孤独な後ろ姿
大衆酒場ゲートで。右之助が溜息を吐きながら酒を呷っていた。少し自棄が入っているのを見抜いた店主、ネメアは見かねて声をかける。
「どうした? 飲み方が荒いぞ」
「……ああ、すまねぇな。少し悩んでてよぅ」
「付き合うぞ」
向き合ってくれた店主に、右之助は思わず破顔した。
「ありがとうよ。いや、悩み事って言っても……大和の事でな」
「アイツが何かやらかしたか?」
「何時もやらかしてるだろう。まぁ、アレだ……アイツの背中を見る度に、思っちまってよ」
右之助はサングラスの奥にある目を細める。まるで、遠いものを見るかの様に──
「アイツの背中、遠いなぁって。何でだろうな……凄く遠くにいる気がするんだよ。伸ばしたこの手が空を切る。近付きたくても近付けねぇ……まるで、アイツだけ別の場所にいるみてぇだ」
「…………間違ってないさ。お前のその感覚は」
ネメアは懐からセブンスターを取り出し、ジッポーで点火する。
「俺もそうだ。アイツの親友なんて宣ってるが、実際には違う。アイツは……遠い。昔からそうだ」
「ネメア……」
「人間離れしすぎている。その生き方が、精神性が。──時々、俺でも理解できない時がある。だからこその、この距離感なんだろうな」
ネメアもまた、親友の遠い背中を眼に映しているのだろう。碧眼を細めていた。
「最初から……いいや、そんなワケない。アイツも最初は普通の人間だったんだ。でも……」
ネメアはため息と共に紫煙を吐き出す。
「俺には偶然、理解者が居てくれた。だがアイツにはいなかった。……アイツは、ずっと孤独だったんだ」
ネメアはおもむろに首を横に振るう。当時の大和が置かれていた境遇が、あまりにも悲惨だったから──
「アイツは救われる側じゃない、救う側だった。生まれた瞬間から──それが宿業だったんだ。真っ当な愛も常識も教えられず、ただただ救う事を求められた。……仕組まれていたのかもしれない。何かの意思によって」
ネメアの言葉を、右之助は噛み締める様に聞いていた。
「だがアイツは否定した。自分に仕組まれていた宿業を否定した。自分の意思で、自分の力で、生きる事を決意した。だからアイツは武術家になったんだ。あらゆる束縛から解放されたいから──だが、ソレは同時に他者との繋がりも拒絶する事になった」
ネメアは悲哀で表情を歪める。もう戻せない、その事を誰よりも理解しているから。
「もう無理なんだ──アイツは人間じゃなくなってしまった。真性の怪物になってしまった。……理解者はいた。アラクネや万葉、ウリエル──俺も、傍に居てやる事はできた。でも……無理だった。もう手遅れだったんだ」
「……」
「武術家になると決意したその時から、アイツは人間性を捨てたのかもしれない」
ネメアは煙草を灰皿に押し込める。
「それでも、アイツに救われた奴は多い。俺もアラクネも、アイツに救われた。世界だって何度も救われてる。……そして、アイツにしか救えない存在もいる。俺じゃ救えない存在も、アイツなら救える。だから俺の存在意味は……」
「ネメア……」
「……いや、すまない。今のは独り言だ。忘れてくれ」
ネメアは首を横に振るうと、右之助の瞳をまっすぐ見つめる。
「お前なら、アイツの傍にいてやれるかもしれない。お世辞にも力があるとは言えないが、お前は距離感の取り方が上手い。……これからも、アイツの友達でいてやってくれ」
お願いされ、右之助はゆっくりと頷いた。
「任せとけ、ネメア。アイツとの距離感はバッチリ掴んでるぜ」
「……そうか、ありがとう」
微笑むネメアに、右之助も同じ様な笑みを返した。
《完》