villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「格の違い」

 

 

 豪勢な個室にて。日本国の首相、大黒谷努(だいこくだに・つとむ)はデスク上の書類に視線を落としていた。

 

 歴戦の横綱の如き厳つい容姿からは想像もつかない「政治家」のオーラを滲ませている。

 

 彼は魔界都市デスシティに深く干渉しながらも日本国の経済発展に貢献している傑物だ。

 世が世なら英雄として歴史に名を残していただろう。

 

 そんな彼は熱い茶を一口含むと、おもむろに告げた。

 

(しかばね)

「ここに」

 

 音も立てずに現れた全身黒ずくめの男。鬼のような、悪魔のような、不気味な仮面を被っている。

 

 彼はデスシティでS級認定されている殺し屋だ。

 努の命令とあらば上級悪魔や鬼神であろうとも抹殺してみせる闇の処刑人である。

 

 努はゆったりとした口調で彼に問うた。

 

「前に話したよね、高梨雲雀って女の子」

「はい、巷で噂の殺人姫の可能性が高い女子高生ですね?」

「そ」

 

 努は再度、デスク上に広げた資料に視線を落とす。

 

「一週間前かな……君達が彼女の素性を持ってきたのは」

「はい」

「その時は驚いたものだよ。高梨雲雀──彼女は普通の女子高生だった。先祖が英雄だったワケでもなく、両親も至って平凡。彼女自身も書類上ではまぁ、どこにでもいそうな女の子だ」

「……」

「でも僕は君達に深追いをさせなかった。大和くんにお願いして様子を見に行ってもらった──その理由は、言わずともわかるよね?」

「はい」

 

 屍は深く頭を下げる。

 

「普通だったからこそ、です。ただの女子高生が崩れとはいえデスシティの犯罪者や妖魔を殺せる筈ありません。少なく見積もってもB級──いえ、A級レベルの実力者である可能性があります」

「僕は、超越者の卵だと考えている」

「……」

「僕達をここまで欺いた手腕、何よりこの普通すぎるプロフィール──異常だ。異常に過ぎる。だからこそ、僕は『異常なる存在』の代名詞──超越者。その卵だと推測した」

「成る程──」

「だから大和くんにお願いしたんだよ。彼より強く、対応が早い人間はいないからね」

「……」

 

 屍は密かに、努という男を畏怖した。

 彼は表世界の住民の癖に、大和の事を誰よりも理解しているのだ。

 

 努は分厚い唇を歪める。

 

「屍、念のためだ。大量の現金を準備しておいてくれ。大和くんの報酬用に」

「──かしこまりました」

 

 闇に紛れ消えていく屍。

 努はのほほんとした表情で茶をすすった。

 

 

 ◆◆

 

 

 雲雀の才能──それは戦闘に於けるものでは無かった。

 殺戮の才──相手の弱点を見抜き、瞬く間に首を跳ねる、その一点に特化したもの。

 

 身体能力の差、技術の差、総じて関係無い。

 手に持つ刃が相手の首に届けば勝てる。その過程を導きだす事にも特化している。

 

 鎌鼬が吹き荒ぶ。無数の真空刃が余波となって周囲の並木を、敷地を、切り裂く。

 

 水爆実験かと思うほどの水飛沫を上げながら雲雀と大和は上流を駆け上がっていた。

 

 ナイフ二本を逆手持ちに雲雀は漆黒のロングコートを靡かせる。

 己の限界を殺し、際限なく成長を続ける彼女は超越者の恐ろしさをその身をもって表していた。

 

 先程まで拙く見えた斬線は今や一撃必殺の死の線と成って大和に群がる。

 

 超常的な閃きと圧倒的センスが生み出す攻撃に理屈は当てはまらない。そんなもの、当に超越している。

 

 逆手持ちから通常持ちに、かと思えば投擲して、懐から新たな得物を取り出す。

 指に挟んで爪の様に薙げば、爪先で柄を弾いて投擲する。

 

 縦横無尽、天衣無縫。

 ソレは武術でも暗殺術でもない──討法だった。

 相手を討滅することに全知全能を用いた、雲雀にしか実現できない戦闘スタイル。

 

 大和は迎撃する。彼女の刃を決して首元に届かせない。

 

 余裕の笑みを崩さない彼に、雲雀は憎悪を剥き出した。

 光すら断つ死の線で彼を囲む。

 

 上下左右360度を包囲するも、それは全て囮であり、雲雀は本命の刺突を繰り出す。

 

 死の線を吹き飛ばした大和の心臓を穿つ突き──しかし刃先が届く寸前に雲雀は首を反らす。

 

 頬を掠めたナニカ──雲雀の頬を断ち切った。

 それは鉄屑だった。大和の口に収まっていた雲雀の得物の破片だった。

 

 暗器術──大和にかかれば鉄屑でも妖魔を殺せる凶器に成り得る。

 

 雲雀はしかし引かない。勇猛果敢に攻め立てる。

 理由はそれしか選択肢が無いからだ。

 

 殺すとは攻めること。

 引くという選択肢は端から無い。

 

 しかし大和は全て受け止める。その余裕の笑みが陰ることはない。

 

 今の雲雀では絶対に避けられない速度とタイミングで斬撃を放つ。

 その度に雲雀は進化し、辛うじて避けていた。

 

 雲雀はムキになって大太刀を無理やり弾き返そうとする。

 刹那、白刃が煌めいた。

 

 雲雀の血の気が一瞬で引く。

 

 一瞬消えたと思った乱れ刃が、気付いた時には首筋に食い込んでいた。

 雲雀はギリギリでナイフを押し付け、勢いを殺す。

 

 しかし大太刀は意識を持つかの様に飛び跳ね、雲雀の脳髄を割らんと迫った。

 

 雲雀は右腕を犠牲にすることで時間を稼ぎ、一旦距離をとる。

 切り落とされた右腕を瞬時に再生しながらも、その額には冷や汗が浮かんでいた。

 

 雲雀は見破った。大和の太刀筋を。

 まるで意思を持つかのように途中で軌道変化する太刀筋──

 

 その秘密は強靭かつ柔軟な手首によるスナップと驚異的な反射神経だった。

 

 弾き返さんとするナイフの軌道に合わせて大太刀を限界まで反らし、瞬時に元に戻すことで発生する不可視の魔剣。

 防御された瞬間に反射的に軌道を変化させる事で生じる防御無視の魔剣。

 

 唯我独尊流、秘技──朧月(おぼろづき)

 

 基礎の応用でありながら、常人では成し得ない理外の技術。

 あまりの出鱈目具合に雲雀は戦慄を覚えるものの、再度跳躍する。

 ナイフを振りかぶり、今度は軌道変化に注意する。

 

 しかし単純な力で押し切られた。

 ナイフごと袈裟懸けに断たれたのだ。

 

 技術云々以前に、そもそもの膂力が違いすぎた。

 先程まで注意できていたのだが、朧月という技が警戒心を薄めた。

 

 右肩から心臓、肝臓まで断たれ、おびただしい量の血を吐き出す雲雀。

 

 死にかけている彼女の額に、大和は近寄った。

 そして嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「オイオイどうした? もう死ぬのか? 落胆させてくれるなよ──殺人姫ちゃん」

「────ッッッッ」

 

 雲雀の瞳が濃密すぎる殺気で暗黒色に染まった。

 殺人姫と黒鬼の殺し合いは、ここからだった。

 

 

 ◆◆

 

 

 雲雀は強く渇望した。

 目の前の男を殺す手段が欲しい、と。

 

 死滅の理と討法だけでは足りない。

 選択肢を広げたい、と。

 

 彼女の身に秘められた才能がその渇望に応える。

 元々得意だった空間操作魔術が魂に溶け込み、同調。最上位魔導クラスの異能に変化したのだ。

 

 攻めの選択肢が大幅に増えた事を実感する雲雀。

 同時に大太刀で真っ二つに両断された。

 

 雲雀は一度冷静になり、空間操作で接合面を無理やり繋げる。そうして復帰すれば即座に攻めに転じた。

 一瞬の隙を見せた大和の顔面に渾身の拳打を振り抜く。

 

 上流方面に派手に吹き飛んでいった彼を追走し、その足を掴む。そのまま顔面に必殺の踵落としをめり込ませた。

 

 地面が陥没し、地割れが河川敷を越えて住宅街まで行き届く。

 

 雲雀は憎悪と憤怒を解放した。

 荒れ狂う殺気のままに大和の顔面を連続で殴り潰す。

 

「死ね!!!! 死ね死ね死ねェッッ!!!!!」

 

 周辺地域──いいや、関東全域で大地震が発生する。

 雲雀の拳打は星を優に砕く威力を内包している。大和の顔面越しとはいえ、生まれた衝撃波は周辺地域に天変地異を齎した。

 

 しかし先に潰れたのは雲雀の拳だった。気付けば感覚が無い。両手の骨が剥き出しになっていた。

 

 埒外の肉体硬度──異常な筋肉密度、骨格強度だ。

 

 それでも雲雀は殴る手を止めない。鮮血を撒き散らしながら壊れた拳を叩き付ける。

 その顔を、巨大な手が掴んだ。

 

「汚ぇんだよ糞ガキがァ……顔が血まみれになっただろうが」

 

 雲雀を片手で持ち上げた大和は、凄まじく不機嫌だった。灰色の三白眼が暗黒色に染まっている。

 

 しかしそれは雲雀も同じだった。暗黒色の双眸を血走らせ、大和を睨んでいる。

 

「死ね……さっさと死ね……ッッ」

「テメェが死ね」

 

 雲雀の頭が握り潰される。

 潰れたトマトの様に脳漿がぶちまけられたが、雲雀は即座に致命傷を殺して大和の首筋にナイフを振るう。

 

 大和は防御する必要も無しと断じ、放置した。

 しかし首筋の闘気を微量ながらも殺され、生じた小さな穴を空間操作で拡張された瞬間に飛び退く。

 

 大和は瞠目し、首筋を撫でる。ほんの少しだけ斬れていた。

 

 雲雀は狂喜の笑みを浮かべる。

 

「やっと笑わなくなったわね……ウザかったのよ、アンタの笑み」

「…………」

 

 大和は一瞬殺意で表情を歪めるも、すぐに冷徹な表情に変わる。

 そして凍えるような声音で告げた。

 

「気が変わった……少し本気出してやるよ。調子乗った餓鬼はブチのめすに限る」

 

 

 ◆◆

 

 

 雲雀は犬歯を剥き出して突貫する。溢れ出す殺意をその身に纏い、己の存在感を殺した。

 独自に編み出した隠形術はしかし、一瞬で看破される。

 眼前に伸びてきた刃先を空間操作で固定しようとするが込められていた埒外の闘気に打ち消され、やむなく回避する。

 

 周囲の空間に固い足場を作り、自分の動きやすい世界を形成。同時に時空間移動も行う。

 

 サブ的能力で時間操作も行えるようになったので、自身の速度域を最高速である無限速に至らせ、同時に大和の体内時間を停滞させる。

 

 後者は無効化されたが、既に準備は整った。

 大和を殺すためのだけの空間で、雲雀は全身全霊を懸ける。

 

 無限速での時空間座標移動。

 次元の奥行きすらも利用し、位相の高低差も生かす。

 敢えて己の時間を停滞させ、フェイントも織り混ぜた。

 

 元々のスタイルに空間操作と無限速移動はすこぶる相性が良い。

 真の意味で殺人姫となった彼女は必殺のヒットアンドウェイを繰り返していた。

 

 しかし大和は嗤う。

 

「雑だ。雑すぎて笑えるぜ」

 

 最初は得物で防いでいたが、今は身を逸らすだけで躱している。

 

「殺しのセンスだけなら俺より上かもな。だがそれだけだ。技術が拙すぎる、話にならねぇ」

 

 首筋に迫ったナイフの刃先に指を当て、力の方向性を操作する。

 

 唯我独尊流、水の型「流水」

 

 力のベクトルをコントロールされ予想外の方向に飛ばされた雲雀は、体勢を立て直す暇無く攻め立てられる。

 

 こうなれば殺人姫も形無しだった。

 

 雲雀は痛感する。

 大和に目立った能力はない。異能術式権能を無効化する闘気くらいだ。

 

 しかし戦う者にとって最も重要な要素──基礎の完成度が異常過ぎる。

 

 怪異の王達を力で捩じ伏せる無敵の肉体。

 幾千万の憎悪を鼻で笑える不屈の精神力。

 数億年培ってきた百戦錬磨の戦闘技術。

 他を圧倒する比類無き戦闘センス。

 あらゆる知識、学問を瞬時に理解できる天才的頭脳。

 

 心技体、そして才と知。

 戦士に求められる五つの要素が限界まで極まっている。

 更に彼はこの五要素を完璧に繋ぎ、相乗効果を産み出していた。

 

 無敵の肉体を不屈の精神力で鍛え上げ、百戦錬磨の戦闘技術と比類無き戦闘センスで勝利を掴み取る。

 天才的頭脳は鍛練法、戦闘理論、読心術、全てに繋がる。

 

 つまりは彼は完璧な──否 、完璧過ぎるオールラウンダーなのだ。

 あらゆる武器兵器を扱いこなす事からも窺い知ることができる。

 

 どんな状況下でも十全の戦闘力を発揮し、天賦の才と至上の努力で手に入れた五要素であらゆる難敵を打ち倒す。

 

 究極の戦士──世界最強の男。

 

 雲雀に端から勝ち目はなかった。

 巷で噂される殺人姫「程度」が彼を、戦士の極みを殺すことなどできはしないのだ。

 

 我武者羅に振るわれたナイフを、大和は躱すこと無く肉体で受け止める。

 刃が儚い音を立てて砕け散った。

 

 筋肉を瞬間的に締め上げ、肉体を鎧の如く硬化させる身体操法。

 

 唯我独尊流、金の型「金剛」

 

 拳を掲げられ、雲雀は咄嗟に顔面をガードした。

 しかし大和は手を広げ、彼女の腹に掌を押し当てる。

 

 瞬間、雲雀は螺旋を描きながら宙を舞った。

 内蔵全てが螺旋状に抉られ、激痛のあまり意識を失う。

 

 唯我独尊流、螺旋掌。

 

 密着状態から掌を回転させる事で相手に致命傷を与える純粋物理攻撃。

 超常的な怪力と極限まで練り上げた武術、濃密過ぎる闘気を一気に叩き込む三段攻撃。

 密着状態からの一撃であるため、防御はほぼ不可能。

 最上位の妖魔をも一撃で沈める必殺技である。

 

 荒れ狂う川の中に沈む雲雀。

 それを無理やり持ち上げ、大和は不敵な笑みを浮かべた。

 

「まぁまぁ楽しかったぜ。今後に期待だな」

 

 そのまま彼女を担ぎ上げ、崩壊した河川敷へと向かっていった。

 

 

 ◆◆

 

 

「…………!!!!」

 

 雲雀は身を起こすと同時に周囲を警戒した。

 もしもの時は自殺するつもりだったが──既にあの男はいない。

 

 場所も変わっていた。何処かもわからぬアパートの屋上だった。

 背後を見れば夕陽が沈みかけている。かなり時間が経っていた。

 

「…………」

 

 雲雀はかけられていた漆黒のコートを退けると、ナイフで床に縫い付けられていた紙切れを見つける。

 

「暇潰しにはなったぜ。今度会う時までにもっと経験を積んでおけ。あと化粧の仕方もな。殺し屋としても、女としても、美味しく育っておけよ」

 

 雲雀は暫く無言だった。

 が、次には全身を戦慄かせる。

 手紙をグチャグチャに破り捨て、憎悪と羞恥で涙した。

 

「殺す……絶対殺す、必ず殺す……覚悟しておけッッ」

 

 冷たい北風を浴びながら、殺人姫は怨敵への復讐を誓うのであった。

 

 

 ◆◆

 

 

『……もしもし。大和くん、どうだった? 高梨雲雀は』

『おう努ちゃん。それなりだったぜ、いい暇潰しになった』

『そうか、それはよかった。──しかし、やはり超越者の卵だったか……今度スカウトしようかなぁ』

『やめとけ、アレはヤバいタイプだぜ』

『と、言うと?』

『善悪の区別ができてるようで全くできてねぇ。気に食わない奴は平気で殺すタイプだ……しかも行動原理が金でも名誉でもなく、ただの殺意ときてやがる。かーたまんねぇなオイ、俺よりイカレてるぜ』

『それはまた……今後警戒した方がいいかな?』

『いいや、野放しにしといた方がお得だぜ。今のところは、な。何せ勝手に犯罪者や妖魔を殺してくれるんだ、益虫か何かだと思っておけばいいだろ』

『……もしも手を付けられなくなった場合は』

『いいぜ、殺してやるよ』

『ありがとう』

『……まぁ、そうなんねぇように色々仕込ませて貰ったがな』

『君は──またいらない敵を作ったんだろう』

『将来が期待できそうだったんだよ。アレはいい遊び相手になる』

『はぁ……よくもまぁ、自ら敵を増やそうとするね』

 

 

『努ちゃん……人生は面白く、窮地もパーティーに見立てるんだ。敵は多い方が面白いじゃねぇの。……まぁ面倒だったら殺すんだけどな♪』

 

 

『……君の遊び相手になった高梨雲雀には少しだけ同情するよ』

『クククッ……そんじゃあな、努ちゃん。また今度一緒に遊ぼうや』

『ああ、またね大和くん』

 

 

《完》

 


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