villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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六話「民間人の底力」

 

 

 死織は何もない空間に手を突っ込んだ。

 異空間収納魔術──魔界都市の住民が愛用する便利な魔術だ。

 死織は魔改造が施されたウージーを取り出し、二丁両手持ちする。

 

 拡張マガジンに収まった弾丸は「対化物用12×25mm徹甲弾」。

 妖物の硬い甲殻を貫くために製造された殺傷力の高い弾丸だ。

 

 源次郎も異空間から武装を取り出した。

 魔改造済みのデザートイーグル。同じく二丁両手持ち。

 

「「……」」

 

 二人は互いに背中を預けると、四方八方に弾幕を張る。

 今にも喰いかかってきそうなティンダロスの猟犬たちをハチの巣にした。

 

 発砲音に次ぐ発砲音。

 猛々しい銃声と共に火花が散る。

 絶えず地に落ちる薬莢が硬質な音色を奏でた。

 

 両者とも銃の腕前は一級品。

 一発も外すことなく猟犬達を射殺していく。

 

 弾切れを確認した死織は異空間から弾倉を取り出し補填する。

 その際、源次郎の弾丸の効果に目を見張った。

 

「退魔弾ですか?」

「おう、予備に買ってるんだ。備えあれば憂い無しってやつだな」

「私、後で買っておきます」

「ハッハッハ! そうしとけ!」

 

 二人は間近まで迫っていた猟犬を射殺する。

 今のところは圧倒している。

 そう、今のところは──

 

 弾薬は有限だ。いつか無くなってしまう。

 それがわかっている二人は表情を曇らせた。

 

「なんつー数だ。減るどころか増えてるぜ」

「ゴッキーみたいですね」

「ゴキブリに失礼だぜ。アイツらは殺虫剤撒いたら死んでくれるんだからよぉ」

 

 そう言い、源次郎は提案する。

 

「逃げるか」

「ティンダロスの猟犬から逃げる、ですか。得策ではありませんね」

「大衆酒場ゲートはどうよ?」

「ああ、三羽烏のネメアさんですか」

 

 源次郎は頷く。

 

「あの人は大和の旦那と同格だ。客人として店に入りゃあ守ってくれる」

「良案ですね。しかし、目的地までおおよそ2キロ──移動手段はどうします?」

「徒歩──は流石につれぇよなぁ」

 

 源次郎は太いの眉を顰める。

 猟犬たちの包囲網を突破する「足」が無い。

 

 何か都合の良い乗り物でもあればよいのだが──

 

 すると、どこからともなく可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。

 高層ビルの合間を駆け抜けていく子供幽霊たち。

 

 死体回収屋「ピクシー」の面々だ。

 

「おお!! 源次郎!! 死織っち!!」 

 

 荷車を引いていたリーダー、幽香は二人に大声で呼びかけた。

 

「今からゲートに逃げ込むんだけど、護衛を頼めないかー!!? 荷車に乗せてってやるからさー!!」

 

 二人は笑顔で頷いた。

 

 

「「ナイスタイミング!!」」

 

 

 ◆◆

 

 

 二人は驚異的な脚力で荷車に飛び乗った。

 すると、荷車を引っ張っていた幽香が悲鳴を上げる。

 

「ちょ!? 重い!! 源次郎お前重い!! ダイエットしろ!!」

「筋肉と脂肪は男の源だぜ!!」

「このガチムチめぇぇぇ!! 後でおでん奢れよコンチクショウ!!」

「おう!! 生還できたら特製おでんをたらふくご馳走してやるよ!!」

「私にも頼みますよ! 源次郎さん!」

 

 源次郎は背負っていた対物ライフルを、死織は魔改造済みのスカーを取り出して構える。

 そして荷車を追走してくる猟犬たちを迎え撃った。

 

 幽香の荷車には特別な魔術が施されている。

 時速50キロを超えるコレに乗っていれば数分でゲートに辿りつけるだろう。

 

 問題は、猟犬たちを振りきれるかどうか──

 死織と源次郎の役目は、ゲートに到着するまで猟犬たちを食い止めることだった。

 

 猟犬たちは今なお追走してきている。

 何匹かは空を駆け、もう何匹かは高層ビルの側面を走っていた。

 

「しつこいですね! いい加減諦めてくださいよ!」

「おい餓鬼共、耳ぃ塞いでな!!」

 

 死織と源次郎は猟犬たちを押さえ込む。

 命中はしている。

 しているが、猟犬たちはダメージを無視して追いかけてきていた。

 その執念深さは、なるほど猟犬と呼ばれるワケだ。

 

「幽香さん! もっとスピード上げられませんか!?」

「このままじゃ追い付かれるぜ!!」

「これでも全速力だっての!!」

 

 幽香たちは走り屋ではない。

 お世辞にも速いとは言えない。

 

 しかし、そこはデスシティの住民──柔軟性に富む。

 幽香は部下たちに呼びかけた。

 

「野郎どもー!! 足止めだー!! 頑張れー!!」 

「「「「「「あい!!」」」」」」

 

 子分たちは頷くと、両サイドに聳え立つ高層ビルに念力を放つ。

 

「えーい!」

「とーう!」

「おりゃー!」

「せやー!」

「やー!!」

「うー!!」

 

 可愛らしいかけ声だが、高層ビルを薙ぎ倒す霊力は中々のもの。

 

 猟犬たちはビルの下敷きになった。

 一帯を瓦解音と土煙が支配する。

 土煙の入道雲を、幽香たちの荷車が突っ切った。

 

 源次郎と死織は礼を言う。

 

「サンキュー餓鬼ども! マジで助かったぜ!」

「ナイスフォローです! ありがたい!」

 

 子供幽霊たちは笑顔で親指を立てた。

 しかし、完全に猟犬たちを撒けたわけではない。

 ビルの倒壊から逃れた数匹を先頭に、未だ追いかけてきている。

 

 死織と源次郎は足止めに徹した。

 隙を互いにフォローし合う。

 猟犬が間近まで迫ってくれば、火力を集中させて後退させる。

 

 幽香が大声で告げた。

 

「見えてきたぞー!!」

 

 死織と源次郎は応えない。

 応えられないのだ。

 目前まで猟犬たちが迫ってきていた。

 少しでも気を抜いたら追い付かれる。

 極限状態だった。

 

 幽香は渾身の力で荷車を引っ張る。

 スピードを上げた荷車は無事、ゲートへと辿り着いた。

 

「……」

 

 ゲートの前には金髪の偉丈夫が佇んでいた。

 白シャツを盛り上げる巌の如き肉体。

 歴戦の勇士たる精悍な顔立ち。

 

 大衆酒場ゲートの店主、ネメアだ。

 

 幽香はすれ違い様に告げる。

 

「ネメア! あとは頼んだ!」

「ああ、店の中でジュースでも飲んでろ」

 

 猟犬たちは立ち止まり全身を震わせて威嚇する。

 中でも獰猛な一匹が牙を剥いた。

 

 瞬間である。

 その一匹が消えたのは──

 

 ドシャっと、嫌な音が響いた。

 遥か遠くからである。

 800メートル離れた先にある超高層ビルに、その一匹は叩きつけられていた。

 青い体液を撒き散らしてぺしゃんこになっている。

 

 ネメアは何をしたのか? 

 ぶん殴ったのだ。

 規格外の腕力で──

 ただ、ぶん殴った。

 

「アイツらは今、俺の店の客人だ。手を出すなら、それなりの対応をさせてもらう」

 

 ネメアは白煙を上げる拳を掲げる。

 猟犬たちは垣間見た──彼我の実力差を。

 

 デスシティの三羽烏の一角にして、世界最強の傭兵。

 対人、対魔、対獣、対兵器、対要塞、対軍、対神──

 ありとあらゆる戦闘で無敵を誇る、通称『傭兵王』。

 

「失せろ」

 

 殺気が迸る。

 黄金の(たてがみ)を逆立てる百獣の王が、猟犬たちに牙を剥いた。

 

 格の違いを思い知らされた猟犬たちは悲鳴を上げて退散する。

 

「……ハァ」

 

 ネメアは殺気をおさめて溜息を吐く。

 そして遠くで戦っている友に告げた。

 

 

「さっさと終わらせろ、大和」

 

 


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