villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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死神女王と黒鬼の密約
死神の女王


 

 

 冥界には死神と呼ばれる種族がいる。冥界の業務全体を司る精霊の一種だ。冥府の神々直属の眷属である彼等は強力な「死の恩恵」を保有している。その戦闘力は聖書に記されし悪魔や天使に比肩しうるほどだ。

 最上級の死神ともなれば鬼神や魔王でも問答無用で死滅させられる。

 

 彼等の代表的な仕事に「凶悪な犯罪者を無理矢理冥界に連行する」というものがある。上級から最上級までの死神が冥府の神々に代わり「死」を代行する、とても誉れ高い仕事だ。

 

 しかし、そんな破格の力を誇る最上級死神でも連行できない犯罪者がいる。その代表格が魔界都市のジョーカー……大和だ。

 

 彼の犯した罪は冥府の神でも管理できない量になりつつある。一刻も早く冥界に連行し、処罰を下さなければならない。だが、最上級死神の力を以てしても連行できないのだ。

 

 彼はあまりに強すぎる。単身で世界を滅ぼせる暗黒のメシアは人類の特異点そのもの。最上級死神が束になっても敵わない。

 

 彼の連行を永続的に命じられている死神がいる。死神という種族の超越者、死神女王タナトスだ。

 その力は冥府の神々を遙かに超え、邪神にも比肩しうるほど。しかし、そんなタナトスでも大和を連行できずにいる。

 

 

 ◆◆

 

 

 薄紫色のストレートヘアがベッドの上で揺れる。熟れた豊満な肢体を抱き締められ、女は喘いだ。褐色肌の美丈夫に擦り寄り、喘ぎ声と共に幾千幾万の死の呪詛を吹き込む。しかし全て無効化され、女は諦めると同時に絶頂した。

 

 幾度も抱かれ、疲れ切った彼女──タナトスは己を魅了した罪深き男──大和を睨み付ける。

 

「本当に罪な男……一回死んでみたら? 楽になるわよ」

「ほざけ。冥府の神共がたっぷり罪状を抱え込んでるだろ? 絶対いかねぇ」

 

 寝転がりながら煙草を吹かしている大和に、タナトスは唇を尖らせた。

 

「アンタは死んだ方がいいのよ。皆ソレを望んでる」

「お前は?」

「勿論、死んでほしいと思ってるわ」

「ハッ、ほざきやがるぜ」

 

 彼女の厚い唇を奪う大和。タナトスは嬉しそうに舌を絡ませた。濃厚なキスを終えた後、彼女は再び仏頂面になる。

 

「あと、私以外の死神の子を魅了して帰すのやめてくれない? すっごい迷惑なんだけど」

「いいじゃねぇの。死神の女は可愛いから皆抱いちまうのさ」

「アンタに骨抜きにされた子達は数週間まともに業務できなくなるのよ。貴重な上級、最上級死神を馬鹿にしないで頂戴」

「んん? ならお前もその馬鹿に入るのか?」

「ハァ? 一緒にしないでよ。私はちゃんと仕事してるわ。アンタをきっちり殺そうとしてるもの」

「確かにな。喘ぎ声上げながら呪詛吹きかけやがって。俺以外だったら死んでるぜ」

「殺すつもりでやってるんだから、当然でしょ?」

 

 蠱惑的に微笑むタナトス。その首筋を大和は甘噛みした。

 

「ああんっ♡」

「ほざけよ。なら本気で殺しにこい。お前なら、やり方次第で俺を追い詰める事はできるだろう?」

「フフフ……アンタがアンタでいる限り、私は鎌を携えないわよ」

 

 タナトスは嗤う。それはまさしく死神の笑みだった。

 

「犯した罪の数以上に、アンタは誰かを救ってる。だから見逃してるのよ」

「ハッ、傲慢だな」

「アンタほどじゃないわよ」

「フン」

 

 大和は鼻で笑う。

 

「救いたいから救ってるワケじゃねぇ。エゴを貫き通した結果そうなってるだけだ。……それでもいいってんなら、好きにしろ」

「ええ、好きにさせて貰うわ。……何度も言うけど、アンタがアンタでいる限り、私は鎌を携えない。約束よ」

 

 タナトスは身を起こすと指をパチンと鳴らす。そして死神装束に身を包んだ。

 ドレスにも似た荘厳な装束は彼女が死神の女王である証。

 

 彼女は振り返り、今度は女性らしい微笑を浮かべる。

 

「だから、これからも世界を救い続けなさい。……アンタは英雄なんだから」

 

 それだけ言って姿を消す。大和は溜め息と共に紫煙を吹かした。

 

「俺は英雄じゃねぇ、殺し屋だっての……」

 

 部屋の中に濃い紫煙が充満する。

 死神女王と黒鬼の密約を知る者は誰もいない。そう、冥府の神々すらも──

 

 大和が大和でいる限り、彼女は鎌を携えない。

 しかし彼女は信じていた。大和が生涯、信念を貫き通す事を──

 だから愛しているのだ。愛されているのだ。

 

 二名の不思議な関係は、しかし確かな信頼によって結ばれていた。

 

 

《完》


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