villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「戦乱」

 

 

 古代ケルト式の豪勢な戦車が悪魔諸ともニューヨークシティを崩壊させていく。

 

 禍々しい鎌刃が取り付けられた車輪、漆黒色の魔導合成金属で構成された乗車台。そして荒々しくも麗しい剛馬三頭。

 

 世界最強の戦車──魔導式鏖殺戦車スカアハ。

 

 死滅の戦女神バロールと魔導神オーディンが戯れで開発した超兵器。数ある神秘の武具の中でも最上位を誇る神造武装。

 世界広しと言えど大和しか乗車出来ない専用宝具である。

 

 バロールが知る魔獣──馬種の中でも、最も凶暴で怪物的な力を誇る魔神后馬「スカアハ」と彼女に追従する同格の魔馬「フェルディア」と「フェルグス」。ソレにオーディンが製造した魔導式戦車台を組み合わせた、まさしく世界最強の戦車。

 

 普段は魔導式カスタムハーレーに変化している彼女がその真の力を解放すれば、後は蹂躙劇あるのみ。

 

 彼女が通り抜けた先には死体と瓦礫の山が積みあがる。

 

 漆黒の魔力を残し、スカアハは天を駆け昇った。超光速すら追い付けない無限速で目指しているのは、この世と冥界を繋ぐ天蓋の如き異界門──

 

 大和は哄笑を上げながらスカアハに命じる。

 

「ぶち抜け!! スカアハ!!」

『かしこまりました』

 

 その突撃は原初の暴力。

 圧倒的膂力と速度から生まれる純粋エネルギーは、立ちはだかる総てを破壊する。

 

 八次元まで遮断してみせる最上級悪魔お手製の防護結界がまるで意味を為さない。異界門ごと、紙クズの様に吹き飛ばされる。

 

 天蓋と見紛うばかりのサイズの門が崩壊した事により、ニューヨークシティに隕石レベルの質量弾が降り注いだ。

 しかし、大和はまるで気にしていない。

 

 彼が受けた依頼は「ニューヨークシティに群がる悪魔の殲滅」。ニューヨークシティを護ることでも、民達を助けることでもない。

 

 崩壊していくニューヨークシティを彼は嗤いながら見下ろしていた。

 

「後でどうにでもなるだろ」

 

 ふと、下方から危険な気配を感じとる。

 先程まで居た場所に灼熱の光線が通過した。魔導師の結界を破壊できないまでも、強烈な威力だ。

 

 大和は眼下に広がるハドソン川を注視する。

 濁った水中で、無数の赤い目が蠢いた。同時に巨大なナニカが唸り、ビル群を呑み込むほどの高波を引き起こす。

 

 大和は鼻で笑った。

 

「リヴァイアサンの眷属共か……中々面倒くせぇの連れて来るじゃねぇか。ええ、蝙蝠共よォ!!」

 

 同時に顔を出した巨大海蛇達。

 頭だけで10メートルは越えている。尻尾までの全長は120メートルはあるだろう。

 最早大怪獣である。

 

 大和はハドソン川の上流をスカアハと共に駆け上がった。

 

「まずはウォーミングアップだ! 楽しませて貰おうかァ!!」

 

 

 ◆◆

 

 

 一方その頃、都心マンハッタンでは──

 

「かーっクソ!! やってくれるじゃねぇか!! あんのスーパーゴリラめ!! このままじゃニューヨークシティが崩壊しちまうだろうが!!」

 

 悪態を吐きながら赤茶色の髪を振り乱す美声年、斬魔。

 彼は建造物の屋上を軽やかに跳び移りながら、空から降り注ぐ異界門だった瓦礫を避けていた。

 

 赤熱化した瓦礫の流星群に成す術なく潰されていく悪魔、人間、車両、建築物たち。

 まるで火山の大噴火に見舞われたかのような大惨事が斬魔の眼下で巻き起こっていた。

 

 斬魔は高く跳躍しながら、それでもニヒルに笑ってみせる。

 

「まぁ、それでも助かったぜ! この混乱に乗じて最短距離をいける! 何より掃除しなくてよくなった! サンキューな大和!!」

 

 ……民間人の犠牲について言及しないあたり、彼もまた大概である。

 しかし、天使殺戮士とは元来「こういう」者達だ。

 彼等は天使を刈る処刑人、人を護る英雄ではない。

 

 斬魔は慌てふためいている悪魔の一匹に黒金の長棒を叩き付けた。

 頭蓋を粉砕されて絶命した仲間に気づいた悪魔達だが、それよりも早く肩を足場にされて駆け抜けられる。

 

 地上に着地した彼にその鋭利すぎる鉤爪を煌めかせる悪魔達だが、既に斬魔は得物を抜いていた。

 乱れ刃に付着した血糊を払い、振り返らずに納刀する。

 

 鍔鳴りの音が響けば、悪魔共は細切れになって地面に落下した。

 

「……まだいるな」

 

 顔を上げたその先に、同胞を殺され憤怒に打ち震える悪魔達がいた。

 蝙蝠の翼を畳んで急降下してくる。

 

 斬魔は鼻で笑った。

 

「掻っ捌いてやるよ。蝙蝠の盛り合わせだ! 血抜きもしっかりしてやる!」

 

 その手の内で、魔斬り包丁が妖しく煌めいた。

 

 

 ◆◆

 

 

 一方その頃、マンハッタンの奥地に突如として現れた舞台会場にて。

 

「…………」

 

 囚われの天使殺戮士、えりあはその美麗な眉を顰めていた。

 

 まず、服装が何時もと違う。

 濃紺のロングコートではなく、フリル付きのドレスに変わっていた。

 濃紺色のソレは、彼女のイメージ──青い薔薇を更に彷彿とさせる。

 

 彼女は魔界の人食い薔薇咲き乱れる舞台会場を一瞥すると、眼前に佇む男を冷たい眼で射抜いた。

 

 男──想像を絶する美男は艶然と微笑み返す。

 

「おおっと、そんな情熱的な眼差しを向けないでおくれよ。えりあ殿」

 

 彼女の絶対零度の眼差しを「情熱的」と捉えたこの偏屈者こそ、此度の事件の主犯──魔神ブエルである。

 

 爵位持ちの最上級悪魔、ソロモン七二柱の一角にして序列10位を誇る魔界の大総裁。

 本来であれば現世に干渉する筈もない、強力無比な存在である。

 

 儚さと強靭さ、何より優雅さを兼ね備えた容姿。

 スカイブルーの長髪は腰まで流し、前髪の一房に緑のメッシュを入れている。

 長身痩躯でありながら強靭な肉体。足の長さが特に際立っており、簡素な貴族服がよく映える。

 

 異性同性、関係無く魅了してしまう顔立ちは美しいを通り越して最早魔性。

 上級以上の悪魔は他種族を誑かすために美しい容姿に変化するのだが、彼の場合は別格だった。

 

 大和に勝るとも劣らない美魔神はえりあと絶妙な距離を保っている。

 それは彼女を警戒しているからではなく、その身を慮る故であった。

 

「ああ、美しき死美人──触れたい。その冷たい色をした頬を撫でたい。……しかし、そんな安直な欲望を抱いてしまう己が何よりも恨めしいッ。何が魔界の大総裁だ。愛しき女性を前にすれば、欲望に駆られてしまうのか……」

 

 目の前の死美人に心底惚れ込み、その在り方に敬意を表しているからこそ、ブエルは容易に彼女に触れなかった。

 配下の悪魔達も近付けさせない。

 

 唯一、彼女に触れる事を許可されたのは──

 

「彼女の衣装──気に入っていただけましたかな? 大総裁殿」

 

 ゆるりと現れたのは、妙齢の美女だった。

 ハーフアップにした真紅の長髪、高価そうな丸眼鏡。豪勢ながら軽い貴族服を盛り上げている熟れた豊満な肢体に壮絶な色気。

 歩けば大きな桃尻が左右に揺れ、同時に腰に添えられた孔雀の羽根飾りがふわりと舞う。

 

 彼女の問いに対し、ブエルは惜しみない称賛でこたえた。

 

「素晴らしいよ……本当に素晴らしい。彼女の魅力が十二分に引き出されている。流石だよ、アドラメレク殿」

「お褒めに預り、恐悦至極」

 

 優雅に礼をした女魔神──アドラメレク。

 魔界の上院議員にして悪魔王サタンの洋服係。

 ブエルと同じく爵位持ちの最上級悪魔である。

 

 彼女はえりあを一瞥すると、皮肉を交えて微笑んだ。

 

「しかしまた……女性の趣味がいいとは言えませんな、ブエル殿」

「何を言う、彼女より美しい女性を私は見た事がない。あの憎き天使共を屠る姿を見て、私は生まれて初めて恋をしたのだ」

「ニューヨークシティを地獄に落とすほど、彼女に惚れ込んでいると?」

 

 その言葉に、ブエルはきょとんと目を丸めた。

 

「何を言うアドラメレク殿。愛しき女性のために人間の都市一つ滅ぼす程度、何の問題もあるまい?」

「……クククク、ハハハ」

 

 アドラメレクは嗤った。

 ブエルは根っからの悪魔なのだ。

 愛する女性のために大多数の人間を犠牲にできる根っからの魔神なのだ。

 しかしその魔神の愛した女が、よもや「既に死んでいる人間もどき」──端から見れば人間以下の存在であろうとは。

 

 これほど面白いことはない。実に愉悦だ──とアドラメレクは嗤っていた。

 

 何を隠そう、彼女は魔界でも1位2位を争う性悪女である。

 痛烈な皮肉屋にして虚偽まみれの偽善者。

 かの悪魔王も手を焼いているほどだ。

 

 そんな彼女の心中などいざ知らず、ブエルは上機嫌に問う。

 

「ところで、アドラメレク殿」

「んん……何でしょう」

「この舞台に演者が揃いつつある。……しかし、招かれざる客もいるようだ」

「ああ……あれは『天災』ですよ。意思を持った、ね」

 

 ブエルはその柳眉をひそめた。

 

「如何に対処しようか……このままでは舞台どころではなくなる」

「どうしようもありません。あの男──大和は神魔霊獣、ありとあらゆる種族に共通した『天災』。過ぎ去るのを待つしかありませんな」

「ううむ、困ったな……」

 

 腕を組むブエルに、アドラメレクは艶然と微笑んでみせた。

 

「しかし安心してください。手は打ってあります」

「おお!」

「天災と言っても、所詮は意思を持つ生き物──対処方は幾らでもあります。今回は少々搦め手を用いさせてもらいましたが……」

「素晴らしいよアドラメレク殿!! 貴殿には何と御礼を言ったらよいか!!」

「フフフ……いえ、十分に報酬は貰っていますよ。……ククク」

「??」

 

 きょとんとするブエル。

 その間抜け面を拝めるだけで、アドラメレクは満足していた。

 

 悪魔は利益や倫理観では動かない。己の欲求にのみ従う。

 故に古来より恐れられてきた。その強大な力と共に──

 

 ブエルは首を傾げつつも適当に納得し、声高らかに告げる。

 

「さぁ! 舞台の準備は整った! 演目の内容も決まっている! 愛しきえりあ殿の心を掴むために……相棒である斬魔殿! 貴殿を試させて貰おう!! ああそうさ……私は負けん!! 貴殿よりもえりあ殿に相応しい男であることを証明してみせる!! フハハハハ!!」

「…………は?」

 

 すっかり脇役になっていたえりあは、珍しく頓狂な声を上げた。

 

「 ねぇちょっとキミ、わたし達の関係を勘違いしてない? わたしと彼は……」

「負けぬ!! 絶対に負けんぞッッ!!」

「…………」

 

 聞いていない。

 隣を見ると、アドラメレクが腹を抱えて蹲っていた。

 全て知っているのだろう。タチが悪い。

 

「…………はぁぁ」

 

 えりあは本当に、深々と溜め息を吐いた。

 

 

 ◆◆

 

 

「ぶえええっくしゅん!!」

 

 

 盛大なくしゃみをかました斬魔は、抜刀の構えの最中だった。

 彼は腰を低く落としながら愚痴る。

 

「誰だぁ? 俺の噂話してるのはァ……タイミング考えろやボケェ!!」

 

 同時に周囲の時間が停滞する。

 斬魔を取り囲んでいた悪魔達の動きがスローモーションに見えた。

 鋭利すぎる鉤爪が、魔力で形成された剣斧が、ゆっくりと彼に迫る。

 

 斬魔はブレた。時間軸が歪む音と共に悪魔共が断たれる。

 血と臓物の雨が降り注いだ。しかし斬魔の佇んでいる場所には降り注がない。

 悪魔達には、彼がブレたようにしか見えなかった。

 

 その正体は光速移動。

 斬魔は以前のロンドン事変以降、飛躍的な進化を遂げていた。

 一定の構えからという制限があるものの、光速移動ができる様になっていた。

 

 面を食らった悪魔達に、斬魔は容赦ない追撃を仕掛ける。

 まず持っていた黒鞘をぶん投げ、一名の顔面を貫く。すかさず軽やかなジャンプで距離を詰めれば鯉口を蹴り飛ばし、背後にいた悪魔も貫く。

 

 その間に迫っていた悪魔達を、文字通り蹂躙した。

 

 兜割りから逆袈裟、刺突からの斬り上げ。長すぎる脚から繰り出される蹴撃は悪魔の首をへし折り、頭蓋を粉砕する。

 

 全て終わるまでにおおよそ0.01秒。

 死骸に刺さっている遠い鞘に刀を投げて納めると共に、時間が一気に加速した。

 悪魔共の死骸が音を立てて地面に落ちる。

 

 格の違い──下位の悪魔程度では彼を、プロテスタントの最強戦力を相手取る事はできない。役者不足に過ぎる。

 

 斬魔は黒鉄の鉄鞘を手に取ると、血糊を払い肩に担いだ。

 そして遠方にある不気味な舞台会場を睨む。

 

「やれやれ……世話の焼ける奴だぜ」

 

 風に運ばれやって来た真紅の花弁を無動作で切り裂く。

 その花弁は人間に張り付くと生命力を吸い尽くす人食い薔薇のようなものだった。

 

 まるで吹雪の様に舞台会場を覆うソレらは一種の結界なのだろう。

 斬魔は鼻で笑う。

 

「悪趣味な結界……展開した奴は絶対にナルシストだね」

 

 コツコツとブーツを鳴らす。

 瓦礫と死体の山を通り抜けていくその背に、ふと声がかった。

 

 可愛らしい少女の声だった。

 

「あら♪ 異教徒の豚さん発っけ~ん♪ どうするお姉ちゃん」

「どうするも何も……殺すしかないでしょう。化け物と異教徒共は鏖殺です」

 

 祝福儀礼済みの重厚なシスター服を揺らして、美人姉妹は歪な笑みを浮かべた。

 

 マリー&アリス。

 カトリック教会の最高戦力、七騎士。別名「聖騎士(パラディン)」。

 プロテスタントの天使殺戮士に比肩しうる、表世界の最高戦力である。

 

 姉のマリーは両手にメイスを携え、妹のアリスは半透明なモーニングスターを引きずっていた。

 

 カトリックとプロテスタント……両宗教の最高戦力の会合は、即ち殺し合いを意味していた。

 

 


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