villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「魔剣達の恋慕」

 

 

 大衆酒場ゲートの前に人集りが出来ていた。

 道行く者達が足を止める。種族、立場関係無く観客達が形成されていく。

 

 その中心で、大和はやれやれと肩を竦めた。

 

「そんなに俺の素振りを見たいのか? 暇人共め……」

 

 ぼやいた大和は、眼前に佇む二振りの魔剣に告げる。

 

「両方同時に扱ってやる。好きな手に来な」

「「…………」」

 

 紅桜とコールブランドは視線を合わせると、嗤って本来の姿に戻る。

 

 右手に収まったのは聖王剣コールブランド。

 形状はクレイモアに近い。しかし溢れ出すオーラは圧倒的。聖と魔の入り交じったオーラは今のコールブランドの精神状態を如実に表していた。

 

 対して左手に収まった妖魔刀紅桜。

 漆黒の柄巻、独特な形状の鍔。刀身は花吹雪を思わせる乱れ刃。迸る邪気と呪詛は幾百万の怨嗟と同等──いや、それ以上だ。

 

 観客達がどよめく。

 世界最高峰の魔剣を拝める機会など滅多にない。ズブの素人でも彼女達の凄まじさを理解できる。

 

 その破格の性能に渇望を覚える者が多い中、性能ではなく希少価値に目を付ける者達がいた。

 

 実に魔界都市らしい。彼女達を売れば何百億になるのか──脳内で既に計算を始めている。

 

 様々な欲望を眼差しを介して浴びせられ、コールブランドと紅桜は憤怒で震えた。

 

『大和……ただ振るうだけでは無く、周囲の者達を試し斬りするのはどうでしょう?』

『賛成。大和様、周囲に丁度良い木偶が揃っております。私共の斬れ味に試すに丁度良いと思われますが?』

 

 魔剣達の物騒な会話を聞いて、住民達は思わず後ずさった。

 魔剣達「だけ」ならまだしも、大和に振るわれたら堪ったものではない。間違いなく殺される。

 

 住民達が逃げる準備を始める中、大和はケラリと笑う。

 

「気にすんな、この都市の住民は何時もこんな感じだ。一々腹を立ててたらキリねぇぜ」

『『…………』』

「どうしても気に食わねぇってんなら、自分達で斬り捨ててきな。その代わり、俺は店に戻らせて貰う」

『わかりました。我慢します』

『誠に業腹ながら──』

「おし、なら振るうぞ」

 

 大和は自然体で佇む。肩の力を抜き、だらんと魔剣達を下げる。

 かの戦国時代の大剣豪、宮本武蔵を連想させる立ち姿。

 

 武術を嗜んでいる者達は察する。大和は既に構えている。アレが大和の構えなのだ。

 

 大和はまずコールブランドを振るう。二、三度素振りをしたかと思えば指で鉛筆回しの様に弄び、最後に振り下ろした。

 天空で渦巻いていた曇天が裂ける──喧騒達は天を見上げ、目を丸めた。

 

 今度は紅桜。

 こちらも数度振るい、指の間で弄んだかと思えば一閃。

 ワンテンポ遅れて、大和の正面に聳え立っていた高層ビル群に斬線が奔る。

 

 倒壊を始めたビル群。その際に起こった地震と風圧は凄まじく、喧騒達は当事者でもないのに恐怖を覚えた。

 

 ただの素振りでコレ──大和は適当に魔剣達を振るっただけだ。能力を行使していない。純粋な技術のみで今の出鱈目な現象をもたらしたのだ。

 

 喧騒らは改めて、畏怖を込めた視線を大和に向ける。

 大和は風圧でマントを靡かせながら頷いた。

 

「よし……」

 

 そんな彼にコールブランドが聞く。

 その声音には喧騒以上の畏怖の念が込められていた。

 

『まさか……そんな……もう「終わらせた」のですか?』

「ああ」

『……ッッ』

 

 コールブランドは愕然とする。紅桜も声も出せずにいた。

 彼女達は大和の出鱈目さをその身を以て痛感していた。

 何故なら、今ので「終わらせてしまった」からだ。波長合わせを──。

 

 彼女達は今まで数多の英雄、達人に振るわれてきた。彼等の中には、その生涯を懸けても二名と波長を合わせられない者がいた。刀身一体──自分の身体の一部として彼女達を受け入れられなければ、先はない。

 

 幾星霜の月日をかける者がいた。不世出の天才と呼ばれた者でも数年の歳月を要した。

 彼女達は他の剣とは違う。意思を持ち、破格の力を持つ。波長を合わせる事すら困難を極める。

 

 それを大和はどうした? 数秒で終わらせた。

 数度振っただけで、彼女達と完璧にシンクロしてみせたのだ。

 

 世界最強の武術家──その異名に偽りなし。

 しかし彼女達は更に思い知る事になる。大和の規格外さを──。

 大和は笑いながら言う。

 

「さぁて、次は洗練していくか」

 

 大和の剣舞が始まった。

 本番はここからである。

 

 

 ◆◆

 

 

 黒兎はネメアに勧められ、大和の剣舞を拝みに来ていた。

 横には先輩であり歴代最強の鬼狩り、野ばらが佇んでいる。

 彼女も剣士として大和の剣舞を拝みに来たのだ。

 

 遠くでソレを披露している大和に対し、野ばらは思わず呟く。

 

「……出鱈目ね。人間じゃないわ」

 

 大和は一見、適当に剣を振るっている様に見える。

 しかし違う。彼は再現しているのだ。過去の担い手達の技を。

 

 一人一人、完璧にトレースしていく。そして更に進化させていく。

 担い手達が到達できなかった領域を、容易く踏破していく。

 

 担い手一人一人、流派や思想、体格が違う筈だ。なのに──完璧に再現してみせるどころか超えていく。

 

 コールブランドと紅桜から担い手達の残滓をくみ取り、再現し──どんどん効率化させていく。

 徹底的な合理性の元、完成させていく。

 

 野ばらは先達達に哀れみを覚えた。

 己の人生を懸けて至ろうとした領域を簡単に踏破されているのだ。

 

 アレが、世界最強の武術家。

 

(成程……それくらい馬鹿げてないとなれないわけね。超越者には)

 

 なろうとも思わないし、なるつもりも無い。

 しかし超越者の基準が何となくわかったので、彼女は小さく溜息を吐いた。

 

 元々の素質が違う。自身も歴代最強の鬼狩りと謳われていたが、目の前の怪物は格が違った。

 

 その背に声がかかる。ネメアだった。店から出てきたのだ。

 

「もうそろそろ完成するだろう」

「……何が?」

「オリジナルの剣術。もうシンクロもトレースも終わらせているだろう?」

「…………」

 

 野ばらは振り返る。

 大和はコールブランドと紅桜を同時に振るっていた。西洋剣と東洋刀、剛の剣術と柔の剣技を組み合わせ、全く新しい剣術を開発している。

 

 今、この瞬間に、大和は新しい「最強の道」を作り上げていた。

 

 規格外もここまで来れば最早笑い話である。

 野ばらは呆れを通り超して溜息も吐けないでいた。

 

 観客達はそれ以前の問題である。そもそも理解できていない。大和がただ剣舞を踏んでいるようにしか見えていない。

 真の実力者でしか、大和の規格外さは理解できないのだ。

 

 ネメアは野ばらの後ろで腕を組みながら言う。

 

「アイツの真骨頂は極まった基礎じゃない、比類無き戦闘センスだ。……アイツは紛れも無い「天才」だよ」

 

 黒兎は大和の剣舞を凝視していた。

 彼の戦闘センスを少しでも解析しようとしているのだ。

 しかしできない。両親に比肩しうる才能を持つ彼女でも、コレだけは真似できなかった。

 

 彼女は沈鬱げに呟く。

 

「遺憾ながら……真似できません。次元が違いすぎる。経験以前の問題です」

 

 その言葉にネメアは苦笑する。

 

「真似しなくていいさ。お前にはお前の強みがある。それを追求していけ」

「……」

 

 頭を撫でられ、黒兎は不服そうにしながらも気持ちよさそうに目を細める。

 隣にいた野ばらが肩を竦めた。

 

「その子に本当に甘いわね、店長」

「まぁな」

 

 苦笑しつつ、否定はしない。

 野ばらは本当に薄く、口元を緩めた。

 

 大和の剣舞が終わる。観客達は拍手すら出来ずにいた。

「本当の内容」を理解できずとも、その凄まじさの一端を感じ取れたのだろう。

 

 静寂に包まれる中、大和は両手を解放する。

 擬人化したコールブランドと紅桜はその場で崩れ落ちた。

 髪を振り乱した彼女達は、紅潮した顔で大和を見上げる。

 

「少し刺激が強すぎたか?」

 

 小首を傾げられ、二名は堪えきれずに喘ぎ声を漏らした。

 そんな大和の背に、ネメアの声がかかる。

 

「大和、すまん。依頼だ。緊急の案件なんだが、大丈夫か?」

「店の中で聞くぜ。オラ、行くぞ」

 

 腰砕けになった紅桜とコールブランドを抱きかかえ、大和は喧騒を裂いていく。

 

「「……っ♡」」

 

 完璧に虜にされた二名は、それぞれ大和の胸板に、首筋に、熱いキスの雨を降らせた。

 

 

 ◆◆

 

 

 カウンター席で。大和は甘えてくる二名を可愛がりながらネメアの話を聞いていた。

 二名は発情しているかの様に大和を求めている。

 あそこまで完璧に振るわれたのだ。彼女達は魔剣として彼に心底惚れ込んでいた。

 

 依頼を受諾した大和は彼女達を下ろし、その頭を撫で回す。

 

「で、だ。……悪ぃな。やっぱりテメェ等は相棒にできねぇ」

「「ッ」」

 

 二名はショックを受けるものの、反論はしなかった。

 わかってしまったのだ。彼の心情が──わかるほど、先程の剣舞の時間は濃密だった。

 

「テメェ等が駄目ってワケじゃねぇぜ? 得物としても、相棒としても、合格ラインだ。でも俺は、やっぱり魔剣に頼りたくねぇんだよ。何より、こんな俺の我が儘を叶えてくれてるコイツ等の鍛治師に合わせる顔が無くなる」

 

 そう言って、腰に帯びている赤柄巻の大太刀を撫でる大和。

 その表情は非常に穏やかだった。

 コールブランドと紅桜は胸が締め付けられる想いを抱くも、何とか笑顔を作る。

 

「貴方がソレを望むのであれば──仕方ありません。私から言える事は何もありません」

「総ては貴方様の望むままに……」

 

 それでも、泣きそうになっていた。

 大和は苦笑すると彼女達を抱き寄せ、甘い声音で囁く。

 

「どうしても我慢できねぇって時は言え。……依頼って形で振るってやる。俺も、お前達を気に入った」

「「!!」」

「だから……またな」

 

 コールブランドの頬に、紅桜の額に、それぞれキスを落とす。

 そして真紅のマントを翻し去っていった。

 

 二名は陶然と立ち尽くす。

 世界最強の武術家の背は遠く──しかし、今は近く感じる。

 本来であればありえない。大和に魔剣など必要ない。それほどまでに強い。

 

 それでも、彼は自分達を認めてくれた。求めてくれた。

 その多幸感に二名は溺れていた。

 

 ウェスタンドアを開けて、大和は店を出て行く。

 その背が見えなくなっても、コールブランドと紅桜は立ち尽くしたままだった。

 

 

 

《完》

 


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