています。外よりも、バスの中のほうが遥かに安全です。外に出れば身の安全は一切保障できません。この都市は凶悪な化物どもの巣窟──私一人でお客様を守ることは不可能です」
死織の言葉に乗客たちは口をつぐむ。
安心させる言葉よりも恐怖をあおる言葉……死織は人の心をよくわかっていた。
大人しくなった乗客たちに、死織は深く頭を下げる。
「ご協力、ありがとうございます」
そのまま運転席に戻った。
巨乳のせいでただでさえ凝る肩をグルグルと回す。
(さて、これで大丈夫でしょう……今は、本部から連絡を待つしかありませんね)
死織は面倒臭そうにハンドルに頬杖をついた。
その視界に巨大な瓦礫が映り込む。
ソレは対向車線のトラックを弾き飛ばしていった。
死織の眼前に死の暴風が迫っていた。
先程の瓦礫は遥か前方にあった車両の残骸だ。
地割れと共に一直線に迫ってくる衝撃波。
「ッッ」
考えるよりも先に身体が動いた。
死織は闇バスの自動ドアを渾身の蹴りで破壊し、外へ身を投げる。
着地して振り返ると、阿呆な面をした乗客たちがバスごと暴風の中に消えていった。
死織は近くにあった外灯を咄嗟に掴む。
暴風が死織を吸い込もうとしていた。
歯を食い縛って耐えていると、暴風は遠くへと消えていく。
暫くして。
嵐が過ぎ去ったことを確認した死織は、やれやれと肩を竦めた。
「恐ろしい。まさか戦闘の余波だけで闇バスが吹き飛ばされるとは……やはりAランクは洒落になりませんね」
死織は手袋に付いた汚れをパンパンと払うと、帽子を被りなおす。
「さて、お客様はお星様になってしまいましたし……どうしましょう?」
小首を傾げる。
ふと、名状しがたい悪臭が鼻を突き抜けた。
周囲を見渡すと、瓦礫から不気味な煙が吹きあがっている。
煙はすぐに冒涜的なバケモノに姿を変えた。
青いウミのような液体を纏った四足歩行は瞬く間に死織を囲う。
「なるほど……ティンダロスの猟犬ですか。では、Aランクの邪神はティンダロスの──」
考えるのもほどほどに、死織は臨戦態勢に入る。
異次元から日本刀タイプの高周波ブレードを取り出し、構えた。
「私をただの運転手だと思わないでくださいよ。民間人は民間人でも、デスシティの民間人です」
◆◆
鋼鉄をバターのように切り裂ける高周波ブレードは、猟犬を容易く両断した。
しかし、殺すことはできない。
精々時間を稼げる程度だ。
猟犬は不老不死。
故にただの物理攻撃では殺せない。
しかし、死織も負けていなかった。
彼女は肉体に最新鋭のサイボーグ手術を施していた。
体内にナノマシンを循環させ、主要臓器と肉体を強化している。
死織は試しに5トントラックを片手でひっくり返した。
下敷きになった猟犬たちだが、煙になってすり抜けてくる。
彼らを殺すには特別な力が必要だ。
魔族殺しのアイテム、または強力な魔術。
それらがなければ、ダメージを与えることができない。
死織は苦い顔をした。
「全く、クトゥルフ神話のバケモノはしぶとい……台所に出てくる黒いアレが可愛く見えますよ」
死織は懐から小さな宝石を取り出す。
「かなり高価な品ですが……出し惜しみはできません」
宝石を握り潰すと、特殊な力が付与される。
襲いかかってくる猟犬を切り裂いた。
それでもお構いなしに噛み付こうとした猟犬だが、あまりの激痛に悲鳴を上げてのたうち回る。
死織は暗い笑みをこぼした。
「退魔の波動……効果があって何よりです」
宝石を対価に発動する破邪の力。
これによって、死織は猟犬と戦える力を得た。
(しかし、あまり長くは持ちません。早く打開策を見つけなければ……)
脳をフル回転させる。
すると、猟犬の一匹が木っ端微塵に砕け散った。
続けて響き渡る発砲音はまるで大砲。
死織は猟犬を仕留めた主を確認する。
筋肉の宮ともいえる鍛え抜かれた肉体。
荒々しく逆立った白髪に仁王像のような厳つい顔立ち。
魔改造を施した対物ライフルとメートルを超える人斬り包丁を携えている。
死織は嬉しそうに「彼」に背中を預けた。
「ありがたい──源次郎さん」
「礼はいいぜ。俺も一人じゃ厳しかったんだ。ここぁ手を組もうぜ──死織さん」
源次郎。
大和がよく通うおでん屋「源ちゃん」の店主だった。