一話「湘南の海」
灼熱の太陽がギラつき、白亜の砂浜に容赦なく輝きが降り注ぐ。
潮風も熱を孕み、波のさざめきが恋しくなる──8月の猛暑、日本湘南の海。
シーズンになれば血気盛んな若者達が集まり、喧嘩や祭で盛り上がる。
少女達も刺激的な夏を求めてやって来る。
静かな海水浴を楽しむには向かないこの場所で今日、大きな波乱が生まれようとしていた。
◆◆
『海だ────────!!!!!!』
少年少女達が駆け回る。
彼等を先導しているのは桃髪の美少女だった。
ツインテールを揺らし、その愛らしい瞳に湘南の蒼海を映している。
死体回収屋『ピクシー』のリーダー、幽香は子分達を連れて湘南へとやって来ていた。
灼熱の砂浜をその小さなビーチサンダルで踏みしめている。
普段から血気盛んな若者達も、彼女達の無邪気な横顔に心和ませていた。
ピアスをはめた顔を緩め、こんがりと焼けた体を怖がらせないよう縮めている。
しかし、次の瞬間には意識を奪われる事になる。
一名の妖艶すぎる美女によって──
「アンタ達、あまり遠くに行っちゃ駄目よ……ああもう、聞いてない」
声だけで男達が陶酔する。
その美声は雄を魅惑する事に特化していた。
現れた極上の美女に、その場の一同が静まり返る。
女達すら彼女に目を奪われていた。
最早「紐」と言っても過言ではない極細のマイクロビキニを着こなし、肩から白シャツ、頭には麦わら帽子を被っている。
紫外線対策か、オーパル型のサングラスをかけていた。
そのファッションと、何より魅惑的な肢体に男衆は釘付けとなる。
シミ一つない透き通った肌はまるで最高級のシルクのよう。
90センチを優に超える乳房は型崩れせず、しかし極上の柔らかさを約束している。
当然の如く引き締まった腰周り。
安産型の尻は思わず揉みしだきたくなる。
紫色を帯びた黒髪は腰までスラリと流れ、潮風を帯びて靡いていた。
顔立ちは端正を通り越して最早異端。
どれほど才に恵まれた芸術家でも再現できないだろう。
女性の美──その極致を体現している。
そんな彼女、アラクネは泣きぼくろをかきながら苦笑した。
「あら、少し刺激が強すぎたかしら。……駄目ね、表世界の程度がいまいちわからないわ」
そうして優雅に砂浜を歩いていく。
人で溢れ返っていたビーチに大きな道が出来あがった。
最早モーゼの海割りである。
アラクネは子供幽霊達を追う傍ら、先で凄まじい人集りができている事に気が付いた。
あの辺りは『同伴者』が待ち合わせに指定した場所だ。
アラクネはやれやれと肩を竦める。
彼は、自分以上に他者を魅了してしまう男だから──
アラクネは有象無象を触れずに退かせると、騒動の中心地へと辿り着く。
子供幽霊達はどうやって到着したのか──既に彼に抱きついていた。
「大和ぉぉ!! 早く遊ぼうぜ!! 海、海!!」
「兄貴ー!! 早く早くぅ!!」
「大和さん♪ 手伝います!」
「スイカ割りー!!」
「砂遊びー!!」
「海水よくー!!」
「だぁぁうるせぇ餓鬼共!! 今ビーチパラソル立ててんだよ!!」
眉間に青筋を立てながらも、子供幽霊達を引っ付かせたままにしている褐色肌の美丈夫。
小麦色の鍛え抜かれた体躯は優に二メートルを超えていた。
限界まで絞り込まれており、その屈強さは最早言葉にできない。
一朝一夕で出来上がるものではない。
艶やかな黒髪に灰色の三白眼、鋭いギザ歯。
端正な顔立ちはあらゆる異性を虜にしてしまう、男性の理想像の一つ。
彼は白シャツに海パンという簡素な出立ちをしていた。
特徴的なのはティアドロップ型のサングラスをかけている事くらい。
それでも凄絶な色香を放っている。
現に周囲に群がっている女達は顔を真っ赤にして身を捩らせていた。
アラクネは呆れながら彼の横につく。
「大変そうね、手伝う?」
「いい、お前はゆっくりしてろ」
「そう?」
小首を傾げるアラクネに、大和は優しい笑みを向ける。
アラクネは嬉しそうに微笑むと、未だ大和にかまってな子供幽霊達を一人一人丁寧に剥がしていった。
その様子を見ていた喧騒達は目を丸めて思う。
((((((……親子?))))))
実際には違うのだが、端から見ればそうにしか見えない。
うだるような今年の夏──大和は子供幽霊達の同伴者という事で、アラクネと共に湘南の海へとやって来ていた。
◆◆
事の発端は、やはり子供幽霊達。
どーしても海に行きたいと大和を
折れた大和はこうして湘南の海へとやって来たわけだ。
早速海に飛び込んでいる子供幽霊達を眺めながら、大和は鬱屈げに溜め息を吐く。
「あーあーチクショウ、なんで俺が餓鬼共の世話なんざ……」
ビーチパラソルの下、シートの上で胡座をかき、眉根を顰めている。
そんな彼の懐で寛いでいたアラクネは、何故か可笑しそうに笑っていた。
「でも付いていってあげてるじゃない。ほんと、ああいう子達には甘いわね」
「ほざけよ。……夏の海に女無しはツラすぎる」
「ふふ……なら存分に甘えなさい。私もアンタを独占するから」
その逞しい首筋にキスを被せ、身を寄せるアラクネ。
大和は彼女の頭を優しく撫で上げた。
そんな時である、周囲の異変に気付いたのは──
「……やけに静かだな、オイ」
「そうね。さっきとは大違い」
明らかに人が減っている。
様子を見ると、別の場所に行っている様だ。
大和はその驚異的な聴力を用いて理由を探る。
有象無象がいないに越した事はないのだが──嫌な予感がしたのだ。
「うわ……マジかよ」
「どうしたの?」
大和の顔が青褪めたので、アラクネは思わず首を傾げる。
大和は彼女を強く抱き寄せた。
「二人で隠形の術を使うぞ。今ならギリギリ……」
「いいや、間に合わんよ大和殿。俺達相手にそれは無理だ」
邪気と稚気を交えた声が聞こえてくる。
大和は頭を抱えた。アラクネは驚愕で目を丸めている。
凄まじい人集りを連れてやって来たのは、8名の美男美女だった。
その先頭に立っていた魔人はニヤリと嗤う。
「久々であるな、大和殿。貴殿もバカンスか?」
「雅貴……」
陰陽風水を極めた邪仙。
七魔将と同盟を組み、世界を混沌に陥れようとしている最強最悪のトリックスター。
雅貴──
彼は今時の水着姿だった。
背後にいる七魔将もまた同じである。
『神滅狼』フェンリル
『堕天使の長』ウリエル
『邪龍王』ヒュドラ
『平天大聖』牛魔王
『天空神』ゼウス
『剣神』正宗
『魔戦姫』バロール
ふと、ここにきて牛魔王が溜め息を吐いた。
今から起こる災難を予想できてしまったからだ。
「こんな場所で会えるとは奇遇だなぁ……大和」
純白のビキニを着こなした氷の美女、フェンリルが妖艶に嗤う。
「そうだね、こんな偶然もあるんだ……♪」
黒のビキニを着こなした堕天使ウリエルは嬉しそうに、しかし色っぽく笑う。
「……のぅ大和よ。儂の言いたい事はわかるな?」
人間に変化しているため白肌黒髪になっているバロールは、豊満すぎる乳房を揺らしながら大和に流し目を向けた。
世界最強の美女三名が大和にロックオンした。
それと同時にアラクネが彼の首に両腕を回す。
彼女は三名に絶対零度の眼差しを向けた。
「失せなさい。コイツは今日、私の男よ」
「「「……ハァ?」」」
瞬間、莫大な怒気が浜辺一帯を支配した。
釣られてやって来た喧騒達は悲鳴を上げて逃げ惑う。
まるで蜘蛛の子を散らす様に──
湘南の海は戦場になりつつあった。
当該者の大和は思わず呟く。
「今年で一番面倒くせぇ事件が勃発した……」