villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「切り札をきれ!」

 

 数時間後、右之助は自身のコンディションを確認していた。

 アモールも肉体が思い通りに動くか確認している。

 

 右之助は背後で伸びをしている彼女に聞いた。

 

「戦うつもりか?」

「はい、右之助さんばかりに迷惑をかけられませんから」

 

 無理に笑っている。右之助はそんな彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

「安心しろ。お前には指一本触れさせねぇ」

「あうぅ……っ」

 

 アモールは顔を真っ赤にするも、気持ちよさそうに目を細めていた。

 右之助は厳つい顔を緩めると、片耳に専用の通信機を付ける。そして仕事仲間達に告げた。

 

「コッチは準備OKだ。そっちは?」

『大丈夫よ~♪』

『問題ありません』

「サーシュ。敵方はどれくらい集まってる?」

『ン~、ざっと3000くらい? 包囲されてるよ~? どする?』

「中央突破だ。パンジー、全方位爆撃を頼む。香月、道を作ってくれ。サーシュは自由迎撃だ」

『『『了解!!』』』

 

 三名の声が重なった。同時に右之助はアモールを抱え、ホテルの窓を突き破る。今居る階は30階──突風と共にアモールの眼前に摩天楼が広がった。

 

「……ふぇぇッ!?」

 

 突然の事態に驚愕するアモール。しかし既に襲撃者が迫ってきていた。

 ホテルの側面を滑り降りる右之助に西洋妖魔達が群がる。彼等の攻撃を回避しつつ、右之助は地上を目指していた。

 しかし凶刃迫る。右之助の背後に妖魔の牙が突き立てられようとしていた。アモールは叫ぶ。

 

「右之助さん!!!!」

「喋るな! 舌噛むぞ!」

 

 瞬間、ビルを中心とした広範囲で大爆発が発生した。一度ではない。連鎖式に発生し周辺を焦土に変えていく。アモールの眼前は一面火の海だった。

 周囲のビルが衝撃に耐えきれずに倒壊していく。

 右之助は群がる妖魔達を蹴り殺し、足場にしていたビルを破壊する勢いで跳躍した。

 数百メートルの距離を滑空した後、着地し一気に駆け抜ける。

 

 オネェ美男ことパンジーは火炎と爆破魔法のスペシャリスト。広範囲殲滅、破壊工作に於いて彼の右に出る者はいない。

 

 右之助の行く先を阻む妖魔達、彼等は銀光一閃で断ち切られた。

 麗しくも冷徹な女剣士、香月。生粋の殺人剣、斬月流の正統後継者である彼女は実力のみであれば右之助を超えている。

 

 残った妖魔達を、嗤いながら殺し回る女が1人。金色のメッシュを揺らしながらビルの側面を飛び回っている。

 

 撃ち狂いのサーシュ。性格こそ難ありだが、その実力は右之助が全幅の信頼を置くほど。彼女が背中を護ってくれているので、右之助は逃走に専念できていた。

 

 包囲網を抜ける。

 右之助はひとまず安心するが、油断していない。

 ここから先は運任せ。作戦こそ練っているが、ソレに敵方が嵌まってくれるかどうかは賭けだった。

 

 刹那、彼の眼前に特大の妖力の波動が迫る。その密度は尋常ではなく、右乃助は瞬間的に地面を踏み締め渾身の前蹴りを放った。

 中央区が揺れる。激突の際に生じた突風は周囲の建造物を破壊した。

 

 辛うじて相殺できたものの──右之助は苦渋に満ちた表情で上空を見上げる。

 

 この世の者とは思えないほど美しい、妖魔達の王。

 なめらかな金髪、死人を連想させる白い肌。暁の如き双眸。

 右之助の腕の中で、アモールが震えていた。

 彼は思わず苦笑を零す。

 

「実の娘が怯えてるぜ? ええ? 真祖様よぉ」

 

 真祖序列三位、5世紀近くを生きる怪異の王族──セロ・ツェプシュ。

 想像を絶するプレッシャーに晒され、右之助は額に冷や汗を滲ませた。

 

 

 ◆◆

 

 

 吸血鬼は日本の鬼と同じく、怪異の最上種である。その力は人知を軽く逸脱しており、特に東洋の鬼神に位置する真祖は破格の妖力を誇る事で有名だった。退魔勢力の総本山、カトリック教会でも容易に手出しできないほどである。

 

 彼等は現世に干渉する事を嫌う。滅多な事では公に出てこない筈だが……

 

「…………」

 

 右之助は冷静に、彼我の実力差を見極めていた。上位吸血鬼との戦闘は経験しているが、真祖と対するのは初めて。

 

 彼は内心舌打ちする。

 

(予想通りだ。やっぱり強ぇ……勝てねぇな)

 

 白兵戦なら勝機はある。しかし妖力の総量、呪術異能の練度──総合的に負けている。あちらが格上だった。

 

 アモールの父親でもある彼──セロ・ツェプシュは、嫌悪感を隠すこと無く吐き捨てる。

 

「身から出た錆の掃除に出てくれば……この愚図め。下等種族なんぞに庇護されおって。ツェプシュ家の面汚しが」

「っっ……」

 

 アモールは右之助の胸に顔を隠す。

 右之助は怖じ気づきそうになりながらも、不敵に笑ってみせた。

 

「その「身から出た錆」に一発イイの貰ったんだってな、真祖様。情けねぇ」

「…………弁えろ、下等生物。誰が口を開いていいと言った」

「気取ってんじゃねぇよ、バケモノ」

 

 セロは片手を掲げる。即死レベルの呪詛が掌に集中していた。

 

 右之助は冷や汗を掻きながらも、笑みを崩さない。

 致死の呪詛が放たれる刹那──紅蓮の焔がセロを焼き焦がした。何十発もの爆撃が周囲の空気ごとセロを滅却する。

 更に、極限まで練り上げられた斬撃が爆風を断ち切る。筋肉どころか骨格まで捻じり放たれた白銀の刃は真空を纏うに至っていた。

 更に更に、全方位から曲線を描いて魔弾が群がる。骨肉を抉り生物を極限まで苦しめる性悪に過ぎる魔弾が、セロの肉体に一発残らず侵入した。

 

 爆炎の中で肉が抉られ、骨が砕かれる音が響き渡る。

 しかし晴れると涼しい顔をしたセロが出てきた。

 

 右之助の隣にパンジー、香月、サーシュが並ぶ。それでもセロは傲慢不遜に笑った。

 

「下等生物が幾ら集まっても状況が覆らぬ……貴様等では俺を殺せぬ」

「ああ、だろうな。俺達もわかってるよそんな事」

 

 右之助は笑みを浮かべる。それは勝利を確信した笑みだった。

 パンジーも同じ様な笑みを浮かべている。サーシュは歓喜で今にも飛び跳ねそうになっていた。

 

「だから、同類を呼んでおいたぜ。……バケモノにはバケモノをあてがうのが一番だ」

 

 すると、遙か上空から何かが降ってくる。衝撃で大通りの道路が陥没した。

 真紅のマントが靡く。世にも稀な褐色肌の美丈夫……彼は右之助に灰色の三白眼を向けた。

 

「依頼受託だ右之助、アイツを殺せばいいのか?」

「ああ、頼んだぜ──大和!」

 

 魔界都市の誇る最強最悪の魔人──世界最強の殺し屋にして武術家。大和──

 

 彼はギザ歯を剥き出し凶悪に嗤った。

 

 

 ◆◆

 

 

「黒鬼」「武神」「闇の英雄」「人間核兵器」「暴力の天才」「物理最強」「神秘殺し」「虐殺者」「悪鬼羅刹」「暴力の化身」「意思を持つ天災」

 

 数々の異名と共に恐れられる人類の特異点──暗黒のメシア。

 

 アモールも噂で耳にしていた。規格外に強い人間がいると。

 正直、都市伝説か何かだと思っていた。アモールは己の中に流れる「弱い血」を見限っていた。

 

 しかし、今は声も出せないでいる。彼女も一端の武術家。目の前の武人がどれほど強いのか──わかってしまったのだ。

 

 世界最強の武術家──否、世界最強の怪物。人類という枠組みに到底収まりきれない圧倒的「力」の塊。

 その在り方は、まさしく暴力の権化だった。

 

 そんな彼女の視界を、右之助は手で塞ぐ。

 

「あまり見るな……アイツに一度魅了されると、戻れなくなるぞ」

「っ」

 

 アモールは震えて頷いた。恐ろしいほど「彼」に魅了されている自分がいたからだ。

 

 当の本人、大和はニヤニヤと嗤いながら右之助に言う。

 

「可愛いお嬢ちゃんじゃねぇか、報酬はその子でもいいぜ」

「ほざけ、この子は警護対象なんだよ」

「何だ、つまらねぇ」

 

 そう言いつつも、大和は笑みを崩さない。そのまま右之助に告げた。

 

「後は俺がやっとくから、いけや」

 

 大和の背後に、憤怒の形相でセロが佇んでいた。下等生物に無視された事が余程癪に障ったのだろう──極大の妖力を込めた右拳を振り抜く。

 しかし大和は振り返らず片手だけで受け止めた。衝撃が隣の超高層ビルを倒壊させる。尚収まりきらない衝撃波は隣の区画にまで及んだ。

 

 爆風に曝された右之助に、大和は再度笑いかける。

 

「とっとといけ、コイツぁ俺が殺しておく」

「……お、おう」

 

 右之助は曖昧に頷き、この場を離れる。パンジーと香月、サーシュはそれぞれの反応を見せた。

 

「またね大和♪ 今度一緒に飲みましょう♪」

「助太刀、感謝致します」

「またねぇ大和様ぁん! 今度は私の相手もしてねぇ♪」

 

「へいへい」

 

 軽く手を振って一同を見送った大和。そのまま必死の形相で拳を引き戻そうとしているセロに振り返る。

 地面が陥没した。真祖の超怪力をものともせず、大和は嘲笑を更に深める。

 

「どうした? 怪力自慢なんだろう、吸血鬼サマ。俺も怪力自慢なんだよ。勝負しようぜ」

 

 大和はセロを強引に引き寄せた。

 

 

 ◆◆

 

 

 右之助は現場から離れた後にメンバーに告げた。

 

「本命は大和がどうにかしてくれる、後は残党処理だ。俺はアモールを護衛しつつ、付近を回る。お前達は各自、迎撃に当たってくれ」

「「「了解!」」」

 

 三名は跳躍する。上手くいけばコレで終わる。しかし油断できない。まだ何か起こりそうな予感がするのだ。

 右之助は自身を安心させる意味あいも含めて、アモールの金髪を撫でる。

 

「もう少しで終わる。だがまだ油断するな」

「はい……!!」

 

 真剣な表情で頷くアモール。その健気さに右之助は表情を和らげた。

 そんな時である。目の前から妖魔の大群が迫ってきたのは……

 

 10や20なら軽くあしらえた。50でも頑張れた。しかし眼前の大群は500をを優に超えていた。

 

 右之助は晴れやかな笑みで一度頷くと、アモールを抱えて回れ右する。

 

 

「クソッタレ!! チクショウめ!! なんだあの数は!!? 馬鹿か!? 右之助ダッシュしか選択肢ねぇじゃん!! あ~やってらんねぇなぁチクショウ!!」

 

 

 爆笑しながら涙を流すという器用な真似をしながら、右之助は逃走を再開した。

 

 

 ◆◆

 

 

 吸血鬼の怪力は凄まじいものであり、下級クラスでも重戦車を持ち上げる事ができる。真祖クラスともなれば軽く振るった拳でも山河を砕き、海を割る事が可能だ。

 

 しかし、今回は比較対象を間違えたと言わざる得ない。生まれながらに神仏を殺せる肉体を幾星霜の歳月を以てして鍛え抜いたこの男──大和は、こと「筋力」に於いて真の世界最強を誇っている。

 

 ニヤニヤと笑いながらセロの拳を握り潰していく。セロは全力で抗っているが、地面が砕けるだけで肝心の大和は微動だにしない。

 

「俺と腕力勝負をするなんざ、世間知らずにもほどがあるぜ。仮にも怪異の王の一角だろう? そういった情報を知らねぇのか?」

「ッッ」

「まぁ、聞くだけ野暮ってもんか。引きこもりの癖に自意識だけは高ぇもんな、吸血鬼って種族は」

「黙れッ、下等種族がァッ!!」

 

 セロは全身の筋肉を躍動させる。しかし大和の片腕すらふりほどけない。

 一瞬、自身が何らかの異能術式で弱体化させられているのではないかと勘ぐる。

 そこが、大和の言っていた「無駄に自意識の高いところ」だった。

 

 大和は巨大な手でセロの顔面を掴むと、心底楽しそうに嗤う。

 

「そんじゃ、遊びましょうか♪ 真祖サマ」

 

 そのまま爆走を始める。下駄で地面を踏み砕きながら地震と共に中央区の大通りの駆け抜ける。生れた衝撃波で車や住民が紙吹雪の様に飛んでいった。

 

 500階建ての超高層ビルの前までやって来ると、セロを引きずりながら駆け上がる。ガラス片と瓦礫にもみくちゃにされ、セロは苦悶の叫び声を上げた。

 

「ぬぉぉぉぉぉぉ!!!! 調子に乗るな下等種族がァァァァァ!!!!」

「ハッハッハ!! 下等種族に蹂躙される気分はどうだ真祖サマぁ!!」

 

 子供の様に笑いながら飛びはねた大和は、セロをソフトボールの如く投げ飛ばす。

 

「必殺!! 大和ストレート☆」

 

 光速を優に超えた速度でセロは地面に叩き落とされた。高層ビルの瓦礫に埋まった彼は土煙ごと障害物を吹き飛すと、過呼吸を繰り返す。

 

「ガッ、ハァ、ハァッ!! クソがァ……!! 下等生物風情がァ……人間風情がァァァァァ!!!!」

 

 この現状でも彼我の実力差を認めないセロに対し、大和は呆れ混じりに告げる。

 

「いやぁ、あっぱれだぜ。その自意識の高さ。だからこそ──」

 

 そのプライド、へし折りたくなった。

 同時にセロの眼前に「絶望」が顕現する。あまりに巨大過ぎる絶望だった。

 

 天頂まで立ち上る真紅の奔流。

 紅蓮の炎を連想させる圧倒的生命力で具現化している。

 ソレを蜻蛉の構えで固定した大和は嗤った。

 

「不老不死だろうが関係ねぇ、コレを食らえば一切合切塵になる」

 

 滅の絶剣、雷光剣。

 

 セロは指先一つ動かせなかった。

 生命力という最もわかりやすい基準で、ここまで絶対的な差を見せつけられた──最早勝敗は決まっている。

 

 振り下ろされた光柱は不老不死である筈のセロを魂ごと滅却した。同時に魔界都市を両断する。

 衝撃波だけで中央区そのものが半壊し、斬撃波に至っては北区どころかその先に展開されている「邪神群の副首領ヨグ・ソトース」の特性封印術式にまでダメージを与えてしまう。

 危うく表世界にまで被害が出るところだった。

 

 焦土となった眼前を見つめながら、大和はフムと顎を擦る。

 

「加減、ミスったか……最近力が上がってるから、調整が難しいぜ」

 

 圧倒的理不尽の象徴。

 魔界都市のジョーカー、その異名に偽りはなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 高層ビルの屋上まで逃げて来た右之助は一先ず安心する。

 追っ手は上手くまけた。大和が大暴れしているおかげだ。

 彼は抱えていたアモールを下ろし、その小さな両肩に手を置く。

 

「いいか? 騒動が落ち着くまで俺と一緒に待機だ。此処が駄目だったらまた移動する」

「わ、わかりました!」

 

 大きく頷くアモールに右之助は頷き返す。

 その時である、背後から死人の気配を感じたのは──

 

「!!」

 

 右之助は咄嗟に構えを取る。この不気味な気配は吸血鬼特有のものだ。

 生気を感じさせない、冷たい妖力の波動。

 右之助の眼前に濃紺のローブを纏った美男が佇んでいた。

 

 金髪に白い肌、紅玉の如き瞳──もう間違いない。吸血鬼である。

 滲ませる妖力の質からして、恐らく上級クラス。

 

 彼は右之助を無視して、アモールに微笑みかける。

 

「お久しぶりです、お嬢様……貴女を殺しに来ました」

「……」

 

 アモールは憎悪の念を隠さなかった。右之助は冷たい眼差しで上級吸血鬼を見返した。

 

 

 ◆◆

 

 

「また貴方と顔を合わせる事になるなんて……」

「そう嫌な顔をなさらないでください。お父君の近衛兵を務めている手前、この案件に関わらざるを得ないのです」

 

 上級吸血鬼は温和な微笑をこぼす。しかし右之助の直感が告げていた、相当性根が腐っている。アモールは彼に散々酷い目に遭わされたのだろう。

 

「……」

 

 ならば是非もない。彼女を護るために拳を振るうだけである。

 右之助は彼女を庇う様に前に出て、鋭い眼光を奔らたせ。

 

 上級吸血鬼はソレが大層気に入らなかったのだろう、眉間に特大の皺を寄せる。

 

「下等生物が、生意気な目つきを……お嬢様、貴女の身体には半分だけとはいえ、偉大なる真祖の血が流れているのですよ? まさか、もう半分の血に脳まで犯されてしまったのですか?」

「黙りなさい、血でしか物事を判断できない愚か者。この方を貴方の物差しで測らないで。不快極まりないです」

「それはこちらの台詞ですよ、偽りの姫君。私もそろそろ我慢の限界でしてね……あの狼爺の元へ送ってさしあげます」

「!!? ボロスを!! ボロスをどうしたのですか!!?」

 

 アモールの狼狽え様は凄まじかった。

 ソレが相当お気に召したのか、上級吸血鬼は愉悦愉悦と口角を歪める。

 

「心臓に銀の杭を打ち込んだ後、バラバラにして家畜の餌にしてやりましたよ。最も、獣臭くて家畜も口を付けませんでしたがね」

「…………~~~~~~~ッッ!!!!!!」

 

 アモールは激昂と共に莫大な妖力を迸らせる。闘気にも似たソレはよく練り込まれていた。

 上級吸血鬼は嘲笑を浮かべたまま両手を広げる。

 

「さぁお嬢様、クソ爺が待っていますよ。早く逝ってさしあげ……」

 

 その汚らわしい口が、首ごと消し飛んだ。右之助は左足を掲げたまま告げる。

 

「笑わせんなよ、テメェ程度の雑魚があの爺を殺せる筈ねぇだろう。どうせ寄って集って袋叩きにしたんだろう? ……調子乗ってんじゃねぇ」

 

 神速の上段回し蹴り。

 反応すら出来なかった上級吸血鬼は回復すると同時に憤怒で顔を真っ赤にする。

 

「貴様ァァァァ!!!! この下等生物がァァァァ!!!! よくも恥じをかかせてくれたなァ!!!!」

「いいぜ、ぶちのめしてやる。テメェは単純にムカつくからな」

 

 構えを取る右之助。その横にアモールが並んだ。その小さな手で拳を握る。

 

「一緒に戦わせてください、右之助さん。アイツを……倒したいんですッ」

「……」

 

 右之助は目を丸めた後、嬉しそうに笑った。

 

「おう! 一緒にぶちのめしてやろうぜ!」

 

 莫大な妖力を放出している上級吸血鬼に、二人は揃って構えを取った。

 

 

 ◆◆

 

 

 隣で呼吸を整えているアモールに、右之助はかつて激戦を繰り広げた狼男の面影を重ねた。

 彼は微笑むと、アモールに優しい声音で告げる。

 

「初撃は教わってるな? 俺は合わせる。まずは決めろ」

「わかりました……!」

 

 頷くアモール。

 上級吸血鬼は警戒するも、またしても首から上を消し飛ばされた。

 右之助と同じく神速の上段回し蹴り。しかし種類が違う。キックボクシングにも似たしなやかな蹴撃だった。

 

 今は亡きボロスが開発したマーシャルアーツは右之助の喧嘩空手に匹敵する殺傷力を誇る。

 電光石火の一撃を食らい、上級吸血鬼は動けないでいた。右之助は鼻で笑う。

 

「隙だらけだぜ」

「ッッ」

 

 その腹に渾身の正拳突きが炸裂する。めり込んだ岩石の如き拳は不死人の五臓六腑を砕いた。

 亜光速で上空へと飛んで行った上級吸血鬼に対して、アモールは無慈悲な追撃を仕掛ける。

 先回りして渾身の踵落としを浴びせたのだ。

 

 ダンピールとは言え、彼女の半身には真祖の血が流れている。

 何より、良き師の元で修行を積んできたのだ。経験不足こそ否めないが、純粋な戦闘力は既に右之助と同レベルである。

 

 地響きを立てて地面に埋まる上級吸血鬼。

 滑空しているアモールの隣に右之助が並んだ。

 

「イイ蹴りだったぜ。ボロスの奴を思い出した」

「……えへへっ」

 

 摩天楼に照らし出された笑顔に、既に憎悪の念は無かった。

 

 

 ◆◆

 

 

「クソッ……クソがァァァァァァァ!!!! 忌み子の娘が、私に二度も蹴りを!!!! 絶対に許さんぞォ!!!! 呪い殺してやる!!!!」

 

 憎悪の叫び声が木霊する。しかし上級吸血鬼は瀕死の状態だった。地べたを無様に這いずっている。

 その眼前に右之助とアモールが降り立った。右之助はまずブーツの先端で彼の顔面を蹴り上げる。

 

「がべぇ!!?」

 

 悲鳴を上げてのたうち回る上級吸血鬼。右之助は唸りながらアモールに聞いた。

 

「どうする? 復讐したいってんなら止めないぜ」

「いえ……もういいです。これ以上はボロスも望みません。彼の教えてくれた技を、これ以上穢したくない」

「……そうか」

 

 右之助は静かに頷くと、上級吸血鬼に嘲笑を向ける。

 

「よかったな、命拾いしたぜ」

「黙れ、黙れェェェェェェ!!!! 下等種族が!! 私を見下すな!!!! いっそ殺せ!!!! 情けをかけるな!!!!」

「勘違いすんな、俺は絶対許さねぇ。考え得る限りで最も残虐な方法で殺してやる…………サーシュ!!」

 

 

「あいあ~い♪ 呼んだ~?」

 

 

 金色のメッシュが揺れる。どこからともなく現れたゴシックパンク風の美女は、血糊が付着した顔で無邪気に嗤ってみせた。

 右之助は彼女に上級吸血鬼を指し示す。

 

「アイツ、オモチャにしていいぞ。吸血鬼だから壊れにくい。徹底的に虐め抜いてやってくれ」

「え~マジぃ? いいのぉ? 吸血鬼とか久々でマジ燃えるんですけど~ッッ♪♪」

 

 艶然と嗤うサーシュに、上級吸血鬼は心底悪寒を覚えた。

 これから彼の身に起こる事は死が救いに思えるほどの苦しみ──つまり地獄である。

 

 サーシュは涎を垂らしながら二丁魔拳銃を顕現させる。そして装着している禍々しいバヨネットを彼の太股に押し当てた。

 

「まずは再生力を確かめないと……♪ 徐々に、じょじょ~に嬲ってあげるからぁ♪」

「ヒッ、や、やめろ……」

「太股いけたらお股裂き裂きしまちょうね~♪ 吸血鬼なら縦半分に分かれても大丈夫でしょ? キャハハ♪」

 

 

「ぎ……ギャァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 上級吸血鬼の断末魔の悲鳴が木霊する。右之助は既にアモールを連れて去っていた。

 これから行われる「処刑」は魔界都市の住民らしい、悪逆非道に過ぎたモノだったから。

 

 サーシュの不気味な笑い声が響き渡る。

 上級吸血鬼の断末魔の悲鳴は翌朝まで途絶えなかったという──

 

 

 ◆◆

 

 

 翌日の夜。右之助とアモールはA級三人組と共に大衆酒場ゲートへ来ていた。

 酒場の和気藹々とした雰囲気が昨日の疲れを癒やしてくれる。

 右之助はアモールと今後について話し合おうとしていたのだが──

 

「師匠。この子は今後、私とコンビを組んで傭兵稼業を営む事になりました」

「話が早ぇなオイ、付いていけねぇぞ」

 

 漆黒色のツインテールの美人、香月の唐突な宣言に右之助は目を丸める。香月は続けた。

 

「彼女も了承しています。まずは私と共に生活して魔界都市の環境に適応していく予定です」

 

 彼女の説明にオネェ美男、パンジーは賛同の意を示す。

 

「私は賛成よ。この子可愛いから、香月ちゃんと一緒にまずはこの都市に慣れたほうが良いと思うわ」

 

 だがしかし、右之助の顔は渋かった。

 

「この子の性格上、この都市に適応できるとは思えねぇ。表世界でもいいだろ」

「吸血鬼──それもダンピールよ。行く当てなんてあるの?」

 

 パンジーから向けられる鋭い視線に、しかし右之助も負けじと鋭い視線を返した。

 

「少なくとも此処よりマシだ。此処は真面目な奴ほど損する。それこそゴミの様に使い捨てられる」

「でも、慣れさえすれば問題ないでしょ? デスシティはどんな存在でも受け入れる。……アモールちゃんならきっと大丈夫よ」

「しかしだな……」

 

 右之助の言葉を、誰でも無いアモール本人が遮った。彼女は精一杯告げる。

 

「あの、右之助さん、私……大丈夫です! この都市で頑張っていきます!」

「……あのな、アモール。お前のそういうところがそもそも不向きである事を──」

 

 唐突に、端でオレンジジュースを啜っていたサーシュが割り込む。

 

「あれれー? ウノちゃん過保護だね~? まさかラヴなの? その子ラヴなの?」

「「お前は黙ってろ」」

「ちぇ~」

 

 右之助と香月に真顔で圧され、サーシュは唇を尖らせる。

 アモールはと言うと、顔を真っ赤にして指を絡ませていた。

 

 右之助は魂が出そうなほど大きな溜息を吐くと、意を決してアモールを抱き寄せる。

 そして宣言した。

 

「わかった。コイツの面倒は俺が見る。アイツの──ボロスの忘れ形見であるコイツを放っておけねぇ。助手にでもなって貰うさ」

「……ふぇぇ!?」

 

 アモールは驚愕と、それ以上の嬉しさで飛び上がった。

 パンジーはソレが聞きたかったのだろう、ニヤニヤと笑っている。

 サーシュは意外だったのか、口笛を鳴らしていた。

 

 しかし香月は──

 

「納得できません!!」

「何でだ」

「何故その子を助手にして、私を弟子にしてくれないのですか!!」

「あのなぁ……お前、そもそも俺より強いだろ? 師匠より強い弟子ってなんだよ。それにお前は剣士で俺は空手家──」

 

「そんなの関係ありません!! 認められません絶対に認められません!! こうなったら私も助手に立候補します!!」

「ハァ?」

 

 頓狂な声を上げる右乃助。今度はアモールがその腕に抱きつき宣言する。

 

「大丈夫です! 助手は私一人で出来ます! 料理お洗濯、家事の心得はあります! だから大丈夫です!」

「アモール、貴様では師匠をサポートできない! 師匠は何気に大人の男なのだぞ! そういう耐性はあるのか!?」

「あ、ああ、ありますとも!! 右之助さんが望むのであれば、そういう面でもサポートします!! 助手ですから!!」

「ぐぬぅ……駄目だ! 私もなる!!」

「結構です!!」

 

 両腕に抱きつき睨み合っている香月とアモール。

 右之助は顔を真っ青にしていた。

 

「なんだコレ……俺は何時からラノベの主人公になった……」

「頑張りなさいウノちゃん、甲斐性を見せる時よ」

「ウノちゃんがんば~♪ よ! モテる男はつらいねぇ!」

 

 茶化す二名。右之助はあまりの状況に天井を仰いだ。

 

 彼の心境がどうであれ、その周囲は賑やかだった。

 これからも騒動は続いていく。しかし彼の傍には心強い仲間がいた。

 

 その様子をカウンター席から眺めていた褐色肌の美丈夫──大和は腹を抱えて大爆笑している。

 

「ダーハッハッハッハ!!!! 右之助の顔見ろよアレ!! ぶふぅ!! ハッハッハッハッハ!! ウケる!! マジでウケる!! なぁネメア!!」

「お前は……アイツの気持ちを察してやれ」

 

 ネメアは同情の眼差しを右之助に向けていた。大和は笑いすぎて過呼吸に陥り、机に突っ伏している。

 魔界都市の日常でも、今回は穏やかだった。

 苦しい事もあった、辛い事もあった。だが最後はこうして皆で笑顔を浮かべられる。

 

 この都市に於いて、これ以上幸せな事はないだろう。

 

 ネメアは静かに笑みを浮かべながら、新聞に視線を戻した。

 

 

 

《完》


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