villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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七話「王VS鬼」

 

 

 ティンダロスの王の鼻っ柱に金剛石の塊がめり込む。

 否。金剛石の塊といえるほどの剛拳が、光速を優に超える速度で叩きつけられたのだ。

 

 王は堪えきずに吹き飛ばされる。

 中央区から西区まで、約数十キロメートルもの距離を飛ばされた。

 

『ッッ……』

 

 王は即座に体勢を立て直す。

 しかしその目に映ったのは、高層ビルという名の投擲槍だった。

 

『!!!!?』

 

 数千トンにも及ぶ純粋な質量弾。

 しかも一つでは無い。二つ、三つと重ねられる。

 王はあっという間に押し潰された。

 

『──────────────―!!!!!!!!!!!』

 

 しかし、空間ごと咆哮で吹き飛ばす。

 これにより西区はほぼ壊滅状態になった。

 

 物理法則を無視し続ける二名の怪物によって、デスシティの崩壊は加速する。

 

 王の咆哮が中断された。

 顎から脳天にかけて乱れ刃が貫通している。

 真下には──褐色肌の男。

 

 大和だ。

 

 彼は持っている大太刀をグリンと回し、王の脳髄をほじくり返す。

 そのまま腰を捻って斬撃を発動。王の顔面を十文字に断った。

 

 問答無用、疾風怒濤。

 武術の達人ですら視認できない超光速の斬撃の嵐が吹き荒ぶ。

 

 王の不老不死の権能は猟犬達の比ではない。

 大和の斬撃に対抗──否、上回る速度で再生している。

 しかし、威力まで抑えられない。

 

 王は剣圧で押さえ付けられ、動きを封じられていた。

 このままでは何もできずに殺されてしまう。

 大和の闘気がじわじわと肉体を蝕んでいた。 

 

 大和は遊んでいる。

 その証拠に、彼は嗤っていた。

 殺そうと思えば何時でも殺せるのに、あえて嬲っている。

 

 王は辛うじて前足を突き出した。

 しかしそれは悪手だった。

 大和は王の前足を抱え込み、背後に放り投げる。

 

『!!』

 

 背負い投げの要領で投げられた王は地面に叩きつけられた。

 衝撃で大地が豆腐のように砕け散る。

 

「オー、上手上手」

 

 意味深な言葉だった。

 王は仰向けの状態。腹を晒している形だった。

 

「わかるか? それが──服従のポーズだ」

 

 王は目を丸める。

 次に怒りが限界を突破した。

 渾身の力で暴れようとするも──動かない。

 抑えられている片腕を軸に、肉体を完璧に乗っ取られていた。

 

「武術家に腕を極められて、素人が抜け出せると思ってんのか?」

 

 大和は王の頭を踏み潰す。

 何度も、何度も。

 

 蹂躙される王。

 しかし恐怖はない。

 あるのは怒髪天を突く怒りだけだ。

 

 王は極められた片腕を捻じ切る勢いで身体を動かす。

 腹筋で下半身を持ち上げ、後ろ足で大和の顎を蹴り抜いた。

 大和は成す術無く天高く打ち上げられる。

 

 大和は大気圏直前で止まった。

 

 遥か上空で。

 大和は蹴られた掌を払う。

 

「足癖が悪いな……まぁ、俺が言えた義理じゃねぇか」

 

 肩を竦めると、異空間から得物を取り出す。

 見事な造りの月型十文字槍だ。

 

 大和はゆっくりとデスシティを睥睨する。

 標的を見つけ、投擲の構えを取った。

 

「そろそろ終わりにしようぜ」

 

 十文字槍に莫大なエネルギーを込めはじめる。

 高密度過ぎるエネルギーは天候に異常を齎した。

 

 赤き稲妻が轟音と共に宙を駆ける。

 積乱雲渦巻く中、大和は輝く十文字槍を投下した。

 

 真紅の雷霆が大気を裂き、空間を貫く。

 地上に着弾した十文字槍は前代未聞の大爆発を引き起こした。

 超圧縮された闘気は着弾と同時に膨張、一切合切を無に帰す破滅の光となる。

 

「闘気による純粋エネルギー攻撃だ。加減はしたぜ? 封印のせいで殆ど力を出せないテメェには十分な威力だろう? そのまま消滅して元いた世界に帰れや」

 

 大和は膨張する気に掌を向け、握り込む。

 

「圧縮──」

 

 破滅の業火が縮小し、次の瞬間には収まる。

 大和は己の闘気を完璧に使いこなしていた。

 

 ティンダロスの王は完全に消滅していた。

 元いた世界に強制的に返されたのだ。

 

「まぁまぁ楽しかったぜ王様……また遊ぼうや」

 

 大和は不気味に嗤う。

 そのまま重力に従い、デスシティへと落下していった。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和とティンダロスの王の戦いを見届けた右之助は、何とも言えない表情をしていた。

 

「余裕そうだったな……ったく」

 

 肩を竦め、隣にいるナイアを確認する。

 瞬間、鳥肌が立った。

 

「アア……大和ぉ、大和ォ……♡」

 

 恍惚と呟くナイア。

 真紅の瞳は潤み、頬は上気し、口の端からは涎が垂れている。

 

 右之助は耐え難い悪寒を覚えた。

 

 漏れ出している。

 彼女の内にある狂気が。

 冒涜的な存在、異世界の神としての本性が。

 

「……じゃ、俺はおいとまさせて貰うわ」

 

 右之助はそう言うと勢いよく跳躍する。

 

 しかし、ナイアは気付いていない。

 眼中にもない。

 今の彼女には大和しか映っていなかった。

 

「アア──大和ぉ♡ もっとかまってほしい。365日24時間、ずぅぅっとかまってほしいんだ。邪悪だけど誰よりも純粋な君に、僕は心の底から惚れてるんだ」

 

 ナイアは頬に手を当てる。

 そして暗く美しい笑みをこぼした。

 

 

「絶対に諦めないよ──君は僕のものだ♡」

 

 

 ナイア。

 本名をナイアルラトホテップ。

 またの名をニャルラトホテプ。

 

『這い寄る渾沌』

『無貌の神』

『闇をさまようもの』

『大いなる使者』

 

 邪神の中でも別格の力を誇る『外なる神』の一柱。

 最も著名で、最も慕われている邪神。

 クトゥルフ神話が誇る最強最悪のトリックスターである。

 

 大和は邪神から愛されていた。

 それも、格別に。

 

 

《完》

 


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