Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第二十一章「愛弟子伝」
一番弟子


 

 

 夜間、大衆酒場ゲートにて。

 純白のスーツとお洒落なサングラスが似合う腕利きの用心棒、右之助は目を丸めていた。隣で飲んでる強面の友人が小さなパンフレットを熟読しているのだ。そのパンフレットは──授業参観のしおりである。

 

 右之助の頬に一筋の冷や汗が流れた。彼は友人──大和を二度見する。

 

 二メートルを優に超える褐色の体躯。灰色の三白眼に獰猛なギザ歯。漏れ出すオーラは言わずもがな、慣れない者が感じれば恐怖でパニックを起こしてしまう。しかしその美貌は女神すら魅了してしまうほど。

 

 そんな魔界都市を代表する最強最悪の魔人が、顎を擦りながら授業参観のしおりを熟読しているのだ。

 異常過ぎる光景である。

 

 当の魔人──大和は悩ましげに囁いた。

 

「何を着ていくか……やっぱり保護者として、きちっとした服装の方がいいのか?」

 

 すると、店主であるネメアが提案する。

 

「ただの授業参観だろう? ラフな私服とかでいいんじゃないか?」

「それでアイツが舐められたらどうする」

「凝りすぎても逆効果だと思うが?」

「……成程、自然体でいいワケだな」

「いざとなればその場で服装を変えればいい。念のために正装を準備しておくのはどうだ?」

「それがいい。サンキューなネメア」

「あまり参考にするな。俺も表世界の常識に詳しいとは言えない」

「でも助かったぜ。後は──」

 

 勝手に会話が進んでいく。右之助は堪らずストップをかけた。

 

「ちょい待ち、待ち。話に付いていけねぇ。マジで。お前ら何の会話してんの?」

「「…………」」

 

 大和とネメアは視線を合わせる。大和が首を傾げた。

 

「お前、知らなかったっけ? 俺の弟子の一人が表世界で学生をしてるんだよ」

「初耳だぞ、高校生か?」

「おう」

「性別は?」

「男だ……って、まさか狙ってんのか? ぶっ殺すぞ」

「なワケねぇだろ!」

 

 思わず声を張り上げる右之助に、大和は肩を竦めた。

 

「そうか、知らなかったのか……いや、意外だぜ」

「そりゃコッチの台詞だ。お前に沢山弟子がいるのは知ってるが、まさか表世界で高校生をしてる奴がいるなんてな」

「俺が命令したんだよ」

「……は?」

 

 右之助は我が耳を疑った。大和は続ける。

 

「俺が高校を受験させたんだよ。小、中学校は書類を偽装したが……高校くらい経験させてあげてぇと思ってな」

「……マジでか? いや、お前が基本弟子にダダ甘なのは知ってるが、そこまでするもんなのか?」

「いいや、普通ならしねぇ」

 

 大和は手元のしおりに視線を落とす。そして珍しく柔らかい笑みを零した。

 

「コイツは特別だ。俺の可愛い可愛い弟子……今までの弟子の中でも最高傑作だ。可愛い過ぎるんだよ」

「っ」

 

 右之助は途轍もない寒気を覚えた。大和の言葉に違和感を感じたのだ。

 弟子に対する愛情は確かに本物、しかし普通「最高傑作」などと呼ぶだろうか──

 

 ネメアに視線を向けると、無言で首を横に振られた。彼もわかっているのだ。大和の弟子に対する屈折した愛情を──

 

 大和は歪な笑みを浮かべる。

 

「俺の大事な一番弟子──どれだけ成長しているのか、楽しみだ」

 

 

 ◆◆

 

 

 東京都某区にある私立高校「真桜学園」。

 高い偏差値を誇る、近辺でも指折りの名門校である。自由な校風でも知られるこの学園では現在、明日の授業参観の話題で持ちきりになっていた。

 

 愚痴と笑い声が重なる。皆お年頃、親に授業している姿など見られたくないのだ。

 特に男子達は項垂れている、相当嫌なのだろう。

 

 彼等は癒やしを求めて視線を泳がせる。

 ここ3年Aクラスには「天使」と呼ばれる学園のアイドルが在籍していた。

 

 女子達と楽しそうに話している姿を見つけ、男子達は悩まし気に溜息を吐く。

 煌めくプラチナブロンドの髪は小さくポニーテイルに結われており、くりりと丸い碧眼は実に愛くるしい。まつ毛は長く、唇は潤う桜色。端正に過ぎる顔立ちはあどけなさが残っており、美しさより可憐さが勝っていた。

 

 男子達は「天使」をその眼に収め、揃って表情を蕩かせる。

 

「我が校のアイドル、ユリウスちゃん……」

「容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能。生徒会長ながら他の委員会の委員長も務めている、まさしく天から愛された寵児」

「性格もまさしく天使。男女分け隔て無く接し、常に笑顔を絶やさない。その笑みに惚れた先輩、後輩、同級生多数……」

 

「「「「でも男だ」」」」

 

 絶望で項垂れる男子達。

 そう、ユリウスは男子なのだ。一見女子に見えてしまう──いいや、男子用の制服を着ていなかったら間違いなく女子と勘違いされるだろう。それほどまでに可憐な容姿をしていた。

 

 男子達は涙ぐみながらも、鼻血を垂らして拳を握る。

 

「「「「だが、それでもいいッ。ユリウスちゃんマジ天使ッッ」」」」

 

 最早手遅れなその有様を見て、ユリウスの周囲に居た女子達はドン引きする。

 

「キモ、流石男子……キモい」

「ユリウスくんの事をそういう風に見ないでよ! 不潔!」

「あっちいきなさいよ!!」

 

 汚物の様に扱われ、男子達は唇を尖らせる。しかしユリウスに困った顔で頭を下げられ、鼻血と共に床に倒れ伏した。

 

 慌てて駆け寄ろうとするユリウスを、女子達が引き留める。

 

「大丈夫よユリウスくん。アイツ等変態だから、勝手に死んでるだけだから、放っておきなさい」

「汚物には近付かなくていいのよ」

 

 女子達のあまりの言い様に、苦笑を浮かべるユリウス。

 彼女達は打って変わり、キラキラした眼差しをユリウスに向けた。

 

「それでそれで! ユリウスくんのお父さんが明日来るんでしょ!?」

「はじめて見るよユリウスくんのお父さん! どんな人なの!? ユリウスくんに似た感じ!?」

 

 彼女達はユリウスの父親に興味津々だった。

 ユリウスは苦笑しながらも嬉しそうに、誇らしそうに告げる。

 

「師しょ…………いいえ、父さんは私なんかとは比べものにならないくらい美しく、逞しく、素敵な人ですよ。だから……嬉しくてたまらないんです。明日、私が授業している姿を見にきてくれる。わざわざ時間を取ってまで……それが、本当に嬉しいんです」

 

 少女の様なソプラノボイスで、本当に嬉しそうに破顔するユリウス。

 女子達は揃って陶然とした。

 

((((ユリウスくんマジ天使…………ッッ))))

 

 彼女達が揃って鼻をつまみ出すので、ユリウスは小首を傾げた。

 

 クラスメイト以外にも、学園中の生徒、更には教師や保護者まで、ユリウスの父親の登場を楽しみにしていた。

 しかし明日、皆は驚愕で飛び上がる羽目になる。

 ユリウスの父親は彼とは真逆で、しかしユリウスが言った通りの男性だったのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 翌日、真桜学園の授業参観が開催した。最寄りの駅が近い事もあり、早くも保護者達が顔を出し始めている。受付の先生、生徒達が名簿を確認しながらネームプレートを配っていた。

 

 すると、受付の女子二人が唐突にニヤニヤと笑い出す。

 

「ユリウス先輩のお父さんまだかな~っ、楽しみだな~っ」

「どんな人だろう? ユリウス先輩に似て凄い美男さんかな?」

「ユリウス先輩が天使レベルだから──お父さんは神様レベルだったりして!?」

「ありえる~!!」

 

 キャッキャと騒ぐ女子達。その頭をキツそうな女教師が押し込んだ。

 

「お前等、姦しく騒ぐな。お前達の態度でこの学園の第一印象が決まるんだぞ」

「え~っ、いいじゃないですか~。今は保護者の方見えてませんし~」

「先生も気になるんでしょー? 先生、ユリウス先輩にベタ甘だもんね~」

「お前ら……! ユリウスは模範的な優等生だ! お前達とは違う!」

「ぎゃー! 差別! 差別ですよ今の!」

 

 盛り上がっている三名の前に影が差し掛かった。何事かと視線を上げると──それはそれは美しい褐色肌の美丈夫が居た。地図を見て顎を擦っている。

 そのあまりに人間離れした容貌に、三名は唖然とした。

 

 小麦色の鍛え抜かれた体躯は二メートルを優に超え、しかし限界まで絞り込まれている。無駄な筋肉を削ぎ落とし、機能性のみを追求した肉体は一種の芸術品だ。

 艶やかな黒髪。灰色の三白眼。鋭いギザ歯。端正な顔立ちはあらゆる虜にしてしまう、男性の理想像の一つ。

 

 服装はブルーのシャツに黒のスキニーパンツ、そしてレザーシューズ。無難な服装たが、腕時計といいシューズといい、独自のこだわりが垣間見えた。

 

 日本人男性の身長は大きくても180㎝ほど。しかし目の前の男性は二メートルを優に超えている。

 

 当の美丈夫は地図と学園を見比べていた。彼は頷くと、三名の元に歩み寄る。

 

「すいません。ここが真桜学園ですか?」

 

 流暢な日本語だった。しかも声まで色っぽい。三名が陶然としていると、美丈夫は困った様に苦笑を浮かべた。

 

「あの、すいません」

「……は、はひぃ! すいません! えと、その……! はい! ここが真桜学園ですッ! 

 

 一人の女子生徒が正気に戻った事で、他の二名も正気に戻る。

 三名は改めて男性の規格外の体躯に驚きつつ、その美顔に視線を向けた。

 が──途中で逸らす。直視できないのだ。すればまた陶然となるから。

 

 男性はこういう反応に慣れているのだろう、そのまま話を進める。

 

「この高校に息子が通っておりまして。授業参観に参加したいのですが、何か書くものとかありますか?」

「は、はい! まずはお名前と、保護者バッチを付けて頂き──」

 

 慌てて作業に取りかかる三名。言われた作業を終えた男性に、最後に名簿を差し出した。

 

「後は、こちらからお子様のお名前を探していただき、チェック欄に記入していただきたいのです」

「わかりました」

 

 男性はペラペラと名簿をめくり始める。

 女子達は顔を見合わせ、背後にいる教員に振り返った。

 三名とも「いやいや無い無い」と首を横に振るう。

 

 確かに凄まじい美男だ。逞しく、色っぽい。

 しかしユリウスは儚く、温和で、天使の様な男子だ。

 目の前の男性は魔性の──それこそ、ユリウスとは対極の存在である。

 

 当の男性は素早く項目欄にチェックを入れると、彼女達に名簿を返した。

 

「済ませました。では、校内に入っても大丈夫ですね?」

「はい! ありがとうございますッ!!」

 

 女子生徒Aは凄い勢いで頭を下げる。その後、男性の背中を熱い眼差しで見送っていた。

 隣の女子生徒Bが慌ててその肩を揺する。

 

「目を覚ましなさい! 馬鹿!」

「ハッ……!?」

 

 目を覚ました女子生徒Aは慌てて過呼吸を繰り返す。

 

「や、ヤバイわ……あれはヤバイわ……」

「そうね、色々な意味で……」

「ああ、凄まじいな……」

 

 三名の意見は一致していた。

 ふと、女教師が机の上にある名簿に視線を落とす。

 

「なぁ、さっきの男性は──誰にチェックを入れた?」

「「!?」」

 

 女子生徒達は慌ててページを捲る。探すのは勿論──

 

「「「…………!!」」」

 

 三名は目を丸めた。そう、そのまさか──3年A組のユリウスの項目にチェックが付けられていたのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和は3年A組に続く廊下を歩いていた。先に進むだけで道ができる。老若男女、大和を見た瞬間道を開ける。

 彼の身から滲み出る「強者」のオーラを本能で感じ取っているのだ。

 女の熱い視線を敢えて無視しながら、大和は先へと進む。普段であれば口説いている女が数名居たのだが、今回は自制する。

 

 大和は内心溜息を吐いた。

 

(敬語だりぃ……でもしゃあねぇよな。ユリウスの印象は崩したくねぇ。アイツのためなら気ぃぐらい遣ってやるさ)

 

 本来であれば絶対にしない事も、ユリウスのためならする。大和はそれくらいユリウスの事を愛していた。

 

「……さぁて、ここが3年A組か」

 

 大和が現れると、溜まっていた保護者達が飛び跳ねて道を開ける。大和はそのまま教室へと入って行った。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和が訪れる少し前──3年A組は緊張と期待で浮き足だっていた。学園の誇るアイドル、ユリウスの父親がやって来るのだ。皆、授業を受けているもののその事しか頭に無い。

 

 ユリウスはその気になればスーパーアイドルにだってなれるくらいの容姿の持ち主だ。更に文武両道、今代の生徒会長を務め、教師陣からの信頼も厚い。

 

 そんな彼の保護者を、今まで誰も見たことが無い。

 生徒達だけではない。教師陣、保護者とも、その話題で持ちきりになっていた。

 クラスの外には違うクラスの保護者達が集まっている。

 

 そんな中で、ユリウスの隣に座っている女子生徒が小声で彼に聞いた。

 

「ねぇ、ユリウスくん……」

「?」

「ユリウスくんのお父さんって、本当に今日来るの?」

「はい、来ますよ」

「あの、その……どんな感じなの? ごめん、気になっちゃって……」

 

 他の生徒達が目を剥いて耳を傾ける。ユリウスは苦笑しながら答えた。

 

「自慢になってしまいますけど……本当に素晴らしい人ですよ。見習うところが多すぎて、困ってしまうくらいです。誰よりも尊敬し、誰よりもお慕いしています。……将来ずっとお傍に居たい、そう考えています」

 

 ユリウスの屈託ない笑顔は女子生徒のみならず男子生徒も魅了した。

 彼をここまで尊敬させる父親とは、一体どんな男なのか──皆、悶々としはじめる。

 

 そんな時である。クラスの外が騒然とし出したのは。

 廊下にできていた人集りが裂け、そこから現れる──褐色肌の美丈夫。

 

 その凶悪な威風と色気に皆、愕然とした。

 教師も教鞭をとるのを忘れ、立ち尽くしてしまうほどだ。

 

 身を屈め教室へと入ってきた彼は、もう少しで届きそうな天井を鬱陶しそうに見つめながらも、教室内を見渡す。そうしてユリウスを見つけると──破顔して手を振った。

 

「おう、ユリウス。久々だな」

「ししょ…………いえ、父さん!」

 

 蕩ける様な笑みを浮かべたユリウス。

 

 クラス内の時間が停止した。

 教員保護者含め、全員がユリウスと男の容姿を見比べ──そして驚愕の大声を上げる。

 

 

 

『えええええええええええええええええええええ────────ッ!!!!!?』

 

 

 まさしく驚天動地であった。

 

 

 ◆◆

 

 

 悪魔、鬼、野生──周囲の者達は様々な印象を彼に抱いた。

 その総てが、予め抱いていたイメージを崩壊させる。彼は──あまりにユリウスの父親らしくなかった。

 

 しかし、ユリウスのあの本当に嬉しそうな表情──時折振り返って浮かべる蕩けた笑みは、間違いなく彼がユリウスの父親である証だった。

 

 生徒のみならず、教員すらもその事で頭が一杯で授業になっていない。

 しかし、それを咎める保護者もいない。彼等もまた同じ様な心境だからだ。

 

 チャイムが鳴り、授業が終わる。

 ユリウスは小走りで大和に駆け寄っていった。子犬の様に抱き付き甘えてくる彼を、大和は愛おしそうに抱きしめる。

 

「久々だなぁ」

「お久しぶりですっ、来てくれてありがとうございますっ」

「仕事はキャンセルしてきた。お前の授業してる姿を一度でいいから見ておきたかったんだ」

「嬉しいですっ、本当に……」

 

 もしもユリウスに犬の尻尾が生えていたら、今頃ちぎれんばかりに振られていただろう。それほどまでに異様な懐き方だった。

 

 周囲の者達は目を丸める。

 改めて見ても、とても親子には見えない。まるで美女と野獣──兎とライオン。

 

 唖然とする一同の中で、一人の女子生徒が思わず聞いてしまう。

 

「あの……ユリウスくんとお父さんって、本当に血が繋がってるの?」

『!?』

 

 周囲から向けられる懐疑の視線に女子生徒は地雷を踏んだ事を悟ると、すぐさま頭を下げた。

 

「ごめんなさいッ、変な質問してッ、今のは忘れて……」

 

 誠心誠意込めて謝る女子生徒に対し、ユリウスと大和は目を丸める。

 大和はフッと笑うと、ユリウスを抱き寄せた。

 

「お嬢ちゃん。確かに俺達は血が繋がってねぇ……でも、俺はコイツの事を本当の息子の様に思ってる──心の底から愛してる。それじゃあ駄目か?」

 

 小首を傾げられ、少女は顔を真っ赤にしながら首を横に振った。

 

「い、いえ! こちらこそ、本当に申し訳ありませんでした!」

 

 再度頭を下げる女子生徒。

 

「~~っ♪♪」

 

 ユリウスは本当に嬉しそうに大和に抱きついていた。余程今の発言が嬉しかったのだろう。

 大和はそんな彼の頭を大きな手で撫で回す。

 

 最早、彼等の関係を疑う者はいなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 放課後。授業参観も終わり、残るは三者面談のみとなった。

 学園全体は異様な熱気に包まれていた。皆、とある親子の話題に夢中になっているのだ。

 

 教室ではとある女子グループが姦しく騒いでいた。キャーキャーと黄色い悲鳴を上げている。

 

「ユリウスくんのお父さん、イメージと全然違かったけど、めっちゃイケメンだった~ッ!!」

「ねぇ~! 男の中の男って感じ!!」

「うちの男子共とは色気が違うよね!! うう~んっ、めっちゃ好みだったぁ……」

 

 ユリウスの父親の意外性に驚きつつ、彼女達は揃って熱い溜息を吐いた。

 

「ユリウスくん……すっごい懐いてたねぇ~」

「めっちゃ可愛かった。あんな反応するんだね~」

「よっぽど慕ってるんだろうね~。お父さんの事……」

 

 

「「「はぁぁ~ッ、ユリウスくんマジ天使……ッッ」」

 

 

 女子達は何度目かわからない熱い溜め息を吐く。

 

 他の教室でもグラウンドでも、食堂でも職員室でも、その話題で持ちきりになっていた。

 

 老若男女限らず、学園関係者達は思う──羨ましいと。

 ユリウスにあそこまで懐かれている彼が羨ましい、と。

 

 しかし、それはユリウスの本性を知らないから思えるのだ。彼はあの黒兎に比肩しうる──いいや、それ以上の怪物である。

 

 邪神群の副首領ヨグ・ソトースと同格の外なる神、「千匹の仔を孕みし森の黒山羊」シュブ=ニグラスを両親に持つ邪神群きっての皇子様。

 

 邪神という種族の超越者であり、邪神の中でも規格外と称されるバケモノ。

 

 それが、ユリウスの正体だ。

 

 彼と大和の関係は、皆が連想するような甘いものではなかった。そう、当初はそうだった。

 

 

 ◆◆

 

 

 ユリウスは幼少期に両親──特に母方の強い勧めで大和の弟子となった。

 当時のユリウスは傲慢でこそ無いものの、自身が「特別な存在」である事を理解していた。

 だからこそワケがわからなかった。何故、人間などという下等生物に教えを請わなければならないのか? 

 邪神を殺せる男だからといって、所詮は人間。下等生物である事には変わらない。

 

 学ぶ事など何もない。当時のユリウスはそう断じていた。

 

 しかし、ユリウスは彼に最も価値のあるものを教わった。それは──愛である。

 大和はユリウスを弟子として可愛がった。時に厳しく、時に甘く、教育を施した。

 

 ユリウスは生粋の邪神、故に愛という概念を知識でしか理解できない──筈だった。

 だが、大和はユリウスの胸に「心」を宿し、「愛」を芽生えさせた。

 

 善悪を超越したその生き様に。種族関係無く弟子であれば注ぐ、その際限ない愛情に──ユリウスは強い尊敬の念を覚えた。

 

 尊敬は崇拝に変わり、最後には歪んだ親愛に変わった。

 今のユリウスにとって大和は唯一無二、絶対の存在だった。

 

「ああ、師匠……師匠の温もり……っ」

 

 学園の屋上で。ユリウスは大和の厚い胸板に顔を埋めていた。頬を上気させ、熱い吐息を漏らすその様は扇情的である。

 

 大和は微笑んで彼の背中を撫でると、学園での調子を聞いた。

 

「どうだ? 高校生活は。何か学べた事はあったか?」

「はい。人間はやはりどうしようもなく愚鈍で無知で、救いようの無い下等生物だと改めて理解できました」

「……ククッ、そうか。なら俺も下等生物ってワケか」

「そんな! 違います! 師匠だけは違います!! 貴方は特別な存在なんです!! 他の雑種共とは違う!!」

「わかったわかった。落ち着け」

「~~~~っ」

 

 泣きそうな顔で大和の胸板に擦り付くユリウス。彼の背を擦ってやりながら、大和は頭上で広がる蒼穹の空を見上げた。白い雲がやたらと尊く感じる。

 

 大和はホゥと息を吐くと、ユリウスに告げた。

 

「お前にその気があったなら、大学への進学も考えていた」

「!!」

「俺が経験できなかった「本物の青春」ってやつを、お前には経験させてあげたかったんだ。……師匠ならではのお節介だ、許せ」

「~~~~っっ」

 

 ユリウスは瞳を潤ませる。そんな彼に大和は苦笑に近い笑みを向ける。

 

「お前も、もう大人になる。だから──将来の事を考えなきゃなんねぇ。それでなんだが──お前が良ければ、将来俺の助手にならないか? お前は俺の事をよく理解している。俺との距離感もわかってる。実力も知識も申し分ねぇ。…………どうだ?」

「……そんなの、決まっていますッ」

 

 ユリウスは大粒の涙を零しながら言う。

 

「貴方の背中を護らせてください。一生、お傍に置いてください。誠心誠意、尽くさせていただきますッ」

 

 その返事を聞き、大和は安堵の笑みを浮かべた。

 

「ありがとうな……」

「いいえ、こちらこそ……私にとって、貴方こそが絶対の基準なのです。世界も邪神群も、心底どうでもいい。貴方のためなら、喜んで死ねる」

「駄目だ、許さねぇ。死ぬ時は一緒に死ぬんだ」

「ああっ……大和様ぁっ」

 

 ユリウスは堪らず顔を寄せる。二人の唇が重なった──ユリウスは大和の首に両腕を回す。

 

 師弟を超えた愛が、二人の間にはあった。

 蒼穹の空に、飛行機雲が通過していった。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和は今夜、ユリウスが借りている一軒家で宿泊する事になった。現在、広間で寛ぎながら表世界のニュースを流し見している。

 

 すると、エプロン姿のユリウスが笑顔で料理を運んできた。

 

「今夜は腕によりをかけました。日々修練しているので、是非味見してくださいっ」

「おお、そりゃ楽しみだ」

 

 卓に並べられた数々の料理。大和は目を輝かせる。

 彼は行儀良く両手を合わせると、まずは肉じゃがを頬張った。

 

 ユリウスは緊張した面持ちで反応を待っている。

 口の中でとろけるジャガイモを味わいながら、大和は頬を緩めた。

 

「うめぇ……めっちゃ美味いぞユリウス」

「本当ですか!」

「ああ。こりゃあ助手になった時は毎日作って貰わなきゃな」

「勿論です!」

 

 ユリウスは飛び跳ねそうなほど喜んでいた。

 その後、美味そうに料理を頬張る大和の横顔を本当に幸せそうに眺めていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 深夜。シャワーを浴びて寝室のベッドで座っていた大和は、ユリウスの登場に灰色の三白眼を丸めた。彼の姿は──裸ワイシャツだった。赤みを帯びた顔で、頭を下げる。

 

「お邪魔しますっ」

「お前の部屋だろ? 気にすんなよ」

「いえ、そんな……っ」

 

 改めて、その容姿は美少女にしか見えない。初対面の者が見たら間違いなく女子と勘違いするだろう。

 小さく結われたプラチナブロンドの髪が勘違いに拍車をかけるかもしれない。

 

 大和は微笑んで手招きした。

 

「おいで、一緒に寝よう」

「……はいっ♪」

 

 ユリウスは満面の笑みで大和に抱きつく。ベッドにギリギリ収まっている彼の屈強な肉体に、甘える様に擦り寄った。

 

 暫くすると、熱い吐息を吐きはじめるユリウス。それに気付いた大和は、甘い声音で囁きかけた。

 

「我慢できないか?」

「……っ」

「可愛がってやるぜ」

「……やまとさまぁっ♡」

 

 潤む碧眼で見上げられ、大和は堪らず唇を被せた。ユリウスは嬉々として受け止める。

 

 天使の声が掠れた。ソプラノボイスの嬌声が部屋の外にまで響き渡る。

 ユリウスは何も考えられなかった。ただただ幸せに包まれ、何度も身体を跳ねさせた。

 

 甘い夜が過ぎていく──

 

 早朝、大和は柔らかく微笑んでいた。

 腕の中で小さな寝息を立てている愛弟子を抱き寄せ、眠気と共に静かに目を閉じる。

 

 その寝顔は、一見別人に見えるほど穏やかであったという──

 

 

《完》

 

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