少女らは驚愕した。あの体勢で放った蹴りがショッピングモールの片側を半壊させたのだ。そして、怪物を後退させた。
彼は一体何者なのか──疑問は尽きないが、それでも彼女達は叫ぶ。
「駄目です! 危険です!」
「私達も戦います!」
彼女達のかけ声に、しかし翔馬は振り返らずに首を横に振るった。
「足止めが精一杯です。貴女達まで護りきれない……その子達をお願いします。大事な家族です」
「でも!!」
「……ッ」
少女の一人が唇を噛みしめ、相方の袖を掴む。そして無理矢理後退させた。
「あの人の言う事を聞きましょう」
「どうして!? そんな事!」
「コレを見て」
ソレは、特務機関専用の戦闘力測定機だった。相手にかざすだけで大まかな戦闘力を計る事ができる優れものである。
画面に出された数値に、相方は驚愕で目を見開いた。
「……嘘、え? そんな……」
「あの褐色肌の大男──戦闘力「測定不能」よ。限界値である9999をオーバーしてる」
「ありえないよ! 鬼神や上級悪魔でも6000くらいなんだよ!? それがこんな……じゃあ、あの男は神仏クラスってこと!?」
「それだけじゃないわ。見て、あの青年の数値……」
「……!!!!」
画面に映し出された数値は、限界値の9999だった。相方は絶句する。特務機関のエリートエージェントでも3000を出せればいい方なのだ。ソレをあの青年は──
「兎も角撤退しましょう。そして支部へいち早く報告を。……何より、あの人の家族を無事な場所まで避難させないと」
「……わかった」
冷静な判断を下し、少女達はこの場を撤退する。その気配を背中で感じて、翔馬は小さく息を吐いた。そして眼前に佇む褐色肌の美丈夫を睨み付ける。
悠然とした佇まい。隙だらけの様でいて全く隙がない。……本当に、強い。翔馬は内心で帝釈天に謝った。
(ごめん、親父……どうやら、封印状態じゃ足止めすらできなさそうだ)
翔馬は手首に付けていたリストバンドを取る。瞬間、莫大な真紅の神気が解放された。
褐色肌の美丈夫は面白そうに口笛を鳴らす。そして同じく真紅色の闘気を解放した。
両者歩み寄る。それだけで互いの神気と闘気がぶつかり合い、衝撃波でショッピングモールが崩れ始めた。
激闘の火蓋が切って落とされた。
◆◆
そのテコンドーにも似た独特の構えは、親父分である帝釈天から教わった古代インドの誇る最古の格闘技──カラリパヤットだった。両手で防御に徹し、両足で攻撃を行う。極めて合理的で、且つ完成された武術だ。
翔馬は跳躍する。瞬時に怪物──大和との距離を詰めると、そのしなやかな脚で二回連続の回し蹴りを放った。一撃目とほぼ同じタイミングで放たれる二段蹴りは大和の軸をズラすだけの威力を誇っている。容易に山河を砕き、海を割れるであろう。現にショッピングモールは発生した風圧だけで崩壊していた。
人造建造物ではこれ以上耐えきれない。しかし周囲に気を配る余裕もない。翔馬は咄嗟の判断で強力な前蹴りを放つ。大和は防御するでもなく、腹筋で直に受け止めた。
ショッピングモールの壁を突き破り、大和は近くにある河川敷へと着地した。
「…………」
大和は得物を抜くわけでもなく、優々と顎を擦っていた。その顔面に飛び蹴りが炸裂する。しかし微動だにしない。右手で防御していた。彼は嗤っていた。嘲笑だった。
翔馬は距離を取ると、忌々しそうに舌打ちする。
「クソ……余裕ぶりやがって」
力量差はわかっている。それでも見下されるのは気に食わない。翔馬は冷静な様でいて激情家だった。
「いいぜ。そのニヤケ面、出来なくしてやる」
◆◆
翔馬は渾身の蹴りを浴びせ続ける。大和は防御こそしているが、明らかに手を抜いていた。避けられる筈の蹴りをわざわざ受けている。翔馬も違和感を覚えており、だからこそ眉間に青筋を立てていた。
「何で反撃してこない!! 蹴られるのが趣味なのか!?」
そう言いながらも、内心焦っていた。先程から本気の蹴りを何度も浴びせている。急所を幾度も蹴り抜いている。それでも──効いていない。出鱈目な防御力……基礎スペックが違いすぎる。微々たるダメージしか与えられない。
その喉仏をつま先蹴りで穿つも、大和は平然と佇んでいた。その面を落胆で陰らせている。彼は溜息と共に吐き出した。
「退屈だなァおい」
巨大な拳が翔馬の腹を抉る。軽く放たれたアッパー。しかし衝撃が翔馬の背を突き抜けた。
「~~~~~~~~~~~~ッッッッ」
痛みのあまり転げ回る翔馬。腹を貫かれたかと思った。内臓が悲鳴を上げている。痛みで脳が溶けそうだった。胃液を吐き出している翔馬に対し、大和は舌を出して挑発する。
「オラ、その程度かよ。このニヤケ面をどうにかしてくれるんだろ? 期待してるんだぜ。落胆させてくれるなよ」
「ッッッッ」
翔馬は歯を食いしばって立ち上がる。血混じりの胃液を吐き捨てると、異空間から神秘の武具を顕現させた。そして犬歯を剥き出す。
「ぶっ殺してやるッッ」
本性が段々と現れてきた。
◆◆
神秘の武具は朱と蒼の双剣だった。片刃でシンプルなデザインの、しかし神々しい神刀。大和はホゥと顎を擦る。
(成程……あの神気、炎の神アグニと風の神ルドラの仕立てた一品か。餓鬼の癖に特上の得物を持ってやがる)
アグニは太陽神、ルドラは現在破壊神シヴァとして信仰されている。その神威を凝縮したあの得物は間違いなく最上級の一品だった。
(しかし……)
まだだ、まだ抑えている。大和はいやらしく口角を歪めた。
「得物は良くても、使い手がなァ……」
「何……?」
「あ~退屈だ、マジで退屈だ。どうすっかな~? さっきの女達をレ○プした後、餓鬼共を奴隷市場にでも売り出すかな~…………あの餓鬼共、中々の逸材っぽいし」
「!!!!」
「ありゃ良い値で売れそうだ。お前をさっさとぶっ殺して、そっちに行かせて貰うぜ」
大和は嗤いながら赤柄巻の大太刀と脇差しを抜き放つ。翔馬は全身を戦慄かせた。
「させるかよ……」
その身から莫大な神気が、怒気と共に溢れ出す。その気は炎熱すら伴っていた。
「あの子達は俺の家族だ……手出しはさせない…………どうやら、アンタを殺さなきゃいけないみたいだ」
爆発した神気はこの地域一帯を──いいや、関東地方全域を覆ってみせる。日本に住まう神秘達が騒然とした。緊急事態である──遠く離れた帝釈天達も異変に気付いたが、既に遅い。
「アイツ等を護るためなら…………俺は修羅になるッッ」
艶やかな黒髪が鮮血を彷彿とさせる真紅色に染まる。その身に内包せし莫大な神気と──戦気。血と闘争を欲する荒神の血が煮え滾っていた。大和は漸く悟り、その灰色の三白眼を細める。
(……アア、そうか、コイツの母親は──ドゥルガーか)
インドの最高神の一柱、シヴァの第二后にして魔討の女神。戦争と生け贄を何より好む狂乱の女傑。
大和と密かに愛人関係を結んでいる彼女は、彼の知らない間に子を孕み、産み落としていたのだ。
(うっわ面倒くせぇ。帝釈天達はもう知ってるだろうし……うわマジで面倒くせぇ事態になってきた)
実の父親はゲスの極みらしく、身勝手な憂鬱を抱いていた。
◆◆
神話勢力でも破格の戦力を誇るインド神話を代表する戦女神と、人類史のイレギュラーである怪物の間に生まれた男児。そのポテンシャルは破格であり、ともすればあの黒兎に比肩する。未だ十代でありながら良き師達の元で修行を積んでおり、その戦闘力は魔界都市の基準で計っても十分過ぎるほどだった。
真紅色の神気は良く練り込まれており、同時に母親譲りの苛烈さが滲み出ている。そして皮肉にも、
その身に流れる母親の血が叫ぶ。暴れろ、蹂躙しろ、嬲り殺せ──と。普段は自制しているのだが、今回は敢えて飲まれてしまう。殺さなければならない、目の前の男を──そう強く思ったのだ。
ソレを教えてくれたのは誰でもない、己の体内に流れるもう半分の血だった。
全身の筋肉繊維を絞り、間接の駆動域を限界まで生かした斬撃を放つ。跳ねる様に放たれたソレを、大和は脇差しで優々と受け止めた。しかし翔馬の攻めは苛烈さを増す、増しに増す。先程の攻防一体の冷静さは何処へ行ったのか、攻撃のみに傾倒している。その様はまるで獣──
カラリパヤット・マヒシャースラマーディニ
阿修羅神族の王、マヒシャースラを殺害したドゥルガーの異名の一つ「マヒシャースラマーディニ」。
翔馬は母方の事情を知らされていない。だが、何となく母親が誰なのかを察していた。未だ顔を合わせた事がない。愛されていない事もわかっている。それでも翔馬は母に一定の敬意を払い、その異名を拝借した。
師である帝釈天から「緊急時以外は使うな」と念押しされるほど危険な闘法である。自分にとっても周囲にとっても。相手を殺す事のみに集中し、それ以外一切を考えない。攻撃攻撃攻撃──防御の配慮もしない。
故にもたらされる被害は甚大。大和が的確に捌かなければ周囲は既に焦土と化していただろう。翔馬の放つ攻撃を全て自分の身体で受け止め、吸収しているのだ。それでも河川敷が吹き飛び、川が氾濫する。
翔馬は最後の最後で帝釈天達に頼り、この技を解放した。必ず駆けつけてくれる。必ず子供達を含めた周囲の人達を護ってくれる、と──
そうでもしなければ目の前の怪物を止められなかった。わかっていた。嫌なほど理解してしまっていた。
勝てない。どう足掻いても勝てない、絶望的な力量差がある。
至上至高の肉体を一切余念無い努力で途方も無い年月をかけて鍛えなければ到底完成しないであろう、天下無双の肉体。筋肉繊維の密度、間接や骨格の強度、そして柔軟さ。五感を含めた神経系の伝達速度──全てが異常極まる。
目の前の怪物がその気になれば、腕力だけで翔馬をねじ伏せる事ができるだろう。圧倒的な基礎性能──しかしソレだけではない。その肉体と同じくらい異常な戦闘センスと、膨大な戦闘経験。
一瞬、絶望が翔馬の全身を竦めた。無敵の肉体と戦闘センス、そして莫大な経験値──隙が無い。あまりに無い。完璧過ぎる。目の前の怪物は、戦闘という分野に於いて間違いなく最強を誇っていた。
翔馬は恐怖すらも捨てた。ただただ攻撃に集中する。双剣と両足を用いて乱撃を繰り出す。そうでもしなければ殺される。一秒も稼げない。
一撃で鬼神や上級悪魔を消し飛ばせる攻撃を、一瞬で千撃浴びせる。それでも尚、怪物は怯まなかった。嗤いながら全て捌き切り、舌を出す。
「まぁ、暇潰しにはなったぜ。……あばよ、坊主」
絶対に躱せないタイミングで大太刀が振るわれる。翔馬は思った。「あ、死んだ」と。しかし神珍鉄の長棒が刃を弾き、同時に大和を弾き飛ばす。翔馬の目の前で稲穂の如き黄金の長髪が靡いた。
駆け付けてくれた三名の助っ人に、翔馬は涙目で呟く。
「姐さん……親父、母さんッ」
孫悟空、帝釈天、毘沙門天。三名は翔馬を護る様に大和の前に立ちふさがった。
◆◆
「大丈夫か、翔馬」
「ごめん姐さん……俺じゃあ」
「いい。じっとしてろ」
孫悟空は振り返らずに告げると、大和を睨み付けた。そして莫大な怒気を解放する。
「兄貴……!! アンタならわかってる筈だ。コイツは、アンタの……!!」
悟空は悲哀で顔を歪ませる。
「俺はいい!! でもコイツは……アンタは今、本気で刃を振るった!! 何でだよ!! 兄貴ッ!!!!」
叫ぶ悟空の両サイドに帝釈天と毘沙門天が並ぶ。二名は冷酷に吐き捨てた。
「やめろ悟空、何を言っても無駄だ。コイツはこういう奴なんだよ」
「獣に善意などわかりはしない、いい加減諦めろ」
帝釈天は黄金のオーラを、毘沙門天は濃紺のオーラを、それぞれ迸らせる。当の大和は鼻で笑っていた。
「ハッ、仲良く家族ごっこか? いいねぇ平和ボケして」
「うるせぇぞ屑、一度ならず二度までも俺の家族に手ぇ出しやがって……」
「万死に値するぞ。外道が」
「ア? やるか? いいぜ、纏めて相手してやるよ」
大和は大太刀と脇差を構えるも、ふと顎を擦った。帝釈天と毘沙門天は怪訝そう眉を顰める。
「でもなァ、金にならねぇ殺しをするのも面倒くせぇし……いいぜ、許してやるよ」
得物をしまう大和。帝釈天と毘沙門天は眉間に深い皺を寄せた。溢れ出すオーラも一層濃度を増す。
「テメェの事情なんざ知るかボケ」
「誰が許しを請うた、阿呆が」
「勘違いすんじゃねぇよバカップル、俺が見逃してやるんだ。光栄に思え」
「「…………」」
帝釈天と毘沙門天が消える。それぞれ渾身の蹴りと逆袈裟を繰り出していた。しかし大和の呼び声の方が早い。
「真名開放だ、スカアハ」
『了解しました。顕現致します』
漆黒の豪雷が打ち落とされる。神威と魔力の伴ったその衝撃に、帝釈天と毘沙門天は思わず引き下がった。
顕現したのはカスタムハーレーでは無い、古代ケルト式の豪勢な戦車だった。禍々しい鎌刃が取り付けられた車輪、漆黒色の金属で構成された神秘的な乗車台、そして荒々しくも麗しい剛馬三頭。
「世界最強の戦車──魔導式鏖殺戦車、スカアハか」
唸る帝釈天。死滅の戦女神バロールと魔導神オーディンが戯れで開発した超兵器。数ある神秘の武具の中でも最上位を誇る神造武装。世界広しと言えど大和しか乗車出来ない専用宝具。
バロールが知る魔獣──馬種の中でも、最も凶暴で怪物的な力を誇る魔神后馬「スカアハ」と、彼女に追従する同格の魔馬「フェルディア」と「フェルグス」。ソレにオーディンが英知の結晶を集約した魔導式の戦車台を組み合わせた、まさしく世界最強の戦車。最新兵器など遠く及ばない。恐らくこれから先の未来でもコレ以上の破壊力を誇る乗り物は現れないだろう。
真の姿で顕現した魔神后馬スカアハは大和に人懐っこくすり寄る。大和はよしよしとその漆黒の毛並みを撫でた。そして帝釈天達に小首を傾げる。
「やるか? やるならコレに乗って街ごと蹂躙してやるが……」
「「ッッ」」
「そういうわけだ。じゃあな」
大和は戦車に飛び乗ると手綱を引く。退散する前に、膝を付いている翔馬に視線を向けた。
「まぁまぁ愉しかったぜ、今度はもちっと強くなっとけよ」
それが最後の言葉だった。スカアハは甲高い馬声を上げて天空を駆け上がる。初速で容易く光速を越えてしまった。一瞬で見えなくなる。漆黒の魔力光が辛うじて彼等の足跡を辿っていた。
「兄貴……」
悟空の呟きが虚しさを煽る。今回の騒動は取り敢えず終幕を迎えた。
◆◆
今回の騒動。帝釈天が日本の首相、大黒谷努と話を合わせた事で大事にはならなかった。が、帝釈天は疲れていた。翔馬の存在が大黒谷を含めた日本の神秘組織にバレてしまったのだ。仕方無いとは言え、話題を振られて誤魔化すのが大変だった。
特に対神秘組織「特務機関」には顔バレもしており、勧誘までされるところだった。これから翔馬には様々な厄介事が降りかかるだろう。しかしソレは翔馬自身が「どうにかする」と帝釈天に進言した。
と、ここまでは良いのだが──
「もう! 翔馬! 無茶しちゃ駄目でしょう!? 子供達が心配でずっと泣いてたんだから!!」
「あ、ああ、ごめん……」
翔馬の傷を手当てしているのは、同年代の美少女。お洒落に結い上げられた黒髪に、薄化粧の施された可憐な顔立ち。制服の上からでもわかる発育の良い肢体。紛う事無き美少女である。アイドルと名乗っても十分通用するだろう。
翔馬の幼馴染みであり、帝釈天と毘沙門天の愛娘──
彼女はひとしきり怒った後、しおらしく呟いた。
「私も、心配したんだから……」
「…………」
翔馬は頬を掻くと、手当してくれている世良の手に自分の手を被せる。そして真剣な声音で告げた。
「大丈夫、俺は死なない。親父や母さん、姐さん、孤児院の皆──何より、お前を悲しませたりしない」
「っ」
「俺、もっと強くなるよ。お前に相応しい男になるから」
「~~~~っっ」
世良は顔から「ボン」と湯気を噴き出した。翔馬と世良は付き合っている。親公認の交際関係だ。が、良くも悪くも大和譲りの女っ垂らし具合を発揮する翔馬に世良は度々羞恥させられていた。
その様子を隣で見ていた帝釈天はキメ顔で親指を立てる。
「流石俺の義理息子。娘はお前に任せる。幸せにしてやってくれ」
「わかってるよ、親父。絶対幸せにするから」
「~~ッ!! もう、パパの馬鹿!! 翔馬も馬鹿!! 恥ずかしくて死んじゃったらどうするの!!」
叫ぶ世良に帝釈天は大笑いしている。
他愛の無い時間──家族との些細な触れ合い。この刹那の一時を翔馬は何よりも愛していた。この刹那を護るためなら、翔馬は修羅にでも何でもなれた。
「…………」
ふと、孫悟空の事を思い出した翔馬は医務室から出る。世良は小首を傾げた。
「どうしたの?」
「姐さんと少し、話がしたいんだ」
「…………」
帝釈天は無言で頷き、首で「行け」と言う。翔馬は頷き、医務室を出て行った。
◆◆
悟空は子供達の遊び場である広い庭で静かに夜空を眺めていた。彼女を見つけた翔馬は様子を伺いつつ、歩み寄る。
「どうした翔馬」
「いや……少し話を聞きたいなと思って」
「ふぅん」
悟空はその可憐な童顔に苦笑を滲ませる。
「今日戦った男についてか?」
「……うん」
「察しの良いお前だ。もう気付いてんじゃねぇか?」
「…………」
翔馬は何も言えなかった。いいや、言わなかった。わかっているのだ、今日相対した男が己の父親である事を。灰色の三白眼と人間離れした才能、何より己の体内に流れる血が叫んでいる──アレがお前の父親だと。
どうでも良くは──なかった。しかし翔馬はそれ以上に、悟空に聞いておきたい事があった。
「姐さん……アイツが、姐さんの師匠なのか?」
「ん? …………ああ、そうだぜ。俺の兄貴分だ」
苦笑を更に深める悟空に、翔馬は胸が締め付けられる感覚を覚えた。そのまま勢いで問うてしまう。
「姐さんは、アイツの事が……好きなのか?」
「…………」
悟空はキョトンとすると、打って変わり温和に微笑む。
「ああ、愛してるよ。今でも……愛してる」
「……そうか。ごめん、変な事を聞いて」
「いいんだよ。お前は本当に察しが良い。……ほんと、ソックリだ」
翔馬の頭を一撫ですると、黄金の長髪を靡かせて消えてしまう。その背中を、翔馬を追えなかった。追う資格が無かった。
「……っ」
翔馬は唇を噛みしめる。大事な家族である悟空にあんな顔をさせるあの男が許せなかった。ソレが実の父親なのだから尚更だ。翔馬は荒れ狂う激情を必死に押さえ込む。平静さを取り戻すと、踵を返した。そして壁裏に隠れていた帝釈天に言う。
「親父、明日から修行のメニューをキツくしてくれ」
「いいぜ。泣き言は言うなよ」
「言わないさ。俺は強くならなきゃいけない……あの男と、決着を付けなきゃならない」
「……そうか、わかった」
翔馬は頷き、夜空を見上げる。家族のため、自分自身のため、翔馬はあの男──大和ともう一度対峙する決意を固めた。
運命を司る世界の歯車に、また新たな車輪が加わった。
《完》