Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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五話「一刀両断」

 

 

 絶え間なく降り注ぐ雨水を霊刀達が弾き返す。

 新陰流は妖魔必滅の剣──しかし今は兄妹喧嘩のために用いられていた。

 

 先達も泣いているだろう。

 この豪雨は、彼等の涙なのかもしれない。

 

 柳生十兵衛霞もまた、泣いていた。

 慕っていた実兄の変貌ぶりに。

 彼をもう、身内とは思えないほど憎悪している事に。

 

 柳生十兵衛平治は嗤っていた。

 妹が未だ己を兄として見ている事に。

 彼女をまた犯せる事に。

 

 互いに人間の反応速度を超えたスピードで得物を振るう。

 音速を超えた刃は真空を纏いて必殺剣に至る。

 

 柳生新陰流、紫電。

 

 脳にかかっているリミッターを意図的に解除し、処理速度を飛躍的に向上させる技。

 肉体駆動にとてつもない負荷がかかり、無理に動かせば肉は切れ、骨は折れる。

 

 人間ではなく妖魔を斬るための技。

 柳生新陰流の原点である。

 

 それ故に、彼等の剣は一般人には目視できない。

 降り注いでいる豪雨すらも、彼等の描く斬撃軌道線に侵入できない。

 

 実力は拮抗していた。

 当代随一の剣客である平治だが、霞もまた柳生家歴代最高クラスの傑物。

 

 しかし肉体的な面で、霞は平治に大きく劣っていた。

 男女の筋力差以前に、平治は妖魔の細胞を体内に移植しているのだ。

 その証拠に、彼の顔は醜くく変貌しつつあった。

 

「妖魔の細胞を体内に入れたのか──ッッ」

 

 拮抗しているのは、霞が憤怒と憎悪で劇的に剣速を上昇させているからだ。

 

 しかし所詮気力が為したもの、徐々に押されはじめる。

 劣勢に立たされた霞は己が斬り刻まれるイメージから飛び退いた。

 

 半ば化け物になった平治はその醜い面を歪める。

 

『流石、俺の愛しき妹──それでこそだ。犯し甲斐がある』

「黙れ、外道畜生が」

 

 豪雨で冷えた体に熱い闘気を循環させる。

 まだだ、まだ戦えると霞は自身に言い聞かせた。

 

 しかし両腕は先程の剣撃で痺れ、感覚がなくなっている。

 紫電のデメリットによって全身の筋肉、関節が悲鳴を上げていた。

 

 柳生の剣は見敵必殺。

 ただでさえ弱い人間が妖魔を斬るためには、短期決戦以外の道は無い。

 

 気勢は衰えずとも、肉体は既に限界だった。

 しかし平治は妖魔に変貌した事により、その欠点を克服している。

 

 絶体絶命──

 

 相手は柳生の剣を極めた妖魔。

 本来であれば単身で挑むような相手ではない。

 

 しかしやる。やるしかない。

 霞は正眼で薄刃蜻蛉を構えた。

 

 丹田に闘気を溜め、一呼吸置く。

 乱れた気を整え、最後の一刀に向けて明鏡止水の極致に入る。

 

 妹の実情を誰よりも知る兄は、ガマガエルの様になった唇を歪めた。

 

『無駄だ茜──俺はお前の出す技を全て知っている。俺も、柳生の剣士だからな』

「その風体で柳生を名乗るな」

 

 霞は消える。

 柳生秘伝の歩法は豪雨に紛れ、更に捉えにくくなっている。

 が、平治は完璧に捉えていた。

 

 奇声を上げて霊刀を振り下ろす平治。霞の腕を断たんと唸りを上げる。

 しかし、要の霊刀が驚くほど呆気なく絡め取られた。

 

 平治は驚愕する。

 奪刀術だけではない──霊刀、鈴刃空蝉が自分を見限ったのだ。

 

 柳生家に代々伝わる霊刀は対霊金属、緋緋色金(ひひいろかね)で製造されている。

 

 歴代の退魔剣士達に振られてきたこの霊刀達は、妖魔の類に拒絶反応を起こすようになっていた。

 

 霞は柳生を信じた。平治は柳生を汚した。

 その差がここに来て出た。

 

 霞は両刀を携えると、全身全霊を以て最終奥義を放つ。

 

 柳生新陰流・絶技──八龍(はちりょう)

 

 八本の斬線が平治を切り裂き、血の花弁を咲かせる。

 その背後を通り抜けた霞は、確かな手応えと共に暗黒色の雨雲を仰いだ。

 背後から断末魔の叫び声が聞こえてくる。

 

 辛い復讐劇が──終わった。

 

 

 

 

『なーんちゃって♪』

 

 

 

 

 その鳩尾に鎌刃が突き立てられる。

 背後から刺され、霞は振り返る事もできずに倒れ伏した。

 致命傷だった。

 

 唐突に、雷鳴が響き渡る。

 幾重にも重なった稲光は醜悪な化け物の影を浮き彫りにした。

 

『驚いたよ、いや本当に驚いた──だが想定の範囲内だった。元々、お前と決着をつける際に霊刀は破壊しようと思っていたんだ』

 

 どちゃり、どちゃりと、足音が聞こえてくる。

 最早彼は、人間の原形すら留めていないのだろう。

 

 野獣の唸り声が聞こえてくる。

 

『死に体のお前でも、犯せばさぞ心地よいのだろう。さぁ──その絶望した面を見せておくれ。俺に最高の快感を味あわせておくれ……ッッ』

 

 霞は応答できなかった。

 降り注ぐ豪雨に身体を縫い付けられている。

 彼女は、雨音で消えてしまうほど小さな声で囁いた。

 

「ごめんなさい…………大和殿……後は、頼みました…………」

「嫌だね」

 

 聞こえる筈もない声が聞こえてきた。

 視線を上げると、大きな下駄と真紅のマントが見えた。

 

 唐突に宙に浮かされる。

 力強い腕に抱き締められた霞は、全身を駆け巡る絶大な生命エネルギーに徐々に意識を覚醒させてゆく。

 

 目頭が熱くなる。涙が溢れてくる。

 鳩尾の傷も完全に塞がった頃に、彼女は思わず囁いた。

 

「どうして…………」

「悪ぃな。今回の依頼、キャンセルさせて貰うぜ」

 

 優しく地に下ろされる。

 その目に、真紅のマントを靡かせる背中が映った。

 

「俺は殺し屋だ、通すスジなんて端から持ってねぇ」

 

 だから──そう言って大和は嗤う。

 

 

「代わりに我が儘、貫き通させて貰うぜ」

 

 

 ◆◆

 

 

 豪雨降り頻る中、両者は視線を合わせていた。

 

『おい、ソレは俺の女だぞ』

「いいや違うね。俺の女だ」

『…………』

「…………」

『死ね』

「テメェが死ね」

 

 柳生十兵衛平治は鎌刃に変形した両腕を振るう。

 柳生新陰流、紫電を用いての一撃は如何に彼が妖魔に堕ちた身であっても、洗練された一撃だった。

 

 光速を超えた刃を、しかし大和は大太刀でその身諸共両断する。

 

 平治が縦半分に裂け、上空の雨雲も同じように割れた。

 周辺の雨水が全て吹き飛び、斬線は遥か彼方まで伸びていく。

 

 大和はマントを翻した。

 有象無象の死に際など興味ない。

 溶け落ちる妖魔を背に、大和は霞に歩み寄った。

 

 未だ呆然としている彼女を抱き締め、静かに告げる。

 

「……すまねぇな」

「…………ッッ」

 

 霞は大粒の涙を流し、首を横に振るう。

 

「何で貴方が謝るのですか……ッ」

 

 大和の首に手を回し、抱き寄せる。

 そして儚くも美しい笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます……私を、救ってくれて……ッ」

 

 二人の唇が重なる。

 切り開かれた曇天から微かに零れた光明が、二名を照らし出した。

 

 

 ◆◆

 

 

 二人の間に余計な言葉は不要だった。

 求めたのは霞からだった。「柳生十兵衛霞」としてではなく、ただの少女として大和を求めた。

 

 誰にも見せた事のない顔で愛の言葉を囁く。

 白磁の様な柔肌は薄桃色に染まり、浮かんだ汗を唇と共に吸われる。

 歳不相応に実った90センチの乳房を揉みしだかれ、幸せに満ちた喘ぎ声を上げた。

 

 女の顔をする霞を大和は何度も抱いた。

 霞はただただ嬌声を上げ続ける事しかできなかった。

 

 しかし、幸せな時間は長く続かない。

 霞はこれから正式に「十兵衛」の名を引き継ぎ、柳生家当主となる。

 対して大和は世界最強の殺し屋。

 

 決して相容れない間柄だった。

 霞の恋は許されないものだった。

 

 魔界都市、中央区の大通りで。

 七色のネオンが煌めき、数多の種族が行き交う。

 

 大和は霞の見送りをしていた。

 闇タクシーに乗っていけば無事柳生家の領土にたどり着けるだろう。

 

 闇タクシーを背に、しかし霞は泣きそうな顔で大和を見つめていた。

 

 彼女は思わずといった様子で呟く。

 

「私がもし柳生の剣士でなければ、貴方と──」

 

 そこまで言って、唇を噛み締める。

 思わず本音を吐露してしまった彼女に、大和は苦笑を向けた。

 

「どの道、お前じゃ無理だよ。弱いし。何より──優しすぎる」

「ッッ」

「だから行け、もうこの都市に来るんじゃねぇぞ。……会いたくなったら、俺が会いに行ってやる」

 

 霞は思わず大和に抱きついた。

 最後のキスをねだる。腰を下げた大和の首に両腕を回した。

 

 長い長いキスを終えた後──霞は涙を流しながら言う。

 

「貴方は私と会った時に言いましたよね? 俺はお前の兄貴と同類だって……」

「ああ」

「訂正してください。貴方は私にとって──唯一無二の英雄です」

 

 泣きながら頬を撫でくる少女に、大和は唖然とした。

 彼女は踵を返し闇タクシーの元まで赴くと、最後に振り返る。

 

「本当に、ありがとうございましたっ……またいずれッ」

 

 そのまま、闇タクシーに乗って消えていった。

 呆然としていた大和だが、不意に苦笑を零す。

 

「俺が英雄に見えたか、お前には──」

 

 真紅のマントを翻す。

 下駄の音を高らかに鳴らしながら煙草を取り出した。

 

「──まぁ、たまにはいいか」

 

 自身に対してそう言い聞かせながら、濃い紫煙をくゆらせる。

 

 そうして暗黒のメシアは眩い摩天楼の中へと消えていった。

 

 

《完》

 

 

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