闇タクシーの些細な事件
超犯罪都市デスシティ。別名魔界都市──此処で強かに生きる人間達は多い。
何せ、この都市には法則という概念が存在しない。麻薬栽培、武器製造、偽札発行、その他総ての犯罪事業が自由に行える。
犯罪組織にとってはまさに楽園だ。
しかし、それ相応のリスクも存在する。まず此処が魔界都市であること。人類の手に負えないバケモノ達の巣窟であるこの都市では、その日生きる事すら困難を極める。馬鹿であれば一夜明けずに臓器売買の店に並べられる。
そして此処を拠点にしている世界レベルの犯罪組織──五大犯罪シンジケート。
犯罪組織はこのいずれかに所属しなければならず、拒否すれば魔界都市の住民達にロックオンされる。
五大犯罪シンジケートの名前は謂わば後ろ盾であり、ソレ抜きで生き残れる組織は非常に稀である。
しかし、抜け道は存在する。頭が回れば、五大犯罪シンジケートが「敢えて放置している区画」を見つける事ができる。そこで無難な商売を営めば、自然と力を付けていく事が可能だ。
最も、途中で共食いを始め、殆どが壊滅してしまうのだが──
犯罪組織の勢力図は、謂わば蠱毒の法。
魔界都市という壺の中で
最後に残った毒虫を五大犯罪シンジゲートは勧誘するのか、滅ぼすのか、判断を下す。
弱肉強食──この世界では力こそが総て。
正義も誇りも、捨ててこそ生きていける。
そして、肝に銘じておかねばならない。
自分達の力を過信した瞬間、「死」は一気に距離を詰めてくるのだと。
◆◆
西区──通称「貧民街」。
此処を拠点にしている暴力団はそれこそ星の数ほどいる。
彼等は魔界都市でいう「雑魚共」だ。その日を生き抜く事で精一杯であるためカースト最下位に位置している。
しかし表世界では悪名高かった者達も多く、妙なプライドで自暴自棄になる輩が後を絶たなかった。
選別は既に始まっている。
プライドに振り回されるような小物が魔界都市で一旗揚げようなどと、傲慢にもほどがある。
彼等は知らない間に死んでしまう。それこそ取るに足らない理由で──
そして今宵も、馬鹿な暴力団が一つ──
「大将~ッ、上玉連れてきやしたぜ~」
それなりの装飾が施された組長室に、間の抜けた男の声が響き渡った。
屈強な男達が入ってきたので、最奥のデスクに腰掛けていた組長が視線を上げる。
「なんだァ、その妙な制服を着たチンチクリンは……」
声をくぐもらせる組長。
彼等が担いできたのは漆黒の制服を着た美少女だった。両手両足、口元を拘束されている。
地面に転がされた彼女はキッと組長を睨んだ。
年齢的には十代後半ほど、艶やか黒髪はツインテールに結われており、吊り目気味の瞳は紫苑色。
小柄ながら漆黒の制服を盛り上げる肢体は中々のもので、胸もたわわと大きく実っている。
ホゥと感嘆の溜息を漏らす組長に、代表して軽薄そうな大男が答えた。
「そこらで見つけたタクシーの運転手を拉致ってきました。肉体に最新鋭のサイボーグ手術を施してたんですが、数で押しましたよ。数名怪我しましたが、まぁどうにかなります」
「そうか……ふぅむ、中々の一品じゃねぇか」
「でしょう? 俺等もあやかりたいくらいですよ」
「飽きたらくれてやる」
「マジすか?」
「ああ。……それより口の拘束を解いてやれ。声を聞きたい」
「……いいんですかい? 万が一がありますよ?」
「気にすんな。俺のデスク回りには魔術結界を多重に張ってある。簡易式とはいえ、重戦車の砲撃ですらビクともしねぇよ」
「さいですか。なら」
口の拘束を取ると、彼女は途端に罵詈雑言を喚き散らした。
「アンタ達!! こんな事してタダで済むと思ってないでしょうね!! 皆殺しよ! 皆殺し!!」
「ほぅ……お前、何歳だ?」
「16よ!! 文句ある!!?」
射殺さんばかりに睨んでくる小娘に対し、組長はゲラゲラと笑った。
「16でこの都市の住民って……相当だな、ええ? 冗談もほどほどにしろよ」
「ばっかじゃないの!! 年齢なんて関係無いわ!! そんなの気にしてるからアンタ達は雑魚なのよ!!」
「……なにぃ?」
静かに怒気を滲ませる組長。周囲の者達もだ。
しかし運転手は鼻で笑う。
「覚悟なさい!! 今頃闇バス・闇タクシーの本社が傭兵や殺し屋を雇ってる筈よ!!」
「ハァ? どうしてそんな事がわかるんだよ?」
「ハァ? 何でアンタ達に教えないといけないワケ?」
「コイツ……ッ」
組長は眉間に青筋を浮かべる。今度は軽薄そうな大男が鼻で笑った。
「はったりですよ。一々反応してたら面倒です」
「はったり? その根拠は何?」
「………………」
「根拠もない事を自信満々に言う辺り、アンタも他の馬鹿と変わらな……」
パァンと、運転手の頬が叩かれた。
平手打ちとは言え、簡易的なサイボーグ手術と劇薬使用で強化された腕力での一撃である。
同じくサイボーグ手術を施していたとしても、響くものがある。一般人であれば首から上が消し飛んでいた。
口の端から血を流し、殺意を込めて睨め付けてくる運転手に対して大男は嗜虐的な笑みを浮かべた。
「調子乗ってんじゃねぇぞクソ餓鬼」
「フン……精々粋ってなさい。私はアンタ等とは違う。こういう時のために保険は重ねがけしてある。──でも、今日は特別運が良かったわ。なにせ、あの人がフリーだったから」
「……何を言ってるんだ、テメェ」
「私達闇バス・闇タクシーの運転手は体内のみならず、脳にも最新鋭のサイボーグ手術を施してる。機器が無くても特殊な電波でメールを送信する事ができるのよ。今の私の現在地、状況、全て本部に伝えているわ」
「テメェ…………そりゃ本当か?」
「嘘を言ってどうすんの? 携帯機器を取り上げて、手足を縛り上げたからそれでお終い──フフフ、だからアンタ等は三流なのよ、バーカ」
「このアマァ!!!!!!」
激昂した大男は運転手の制服を破り捨てる。
ブラウスどころか下着も破り捨てられ、豊満な乳房が露わになった。90㎝を優に超えていて、しかし型崩れは一切していない。先端は桃色──まさしく極上。
運転手は顔を紅潮させながらも大男を睨み付ける。
彼は組長に聞いた。
「組長──コイツ犯していいですか? なんなら人質にでもして」
顎をすくい上げ、舌なめずりする大男。
彼女の豊満な乳房に手を伸ばそうとしたその時、室内に続く扉が爆発した。
いいや、蹴破られたのだ。
飛んできたドアに大男は吹っ飛ばされる。
現れたのは──二メートルを超える褐色肌の益荒男だった。
運転手は歓喜のあまり叫ぶ。
「大和様ぁッ!!」
「ったく、世話が焼けるぜ。
大和は嗤いながら大太刀と脇差しを抜き放つ。
刹那、室内は血の池地獄に変わった。
◆◆
「がべぇ……ッ」
大男の口を貫き肉団子みたいにぶら下げると、そのまま振り上げ脳漿をぶちまけさせる。
大和はそのまま怯えてる組長に振り返った。
「せ、せ、世界最強の殺し屋、大和……ッッ。何で、テメェがこんな所へやってくる!!」
「そりゃ、お前が俺のお気に入りの女拉致って犯そうとしたからだろう?」
「ッ」
「無知は罪だ、この都市では罪=死罪だ。なァ……雑魚のテメェにもわかるだろう?」
「……無駄だぜ。俺のデスク周りには多重結界が」
その多重結界ごと、大和は組長の首を斬り飛ばす。
組長の顔は斬られた事すら理解できず、呆然としていた。
大和は大太刀と脇差しの血糊を払い納刀すると、運転手──稲刃の元へ向かう。
魔術式の拘束を闘気で解除してやると、彼女は勢いよく大和に抱きついた。
「大和様ぁッ!! ありがとうございますぅ!!」
「ったく、この間抜け。自衛くらいしっかりしろや。次は助けてやらねぇぞ」
「ああんっ! そんな事言わないでくださいっ! 今夜は一杯ご奉仕しますからぁ♡」
極上の生乳を腕に擦りつけられ、大和は暫く無言になる。
「……仕方ねぇなァ」
「フフフ♪ 大好きですよ大和様っ♪」
先程まで暴力団員に見せていた強気な態度は何処に行ったのか、今は飼い猫の様に愛くるしくなっている。
大和は彼女をお姫様抱っこすると、真紅のマントをかけてやった。
稲刃は嬉しそうに微笑むと、彼の首に手を回し頬にキスの雨を降らせる。
外には既に闇バス・闇タクシーの面々、そして緊急で雇われた殺し屋、傭兵達が待機していた。
稲葉は打って変わり、申し訳なさそうに手を挙げる。
「申し訳ありません。もう大丈夫です……」
その言葉と、何より大和を見て、殺し屋達はやれやれと肩を竦めて去って行く。
闇バス、闇タクシーの運転手を代表して、死織が出てきた。
「全く、今回は大和が出てきてくれたから良かったものの……注意してください。稲刃さん」
「はい、すいません死織先輩……」
「ハァ……」
死織は深い溜息を吐くと、背後にいる同僚達に意味深な視線を送る。
他の同僚達はいやらしい笑みを浮かべて頷いた。
死織は大和に向き直ると、満面の笑みをこぼす。
「大和、この後時間ありますか? 実は私達、これでお仕事終わりで──暇なんですよ。あと、稲刃さんは事後処理の書類を本部で書いてきなさい。早朝提出です」
「どぅえええええ!!!?」
目玉が飛び出るほど驚いている稲刃。
彼女は早速他の同僚達に連行されていった。
死織は「後で合流しましょう。優遇しますので」と言って、彼女達に護送を任せる。
稲刃は思わず悲鳴を上げた。
「いやぁぁぁぁぁぁん!!!! 死織先輩の鬼!! これから大和様とイチャイチャタイムだったのにぃぃぃぃぃッ!!!!」
「ミスをしたのにご褒美を貰うなんて、厚かましいにもほどがありますよ。ですが安心してください。大和の無聊は私達で慰めておくので……♡」
運転手達が一斉に大和に群がる。
稲刃は最後に大和に懇願の眼差しを向けるも、微妙な表情で手を振られた。
「また今度可愛がってやるよ」
「そんなぁぁぁぁぁぁ!!!!」
早速死織から濃厚なキスを受ける大和を、稲刃は泣きながら見送ることしかできなかった。
珍事、これにて終幕。
《完》