Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第二十八章「相棒伝」
一話「魔神の演目」


 

 

 

 この世界には天使が実在する。

 故に相反する存在──悪魔が実在するのは必然。

 

 合衆国の首都、ニューヨーク・シティにて。

 世界を代表する大都市たる此処にも、貧富の差は確かに存在した。

 

 しかし今はない。今、は──

 今宵、ニューヨークは悪魔達の演目場と化していた。

 演目内容は『死美人への愛』と 『人間共の絶望』。

 

 

 さぁ、狂った宴を始めよう。

 

 

 ◆◆

 

 

 腐乱臭漂う路地裏にて。

 下水溝から鼻も曲がる様な臭いが漂ってくる。

 

 道端に蹲っていたホームレスの老人は、小汚い垢塗れ顔で天を仰いだ。

 

「おぉ、神よ…………どうか、どうか我等を救いたまえ……」

 

 酒に焼けたしわがれ声が神への救いを囁く。

 その前を通り過ぎる謎の影。蝙蝠を彷彿とさせる黒き魔人。

 

 そう、その容貌はまさしく──

 

 

 ◆◆

 

 

 マンハッタンの大通りにて。

 大型バスが横転し、他の車両と追突を繰り返していた。

 

「誰か、誰か助け……!!」

 

 車から飛び出てきた男の頭が、卵の殻の様に粉砕される。

 

「キャアアアア!!」

 

 思わず悲鳴を上げた女性の首が引き千切られた。

 悲鳴は首だけになっても続いていた。

 

 濃厚な血煙が辺りを覆いはじめる。

 恐慌状態に陥った市民達を警察らが必死に護ろうとするが──相手はギャングでもなければ人間でもない無い、最強最悪の妖魔だった。

 

 パトカーから出てきた警官達、彼等は亜光速で飛翔する人影に一瞬でバラバラにされる。

 血肉の雨が降り注いだ。

 

「彼等」は地獄と化したニューヨーク・シティを我が物顔で徘徊している。

 

 全体のシルエットは人型。しかし猛禽類の様に発達した鉤爪と黒光りする皮膚を持っている。

 深紅の眼球、鋭利な牙、尖った耳に山羊を連想させる二本の角。

 そして、背中から生えた巨大な蝙蝠の翼。

 

 そう……悪魔である。

 

 古来より人類を脅かしてきた妖魔の原点にして頂点。

 神代の時代には天使と終末論「ハルマゲトン」を引き起こした。

 

 彼等は普段、異なる次元の世界「冥界」で暮らしている。

 何故今更になって地上に出てきたのか──理由は定かではないが、今言える事はニューヨークが、いいやアメリカ合衆国が滅亡の危機に瀕しているという事だ。

 

 魔界と現世を繋ぐ巨大な異界門が天蓋の如くニューヨークの空を塞いでいる。

 そこから雨の様に降ってくる悪魔達──

 

 ニューヨークは地獄の様相を呈していた。

 

 悲鳴も聞こえなくなってきた頃、この場に不釣り合いな陽気な声が響き渡る。

 

「HEYHEYHEY!! アンタ等ちょいとばかしハシャギ過ぎなんじゃねぇの?」

 

 若い女を引き裂いた悪魔が振り返った。

 そこには黒いレザーコートと赤茶色の髪が似合う青年が立っていた。

 

 長身痩躯の鍛え抜かれた肉体。刺激的な美貌。

 右手には黒金色の鉄棒を握っている。

 

「ハッ、悪魔ってのは何時まで経ってもアナクロなスタイルしてんだな。まんまの格好じゃん」

 

 ヘラヘラと笑う青年を、悪魔は殺意を込めて睨みつける。

 

「ナンダ、キサマは? コロスぞ」

 

 世にもおぞましい不気味な声だった。

 しかし青年は鼻で笑う。

 

「ハッ! そのフレーズもまたベタだねぇ♪ よせやぃ、古臭い言い回しは」

 

 巨大な鉤爪が青年の頭頂を薙いだ。

 ガス爆発でも起きたかの様な轟音と共に土煙が立ち上がる。

 

 悪魔が薙いだ場所は瓦礫の山と化していた。

 青年は塵も残さず消し飛んだのだろう。

 

「バカめ」

 

 口ほどにも無い。

 人間など所詮下等生物。自分達の足元にも及ばない。

 そう悪魔は鼻で笑った。

 

「おっ見事〜♪」

 

 背後からかけられた声に、悪魔は驚愕とともに振り返った。

 其処には先程の青年がいた。

 白い歯を見せて爽やかな笑みを浮かべている。

 

 彼は塵のついたロングコートを叩きながら言った。

 

「俺の相棒を拐ったアンタらのボスに話があるんだ。……居場所、教えてくんない?」

 

 悪魔の頬に冷や汗が流れた。

 青年から尋常ではないプレッシャーを感じたのだ。

 ただの人間ではない。

 

 緊迫感に包まれる中、青年の懐で着信音が鳴った。

 彼は迷うことなくスマホを取り出し耳に当てる。

 

『エージェントえりあの位置は判明したわ。上層部から特例よ。今回に限り、悪魔の殲滅を許可するわ』

「りょーかいっす〜」

 

 そのままスマホを懐にしまう。

 悪魔は思わず歯軋りした。

 怒りの余り咆哮する。

 

 青年は臆する風もなく笑った。

 

「ようやく解禁だ。ハハッ♪ これで遠慮なくアンタらを切り刻める」

 

 ロングコートを翻し、黒金の長棒を構える。

 

「たまにはこう言うのもいいだろ。……堕とすぜ、羽根落とし」

 

 鯉口が切れ、流麗な乱れ刃が現れる。

 銀光一閃。悪魔は縦半分に両断された。

 なおも衰えない斬撃波はマンハッタンの大通りを深く裂いていく。

 

 天使狩りを専門とするプロテスタントの最高戦力『天使殺戮士』。

 8名の魔人で構成されているこの集団で切り込み隊長を務めているのが彼──斬魔(ざんま)である。

 

「さぁて……あの能面女を助けにいきますか」

 

 彼はやれやれと肩を竦めると、荒廃したニューヨーク・シティを進み始めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 一方その頃、第三勢力が動き始めようとしていた。

 

 ニューヨークから遠く離れたイタリア、ローマのバチカン市国にて。

 

 教皇庁直属の孤児院に、その者達はいた。

 柔らかい日差しの下、真緑の草原を笑顔で走り回る子供達を嬉しそうに眺めているシスターの姉妹。

 純白の法衣に身を包んだ絶世の美女姉妹だ。

 

 糸目で長身の姉はおっとりと微笑んでおり、童顔で小柄な妹は心底幸せそうに子供達を眺めている。

 

 街中を歩けば見惚れてしまう男が数多出るであろう。妖艶さはなく、清廉潔白。神の御使いに相応しい有り方である。

 

 彼女達はマリー&アリス。

 姉はマリー、妹はアリス。

 カトリック教会の最高戦力、七騎士。別名「聖騎士(パラディン)」の一員である。

 プロテスタントの天使殺戮士に比肩しうる、表世界の最高戦力だ。

 

 祝福儀礼済みの重厚なシスター服を揺らして、姉妹は楽しげに会話を交えていた。

 

「こういう些細な日常が一番の宝物だよね。お姉ちゃん」

「そうね。でも油断しては駄目よ。彼等を謙虚なクリスチャンに育て上げるのが私達の使命なのだから」

「わかってるよ。プロテスタントの異教徒共を反面教師にして貰わないと。あんな豚達と同じようになったらたまったものじゃないわ」

「その通り。彼等には良き教育環境が必要よ。そのためには……」

 

 マリーが言い終える前に、カトリックの教団員が慌てて駆け寄ってくる。

 

 何かが起きた──姉妹達はいち早く察し、そちらへと向かった。

 

 

 ◆◆

 

 

「アメリカ合衆国が滅亡の危機ねぇ……噂の異端審問会は何をしているのかしら?」

「駄目よアリス、異教徒以下のゴミ共に期待するのは。天使様方の因子を利用して成り上がった輩を決して許してはいけないわ」

「わかってるよ、お姉ちゃん。見つけたら滅却してもいいんだよね?」

「勿論よ。我々カトリックこそ、大いなる父の寵愛を賜る権利がある。他は有象無象の雑多共……諸皆全て、塵に還さないといけないわ」

 

 倒壊した教会を進んでいくマリー。その後ろにアリスも続く。

 教会を介して転移してきた彼女達はニューヨーク──事件現場へと早速赴いていた。

 

 マリーは外に続く扉を開ける。

 眼前に広がるニューヨークだった地獄を一瞥し、カツカツと厚いブーツの底を鳴らした。

 

 姉妹揃って金髪を揺らし、純白のウェールをはためかせる。

 その存在に気付いた悪魔共が襲いかかった。

 

 姉妹達は歪な笑みを浮かべる。

 

「哀れな化物共に、魂の救済を──」

「Amen」

 

 それぞれの得物を取り出し、彼女達は悪魔共の殲滅を始めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 一方、ニューヨーク・シティの外部にて。

 本来であれば他の州も巻き込んだ大惨事になっている筈だが──被害は最小限に収まっていた。

 理由は、「彼女達」が出張ってきたからである。

 

 欧州最大の魔術結社「黄金祭壇」。その頂点に君臨する魔導師達。

 彼女達はニューヨークシティを超高密度多重障壁で包み込むと、表世界全体に強力な暗示魔術を施した。

 

 高層ビルの屋上にて。

 世界規模の大惨事が起こっているとは到底思えない、爽やかな青空が広がっている。

 

 妖艶すぎる美女はドーム状の結界に覆われたニューヨークシティを眺め、やれやれと肩を竦めていた。

 

 亜麻色の長髪、女神もたじろぐ絶域の美貌。紫苑色のドレスに包まれた熟れた肢体は男共の本能を刺激してやまない。

 

 サラサラと前髪が靡けば、泣きぼくろと翡翠色の双眸が現れた。

 

 ルチアーノ。

「黄金祭壇」の№4。イタリア支部の支部長であり闇魔法と禁呪のスペシャリスト。数少ない魔導師──その一角である。

 

 彼女は隣にいる紅蓮の女傑に愚痴をもらした。

 

「面倒なものね……でも、何で今更悪魔が出てきたのかしら。しかもこんな大規模な軍団を編成して……貴女はどう思う? ヴァーミリオン」

 

 獅子の如き女傑は、暇そうに大欠伸をかいていた。

 真紅の双眸に鮮血色のローブ。高身長で豊満な肢体を誇っている。

 

 ヴァーミリオン。

 黄金祭壇の№3。フランス支部の支部長であり、身体強化魔導と炎熱魔導のプロフェッショナル。近接戦闘での強さは黄金祭壇随一で、魔導師でありながら四大魔拳に名を連ねている。

 文字通りの女傑だ。

 

 彼女はまどろみながら告げる。

 

「まぁ……そうだな。どうせ下らん理由だろう。我々からすればな。悪魔の価値観など、我々には一生わからんものだ」

「そうね。……はぁ面倒くさい。私、今日オフだったのよ。折角南の島でバカンスを楽しんでいたのに……」

 

 ルチアーノの愚痴に、ヴァーミリオンは苦笑を向けた。

 

「ならお前自ら行けばいいだろう。爵位持ちの最上級悪魔の気配が幾つかあるが、余裕だろうに」

「それは、ね。でもエリザベス様の命令よ。干渉するな──と」

「ならば是非もなし。あの御方の命令は絶対だ。だがしかし、仕事は済んだのだ。有事の際までバカンスの続きでもしていたらどうだ?」

「……」

 

 ルチアーノは半眼でヴァーミリオンを睨む。

 

「貴女が寝るのが怖いのよ」

「む? 私は寝ないぞ。…………たぶん」

「はぁぁ……」

 

 今にも寝そうな雰囲気のヴァーミリオンに対し、ルチアーノは盛大なため息を吐いた。

 

 そんな時である。外部から魔術通信が入ったのは──

 

「あら……」

「誰だ」

「今一番忙しいであろう人」

 

 ルチアーノは魔術通信をオンにし、応答する。

 

「はぁい大統領さん」

『黄金祭壇のルチアーノ殿かな?』

「ええそうよ、カール大統領」

 

 合衆国代表、カール・マーフィーはその艶やかな声で感謝を述べた。

 

『今回は本当にありがとう。感謝している。この一件が終わった後、私にできる最大限の御礼をさせてくれ』

「あらそう? ならエリザベス様にかけあってくれない? ルチアーノの休暇をとってくれって」

『それはまた……難しい話だ』

「貴方でも、やっぱり難しい?」

『よしてくれ、私は所詮一国のトップ……世界最強の魔導師殿に願い事など、畏れ多い』

「ふぅん……謙虚な姿勢な割には、裏で色々暗躍しているみたいだけど?」

『…………』

 

 ルチアーノは苦笑をこぼした。

 

「ま、今は無しにしましょう」

『助かる。こちらも中々忙しくてね……その話題で盛り上がるには、少々時間が足りない』

「……異端審問会は、あまり動いていないようだけど?」

『貴女にはそう見えるか』

「多少の犠牲を払ってでも、ニューヨークシティにエージェントを派遣するべきね。これでは信用も地に落ちるわ」

『だから貴女方には感謝している。おかげで面子を保てた』

 

 隣でヴァーミリオンが盛大に舌打ちした。

 ルチアーノも眉根をひそめている。

 彼は、黄金祭壇が動くことを予期していたのだ。

 

「食えない人……」

『さぁ、何の事かさっぱり』

「いいわ、貴方にも異端審問会を動かせない理由があるんでしょう。今介入している両宗教の最高戦力やら、異端審問会のトップが傲慢を司る大魔王だったりやら」

『…………』

 

 ルチアーノは色々と察していた。

 今回の案件、異端審問会は動けない「明確な理由」がある。

 だから黄金祭壇を利用した。

 ルチアーノは少々の憤りを覚えるも、大人の余裕で飲み込んでみせる。

 

 彼女は一旦話題を変えた。

 

「それでも大丈夫なのかしら? 被害は深刻よ。最小限に抑えたとは言え、国力に影響が出るレベルだわ」

『まあ、この程度なら問題ない。いくらでも取り返せる』

「……国のトップとは思えない発言ね」

『トップだがらこそだよ。私は「民」ではなく「国」を見ている』

 

 どこまでも冷たい発言だった。

 彼は、ニューヨークシティの犠牲者を「仕方なし」と割りきったのだ。

 

 ルチアーノはやれやれと肩を竦める。

 隣のヴァーミリオンも両手を広げていた。

 

 しかしカールは続ける。

 

『と言っても、やはり失いたくないものだ。できれば最小限に抑えたい。この事件は早々に解決したい』

「……私達は動かないわよ」

『ああ、わかっている。だがらジョーカーを切らせてもらった』

「……!!」

 

 ルチアーノは弾かれた様に振り返る。

 次元の狭間を突き破って、凄まじいオーラを放つナニかが飛んできたからだ。

 

 それは、漆黒の流星──

 

 カールは強く告げる。

 

『最終手段だ。有事の際、彼に任せれば万事解決する。そう、世界滅亡の危機すらも──。もっとも、国家予算に匹敵する額を取られるのが玉に傷だがね』

 

 ルチアーノは慌てて結界の一部に穴を開ける。

 そうでもしなければ、結界全体が粉砕されてしまうからだ。

 

 世界最強の戦車、魔導式鏖殺戦車スカアハに跨がった暗黒のメシアは、ルチアーノとヴァーミリオンの隣を爆風と共に通りすぎた。

 

「外で待っとけ! すぐに終わらす!」

 

 爆風を耐えながら、ヴァーミリオンは心底嬉しそうに笑う。

 

「ああ、楽しみにしているぞ──さっさと終わらせてこい、大和!!」

 

 ルチアーノも蕩けた笑みを浮かべていた。

 そう、彼が来れば何も問題ない。全て解決する。

 

 結界の穴からニューヨークシティに到着した大和は、高笑いを上げながら悪魔共に挨拶した。

 

「ハハハハハ!! 久しぶりじゃねぇか蝙蝠共!! 大和サンが遊びにきてやったぜ!!」

 

 魔神后馬「スカアハ」と魔導式戦車で悪魔らを引き潰しながら、大和は地獄となったニューヨークシティを駆け巡った。

 

 殺戮パーティーの始まりである。

 

 

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