villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第二十六章「柳生伝」
一話「柳生の辻切り」


 

 

 

 その日は酷い雨だった。

 デスシティに快晴という概念は存在しない。重たい鉛色の入道雲が稲光を撒き散らしていた。

 

 ネオンの輝きも濡れる深夜──大衆酒場ゲートで雨宿りをしている住民達は多かった。

 その中には暗黒の美丈夫も紛れている。

 

 彼はカウンター席でラッキーストライクを吹かしながら、やれやれと肩を竦めていた。

 

「怖がりな女を誘うにはイイ天候かもしれねぇが──生憎、この都市にそんなか弱い女はいねぇんだよなぁ」

 

 美丈夫、大和に対して店主、ネメアが冗談を言う。

 

「いるかもしれないぞ。お前のためにわざわざ一芝居うってくれる健気な女が」

「そーゆー女は何時でも抱けるんだよ。あーあー表世界の女子高生でもナンパしに行こうかなー。あっちの世界の女の子は警戒心ゼロかつ処女率高いんだよなぁ」

「さらっと屑発言するのはやめろ。ほんとに見境ないなお前は……」

 

 辟易するネメアに、大和は艶然と笑いかける。

 

「何だ? 嫉妬かネメアちゃん。いいぜ、今夜は一緒に寝てやるよ。背中でも擦ってやろうか?」

「ぶっ殺されたいのか?」

「ハッハッハ! 冗談冗談! そう嫌そうな顔するなって!」

 

 上機嫌になった大和はそのままお気に入りのラムが入ったグラスに口付けする。

 

 雷鳴は未だ鳴り止まず、むしろ激しさを増していた。

 

 アホな親友を一瞥したネメアは、別の話題を持ちかける。

 

「大和、最近妙な辻切りが出没する噂……聞いたか?」

「ん? まぁな。でも辻切りなんざこの都市じゃ珍しいもんでもないだろう、何でこんな噂になってんだよ」

 

 ネメアは答える。

 

「さっき仕入れたんだが──どうやらその辻切り、柳生(やぎゅう)一族の剣士らしいぞ」

「はぁ……? 柳生ってアレだよな? 日本の退魔剣士の家系でも特にデカイ」

「そうだ。陰陽道の土御門(つちみかど)、鬼狩りの久世(くぜ)に連なる退魔御三家の一角。表世界でも有名な武家だな」

 

 柳生一族。

 1560年代から現代まで続く退魔剣士の総本山である。

 当時最強の退魔剣士だった剣聖、上泉信綱(かみいずみ・のぶつな)から秘剣を授かりし以降、現代に至るまで粛々と妖魔を狩り続けてきた。

 

 表世界では都合上、経歴が大幅に改竄されているが、本来柳生の剣は魔を絶つ退魔剣である。

 

 デスシティの住民達は彼等を特別畏怖していた。

 何せ住民達の殆どが魔に属する輩、柳生の剣は天敵なのである。

 

 それらを知っている大和は、更に疑問を深めた。

 

「おかしな話だなオイ。柳生の剣士が妖魔を狩りに来たってんなら兎も角、辻切りって何だ」

「読んで字のごとく、既に七人殺されてる。全員人間だ」

「共通点は?」

「それなりに腕の立つ剣士」

「……ふぅむ、妖魔にでも取り憑かれたか?」

「妥当な線だな。しかしそうなると──」

「何だ」

「柳生の剣士が来る筈だ。同族の後始末をするために、この都市に」

 

 ネメアが顎を擦ったその時、ウェスタンドアが濡れた音と共に開かれる。

 深紅の番傘を畳み顔を覗かせたのは、古き良き大和撫子だった。

 

 年齢は十代後半ほど。まだ若い。

 艶やかな黒髪は腰まで流れ、きめ細やかな純白の肌は新雪を連想させる。

 しかし鋭い双眸から溢れさせる剣気は成る程──一流の剣士のソレ。

 

 純白の着物を盛り上げる豊満な乳房を窮屈そうに揺らしながら、彼女は大和に真っ直ぐな視線を向けた。

 

 紺色の袴をはためかせ一直線に彼の元に歩み寄ると、再度視線を重ねる。

 

 そして鈴の音の様な声を響かせた。

 

「お初にお目にかかります、大和殿。私は柳生「十兵衛」(かすみ)──貴方にこなして貰いたい依頼があって参上しました」

「身内の尻拭いか?」

「……!!」

 

 驚いた少女は、しかしゆっくりと首を横に振るう。

 そして告げた。

 

「私が奴を──愚兄、柳生「十兵衛」平治(へいじ)を斬り損ねた際、代わりに奴を殺して欲しいのです」

 

 その発言は予想外だったのだろう。

 大和は目を丸めると、次には妖艶に笑った。

 

「面白ぇ……いいぜ。その依頼、受けてやるよ。詳細を聞かせな」

「……承知しました」

 

 大和は惹かれていた。

 彼女の目に宿る様々な負の感情に。

 何より、死を決意したその在り方に──

 


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