緑髪蛇眼の美青年、ヒュドラは思わず吹き出した。
「ひゃっひゃっひゃ! こりゃヤベェ! EXレベルの女達による大喧嘩だ! 俺は「湘南の海が地図から消える」にラムネ一本賭けるぜ♪」
呑気ながら物騒な事を言う邪龍王に、黒髪の偉丈夫――牛魔王が思わず唸った。
「阿呆め。放っておいたら湘南どころか関東一帯が焦土になるぞ」
白髪の美壮年、正宗は「ふん」と苛立ちげに鼻を鳴らす。
「儂は知らんぞ。火種はあの阿呆じゃ」
しかし、天空神ゼウスは優々と微笑んでいた。
「まぁ、見ているがいい。伊達に数多くの女と関係を持っているわけではないよ。暗黒のメシアは」
「「「……」」」
ゼウスの言葉を聞き、三名は修羅場へと視線を戻した。
アラクネの毅然とした態度に、機嫌を損ねた三名の魔神。
その間に入ったのは誰でもない、大和だった。
「喧嘩すんな。それぞれ時間をとってやる」
「「「「…………」」」」
「それでも喧嘩するってんなら好きにしな。俺はお前らを無視するぜ。面倒くせぇからな」
「「「「…………」」」」
迸る怒気は相変わらずだが――フェンリル、ウリエル、バロールは背を向けた。
「……命拾いしたな、毒蜘蛛」
「大和に感謝するんだね」
「大和。後で儂等の機嫌を治しに来い……一人でな」
そうして三名は去っていく。
大和は小さく溜め息を吐いた。
壮絶なる修羅場の一部始終を拝めた雅貴は、ニヤニヤと嗤う。
「あの面子を言葉だけで退けるか……流石だよ、大和殿」
「誉めてんのか?」
「勿論だとも。俺が貴殿の立場だったら今頃殺されている」
「ハッ、そうかい」
手を振り、大和は雅貴に背を向けた。
そしてアラクネを抱き寄せ、告げる。
「互いに面倒事は無しにしようぜ。バカンスに来てるんだ。……アイツ等には午後から行くって伝えておいてくれ」
「了解した」
大和はふと、アラクネを確認した。
彼女は仇敵達の背にあっかんべーをしていた。
大和は彼女の尻をぺちんと叩く。
「やんっ♪」
「ったく、これだから女同士は……」
愚痴を溢しつつ、大和は拠点であるビーチパラソルの下へと戻っていった。
◆◆
大和は一日のスケジュールを即興で組んだ。
午前中は子供幽霊達と遊ぶ。ともかく遊ぶ。
そして午後は三名の魔神達の機嫌を治しにいく。
拗ねに拗ねたアラクネは、夜に二人きりの時間を作るという事で納得させた。
「――ああ、面倒くせぇ。これが夏か。ファッキンサマー」
訳のわからない事をほざく大和に対し、氷の美女フェンリルは唇を尖らせる。
「何をしている大和、貴様の時間は今より我々のものだ。一分一秒の無駄も許さん」
ビーチより遠く離れた隠れスポットにて。
小さな砂浜にビーチパラソルを突き立て、三名は既に待機していた。
大和はやれやれと肩を竦める。
用意周到な事に認識阻害の結界を張ってあり、フェンリル達は元の姿へと戻っていた。
彼女達は水着を脱ぎ捨て、シートに寝転がっている。
フェンリルは髪と同じ青みがかかった銀色の狼耳をピコピコ動かした。
「そら、日焼け止めのオイルを塗れ。私は雪国生まれだ、直射日光に弱い」
背を見せ、張りのある尻をつき出すフェンリル。
大和は投げ渡されたオイルを手に取り、眉根をひそめた。
「お前日焼けするのかよ。……まぁいいが」
「大和ぉ、次は僕ね」
「その次は儂じゃぞ」
「へいへい」
急かされるままにフェンリルの横に座る大和。
フェンリルは上機嫌に尻尾を振った。
「光栄に思え。我が柔肌に触れられるのはこの世でただ一人、貴様だけだ」
「嬉しいねぇ、ったく……そら、塗るぞ」
「うむ、入念に頼むぞ」
大和はてきぱきとサンオイルを塗り始める。
まずは背中、そして腕。尻に触れれば尻尾がツンと立つが、嫌がる素振りは見せない。
むしろ手首に巻き付いてきた。
「邪魔だ」
「フフフ……」
何時も浮かべている冷笑は何処へ行ってしまったのか――その顔は実に女らしい。
彼女の全身を塗り終えた大和は、その背を叩いた。
「ほれ、塗り終わったぞ」
「何を言っている、後ろだけだろう。前はどうした?」
「はぁ?」
フェンリルは寝返りを打ち、前面を晒す。
乳房の先端も、秘部も、惜しげなく晒した彼女は少々頬を赤らめながら告げた。
「前も塗るんだ。拒否権はない」
「……はぁぁ、女王様め」
大和は肩を竦めながらも作業を始める。
首筋から鎖骨まで、指の腹を這わせる。
そうして張りのある乳房へと指先を向けた。
グラマーながら大きすぎない、ある種理想のバスト。
腰周りもスラりとしており、よく絞られている。
戦闘に適した体付きだった。
大和は触れれば指を弾くその乳房へと丁寧に、愛撫する様にオイルを塗っていく。
フェンリルの唇から甘い声が漏れた。
「んっ♡」
「エロい声出すな」
「無茶を言うな……そういう貴様こそ、先端をねぶるのはやめ……んぁっ♡」
桃色の先端を指先で弄られ、フェンリルは嬌声を上げた。
大和は嗤う。
「スケベ狼め」
「何を言う、貴様こそ――」
フェンリルは彼の下腹部を撫で、硬くなったモノを掴む。
「なんだこの雄々しいものは……興奮しているのはどちらだ?」
「そりゃ、スケベな女が目の前にいりゃあな」
「全く……」
フェンリルは起き上がり、大和に抱きつく。
そしてその逞しい胸板に舌を這わせた。
「こちらは必死で抑えているというのに、堂々と見せつけおって……貴様の肉体は目に毒だ。魅力的過ぎる」
狼耳を畳み、発情しきった顔で彼女は囁く。
「……嗚呼、世界最強の肉体。力のみで全てを捩じ伏せてきた証……駄目だ、疼いてしまうッ」
情欲で蕩けているフェンリルの唇を、大和は奪う。
熱く深いキスを交えた後、二人は――
「そこまで♪ 僕も混ざるよ。独り占めなんてズルいじゃないか」
「そうじゃぞ、フェンリル」
堕天使ウリエルは張りのあるその桃尻を、大和に掴ませる。
「ああんっ♡ ……ねぇ大和、皆で塗り合いっこしようよ。その方が楽しいし、気持ちいいよ?」
バロールは頷き、100センチ優に越える乳房に大和の手を埋もれさせる。
「んんっ♡……ウリエルの言う通りじゃ。儂のこの乳房にも入念に塗ってくれぃ……先端から裏側までな♡」
不覚にも両腕を取られてしまったフェンリルは頬を膨らますものの、次には嗤って大和を押し倒す。
そうして腹上に跨がった。
「まぁ良い……大和、もう限界だ。存分に愛してくれ……貴様ならできるだろう?」
艶然と微笑まれ、大和は口角を歪める。
「いいぜ、可愛がってやるよ。……立てなくなるまでな」
起き上がり、再びフェンリルと濃密なキスを交える。
その後、フェンリル達は愛され尽くされた。
彼女達の喘ぎ声は認識阻害の結界が無ければ危なかったほど大きく、艶やかだったという――
◆◆
同時刻、湘南のビーチで珍妙な事件が発生していた。
「…………」
剣神と謳われる世界最強の剣豪、正宗は内心困惑していた。
理由は、目の前で堂々と佇んでいる子供幽霊である。
幽香だ。
彼女は怖がる子供幽霊達を背に、何故か正宗に満面の笑みを向けていた。
正宗は思わず双眸を細める。
(…………どうすればええんじゃ、この状況)
現在、ビーチパラソルの下で孤立無援状態。
ゼウス、牛魔王、ヒュドラは海の家に食料調達に行っている。
相手は敵ではない。しかし厄介だ。
幽霊とはいえ子供――鋭い言葉を放つわけにもいかない。
困惑している正宗に対して、幽香は唐突に挨拶した。
「おっす! おじいちゃん!」
「…………」
「名前、教えてくれよ!!」
「…………」
気不味い空気が流れる。
しかし幽香は全く気にしていない様子だ。
「おやびぃん、やばいよぉ……逃げようよぉ」
「あぶないよぅ姉御ぉ……」
「あわわわわ……っ」
子分達の制止の声を、幽香は無視して続ける。
「名前、教えてくれよおじいちゃん!!」
「…………正宗じゃ」
「!!!!」
返答があったので、幽香は瞳をキラキラと輝かせた。
「正宗おじいちゃんだな!!『じぃじ』って呼んでいいか!?」
「勝手にせぃ」
無愛想にそっぽを向く正宗に、幽香は早速爆弾発言をかます。
「じぃじって大和の友達なのか?」
「…………」
静かに、殺気が滲んだ。
子供幽霊達が目に見えて怯え始める。
正宗は己が失態に舌打ちしつつ、しっかりと否定した。
「違う。むしろ悪い。最悪じゃ」
「そっかー、ふぅん…………」
幽香は怖じ気付くことなく、何か考えている様だった。
正宗が首を傾げていると、彼女はニパっと笑う。
「ならじぃじ! 俺達と友達になろうぜ!!」
「何故そうなる」
「だってさ!」
幽香は無邪気に告げる。
「大和が嫌いでも、俺達が嫌いってわけじゃないだろう?」
「…………」
正宗は呆然とした。予想外の返答だったからだ。
楽観的で、邪を知らず……裏表が無い。
幽香はその小さな手を伸ばした。
「友達になろ! 一緒に遊ぼうぜ!!」
「……全く」
正宗は苦笑をこぼす。
「参ったわぃ……子供の無垢さには敵わんのぅ」
初めてその険しい面が崩れた。
同時に溢れ出た優しいオーラに、子供幽霊達は一気に警戒心を解く。
そうして正宗に群がった。
「じぃじ! 砂遊びしよ!」
「おっきなお城立てよ!」
「よろしくお願いしますぅ!」
「じぃじ細い! でもガッシリしてる!」
「結構背が高い!」
「これこれ、全く……」
呆れながらも、その顔には年相応の優しさが滲んでいた。
◆◆
ゼウス、牛魔王、ヒュドラは海の家から帰ってきて早々、驚愕で目を丸めた。
あの正宗が、剣一筋の頑固爺が、子供幽霊達と砂遊びをしているのだ。
その温かな横顔を見て、ラムネを飲んでいたヒュドラが盛大に咳き込む。
「ゲッホ!!!? ゴッフゴホッ!! ガフッゲホゲホッッ!!!!」
牛魔王も、ゼウスも、硬直していた。
彼等はゆっくりと視線を合わせる。
「……意外な素顔だな」
「全くだよ。あんな顔ができるのだな、剣神殿は……」
牛魔王とゼウスは、暫く遠くを散歩する事にした。
未だ噎せているヒュドラを連れて――
◆◆
その後、宿泊先の旅館で。
幽香達から話を聞いた大和は目が飛び出るほど驚いていた。
「大和!! じぃじと友達になった!!」
「「「「「いえーい!!」」」」」
「お前らコミュ力高いなマジで!! 正宗!? あの頑固爺と!? マジで!!?」
あまりの驚きように、子供幽霊達は大爆笑した。
――子供の無邪気さは、世界最強の武器である。