ティンダロスの王の鼻っ柱に金剛石の塊がめり込む。
否。金剛石の塊といえるほどの剛拳が、光速を優に超える速度で叩きつけられたのだ。
王は堪えきずに吹き飛ばされる。
中央区から西区まで、約数十キロメートルもの距離を飛ばされた。
『ッッ……』
王は即座に体勢を立て直す。
しかしその目に映ったのは、高層ビルという名の投擲槍だった。
『!!!!?』
数千トンにも及ぶ純粋な質量弾。
しかも一つでは無い。二つ、三つと重ねられる。
王はあっという間に押し潰された。
『──────────────―!!!!!!!!!!!』
しかし、空間ごと咆哮で吹き飛ばす。
これにより西区はほぼ壊滅状態になった。
物理法則を無視し続ける二名の怪物によって、デスシティの崩壊は加速する。
王の咆哮が中断された。
顎から脳天にかけて乱れ刃が貫通している。
真下には──褐色肌の男。
大和だ。
彼は持っている大太刀をグリンと回し、王の脳髄をほじくり返す。
そのまま腰を捻って斬撃を発動。王の顔面を十文字に断った。
問答無用、疾風怒濤。
武術の達人ですら視認できない超光速の斬撃の嵐が吹き荒ぶ。
王の不老不死の権能は猟犬達の比ではない。
大和の斬撃に対抗──否、上回る速度で再生している。
しかし、威力まで抑えられない。
王は剣圧で押さえ付けられ、動きを封じられていた。
このままでは何もできずに殺されてしまう。
大和の闘気がじわじわと肉体を蝕んでいた。
大和は遊んでいる。
その証拠に、彼は嗤っていた。
殺そうと思えば何時でも殺せるのに、あえて嬲っている。
王は辛うじて前足を突き出した。
しかしそれは悪手だった。
大和は王の前足を抱え込み、背後に放り投げる。
『!!』
背負い投げの要領で投げられた王は地面に叩きつけられた。
衝撃で大地が豆腐のように砕け散る。
「オー、上手上手」
意味深な言葉だった。
王は仰向けの状態。腹を晒している形だった。
「わかるか? それが──服従のポーズだ」
王は目を丸める。
次に怒りが限界を突破した。
渾身の力で暴れようとするも──動かない。
抑えられている片腕を軸に、肉体を完璧に乗っ取られていた。
「武術家に腕を極められて、素人が抜け出せると思ってんのか?」
大和は王の頭を踏み潰す。
何度も、何度も。
蹂躙される王。
しかし恐怖はない。
あるのは怒髪天を突く怒りだけだ。
王は極められた片腕を捻じ切る勢いで身体を動かす。
腹筋で下半身を持ち上げ、後ろ足で大和の顎を蹴り抜いた。
大和は成す術無く天高く打ち上げられる。
大和は大気圏直前で止まった。
遥か上空で。
大和は蹴られた掌を払う。
「足癖が悪いな……まぁ、俺が言えた義理じゃねぇか」
肩を竦めると、異空間から得物を取り出す。
見事な造りの月型十文字槍だ。
大和はゆっくりとデスシティを睥睨する。
標的を見つけ、投擲の構えを取った。
「そろそろ終わりにしようぜ」
十文字槍に莫大なエネルギーを込めはじめる。
高密度過ぎるエネルギーは天候に異常を齎した。
赤き稲妻が轟音と共に宙を駆ける。
積乱雲渦巻く中、大和は輝く十文字槍を投下した。
真紅の雷霆が大気を裂き、空間を貫く。
地上に着弾した十文字槍は前代未聞の大爆発を引き起こした。
超圧縮された闘気は着弾と同時に膨張、一切合切を無に帰す破滅の光となる。
「闘気による純粋エネルギー攻撃だ。加減はしたぜ? 封印のせいで殆ど力を出せないテメェには十分な威力だろう? そのまま消滅して元いた世界に帰れや」
大和は膨張する気に掌を向け、握り込む。
「圧縮──」
破滅の業火が縮小し、次の瞬間には収まる。
大和は己の闘気を完璧に使いこなしていた。
ティンダロスの王は完全に消滅していた。
元いた世界に強制的に返されたのだ。
「まぁまぁ楽しかったぜ王様……また遊ぼうや」
大和は不気味に嗤う。
そのまま重力に従い、デスシティへと落下していった。
◆◆
大和とティンダロスの王の戦いを見届けた右之助は、何とも言えない表情をしていた。
「余裕そうだったな……ったく」
肩を竦め、隣にいるナイアを確認する。
瞬間、鳥肌が立った。
「アア……大和ぉ、大和ォ……♡」
恍惚と呟くナイア。
真紅の瞳は潤み、頬は上気し、口の端からは涎が垂れている。
右之助は耐え難い悪寒を覚えた。
漏れ出している。
彼女の内にある狂気が。
冒涜的な存在、異世界の神としての本性が。
「……じゃ、俺はおいとまさせて貰うわ」
右之助はそう言うと勢いよく跳躍する。
しかし、ナイアは気付いていない。
眼中にもない。
今の彼女には大和しか映っていなかった。
「アア──大和ぉ♡ もっとかまってほしい。365日24時間、ずぅぅっとかまってほしいんだ。邪悪だけど誰よりも純粋な君に、僕は心の底から惚れてるんだ」
ナイアは頬に手を当てる。
そして暗く美しい笑みをこぼした。
「絶対に諦めないよ──君は僕のものだ♡」
ナイア。
本名をナイアルラトホテップ。
またの名をニャルラトホテプ。
『這い寄る渾沌』
『無貌の神』
『闇をさまようもの』
『大いなる使者』
邪神の中でも別格の力を誇る『外なる神』の一柱。
最も著名で、最も慕われている邪神。
クトゥルフ神話が誇る最強最悪のトリックスターである。
大和は邪神から愛されていた。
それも、格別に。
《完》