villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第二十三章「憤怒伝」
一話「戦乙女の護衛依頼」


 

 

 

 夜、大和は大衆酒場ゲートでお気に入りのブラックラムを飲みながら暇を潰していた。チョコレートを口に放り込みながら、カウンター越しにいるネメアに話しかける。

 

「今夜は依頼も無し、女と寝る約束も無し。退屈だが、たまにはこうしてお前の仏頂面を眺めながら酒を飲むのも悪くねぇ」

「うるさいぞ。黙って酒を飲め」

「へいへい」

 

 舌を出して空になったグラスにブラックラムを注ぎ足す大和。

 隣のカウンターを含め、彼の周囲には女しかいなかった。彼女達は大和が酒を飲む姿を見て満足しているのだろう、蕩けた表情で熱い溜め息を吐いている。

 

 ネメアはカウンター前が桃色空間になりつつあるのに辟易しつつ、諦めて新聞を読んでいた。

 男性客達は大和に嫉妬の念を向けるも、文句は言わない。

 

 何故なら、言ったら殺されるから。

 

 彼の暴力性はこの都市でもとりわけ有名だった。その在り方は天変地異と然程変わらない。逆鱗に触れればなにもかも終わる。

 だから皆、極力関わらないのだ。

 

 孤高──人間でありながら常軌を逸した強さと精神性のせいで、誰もその周りに群がれない。

 彼もまた、それを望んでいない。

 

 しかし、女達はその在り方に羨望と疼きを覚えるのだ。彼以上に「男」として魅力的な存在はいないから……

 

 そんな、ある意味何時も通りの大衆酒場に今宵珍妙な客が訪れた。

 

 ウェスタンドアが乾いた音とともに開かれる。現れたのは麗しい美少女姉妹だった。ラフな私服に身を包んでいる。

 雪国生まれなのだろうか……白くきめ細やかな肌をしていた。

 

 姉の方は濃い紫色のロングヘアに垂れ気味の瞳が印象的。おっとりとした雰囲気が男性客達を和ませる。

 

 対して妹は薄い紫色の髪をサイドテール、鋭い目付きが印象的だった。キツい性格をしているのがすぐにわかる。

 

 彼女達は大和を見つけると、それぞれの反応を見せた。

 姉は苦笑し、妹が露骨に嫌そうな顔をしたのだ。

 それでも用件があるのだろう、足並みを揃えて大和の元へ赴く。

 

 大和は彼女達に気付くと、灰色の三白眼を丸めた。

 そしておどけてみせる。

 

「お前ら……北欧の巫女姉妹じゃねぇか」

「お久しぶりです。大和様」

 

 姉──ノアが律儀に頭を下げた。

 大和はニヤニヤと笑い出す。

 

「何だ、俺にわざわざ抱かれに来たのか? いいぜ、今夜は暇だからよぉ」

「そんなわけないでしょ! この変態! 色情魔!」

 

 妹──エルザが敵意を剥き出した。

 ノア&エルザ姉妹──彼女達は以前の北欧大戦で知り合った顔見知りであった。

 

 

 ◆◆

 

 

 周囲の女達が姉妹達に怪訝な眼差しを向ける。が、大和が手を振ると名残惜しそうに席を空けた。

 

 姉妹達は警戒しつつも、大和の隣席に腰掛ける。

 姉のノアと大和の間に、妹のエルザが強引に座った。牽制の意味合いを含めているのだろう、現に大和に噛みつかんばかりの敵意を向けている。

 

 大和はケラリと笑った。

 

「まるで余所から借りてきた猫みてぇだな、クックック」

「ちょ!? 馴れ馴れしく頭撫でないでよ!! ぶっ飛ばすわよ!!」

「ハッハッハ!」

 

 エルザを軽くからかった後、大和は机に頬杖を突く。そして妖艶に笑ってみせた。

 

「で──何の用だ?」

「「……」」

「そもそも、お前らはあの神殿の守護騎士兼巫女だろう? なんでこんな場所に居るんだよ」

「「……」」

 

 返答はなかった。彼女達は顔を真っ赤に染めていた。

 大和は自身の色気を制御し忘れていた事に気付き、苦笑する。

 

「わりぃな、この都市じゃ何時もこんな感じなんだ」

「~ッ、ばばばば、ばっかじゃないの!!? 別にアンタの事「カッコイイな」とか、そんな事全然思ってないから!! 勘違いしないでよね!!」

「エルザちゃん。本音が……」

 

 姉がフォローするも、既に遅い。

 大和は「面白い姉妹だ」と笑みを深めた。

 

 

 ◆◆

 

 

「あの神殿は神々の統治下に入ったのよ。封印も更に強化されたわ。私達は実質クビって事」

「何それウケる」

「シャーッ!!!!」

 

 飛びかかってきたエルザを大和は抱きかかえる。暴れる彼女を抑えながら、姉のノアに聞いた。

 

「で? 続きは? クビにされてそのままってのは考え難い。オーディンのクソ爺はどんな使命をお前達に言い渡した」

「話が早くて助かります。私達は現在、神話体系を繋ぐ外交官として各地を転々としています」

「成程……まぁ、雅貴の一件から神話勢力が連合を組むって話は聞いてる。お前等はそれに関わってんのか?」

「はい」

 

「この筋肉ダルマ!! いいから離しなさいよ~ッッ!!」

 

 暴れるエルザを、大和は肩を竦めながらひょいと元の席に戻す。

 まるで猫の様な扱われ方に、エルザは更に敵意を深めていた。

 

 ノアは妹を宥めながら、大和に用件を伝える。

 

「大和様、オーディン様からの依頼です。私達はこれからエジプト神話の主神達、ヘリオポリス九柱神へ北欧神話との同盟を持ちかけに行きます。ドバイまで出張しますので、護衛をお願いできないでしょうか?」

「ふん! 光栄に思いなさい! 神々が報酬を約束しているのよ! 本当に、本当に不本意なんだけど、オーディン様がどうしてもって言うから────」

 

「は? 嫌だけど」

 

「「……へ?」」

 

 さも当たり前の様に拒否されて、ノアとエルザは唖然とした。

 

 

 ◆◆

 

 

「な、何で……アンタ、お金とか財宝に目がないんじゃ……」

 

 一番動揺しているのはエルザだった。

 大和は呻く様に言う。

 

「テメェ等は俺を勘違いしてる。俺は「殺し屋」だ、便利屋じゃねぇよ……」

 

 相当癪に障ったのだろう、舌打ちまでしていた。

 

「あのクソ爺……一回シメたほうがいいか? 兎も角、その依頼はキャンセルだ。他を当たりな」

「ま、待ってよ! 護衛って名目で引き受けるとか、そういうのはできないの!?」

 

 予想以上にエルザが食い下がる。

 姉のノアも懇願するような眼差しを大和に向けていた。

 しかし彼の対応は変わらない。

 

「依頼なんざ他から幾らでも貰える。持ち金にも困ってねぇ。……お前らの依頼、引き受ける価値がねぇんだよ」

「そんな……っ」

「他を当たりな。用心棒とか傭兵とか、この都市にゃあ幾らでもいる。神々の報酬だ、喜んで引き受けるだろうよ」

 

 大和はカウンターに駄賃を置いて立ち上がる。この場を去ろうとしているのだ。

 

「待って!」

 

 靡く真紅のマントを掴んだのは、エルザだった。

 先程と打って変わって、怯えた様子で大和に懇願する。

 

「お願いっ、アンタしか頼れる奴がいないの……他の奴等じゃ怖くて。だから、お願い……っ」

「…………」

 

 しかし、大和は情に流される様な男ではなかった。

 右之助なら話は別だが──

 

 大和はふと、エルザの肢体を観察する。

 男を知らない純潔の戦乙女……顔も良い。

 姉のノアにも、また違った魅力があった。

 

 大和はイヤらしく嗤うと、エルザを抱き寄せ耳元で囁く。

 

「お前等の純潔をくれるってんなら、考えてやらなくもない」

「…………!!? !!!!?」

 

 エルザは顔を真っ赤にして飛び跳ねると、大和を突き放した。

 

「こ、この変態!! エッチ魔人!! そんな事できるわけ……!!」

「ならこの話は無しだ」

「くぅぅ…………!!」

 

 悔しそうに歯噛みするエルザ。

 姉のノアが小声で事情を聞いた。

 

(どうしたのエルザちゃん?)

(……依頼、引き受けてもいいけど、私達の純潔をよこせって)

(……それは、また)

 

 ノアは苦笑する。

 大和の性質上、当然の要求とも言えた。

 彼女は冷静に考え、妥協案を願い出る。

 

「大和様、私だけでは駄目でしょうか?」

「駄目だ」

「ううっ」

 

 即答され、俯くノア。

 すると、エルザが飛び出てきて大和を指さした。

 

「チュー! チューまでよ!! 乙女のファーストキスよ!? 最上級の報酬じゃない!?」

「……」

 

 突然の発言に、大和は唖然とする。

 エルザは顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「これ以上は駄目! 絶対に駄目よ! アンタなんかに「はじめて」はあげないんだから!!」

 

「…………クックック、ハッハッハ! ハーッハッハッハッハ!!」

 

 大和は堪えきれずに大爆笑を始めた。目尻に溜まった涙を拭いながら言う。

 

「いいぜ、それで良い。お前等の反応が面白かったから、今回はソレで許してやるよ」

 

 その後、打って変わって艶然と笑う。

 

「まぁ、お前らがキスだけで満足すればの話だけどな」

 

 魔性の色香に当てられ、姉妹は顔を真っ赤にする。

 それでもエルザは吠えてみせた。

 

「当たり前じゃない!! 男前だからって調子乗ってんじゃないわよ!! チューだけよ!! それ以上は絶対駄目なんだからね!!」

「ハッハッハ! マジで面白ぇ!」

 

 こうして、奇妙な契約が成立した。

 三名の会話をカウンター越しに聞いていたネメアはやれやれと肩を竦めながらも、余計な事は言わなかった。

 

 和気藹々と決まったこの契約、しかし最後にあんな結末を辿る事になろうとは……誰も予想していなかった。

 

 

 彼女達は、大和という男を勘違いしていたのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 翌日、大和とエルザ、ノアは「砂漠のオアシス」と呼ばれるアラブ首長国連邦、通称ドバイまで足を運んでいた。世界第四位の観光地帯である此処には隠された秘密がある。

 

 エジプトの神々「ヘリオポリス九柱神」が商業拠点にしているのだ。

 

 ヘリオポリス九柱神筆頭、創造神アトゥムは度の過ぎた博愛主義者で有名である。

 彼は一大企業を築き上げると服飾デザインやリゾート産業に注力、瞬く間にドバイを世界四位の観光地にまで押し上げた。

 

 ドバイは彼の箱庭であり、神魔霊獣の楽園である。

 

 大型リムジンに揺られながら、大和は外の景色を眺めていた。

 真冬でも20℃を超える土地柄故、外を出歩いている者達はラフな格好をしている。

 人間以外にも獣人族、妖精族、魔族、亜人族、妖怪、アンドロイドなど……。

 表世界の都合に合わせて容姿を変換しているが、大和はどこか懐かしさを感じて口の端を緩めていた。

 しかしすぐに仏頂面に変わる。

 

(オーディンの野郎……敢えてこの姉妹を俺のところへ宛がいやがったな)

 

 オーディンは老獪な戦略家として有名だ。大和は気まぐれで今回の依頼を引き受けたものの、憤りを抑えられないでいる。

 

(俺の事を上手く利用してるつもりか? ……食えねぇジジィだぜ。霜の巨人の一件で失脚すればよかったのによぉ)

 

 ため息を吐きつつ、今後の展開を大まかに予想する。

 

(ヘリオポリスの方から要望でもあったのか? それとも、互いに牽制の意味合いを含めてか? ……ア~、考えんの面倒くせぇ。だからこの手の依頼は嫌なんだよ)

 

 辟易していると、腕に何かがもたれかかった。妹のエルザだった。先程までウトウトしていたので、眠気が勝ったのだろう。

 反対側に座っていた姉のノアが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「ごめんなさい、大和様。この子ずっと気を張ってて……」

「気にすんな」

 

 そのままにしておくと、ノアは柔かな笑みをこぼした。

 

「何だかんだ言いつつ、この子大和様の事を気に入っているんです。昨日も「アイツを絶対護衛に付けてやる!」って張り切っていました」

「意外だな、嫌われてると思ったが」

「私もビックリです」

「ククク」

 

 苦笑する大和。

 その腕にもたれかかるエルザの寝顔は、非常に穏やかであった。

 

 

 ◆◆

 

 

 ドバイの象徴、表世界一の高層ビル「ブルジュ・ハリファ」の前にて。

 大型リムジンから降りた大和は純白のスーツ姿だった。黒シャツの襟を整え、エントランスへと向かう。

 その両脇に色鮮やかなドレスを着たエルザとノアが並んだ。

 

 ヘリオポリス九柱神の筆頭、アトゥムが居るのは最上階のパーティー会場。彼はそこで日夜、外交の意味合いを含めた宴を催している。大和達はそれに招待されたのだ。

 

 最上階へと続くエレベーターに乗っている最中、大和は両隣の姉妹達に告げる。

 

「ドレス似合ってるじゃねぇか。可愛いぜ」

「な!!? と、と、当然でしょ! 似合うの着たんだから!!」

「フフフ」

 

 エルザが顔を真っ赤にするので、姉のノアはおかしそうに微笑む。

 大和も笑った。

 

「そうキーキーすんな、良い女が台無しだぜ」

「!!? 良い女って……!! ば、ばか……っ」

 

 途端にしおらしくなり、両指を絡ませるエルザ。

 大和は肩を竦めると、彼女達に告げた。

 

「……まぁ、相手はエジプト神話の主神格達だが、そう緊張すんな。俺の予想だと、オーディンとは既に話が付いてる」

「……え? それって」

 

 エルザが聞く前に、エレベーターが最上階に到着する。大和は姉妹を先導する様に前進した。

 

 

「パーティー会場だ。お前ら、呑まれるなよ」

 

 

 ◆◆

 

 

 此処には日夜、世界各地から神魔霊獣が集ってくる。世界経済の最先端にいるアトゥムはいわば表世界の神魔達の顔。皆蔑ろにしない。

 その類い希なるカリスマ性を頼って毎日あしげく通う者達もいるほどだ。

 

 最上階を余す所なく使った会場には多種多様な種族がおり、それぞれ挨拶や交渉に精を出している。

 

 獣人族の企業家に一国の経済界を牛耳る大銀行の社長を務めるアンドロイド。

 石油王の亜人族、妖怪の里の長。インターネット関連事業の代表取締役である蟻の蟲人など──

 

 大衆酒場ゲートの店内を彷彿させる。しかし彼等は表世界に強い権力を持ち、なおかつ多大な利益を生み出し続けている世界の貢献者達だ。

 

 大和の登場で会場が騒然となる。その存在感はあまりに大きかった。

 世間知らずなご令嬢や貴婦人達がその魔性の色香に惑わされて話しかけようとするも、使用人らが素早く止めに入る。

 

 此処にいる殆どの者達は大和の危険性を知っていた。

 何より彼等が恐れているのは、「彼と関わりを持っている事を周囲に知られる」事だ。

 

 立場的に彼を、「都合の良い暴力」を頼っている者達は多い。しかしソレを知られるワケにはいかない。

 何故なら皆、そういう立場にいるから。

 

 いいえもしない空気に満たされる会場内を、大和は素知らぬ顔で突き進む。

 わざわざ顧客を減らす様な真似はしない。

 

 ノアとエルザは怪訝に思いつつも、大和の背を追った。

 異様な空気が流れている事は察している。だがその真相がわからない。

 

 それで良かったのかもしれない。彼女達は大和の「闇の素顔」を、まだ一部しか見ていないから──

 

 大和はパーティーの主催者の元まで歩み寄る。

 パーティーの主催者、万物流転の創造神はその褐色の美顔に苦笑を浮かべていた。

 

「貴様が出ると一気にボロが出るな……まぁ、皆必死なのだ。ここは目を瞑ろう」

 

 豪奢に伸ばされた銀髪が揺れる。快活な笑顔が似合う男らしい美顔。細身ながらも鍛え抜かれた肉体。

 その金色の瞳に慈愛と叡智を讃え、スーツ姿の青年──アトゥムは王席から立ち上がった。

 

 

 ◆◆

 

 

 アトムゥの隣には絶世の美貌を誇る褐色肌の姉妹女神が佇んでいた。

 ネフィティスとイシス──死の女神と豊穣の女神である。

 

 ネフィティスは砂漠の戦神セトの妻。常闇色の長髪と憂いを帯びた双眸。肢体こそ控えめだが、漏れ出す色香は人妻特有の妖艶なもの。

 

 対してイシスは明朗快活。ロングの銀髪に生気を帯びた双眸。容姿的に二十歳くらいに見えるが、冥府の神オシリスを夫に持つれっきとした人妻である。

 

 異邦の神特有の神秘的な美貌に、大和は思わず感嘆の息を吐いた。

 

「いいねぇ、イイ女達だ」

「やめろ黒鬼。こ奴等には夫がいる、そういう目で見てやるな」

 

 アトゥムが窘める。

 ネフィティスとイシスから侮蔑の眼差しを向けられ、大和はやれやれと肩を竦めた。

 

「お堅いこって」

 

 そんな彼の(すね)を蹴ったのは、エルザだった。

 頬を膨らまして拗ねている。大和の態度が気に入らなかったのだろう。

 

「あん? 拗ねてんのか? 後で可愛がってやるよ」

「ばっかじゃないの!! ばっかじゃないの!!」

 

 憤慨するエルザに、流石のノアも慌てていた。

 三者三様の様子を見届けたアトゥムは、打って変わって穏やかな笑みを浮かべる。

 

「成程、黒鬼には優秀なお目付役が付いているようだな。流石、オーディン殿」

「…………」

 

 オーディンの名前が出てきて、大和の眼に冷酷な輝きが灯った。

 怪物の「本来の」視線を浴びて女神達はたじろぐも、アトゥムは平然と受け止めてみせる。

 

「……何を考えてるかぁわからねぇが、あんま調子に乗んなよ?」

「調子に乗っているのはどちらだ? 殺戮者」

「…………フン」

 

 殺気にも似た気配を霧散させ、大和は踵を返した。

 

「ノア、エルザ。テメェ等の会話はテメェ等で済ませろ。俺は離れる。終わったら呼べ」

 

 そのまま雑踏に紛れていく。

 途端に寂しそうにするエルザに、アトムゥは気を遣った。

 

「心許ないか?」

「……あっ! いえ! そんな!」

「心配無い、あ奴は貴殿等を護れる距離にいる。だが──今から話す内容はあまり聞かれたくない。少し「流れを止めよう」」

 

「「え??」」

 

 万物流転の創造神の権能が発動する。瞬間、周囲の空間の「全ての流れ」が止まった。

 

 

 ◆◆

 

 

 アトゥムは数いる創造神の中でも特異な権能を保有している。「万象の流れを操作する」という権能だ。

 

 世界は常に流れている。それこそ流水の如く。

 経過、進化、派生、超越──停滞もあり退化もある。アトゥムはその流れを自由自在に操作できるのだ。

 

 恐ろしく万能性に富んだ権能である。コレのせいで例え高位の邪神であってもアトゥムに干渉する事はできない。

 

 離れた場所にて。大和はアトゥムの周囲の空間の流れが停滞した事に気が付いた。

 聞き耳を立てるつもりだったのだが……まぁいいかと肩を竦めて、テーブルにあったワイングラスを取る。

 

 周囲から向けられる視線がまた鬱陶しい。

 好奇、情欲、羨望、畏怖、嫌悪──好意も悪意も満遍なく混ざり合い、混沌を呈している。

 

 誰も大和に近寄らない。近寄れない。だから視線で感情を送ってくる。

 

 大和は超常的な五感を誇っている。汗の匂いや心臓の鼓動、表情筋の機微、視線の種類などで相手の心を読めてしまうのだ。

 

「……ハァ」

 

 面倒臭い、その言葉を大和はワインで飲み込んだ。

 アトゥムとは仲が悪い。険悪と言っても過言ではない。

 しかも極秘の依頼主が数多くいるこの状況──本当に面倒臭い。

 

 大和は「話が終わるまで喫煙所で煙草でも吸ってるか」とグラスを置いて歩き始めた。

 しかし褐色肌の姉妹女神に止められる。ネフィティスとイシスだ。

 彼女達は険しい表情で告げる。

 

「あまり勝手に動かないで、魔人。ここは聖域。不審な真似は許さない」

「そうよ! アトゥム様は寛大だけど、私達は違うわよ! アンタのこと信用してないんだから!」

 

 二名から嫌悪感たっぷりの視線を向けられて、大和はある「暇潰し」を思いついた。丁度良い鬱憤晴らしである。

 

「なら一杯付き合ってくれよ。個室でも貸してくれや」

「……ふざけているのか?」

「下心丸見えなのよ、バーカ」

 

 姉妹から絶対零度の眼差しを向けられ、大和は仰々しく肩を竦めた。

 

「なら煙草を吸ってくるぜ、自由にな」

「「……ッッ」」

 

 ネフィティスとイシスは苦渋に満ちた表情をしながら、大和に背を向ける。

 

「こっちだ、付いて来い」

「やっぱりアンタには監視が必要ね。絶対目を離さないから」

 

 人妻姉妹の背に付いていきながら、大和は歪な笑みを零した。

 

「アア、そうだな……離せなくなるさ。嫌でもな」

 

 不気味に舌なめずりしながら、大和はパーティー会場を後にした。


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