一話「殺人姫VS黒鬼」
新しい都市伝説が生まれていた。悪辣なる犯罪者を狩る不思議な女子高生が居ると──
彼女はセーラー服に身を包み、漆黒のロングコートを羽織り、ダークシルバーの銀髪を靡かせているという。
咥え煙草から紫煙をくゆらせ、武装した犯罪者達をナイフ一本で惨殺するという。
誰もその素性を知らない。しかし日本政府は血眼になって彼女の行方を追っているという。
姿形だけが口伝で広まっていく。故に都市伝説。
今時の学生達は彼女をこう称した。殺人鬼の姫──
◆◆
彼女──
在学中の私立学園では孤高の存在として扱われている。
彼女は必要以上に喋らない。相手が近寄ってくれば距離を取る。
在学中に彼女と会話を弾ませられた生徒は一人もおらず、教員達も難儀していた。
しかも不良。近所の腕自慢は皆彼女に殴り倒されている。
休み時間には煙草を吸っている姿も目撃されていた。
生徒らは彼女を畏れると共に、近頃有名なあの都市伝説と重ねていた。
殺人姫──凶悪犯罪者を惨殺する殺戮の姫君。
噂の容姿と彼女があまりにも似ているので、皆まさかと思っていた。教員すらも訝しんでいるほどだ。
──実は彼女、本当に殺人姫だったりする。
高梨雲雀、彼女は表世界の理から外れた魔人だった。
現在、教室の端にある自席に座りながら授業を聞き流している。
青い空を眺めながら、彼女はふわふわと考え事をしていた。
(今日は誰をバラそうかしら……)
高梨雲雀は凶悪な殺戮衝動を持っていた。そしてソレを為せるだけの戦闘技術と能力を持っていた。
◆◆
空気が軋んだ。世界が歪んだ。
存在感に殺意を混ぜた波動に──星が一瞬、怖じ気づいた。
「!!?」
雲雀は飛び上がるように席を立った。
いきなりの行動に生徒も教師も腰を抜かしている。
代表して、教師が問うた。
「その……どうした高梨」
怯えたその問いに対し、雲雀は反応しなかった。
窓の外──遥か遠くを見つめている。その頬に一筋の冷や汗が流れた。
彼女は学生鞄を背負うと、弾かれたように走り出す。
「おい! 高梨!?」
教員の呼び声に、雲雀は振り返らなった。
◆◆
雲雀は跳ぶ。
認識阻害の魔術で民間人の意識を逸らせば、数十メートルの距離を連続して跨ぐ。
住宅街を飛び回りながら妖魔鴉を召喚。漆黒のロングコートに変えて肩から羽織る。
殺人姫の登場である。
雲雀は河川敷を目指していた。ソコに「怪物」がいるからだ。
感じた殺気は何よりも凶悪で──しかし静謐。
人間が出していい殺気ではない。しかし間違いなく人間が出した。
今、彼女の胸に沸き立っているのは殺戮衝動ではない。純粋な興味だった。
どんな容貌をしているのか、どんな性格をしているのか。
──どうすれば殺す事ができるのか。
雲雀は嗤いながら宙を舞った。
河川敷まで、あともう少しだった。
◆◆
河川敷に近づくにつれて人影が無くなってくる。
先程の殺気を理解できなくても、本能で感じ取っているのだろう。
平和ボケした住民にここまで影響を与える存在──殊更興味がつきない。
雲雀は笑顔を必死に抑えながら河川敷へと降り立った。
その眼前には草原で寝転んでいる大男がいた。呑気に煙草を吹かしている。
彼はゆっくりと雲雀に眼を向けた。
雲雀の背筋に悪寒が奔る。
「へぇ……お前が殺人姫か」
灰色の三白眼、鋭利なギザ歯。男らしいハンサムな顔立ち。
身を起こした褐色肌の美丈夫は、改めて雲雀を見下ろした。
「努ちゃんとユリウスから話は聞いていたが──成程、イイ目をしてやがる。まるで飢えた狼だな」
「……ふん、ならアンタはバケモノね。何よ、その目──」
灰色の瞳。
その奥底には狂気と欲望、そしてそれ以上の殺意が渦巻いていた。
常人ならば狂ってもおかしくない数多の激情を、強靭な精神力で抑えている。
人間ではない。
何に対してそこまで殺意を抱いているのか──
何故、そこまで至って発狂しないのか──
戦慄している雲雀に対して、褐色肌の美丈夫はマイペースに告げた。
「俺の名前は大和──ククッ、そう怯えんなよ。似た者同士、仲良くしようぜ?」
その笑みに滲むのも、また殺意と狂気であった。
◆◆
雲雀は不敵に笑い、否定する。
「私とアンタが同類……? 一緒にしないでよ。バケモノ」
「初対面の奴をバケモノ呼ばわりたぁ、随分と礼儀知らずだな」
「その目、その体に染み付いた血臭。そして馬鹿げた殺気……惨殺するには十分すぎる理由だわ」
雲雀は懐から巨大なサバイバルナイフを取り出し、上半身を屈める。
臨戦態勢に入った彼女を、大和は煙草を吹かしながら見つめていた。
立とうともせずに告げる。
「やるつもりか? ならそれなりの覚悟をしろよ。俺は、女子供だからって手加減しねぇ」
「何よ、紳士気取り? 反吐が出るわね」
「…………あーあ」
大和は煙草を捨てて立ち上がる。
そして凶悪に嗤った。
「でもいいぜ、この展開──凄く俺好みだ」
大和は嬉しそうに両手を広げる。
「さぁ、かかってきな都市伝説 。俺を昂らせろ。この無聊を精一杯慰めるんだ。もしできなかったら──純潔を散らすだけじゃ済まさねぇぞ」
「…………」
雲雀は一瞬無表情になる。が、次には憎悪と殺意で美顔を歪めた。
「殺してやるッッ」
雲雀は跳躍し、躊躇なくサバイバルナイフを振り抜く。
大和は本当に楽しそうに嗤っていた。
◆◆
「お前は俺とよく似てる」
雲雀の猛攻をいなしながら大和は唇を歪める。
雲雀は彼の腹を蹴り飛ばすことで答えた。
違う、と──
足裏に伝わった硬度に顔を歪めながらも、雲雀は跳ぶ。
なに食わぬ顔で川の水面に立った大和は肩を竦めた。
「だってそうだろ? 己のエゴのために他者を平気で殺められるんだ。善悪なんざ関係ねぇ、俺とお前は根底が似てんだよ」
「……違う、一緒にすんな!」
水底ごと断ち切る斬撃を大和は片手を振るい相殺した。
「何が違う」
「私はアンタみたいな屑野郎しか殺さない! でもアンタは違う! 殺す相手は選ばない──そんな目をしてる!」
眼前まで迫りくる白刃を、大和は雲雀の手を叩く事で無効化する。
そうして零れたサバイバルナイフを拾い上げ、神速の突きを放った。
水面の上で踊るように躱す雲雀に大和は告げる。
「人を第一印象で決めつけるのはよくねぇぜ。……まぁ、当たってんだけどな」
笑いながらナイフを振り抜く──と見せかけて逆手持ちで再度刺突を放つ。
雲雀は頬を斬らせて間合いを詰めた。
そして新しく出したナイフで大和の喉仏を穿つ。
砕け散る刃──驚愕する雲雀の腹を蹴り飛ばし、大和は笑みを深めた。
「なら、誰が求めた? お前に屑を殺せと。……結局のところ、自分のためだろう? 犯罪者を選んで殺してるのも、ようはテメェを「マトモな部類」だと納得させたいからだろう?」
雲雀は回転し、なんとか勢いを殺してから河川敷に着地する。
しかし耐えきれずに吐血した。胃液混じりの血は彼女の内蔵に深刻なダメージが刻まれた証。あばらも数本折れているだろう。
それでも雲雀は立ち上がる。震える足でなんとか体を支え、大和を睨み付ける。
断ち切れた頬から大量の血を流しているが──目は死んでいなかった。憤怒と殺意で爛々と輝いている。
彼女は不意に嗤った。不気味な微笑だった。
大和も釣られて嗤う。
「ほら、やっぱり似た者同士だ」
◆◆
雲雀は朦朧とする意識を唇を噛みきることでクリアにする。そうして高速で思考を巡らせた。
(今までの奴等とは明らかに別格──身体能力、戦闘技術、精神力、才能、経験値……全てに於いて負けている。このままじゃ勝てない)
しかし恐怖は湧かない。
代わりに胸の奥で滾る憤怒、そして殺意。
(勝てる勝てないの問題じゃない──殺すッ。殺してやるッ!!)
雲雀は進化する。
埒外の殺意と元々の天稟が彼女を人智を超越した存在──超越者へと至らせる。
大和は灰色の三白眼を丸めた。
そして思わず嗤う。
「クククッ──こりゃあ、退屈せずに済みそうだ」
◆◆
超越者に至れる条件は二つ。
常軌を逸した才覚と、世界の法則をねじ曲げるほどの想い。
先天的な超越者も稀にいるが、殆どが後天的に至った者達だ。
彼等に共通しているのは最強種である神仏すらも脅かす戦闘力と、強靭過ぎる個我──その在り方は等身大の概念そのもの。
雲雀から溢れ出す禍々しいオーラは瞬く間に世界を包み込み、各地の神魔霊獣を驚愕させた。
また超越者が誕生した──と。
そして同じ超越者達は嗤う。
また同類が生まれた、と。
雲雀が超越者に至った所以は「殺意」──そう、世界を塗り潰すほどの殺意だ。
元々、喜怒哀楽を殺戮でしか表現できない少女だった。
今までそれを必死に我慢していた。
しかし、もう我慢する必要はない。
何故なら、全身全霊を懸けて殺せる相手を見つけたから──
感謝はない。
あるのは憎悪と憤怒のみ。それが生来の殺意をより一層焚き付ける。
雲雀のオーラが凝縮されていく。
世界を包み込むほどのオーラがその在り方を成し、雲雀の体に溶け込んでいく。
纏うは『死』──万象殺め滅ぼす死絶の理。
殺したい──あらゆる者を、物を、殺したい。
「殺す──その首跳ね飛ばして踏みにじってやるッ」
そう言いながら死絶の理を具現化していく雲雀。
圧倒的純度の「死」──その濃度は冥府の神々すらも比較対象にならない。
かの死神王タナトスで漸く比肩しうるほどだ。
しかし扱い方がまだまだ──と思いきや、既に本質を捉え始めている。
周囲に力を振り撒いていない。対象を選別できている。
それは雲雀の破格の才能もさることながら、彼女と殺意が密接な関係で結ばれている事にも起因している。
大和は覚醒した殺人姫に対してやれやれと肩を竦めると、打って変わって妖艶に微笑んだ。
「いいぜ、暇潰しには丁度いい感じだ」
簡易式の魔術札で赤柄巻の大太刀と脇差しを召喚、深紅のマントを靡かせる。
刹那である、雲雀が死絶のオーラを溜め込んだ拳を握り、跳んできたのは──。
時間を無視した速度で迫ってきた彼女を大和は優々受け止める。
振り抜かれた拳は逆手持ちで僅かに抜かれた大太刀の刃に食い込んでいた。
骨まで断たれている──にも関わらず、雲雀は狂気の笑みを浮かべてその手を広げる。
骨肉を自ら潰して、無理やり刀身を掴んだ。
その手は既に再生しつつある。いいや、再生ではない。手の負傷を「殺して」いるのだ。
乱れ刃を思いきり掴みながら、雲雀は大和を見上げた。
その目は、人間がしていいものではなかった。
「そのニヤケ面、グチャグチャにしてやる──!」
そんな彼女に対して、大和は笑いかける。
同じく、人間がしていい笑みではなかった。
「気が変わった、少しだけ遊んでやるよ──テメェは殺すにはまだ惜しい」
「──ッッ、死ねェ!!」
両者とも、拳を振りかぶる。
瞬間、河川敷が吹き飛んだ。