villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第二十章「日常伝」
一話「右之助の多難」


 

 

 超犯罪都市デスシティ──魔界都市とも呼ばれるこの都市では、非常識こそが常識であり常識こそが非常識。倫理観や道徳心が徹底的に淘汰され、その先にある欲望の形をそれぞれの形で表している。犯罪組織、暴力団は利潤のために違法売買に勤しみ、賞金稼ぎや殺し屋達は暴力で身銭を確保している。人外達は元々人間とは価値観が違うため、この都市の唯一無二の法則──弱肉強食の理に難なく適応していた。

 

 サイバネとオカルトが同居しているこの矛盾の坩堝で、今宵一騒動起きる。

 

 さぁ、狂った日常を垣間見よう。

 

 

 ◆◆

 

 

 時間帯は深夜、暗黒色の曇天が巨大な入道雲を形成している。数多のテールライトに照らし出されたのは未知の技術で製造された宇宙船と飛龍種ワイバーンの群れ。バベルの塔もかくやとばかりに聳え立つ高層ビルは平均して200階以上ある。それがまるで樹木の如く立ち並んでいるのだ。

 中央区の大通りには最近、熱帯魚を擬人化した娼館がオープンした。店頭に配置されたカプセルで魚美女達が色気と共に気泡を溢れ出させている。

 

 道行く喧騒達は十人十色。重火器で武装した人間や無骨な棍棒を担いで歩いているオーク、ゴブリン達。東洋風の侍がフラリと通り過ぎれば西洋甲冑に身を包んだ魔人達が闊歩する。その背後を電磁キャノン砲を装備した装甲車が通過した。

 

 淫乱なサキュバス共が屈強な傭兵をその場で誘い、濃厚なキスを交えている。派手な私服を着たエルフ達は飲みの駄賃が欲しいからと、口で援助交際を行っていた。

 

 インモラルな場面に遭遇しても住民達は眉一つ動かさない。何故ならココではそれが常識だから。

 民間警察も法律も存在しない。何処までも自由──だからこその悪徳。超犯罪都市は今日も変わらず非常識で溢れ返っていた。

 

 暴力団同士の縄張り争い──絶え間ない銃撃戦を通り抜けたその先に、西部開拓時代を彷彿とさせる大衆酒場があった。ゲート。この都市でも表世界の「常識」が通じる数少ない場所である。

 

 店内は多様な種族で溢れかえっている。曲者揃いという点を除けば、表世界の酒場と大して変わらない。

 

 店内の奥に並ぶカウンター席で、一人の用心棒が気ままに一杯楽しんでいた。純白のスーツにお洒落なサングラス。黒髪はワックスでオールバックにしており、顔面や拳に刻まれた歴戦の傷跡は見た者を戦慄させる。しかし時折浮かべる人懐っこい笑みは人を安心させる不思議な魅力があった。

 

 右之助(うのすけ)──デスシティでも指折りの用心棒。A級でも頭一つ抜けた強さを誇る、超越者を除けば最強クラスの人間である。

 

 彼はオフを利用して夜遅くまで一人酒を楽しんでいた。女と寝る気分でも無ければ、友人に付き合う気分でも無い。一人酒を楽しむ大人の時間を満喫していた。

 

 そんな彼に店主である金髪の偉丈夫、ネメアが話しかける。

 

「何時も他の奴等に波長を合わせてるお前だ、疲れるだろう?」

「お互い様だぜネメア、お前もアイツに苦労してるだろう?」

「まぁな」

 

 苦笑するネメアに右之助はフッと微笑む。彼は焼酎をロックで呷ると、小さな溜息を吐いた。

 

「一人の時間が欲しい時がある。仕事が嫌なワケじゃねぇ。ダチとつるむのが嫌なワケでもねぇ。ただ──時々、こうして一人で酒を飲みたくなる日が来る」

「いいじゃないか、人間らしいぞ」

「お前に言われるとホッとするよ」

 

 サングラスの奥にある双眸を細めて、空になったグラスに焼酎を足す右之助。そんな時である──店内に金髪の美少女が転がり込んで来たのは。

 年齢は十代後半ほどか、肩までで切り揃えられた金髪に頭上で揺れる大きなリボン。死人の様な白い肌、貴族調の服装を隠す分厚いローブ。そして──真紅の双眸。

 

 店内が騒然とする中、右之助は視線を逸らした。関わったら面倒な手合いだとわかったからだ。

 

 しかし不運な事に、彼女は数いる客人達から右之助を見つけて駆け寄ってきた。

 

「あの、用心棒の右之助さんですよね!? お願いです! 助けてください! 依頼金はあります!」 

「………………」

 

 思わず額を押さえる右之助。

 そんな彼に対して、ネメアは同情を含んだ視線を向けるしかなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 右之助は心底嫌そうに少女の瞳を見つめる。鮮血を彷彿とさせる紅玉色──何より「穢れ」を知らない。彼は思わず呟いた。

 

「今度にしてくれ」

「今、お願いします!」

「ハァ……」

 

 右之助は魂の抜ける様な溜息を吐く。そしてテーブルに頬杖を付いて告げた。

 

「誰から紹介を受けた、お嬢ちゃん。その雰囲気からして吸血鬼(ヴァンパイア)──それも、かなり高貴な血筋と見たぜ」

「!!」

 

 服装や妖力の濃度を鑑みればある程度予想が付く。だからこそ溜息を吐いたのだ。少し考えるだけで、彼女が厄介事を運んで来たとわかるから──

 

 そんな右之助とは対照的に、吸血鬼の少女は紅玉色の瞳を輝かせる。

 

「流石です右之助さん! やはり爺やの助言は正しかったんですね!」

「爺や?」

「ボロスという名の人浪です。お知り合いと聞きましたが……」

「あの狼爺めぇ……!」

 

 かつて何度も拳を交えた老獪な狼男を思い出し、右之助は傷だらけの拳を握り締めた。ヴァンパイアの少女は彼のスーツの袖を縋る様に掴む。

 

「お願いしますっ、助けてください。報酬はちゃんと支払います……ッ」

「…………」

 

 灼眼を潤められ、右之助は思わず視線を逸らした。ここ魔界都市で「素で」そういう瞳が出来る者は少ない。彼女は本当に純粋な子なのだろう。

 

 右之助はオールバックにした黒髪をがしがしと掻くと、改めて少女に向き直る。

 

「依頼内容と報酬次第だ。割に合うなら引き受けてやる」

「本当ですか!?」

 

 少女が嬉しそうに破顔した、その瞬間である──大衆酒場ゲートの入り口が爆発したのは。

 

 

 ◆◆

 

 

 ゲートの入り口を大破させたのは芋虫状の怪物だった。全長おおよそ十メートル。先端に人間の様な顔を張り付けている。醜悪に過ぎるソレは、おぞましい咆吼と共に強酸性の唾液を撒き散らした。

 

「ひぅ……っ」

 

 少女は悲鳴を押し殺して右之助の背に隠れる。

 客人達は反射的に得物を構えたが、此処がどういう場所なのかを思い出して得物をしまう。そして酒盛りを再開しはじめた。

 

「……へ? あの、右之助さん。この状況って……」

「はぁ……一つわかった事がある。お前を殺そうとしてる奴は、相当な大馬鹿野郎だ」

 

 右之助は頭を押さえる。

 喚き散らす化け物の眼前に必殺の剛拳が迫った。化け物は爆発四散する。

 

 白煙を上げる拳を掲げて、店主である金髪の偉丈夫は眉間に深い皺を寄せた。

 

「俺の店で暴力沙汰は厳禁だ……このルールを破る奴は、誰であっても容赦しない」

 

 傭兵王ネメア。世界最強の傭兵であり、元・最強の勇者。人類の守護者にして万夫不当の英雄王。魔界都市でも三本指に入る百戦錬磨の超越者が居る間、ゲートは唯一無二の安全地帯であり続ける。

 

 ネメアは右之助を見やり、告げた。

 

「右之助、どうするんだ? その子から依頼を受けるのか?」

「……」

「どっちみち、他の客達の迷惑だ。店からは出て貰うぞ」

「マジかよ」

「マジだ」

 

 右之助は頭を抱える。背中に隠れている吸血鬼の少女を見下ろすと、まるで捨てられる寸前の子犬の様な瞳を向けられた。

 右之助は深い深い溜息を吐く。

 

「アポ無しの依頼……更に依頼内容を聞く前の強制戦闘。依頼料は三割増しだ、払えるか?」

「は、はい! 勿論です!」

「しゃあねぇなァ」

 

 右之助は少女を抱えると酒場を飛び出る。外で既に待機していた襲撃者達を飛び越え、摩天楼の中へと紛れていった。

 

 

 ◆◆

 

 

 超高層ビルの合間をまるで怪猿の如く跳躍しながら、右之助は迫り来る魔物共を注視していた。本来であれば表世界の魔物程度、容易に振り払える筈だが──どうやらただの魔物ではないらしい。

 

 右之助は抱えている吸血鬼の少女を見下ろす。高貴な血筋だ、妖力の密度が違う。更に──

 

(成程……わかってきたぜ。全容が)

 

 魔界都市の武術家らしい異常な察しの良さで、事の顛末を予想する。彼は飛翔してくる西洋魔物──ガーゴイルの襲撃に備えた。亜光速で迫り来る彼等に爪先蹴りを浴びせ、怯んだ所を見計らい逃亡する。

 

 同時に敵方のおおよその強さを把握した。

 

(ガーゴイルにしちゃあ強すぎる。なんらかの恩恵を受けてるな……そういえば高位の吸血鬼、特に「貴族」と呼ばれる真祖には従僕を強化する能力があったか)

 

 尚のこと、面倒臭い。右之助は顰めっ面で逃亡に専念する。しかし──

 

(このままじゃ埒が明かねぇ、襲撃者が多すぎる。──数を減らさなきゃなんねぇが)

 

 そのためには両手をフリーにする必要がある。しかし足を止めるワケにはいかない。右之助は眼下の大通りを見つめる。ある者達を捜していた。そして──見つける。

 

「ラッキー♪」

 

 偶然にも知り合いだった。右之助は彼女の車両の前に着地する。目の前でコンクリートを砕き現れた右之上に対し、一服していた東洋系の美女──死織はブラウン色の双眸を丸める。

 

「右之助さんじゃないですか、どうしました?」

「追われてるんだ。この子を連れて逃げてくれ。──今はタクシーの運転手だろう?」

「……まぁ、そうですが」

 

 死織は背もたれにしている魔改造を施した漆黒のGTRを見つめる。右之助はお決まりの台詞を言った。

 

「100万でどうだ? 必要なら上乗せする」

「いいでしょう。小遣い稼ぎには丁度良い」

 

 死織は嗤って乗車する。デスシティの住民に頼み事をする際は、大金を提示するのが一番なのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 中央区の中心地で大々的に展開されている立体ホログラム映像で、緊急速報が報じられていた。

 

『中央区全域で素性不明の魔物が多数目撃されています。繰り返します。中央区全域で素性不明の魔物が──』

 

 宇宙人であろう人外アナウンサーが淡々と告げている。

 この一連の事件に巻き込まれている用心棒、右之助は爆音を鳴らして疾走している魔改造GTRを護衛していた。迫り来る魔物達を空中で蹴散らしながら、時速150キロ以上を維持している漆黒の車体を追走している。

 

 襲撃してくる魔物がまた実に多種多様で、その多彩な顔ぶれはまるで魔族の見本市。西洋系の妖魔の頂点に君臨する吸血鬼──その中でも高位である貴族、真祖が関わっている事は明白だった。

 

 右之助は街灯の上に着地し、再度跳躍する。滑空する飛行車種を足場にして漆黒のGTRから離れない。

 妖魔達は余程吸血鬼の少女を殺したいのか──右之助には目もくれず、血眼になって魔改造GTRを追いかけている。

 

 魔狼達が群れを成して魔界都市の大通りを駆け抜ける。死せる怨霊達はハーピーやガーゴイルと共にどぎついネオンの輝きを切り裂いていった。

 

 それでも追いつけないのは右之助の徹底的な妨害もさることながら、死織の絶妙なハンドル捌きも関係している。闇バス、闇タクシーの運転手は元々、度の過ぎた走り屋集団だ。彼女達のハンドル捌きは神がかっており、更に魔改造を施した車体と魔界都市という「走り慣れた庭」が揃えば、たとえ速度に自信がある魔物でも追いつく事は困難を極める。

 

 死織は死と隣り合わせの超危険なドライブを、あろうことか鼻歌を歌いながら楽しんでいた。隣に座っている少女はあまりの揺れに目を回している。

 

 そんな時である。背後から凄まじい爆発と共に化け物が現れたのは──

 

 先程ゲートに現れた芋虫状の怪物である。種族は不明だが、おそらく吸血鬼が怨霊共を練り合わせて製造した改造魔物だろう。

 何よりデカイ。先程のおおよそ10倍──100メートルはある。

 

 右之助は思わず「うげぇ」と声を漏らした。

 

「気持ち悪ぃ! でけぇ!」

 

 しかも速い。どういう原理か不明だが、大通りの車両達を全て吹き飛ばしながら魔改造GTRとの距離を縮めてきている。

 

「しゃあねぇ……やるか」

 

 右之助は表情を引き締めると、怪物の前に立ちはだかる。腰を落とし、地にしっかりと足裏を付けた。呼吸を整え、全身の筋肉をリラックスさせる。

 空手の基本にして王道、正拳突きを放とうとしているのだ。

 右之助のソレは上級悪魔や鬼神にも通じる破格の威力を誇る。下手をすれば核弾頭クラスだ。目の前の怪物程度、容易に滅ぼす事ができる。

 

 筈なのだが──

 

「…………あ、駄目だこりゃ」

 

 右之助は即座に踵を返し、ダッシュする。右之助ダッシュ。風を切って死織の操縦する魔改造GTRの隣に並ぶと、涙目で叫んだ。

 

「オイオイ! 何だよアレ!! めっちゃ呪いかけられてるじゃん!! 無理無理!! あんなの俺の闘気でも防げねぇ! 死んじまう!!」

 

 そう、あの改造魔物には強力な呪いが付与されているのだ。超越者であるネメアなら兎も角、右之助では防げないレベルの凶悪な代物。故に逃走したのだ。

 

 死織は「相変わらずだ」と苦笑すると、口パクで打開策を伝える。右之助は眉をくの字に曲げるも、仕方無しと頷いた。

 

「しゃあねぇ! それで行こう!」

 

 右之助は地面を踏み締め、広範囲に地割れを発生させる。改造魔物をほんの数瞬止めれば、死織は強引ながらも繊細なドリフトで大通りを右に曲がる。右之助はその手前の裏路地を通り抜け迂回した。

 

 改造魔物は周囲の建造物やビルを破壊しながら無理矢理右に曲がる。右之助と死織は合流すると同時に「目的の人物」を見つけた。

 

 死織はブレーキを踏み締めドリフト、ターン。その人物の眼前に車両を着ける。そして窓を開け、妖艶に微笑んでみせた。

 

「奇遇ですね。今暇ですか?」

「……アア?」

 

 真紅のマントがバサリと靡く。低く、しかし妖艶な声音が死織の耳朶を打った。

 同時に着地した右之助が両手を重ねて懇願する。

 

「な! ちょっと頼むぜ! 面倒くせぇ奴に追われてるんだ、サクッとやってくれよ!」

「……ふぅん」

 

 結われた黒髪を揺らして「彼」は灰色の三白眼を細める。そして迫り来る改造魔物にゆっくりと振り返った。緩やかに赤柄巻の大太刀に手を添えれば、刹那抜刀。生じた半月状の真空刃は100メートルを超える巨体ごと大通りを両断した。

 

 生まれた深い溝に大量の肉塊と血が落ちていく。それを見届けた褐色肌の美丈夫は、振り返って笑みと共にギザ歯を見せた。

 

「死織、今夜暇だから付き合え。右之助は今度奢れや」

 

 死織はうっとりとした表情で頷き、右之助は笑顔でサムズアップする。

 

 そう、彼こそ魔界都市を代表する最強最悪の魔人。世界を救い続けている暗黒のメシア。

 世界最強の殺し屋にして武術家──大和。

 

 孤高の益荒男は女神すら魅了するその美顔に、冷たい微笑を浮かべていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 目を回していた吸血鬼の少女は漸く正気に戻った。彼女は右之助に抱えられている現状を理解し、申し訳なさそうに俯く。

 

「申し訳ありません……」

「何がだ?」

「私も微力ながら、お力添えできれば……」

「気にすんな。そもそも気絶してて正解だったぜ。さっきまで「アイツ」がいたからな」

「アイツ?」

 

 首を傾げる少女に右之助は苦笑を浮かべる。

 

「いや、知らなくていい。アンタみてぇな純粋な娘が「アイツ」を知ったら、二度と戻れなくなる」

 

 少女は口を噤んだ。右之助の頬に冷たい汗が流れたからだ。

 萎縮してしまった彼女に、右之助は敢えて剽軽な笑顔を向ける。

 

「ああそうだ、まだお嬢ちゃんの名前を聞いてなかったな。名前は?」

「あっ、失礼しました。私、アモール・ツェプシュと申します」

 

 恭しく頭を下げる少女に右之助は驚愕で目を見開いた。

 ツェプシュ──闇の貴族、十二真祖の中でも序列三位に位置する最上位の家系である。

 右之助は乾いた笑い声を漏らした。

 

 

 ◆◆

 

 

 右之助は大衆酒場ゲートに向かう。襲撃が止まったこの機を利用して準備を整えようとしているのだ。既に「信頼できる仲間達」に連絡を取ってある。

 

 お姫様抱っこされているアモールは、何故か嬉しそうにしていた。

 

「安心しました。爺やの言っていたとおりです。右之助さん、容姿は怖いですけど優しいんですね……」

「勘違いすんな、依頼だ依頼」

 

 ゲートに到着すると、賑やかな声が聞こえてきた。「仕事仲間」が既に到着している証だ。

 

 店内はダンスパーティで盛り上がっていた。派手なサウンドに合わせて客人達が楽しそうに踊っている。

 

「そう、ソコ!! ハイ、ターン!! いいわぁ!! みんな良い調子よ~!!」

 

 絶世の美男がオネェ口調で客人達に賞賛の声をかけていた。

 真顔で振り付けを決めている美女もいる。彼女は漆黒色のツインテールを揺らして、キレッキレのダンスを披露していた。

 

「どうですか先生!!」

「いいわよ!! 今貴女、凄く輝いてるわよー!!」

 

 反対側ではゴシックパンク風の美女が楽しそうに踊っていた。金色メッシュを振り回し、オリジナルのポーズを決めている。

 

「キャハハハ!! 楽し~!!!!」

「そのポーズは何!? オリジナル!? やるじゃない!!」

 

 バラバラになりつつも、最後は揃って同じポーズを決める。

 三名は右之助を見つけると、それぞれの反応を見せた。

 

「あらウノちゃん、遅かったわね。先に楽しませて貰ってるわよ!」

「師匠! お久しぶりです!」

「ウノちゃんおひさ~♪ あれれ~? それが今回の護衛対象? ヴァンパイアじゃ~ん♪ きゃはは♪」

 

 オネェ口調の美男、A級賞金稼ぎ「爆弾貴人」ことパンジー。

 漆黒のクールビューティー、A級傭兵「黒刃」こと香月。

 狂乱美女、A級殺し屋「撃ち狂い」ことサーシュ。

 

 ここに「喧嘩屋」右之助を入れればA級四天王の完成である。

 彼女達こそ、右之助が呼んだ「頼れる仕事仲間」だった。

 

 

 ◆◆

 

 

 ゲートのテーブル席で。アモールは必死に笑顔を作っていた。が、健闘空しく苦笑になっている。目の前の三名があまりに濃すぎるのだ。

 

 まずはオネェ口調の美男、パンジーから。

 橙色の鮮やかな髪に端正過ぎる顔立ち。ネイル、まつ毛に至るまで女性よりも気を遣っている事がわかる。服装にも拘りがある様で、長身痩躯に合ったカジュアルな洋服を着こなしていた。

 

 彼女──いいや、彼はアモールを見て瞳を輝かせる。

 

「いやーん可愛い♪ ヴァンパイア? 西洋人形みたーい! おめかししてあげたーい!」

 

 キャッキャと騒ぐオネェにアモールは苦笑を更に深める。

 すると、黒髪ツインテールの美女が右之助にズイと顔を寄せた。

 

「師匠! 此度の任務、私達にお任せください! 必ずや師匠のお役に立ってみせます!」

 

 抜き身の刃を連想させる鋭い気配、しかし右之助に溢れんばかりの敬愛を向けている。

 漆黒の戦闘服は特注品、彼女の冷たい美貌によくマッチしていた。パンジーと同様、美容に気を遣っているのだろう。

 

 そんな彼女に対し、右之助は嫌そうに眉根を顰める。

 

「お前を弟子にした覚えはねぇぞ」

「自称です! ですが何時か必ず弟子になってみせます!」

「……ハァ」

 

 小さく溜息を吐く右乃助。

 そんな彼を眺めていたゴシックパンク風の美女はケタケタと笑った。

 

「ウノちゃん苦労人~! マジウけるんですけど! キャハハハハ!!」

「俺の胃に穴を開けた回数はお前が一番多いぜ、サーシュ」

「え~? マジ~? 大和様じゃないの~? うりうり~♪ どうなのよウノちゃ~ん?」

 

 テーブルを飛び越え、右之助の膝上に跨がるサーシュ。

 彼の頬を指でツンツンするので自称弟子、香月が怒声を上げた。

 

「貴様!! 師匠に対して馴れ馴れしいぞ!!」

「え~? アタシとウノちゃんの仲だもん、ね~?」

「離れろッッ!」

「いや~ん♪」

 

 引っ張り合いを始める二名。アモールは顔を真っ青にしていた。

 そんな彼女に対して、右之助は何とも言えない表情で告げる。

 

「まぁ、アレだ……実力はあるから。うん……マジで。信用してくれ」

「……はい」

 

 アモールは精一杯、首を縦に振った。

 

 

 ◆◆

 

 

 その後、問題児三名を近辺に待機させて、右之助は予めチェックインしていたホテルに入った。

 

 アモールとは同室だが、最低限のプライバシーを配慮するという事で了承を取った。最も、アモールは最初から右之助と同じ部屋で泊まるつもりだった様だが──

 右之助からすれば、その隙の多さが目下一番の悩みの種だった。

 

「~♪」

 

 シャワールームから水滴の落ちる音が聞こえてくる。

 右之助はベッドに座り、ぷかぷかとハイライトを吹かしていた。

 

 バスルームからアモールが出てくる。タオルを巻いただけの姿で。

 容姿的年齢より発育が良い肢体。プラチナブロンドのミディアムヘアから垂れ落ちる水滴。

 それらを右之助が見る事は無かった。既に背を向けた状態で座っていたからだ。

 

「不用心に過ぎる。着替えくらい中に入れておけ」

「すいません……」

 

 謝りながらも、アモールは何故か微笑んでいた。右之助の紳士的な対応に好意を抱いているのだろう。

 当の右之助はやれやれと肩を竦めていた。どうやら「魔界都市の男」の恐ろしさを知らないらしい。

 

 しかしある友人、そう、大和でもあるまいし、無闇矢鱈に女を襲ったりしない。

 

 不機嫌そうに煙草を吹かしている右之助の横に、着替えを終えたアモールが座った。彼女は小首を傾げる。

 

「右之助さん……私って、あまり魅力無いですか?」

「阿呆が、あんま調子乗んなよ」

 

 ゴツゴツとした手で頭をチョップされる。が、アモールはえへへと笑うだけだった。完全に懐かれた──右之助は傷だらけの顔を顰める。

 

 彼は敢えて切り出した。

 

「格闘技──それもかなり実戦に特化したヤツを習得してるだろ?」

「え?」

「ボロスから習ったんだろ? マーシャル・アーツ」

 

 相当な修練を積んでいる。デスシティの民間人より遙かに強い。しかし、右之助は違和感を覚えていた。答えはアモール自らが言う。

 

「はい、爺やから護身術として習っていました。でも……爺や以外と戦った事が無くて、実戦経験が」

「成程、そういう事か」

 

 殺意を持った敵と対した事がない、だからあんなに怯えていたのだ。

 無理もない。格闘技と殺し合いは全く違う。戦意ではなく殺意を向けらられ竦んでしまうのは、むしろ当然の反応と言えた。

 

 爺や、ボロスは右之助と過去に何度も対峙した古参の強者である。その実力は右之助と同等かそれ以上、右之助の喧嘩空手と対等に渡り合った超実戦武術「マーシャルアーツ」をアモールは確かに継承していた。

 

 しかし腑に落ちない点がある。何故、彼女がソレを継承しなければならなかったのか──十二真祖の連なる家系の出である彼女が、何故──

 

 同時にもう一つ疑問を覚える。アモールは真祖でありながら、妖力の総量が少ないのだ。代わりに鍛錬で質を上げている。

 

 右之助の顰めっ面を見て色々察したのだろう。アモールはその可憐な童顔を悲哀で歪ませる。

 

「……右之助さんには、話さないといけませんね。私が追われている理由を。襲撃者が何者なのかを」

 

 アモールは俯きながら囁いた。

 

「私は半吸血鬼(ダンピール)……忌み子なんです」

 

 彼女自身の口から、今回の騒動の内容が明かされ始めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 アモールは側室の子ですら無かった。性欲の捌け口にされた村娘から生まれた、本当の意味での忌み子だった。

 そんな彼女が何故、今の今まで本家に匿われていたのか──それは純血主義の差別対象として価値があったからである。

 

 彼女は混血でありながら生来の吸血鬼と大差無い美貌を誇っていた。だからこそ、嫉妬と侮蔑の捌け口には丁度良かったのだ。

 

 要はサンドバック。ストレス発散のための都合の良い存在。

 

 本家の吸血鬼のみならず、使用人からも道具の様に扱われる日々。

 ボロスがいなければ、今頃自殺していただろう。

 

 ボロスはアモールの事を実の孫の様に可愛がった。アモールもボロスを父の様に慕った。

 ボロスの教育は厳しくも愛に溢れており、だからこそアモールは屈折せずに育った。

 

 では何故、襲撃者から追われているのか──

 

 襲撃者は本家、ツェプシュ家の兵士達である。

 

 彼女は禁忌を犯してしまったのだ。ボロスを馬鹿にした実の父親を蹴り飛ばしてしまった。

 どうしても許せなかった。父親でもない男に本当の父親を馬鹿にされた事が──

 

 他者にマーシャルアーツを向けたのがコレが初めてだった。存外真面目に鍛錬を積んでいた彼女の蹴りは真祖である実父を悶絶させる程の威力があった。

 

 そこからは予想も難しくない。

 勘当されるだけでは済まされず、こうして刺客を向けられているワケだ。

 ボロスは彼女をある意味最も安全な場所であるデスシティへと逃がした。そして旧知の間柄である右之助を頼ったのだ。

 

 右之助は低く唸る。

 

「成程──ボロスから連絡が無かったのは、連絡が取れるような状況じゃなかったって事か」

「はい……」

 

 俯くアモール。その真紅の瞳にじんわりと涙が滲んた。ボロスの事が心配なのだろう。

 

「…………」

 

 右之助は察していた。ボロスが命を賭けて彼女を逃がした事を。その命が、既に無い事も──

 右之助と互角に渡り合える手練とは言え吸血鬼の最上位、真祖に勝てる筈も無い。話を聞く限り、必ず処刑されている。希望は一部たりとも無い。

 

「…………」

 

 それでも右之助は、アモールの頭を不器用に撫で上げた。

 

「心配すんな。あのクソ爺の事だ、ちゃっかり生き延びてる。その間、お前の面倒は俺が見てやる」

「…………」

「だから……泣くな」

 

 右之助の手から感じる確かな温もりに、アモールはポロポロと涙を零した。そしてしゃくり上げる。

 

「……ふぇぇ、右之助さぁん……ッ」

 

 アモールは右之助に抱きつき、静かに泣いた。

 

「ありがとうございますッ……私、貴方に会えてよかった……ッ」

「~~っ」

 

 右之助はどうする事もできずにいた。

 甘い男である。


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