villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

110 / 255
第十九章「次代伝」
一話「実の息子」


 

 

 時代が進むに連れて新たな英雄が頭角を現してくる。しかし資質を持つ者がその才能を開花させるとは限らない。戦争の只中だからこそ開花する才能がある。平和な世界ではタダの凡愚と成り果ててしまうのが、真の英雄という存在だ。

 その力を皆恐れる。その思想を皆、理解できない。

 敵対者と闘い、味方を鼓舞する才能があったとしても、平和な世界では宝の持ち腐れでしかない。

 

 所詮英雄なんてその程度──唯の異端者。故に忌避され淘汰される運命にある。

 

 しかし皮肉なもので、現代の平和は仮初のものである。それこそ幻の様なもので、何時崩れ去ってもおかしくない。ソレを維持しているのは誰でもない、前途した異端者達なのだ。

 特に闇の英雄、暗黒のメシアと呼ばれているあの男は「圧倒的な暴力を振るえる」というただその理由だけで世界政府から肯定されている。幾ら女を犯しても、大量殺戮をしても、黙認される。タチが悪い事に、彼もソレを理解している。そのため程々に抑えているのだ。

 

 そんな腐った原理でこの世界は回り続ける。正義だの悪だの、所詮は理想論なのかもしれない。

 

 しかし、英雄になれる器を持っていたとしても、英雄になる事を望まない者がいる。自分の力を理解し、制御できても、極めて平常な──悪く言えば凡俗的な精神を持つ者が、稀にいる。

 

 これは、そんな一人の青年を交えた物語。彼は間違いなく世界最強に名を連ねられる才能があった。何せ父親があの暗黒のメシアであり、師匠兼親達が最強の武神集団、八天衆なのだから。

 

 しかし、彼は八天衆の経営する孤児院で弟分や妹分の世話をしているだけで満たされていた。それ以上を望まなかったのである。だが運命がソレを許さない。お人好しの彼に無理難題をふっかける。

 

 今回の物語はそんな青年にスポットライトを当てたものである。

 

 

 ◆◆

 

 

 東京都某区の河川敷で。幼い少年少女達を連れて一人の青年が歩いていた。快晴による心地よい日差しを浴びて、目を細めている。その目は鋭く、そして灰色だった。黒髪は適度な長さで切り揃えられており、地味ながらも整った服装をしている。その美貌は若いながらもかなりのもので、アイドルと言っても十分通じるレベルだった。現に通り過ぎた女性達が次々と振り返っている。

 

 御門翔馬(みかど・しょうま)

 

 八天衆が経営している孤児院で育った青年だ。彼が育った孤児院は強い能力のせいで孤立してしまった子供達を引き取る場所。八天衆の面々──特にリーダーである帝釈天とその妻、毘沙門天。そして一番槍の孫悟空が中心に切り盛りしている。

 御門翔馬は三名の事を本当の家族の様に慕っていた。そして自分も少しでも力になりたいと、勉学と修行に励む毎日を送っていた。

 

「今日は悟空姐さんが帰ってくるし、色々準備しないとな……あ、コラお前等、あまり離れるなよー」

 

 考え事をしていると子供達が先へ進んでしまうので、慌てて追いかける翔馬。その様子は微笑ましくもあった。

 翔馬はすれ違う。真紅のマントを靡かせる褐色肌の美丈夫と──しかし子供達の世話で目が行かなかった。

 

「…………」

 

 褐色肌の美丈夫は振り返る。子供達を連れて歩く翔馬の後ろ姿をジッと見つめていた。その三白眼は、翔馬と同じく灰色だった。

 

「偶然か、それとも必然なのか──誰との餓鬼だ? 感じる神気的に相当高位の女神っぽいが……んー」

 

 その形の良い顎を擦った後、やれやれと肩を竦める。

 

「まぁ、どうでもいいか」

 

 褐色肌の美丈夫──大和は歩みを再開する。翔馬は父親の顔を知らなかった。大和もまた、翔馬の事をよく知らない。そのまま互いに関わらなければ良かったのだが──このあとすぐに二名は再開する事になる。

 

 敵対者として──

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 河川敷近くのショッピングモールへ買い物にやって来た翔馬達。今日は姉貴分の孫悟空が帰ってくるという事で、子供達はプレゼント選びではしゃいでいた。翔馬も食材や装飾品を買い揃えつつ、密かにプレゼント選びをしている。

 

 ふと、ここら辺では見かけない制服を着た少女達を見つけた。見方によっては私服に見えなくもない、しかししっかりと実戦を想定した軍服。二名共、かなりのレベルの美少女だ。佇まいからして実力も中々──

 

(……特務機関の戦士だな。確か支部が三駅先にあったか……関わらない方がいい)

 

 一目で相手の素性を把握した翔馬は子供達を連れて別の場所へ移動しようとする。八天衆の経営する孤児院には翔馬も含めて、人類では到底御しきれない強大な力を持った子達が集まっている。彼等を護り、その力を誤った道に使わないよう正しい教育をするのが八天衆の目的だった。

 翔馬は親父分である帝釈天の言葉を思い出す。

 

『特務機関自体はいい、問題はバックにいる大黒谷首相。かなりキレ者で、且つ残忍な男だ。お前を含めた子供達を関わらせたくない。だからあまり目立った行動はするな。目を付けられれば後々面倒になる』

 

 その言葉に従い、極力接触を避けるようにする翔馬。既に自分の力をある程度制御できている自分は兎も角、子供達は力を抑えるブローチや腕輪を付けている。勘付かれる可能性は無くもない。万全を尽くし、距離を置く。

 

 しかし、想定外の外敵が乱入してきた。ショッピングモールの天井を突き破って現れたサイボーグの巨漢。半身を特殊合金で覆い、右腕にキャノン砲を装着した彼は天井に砲撃して周囲を威嚇する。

 

「オラァ!! 見せもんじゃねぇんだぞ!! とっとと失せろカス共ォ!!」

 

 いきなりの事態に客人達は悲鳴を上げて逃げ惑う。ショッピングモールは阿鼻叫喚の大パニックになった。翔馬は子供達が人混みに巻き込まれないよう抱き寄せつつ、襲撃者の様子を冷静に観察する。

 

(なんだアレは……サイボーグ? 半身が機械になってるじゃないか。もしかして、親父や姐さんの言っていたデスシティの住民? なら何でこんな市街地に? いいや、さっきの特務機関の女の子達と関係があるのか)

 

 一瞬で思考を巡らせるが、先程の少女達が慌てて武装し、支部に連絡している様子を見て表情を曇らせる。

 

(どうやらあちらも想定外のようだ……困ったな、どうやら完全に巻き込まれたらしい)

 

 翔馬は一度目を閉じ、深く深呼吸する。己の立場を弁え、次の行動を冷静に導き出す。

 

(あの女の子達には悪いが、一度子供達を安全な場所に避難させよう。その後、親父に連絡をして次の行動を決める)

 

 あくまで自分は一般人、子供達も連れている。この場で応戦など考えられない。翔馬は早速行動に出ようとした。

 

 その時である。崩壊した天井から暗黒のメシアが降りてきたのは。

 

 

 ◆◆

 

 

 天井から舞い降りたソレは、サイボーグ化している屈強な巨漢を一刀の下に斬り伏せた。断末魔の悲鳴を上げる暇すら無く巨漢は絶命する。臓物が溢れ出て、床のタイルを鮮血で濡らした。客人達の何名かが悲鳴を上げる。翔馬も慌てて子供達を抱き寄せ、視線を遮った。

 

(……何だ、アレは)

 

 戦慄しながら振り返る。身に纏う邪気と闘気──アレは何だ、人間なのか? とてもではないが敵わない。格が違いすぎる。帝釈天や孫悟空とはまた違う絶望感が、翔馬の心胆を凍えさせた。

 

(今すぐ逃げないと……俺だけじゃ子供達を守りきれない)

 

 翔馬は子供達を連れて駆ける。子供達も翔馬の必死の表情を見て、大人しく従っていた。しかし可憐な叫び声が背後から聞こえたので、翔馬は思わず振り返る。

 嫌な予感はしていた。そうならないでくれ──内心そう願うも、現実は無情だった。先程の特務機関の少女達が、あろう事かあの化け物に得物を向けているのだ。

 

「そこの男! 大人しくしなさい!」

「特務機関です! 貴方を連行します!」

 

 少女達から敵意を向けられ、化け物は、褐色肌の美丈夫は歪に口角を歪めた。刹那である、少女達の得物──機械式の日本刀が砕け散ったのは。

 

「……え?」

 

 隊員の一人が呆然とする。何をされたのか全くわからなかったのだ。翔馬にもわからなかった。ただ辛うじて、美丈夫が大太刀を振るった様に見えた。

 

 隊員達の眼前に佇む美丈夫。その身から溢れ出た邪気と、灰色の三白眼に宿る殺意に、彼女らは恐怖のあまり尻餅を付いた。

 

「あ……っ」

「うあ……」

 

 殺される。ゴミの様に嬲り殺される。少女達は悲鳴すら上げられないでいた。美丈夫の──怪物の手が伸びる。

 

「ッッ」

 

 翔馬は既に駆けていた。勝手に身体が動いていた。そのまま無防備な怪物の顔面にドロップキックを叩き込む。しかし怪物は微動だにしない。

 片足を掴まれるも、空いた脚で渾身の蹴りを放つ。流石の怪物もガードし、後退した。

 翔馬は少女達に叫ぶ。

 

「あそこに居る子供達をお願いします!! 貴方達は逃げてください!!」

 

 怪物から視線を逸らすこと無く構えを取る翔馬。対決は避けられそうに無かった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。