Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「魔人の本懐」

 

 

 流れが停滞する。周囲の動きがカチリと止まった。まるでビデオの一時停止ボタンを押したかの様に。

 

 これが噂に名高き創造神アトゥムの「万物流転(ばんぶつるてん)」──全ての流れを支配する権能。

 緊張しているノアとエルザに、アトゥムは穏やかな笑みを浮かべた。

 

「そう緊張するな、貴殿らは元々、霜の巨人を封印していた神殿の巫女兼守護騎士だろう? 神々の権能は見慣れている筈だが」

「……ご存知なのですね」

「オーディン殿から話を聞いている。ではまず──貴殿等は此度の任務を何処まで把握している?」

 

 代表して、姉のノアが答えた。

 

「オーディン様からは「大和様と共にアトゥム様と外交の手続きをして来い」と申し付けられました」

「成程、ふむ……そこまで内容を隠蔽した理由は、黒鬼のあの常識外れの洞察力を警戒してか? 気を遣わせてしまったな」

「「?」」

 

 ノアとエルザは首を傾げる。アトゥムの意図が読めなかったのだ。

 彼は苦笑しながら告げる。

 

「実はな、外交は既に済んでいるのだよ。ヘリオポリス九柱神と北欧神話は同盟関係を結んでいる」

「へ?」

「今回の本当の案件はあの孤高の殺戮者を、真性の怪物を何処まで御する事ができるか──それを確かめる事にある。ともすれば、我々ヘリオポリス九柱神は今後一切あの男と関わらない。奴は強大な戦力だが、凶悪な災害でもある。北欧神話は別として、我々には我々の方針がある。あの黒鬼の危険性を全神話で共有するためには、一度こういう場を設ける必要があったのだ」

「……それでは、もしもの事があれば、被害を被るのはアトゥム様方なのでは」

 

 ノアの言葉に、アトゥムは苦笑を浮かべる。

 

「誰かがやらねばならぬ事なのだ。本来であればオーディン殿がする筈だったのだが──俺が駄々を捏ねて引き受けた」

「何故──」

「オーディン殿は世界各地の神話の繋がりを強化するためにを奔走している。それこそ、身を削るほどの労力を以てしてだ。ソレに応えずしてヘリオポリスの主神は名乗れん。彼の義に、俺も義で報いる。当然の事だ」

「「……」」

 

 ノアとエルザは互いに視線を合わせると、力強く頷いた。

 

「私達も北欧神話所属の者達として、精一杯努力いたします」

「微力ながら、アトゥム様のお力になれればと」

「うむ、助かる。貴殿等の活躍に今後とも期待している」

 

 流石に表世界で最も高い権威を誇る創造神は違う。

 ノアとエルザは高揚していた。が、それもすぐに冷める事になる。

 

 一人の邪悪な怪物によって──

 

「それでは時間の流れを戻すが──貴殿等に二つ、忠告しておく。一つ、これからどう取り繕おうともこの案件、黒鬼には必ずバレる。命の危険を感じた時は迷わず俺を頼れ。二つ目、何があっても黒鬼に牙を剥くな。あ奴は精神性まで魔性のソレ。刃向かう者は女子供であろうと容赦しない。アレは勇者ではない──ただの殺戮者だ」

「「……かしこまりました」」

 

 半信半疑ながらも頷く姉妹を確認し、アトゥムは時間の流れを戻した。

 

「おう、戻ったか。少し遅かったんじゃねぇの?」

 

 大和を見つけたアトゥムは、酷く鈍痛のする頭を押さえた。

 彼の両脇に、蕩けた様子の姉妹女神が寄り添っていたからだ。彼女達は夫の事など忘れ、魔性の色香に酔いしれている。

 その腰に手を回し、大和は凶悪に嗤ってみせた。

 

「こっちは楽しんでたぜ、色々とな」

「ああん♡ 大和様ぁ……♡」

「素敵……っ♡」

 

 ネフィティスとイシス──彼女達は完全に牝に墜ちていた。

 

「「…………ッッ」」

 

 ノアとエルザは身震いする。

 コレが「彼」の本質──最強最悪の魔人。

 

 度しがたい怒りと失望を覚える。

 しかしそれ以上に、大和の身から滲み出る色香に疼いてしまう。

 

 ノアとエルザは自身を抱きしめ、潤んだ双眸で大和を睨み付けた。

 

 

 ◆◆

 

 

 パーティ会場が静まり返る。客人達はこの場に流れる空気の変化に気付いた。

 

 まずは厳格さと貞淑さで知られる姉妹女神、ネフィティスとイシスが黒鬼に侍っている点。

 

 彼女達が何をされたのか、一目瞭然だった。その熟れた肢体を貪られてしまったのだ。そうして目覚めてしまったのだ。強き雄に侍る喜びを──

 

 時間にして10分ほど──しかし彼女達の様子を見る限り、幾日も愛されたのだろう。上手く言いくるめられ、神々の権能で時空間を操作してしまったのだろう。

 それも、自らの意思で。

 

 アトゥムの銀髪が戦慄き上がった。周囲のあらゆる「流れ」が乱れる。空気が、時空間が、微振動を起こす。

 

 客人達の顔面が蒼白になった。逆鱗に触れてしまったのだ。万物流転の創造神の──

 アトゥムは額に青筋を浮かべて吐き出す。憤怒の言霊を……

 

「黒鬼──貴様は」

「アトゥム」

 

 遮った言葉は、凍るほど冷酷な殺意を伴っていた。誰でも無い、大和の声だった。

 

「テメェは勘違いをしてる。俺は依頼を「引き受けてやったんだ」。それに──俺の行動方針に指図する権利がテメェにあるのか? 何様だよ……なァ、アトゥム」

 

 灰色の三白眼が暗黒色に染まっていた。瞳孔が縦に避けている。

 客人達は悲鳴を上げる事すらできなかった。

 生物は恐怖を通り超すと硬直する。

 

 黒鬼の静かな激昂に、細胞レベルで怖じ気づいてしまっていた。

 

 キレかけている──あの大和が。それがどれほど不味い事態なのか、この場にいる一同は本能で理解した。

 誰も、指先一つ動かせない。呼吸すらできない。それでも、苦しさ以上に目の前の「怪物」への畏怖が勝ってしまう。

 

 大和はあくまで淡々と言葉を紡ぐ。

 

「この際だから言っておくぜ……俺は、俺を蔑ろにする奴等を絶対に許さねぇ。そういう奴等は神仏であろうが皆殺しにするって決めてる」

 

 だから、なァ──そう言って、大和はギザ歯を剥き出した。

 

「テメェ等はどっちなんだ? 俺の「敵」か? 「味方」か? 敵なら容赦しねぇ。北欧神話だろうがエジプト神話だろうが、滅ぼしてやる。…………なァ、答えろよアトゥム。どっちだ?」

 

 ドス黒いオーラが会場を飲み込んだ。

 大和の足下で蠢く那由他を超える亡者達。

 怨嗟の唸り声を上げて彼を地獄の底へ引きずり込もうとしている。

 それらを嘲笑い、踏み躙る黒き鬼神。

 

 この場にいる全員が、生きている事を後悔した。してしまった。

 

 人類史を逸脱したバケモノ。

 幾星霜に渡り神魔霊獣を殺戮し続けている魔人の本性がコレだった。

 

 アトゥムは顔中に冷や汗を滲ませて頭を下げる。

 

「非礼を詫びる。後で俺の方から全て説明する。……だから、この場は抑えて欲しい」

「……………………」

 

 長い沈黙の後、大和は狂気と殺気を霧散させた。両脇で怯えている姉妹女神に甘いキスを被せると、踵を返す。

 

「命は大切にしろよ、アトゥム。オーディンのクソ爺にも伝えておけ」

 

 そのまま会場を去って行った。

 瞬間、この場に居た全員が昏倒する。

 

 エルザとノアは辛うじて堪えていた。

 しかし、エルザは苦渋に満ちた表情で呟く。

 

「……何よ、アレ。大和、アンタは、一体……」

 

 

 ◆◆

 

 

 時間帯は深夜。ドバイ有数のホテルから見渡せる夜景は「砂漠のオアシス」と讃えられるだけあり、それは美しかった。

 今宵、静まり返った廊下に佇む二名の戦乙女。ノアとエルザである。

 

 彼女達は大和が宿泊している部屋の前で立ち止まっていた。その姿は昼間の可憐なドレス姿では無く、純白のワンピース姿である。

 

 ノアは歳不相応に育った胸に手を当てていた。その表情は緊迫と恐怖で彩られている。

 対してエルザは小柄な肢体を抱き締め、覚悟を決めていた。そう、これから自身に起こるであろう厄災に対しての覚悟だ。

 その表情には、明らかな敵意の念が表れている。

 

 ノアは意を決した様に頷くと、部屋のインターホンを鳴らした。ほどなくして大和が出てくる。

 

「誰かと思ったら……お前等か」

「「っ」」

 

 彼は上半身裸、下は純白のスーツ姿とおそろくラフな格好だった。

 何より、漂ってくる濃密な雌の臭い。特濃のミルクにバターを溶かしたかの様な、官能的過ぎる香り。

 二名は自覚無く瞳を潤めた。

 

 ふと、小さな喘ぎ声が聞こえてきた。

 ベッドの上で姉妹女神……イシスとネフィティスが痙攣していた。

 

 彼女達は愛され過ぎて力尽きているのだ。この臭いは、彼女達が発しているのだ。

 

 ノアは総身を震わすと、必死に声を絞り出す。

 

「大和様……お約束の報酬を支払います。お時間、よろしいですか?」

「…………」

 

 大和は二名の表情を観察すると、嗤って頷く。

 

「いいぜ。ちょっと待ってろ」

 

 扉が閉まる。

 

「ッッ」

 

 エルザは唇を噛みしめ、必死に内なるナニカと戦っていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 別の個室に移動した大和は、ベッドの上で横たわる戦乙女姉妹をいやらしい目で眺めていた。

 彼女達は抱き合いながら震えている。大和は敢えて優しい声音で告げた。

 

「どうした? そんな怖がって──報酬はキスだけだろう?」

「信じられません……」

「そうよ、嘘付き……キスだけじゃ済まさないつもりでしょッ」

 

 その言葉に大和は口角を歪めた。

 

「正直になれよ。テメェ等ももう限界なんだろう?」

「「ッッ」」

 

 姉妹は顔を真っ赤にしつつも、大和を睨み付ける。

 嗜虐心がそそられ、大和は強引に妹のエルザを引き寄せた。

 

「いやッ、離してよ!」

「俺をほんの少しでも優しい男だと勘違いしたか?」

「ッ」

「馬鹿が、俺は殺し屋……最低最悪の人間だぜ。テメェ等は単なる暇潰し……欲望の捌け口でしかねぇんだよ」

「ほんと、最低……死ねッッ」

「その反応、抱かれた後まで続くかな?」

 

 大和はエルザの唇を強引に奪う。

 エルザは必死に抗うも、あえなく飲み込まれてしまった。

 涙を流しながら、それでも蕩けきった表情を浮かべる妹を、ノアは助ける事ができなかった。

 

 戦乙女姉妹の悲鳴に似た喘ぎ声は、朝になるまで途絶えなかったという。

 

 

 ◆◆

 

 

 翌朝、最愛の嫁達を寝取られたセトとオシリスは激昂して大和に襲いかかった。しかし大和は物理的に抑えこんだ。喧嘩で彼に勝てる存在など滅多にいない。あろう事か最愛の嫁達が大和を擁護したので、彼等の尊厳はズタボロだった。

 

 アトゥムは複雑極まる心境だったが、大和を蔑ろにした自身とオーディンに非があるとして、この一件をお咎め無しとした。その代わり、大和は今後一切「ヘリオポリス九柱神」に関われなくなった。

 

 大和からすれば願ったり叶ったりだった。元々、世界各地の神話体系との仲は険悪だった。これを機に他の神話ともスッパリ縁を切れればと、そう思っていた。女神(愛人)は別として。

 

 大和は世界各地の女神と愛人関係を結んでいる。今回の一件でネフィティスとイシスが加わったが、一体何名の女神が彼の虜になっているのか──考えたくもない。

 

 そしてあの戦乙女姉妹もまた、憎悪の念を抱きつつも煩悶とした日々を送るのだろう。大和との情事を忘れられず、何時の日か自分達から求めてしまうのだろう。

 

 大和は此度の依頼、邪悪な結末を以て終わらすと、オーディンから莫大な報酬を受け取って上機嫌で魔界都市へと帰っていった。

 

 

《完》

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