一方その頃、大和は魔導式戦車台の上から剛弓を速射していた。
スカアハに運転を任せ、リヴァイアサンの眷属達を迎撃している。
スカアハはハドソン川を逸れて天高く舞い上がると、倒壊寸前の自由の女神付近を滑空した。
弦の弾かれる音、数多の煌めきがリヴァイアサンの眷属達を穿つ……筈だった。
「何だぁ……あの体表面は」
大和は思わず唸る。
様子見とはいえ、全て外された。
いいや、当たりはしたが──逸らされた。
(……探ってみるか)
深く弦を引き絞り、再度弓矢を放つ。
加減したとしても銀河を穿てる必殺の剛弓だ。
更に矢じりには多次元宇宙破壊規模の闘気が込めてある。
起爆時に核弾頭クラスに縮小するとはいえ、魔王の眷属程度が耐えられる筈もない。
しかし弓矢は一匹の体表面を滑ると、あらぬ方向へと飛んでいった。
ニューヨークシティの一角を成す行政区、ブルックリンに着弾した弓矢はそのまま起爆し膨張。一切合切を無に返す破滅の光となる。
呑み込まれ、跡形もなく消滅したブルックリンを一瞥する事なく、大和は眉根をひそめた。
遅れて届く特大の風圧で靡く前髪を、鬱陶しげにかき上げる。
「……摩擦係数か。なるほど、いやらしい手だ」
リヴァイアサンの眷属達は物理攻撃を無効化できる分厚い粘液で覆われていた。
大和の計算によると摩擦係数はほぼゼロ。物理攻撃が一切効かない。
大和は迫り来る巨大なアギトを戦車台の上で避けると、軽く裏拳を放った。大気を根こそぎ吹き飛ばすほどの一撃はやはり無効化される。
大和は拳の裏に付いた粘液を指の腹で擦り、忌々しげに舌打ちした。
(異能や権能の類いじゃねぇな……コイツらの体から絶え間なく分泌されてる。厄介だな。しかし、ここまで『闘気使いと相性が良い悪魔』が出てくるたぁ……)
大和は一瞬で思考を巡らせる。
(……俺が来るのを見越してた奴がいるなぁ?)
大和は遠く、マンハッタンの舞台会場に視線を向ける。そして灰色の三白眼を細めた。
「ビンゴ、やっぱりアイツだ……あんの性悪女め。今度会った時はベッドの上でメチャクチャにしてやる」
嗤うと、大和は疾走中のスカアハに告げた。
「スカアハ、ご苦労。あとは俺一人でどうにかする」
『……背後の蛇共を一掃してからでも構いませんが?』
「お前の力を借りるまでもない。……すまねぇな、帰ったら身体拭いてやっからよう」
『……かしこまりました。ご武運を』
声に少々喜色を滲ませて、スカアハは次元の狭間へと消えていった。
虚空に放り出された大和は、両手を広げて嗤う。
「こんな遊びにマジメに付き合うほうが馬鹿げてるぜ……なぁ! アドラメレク!!」
群がるリヴァイアサンの眷属達をヒラリと躱すと、一匹の体表面を滑って移動する。
まるで荒波を楽しむサーファーの様に──
「ハッハー!! これぁいい!! おもしれぇ!!」
そのまま暴れ回る眷属達を器用に乗り換え、地上へと着地した。
そしてガッツポーズをとる。
「いえい、着地も完璧♪」
無邪気に笑う大和に再度群がるリヴァイアサンの眷属達。そのアギトで彼を噛み千切らんと迫る。
大和は振り返らずに抜刀、大太刀を薙いだ。
背後の眷属達が静止する。
彼はゆっくりと納刀しながら告げた。
「物理攻撃が効かねぇんなら、何かしらの概念を叩き込むか、霊体に直接攻撃すればいい……両方できれば文句無しだ」
切断の概念と霊体への斬撃『霊断』を併せれば、最早リヴァイアサンの眷属など恐れるに足らず──
鍔鳴りの音が響けば、背後で肉達が爆発四散する。
ハドソン川が血色に染まった。
大和は下駄を鳴らしながら歩き始める。
「さぁて……メインイベントはどうやらアッチらしいな。盛り上がってるみてぇだ」
大和の視線の先で、大爆発と共に激しい閃光が迸った。
◆◆
暴力の波涛を天高く跳躍して躱した斬魔は、そのまま倒壊した建物に腰かける。
そして色っぽくウィンクした。
「どうだい? こんな物騒な事は止めて、俺とベッドの上で汗をかき合うってのは」
その頭上に半透明なモーニングスターが叩き下ろされる。無数の刺が付いた得物は瓦礫を粉微塵にし、もくもくと土煙を立ち上げた。
妹のアリスは嫌悪感を隠さず舌打ちする。
宙から軽やかに降りてきた斬魔は、姉妹達を品定めするように目を細めた。
「あーあーブッサイクな顔しちゃって……でも可愛いぜ。お姉ちゃんなんてもう……いやぁ、そのたゆんたゆんのオッパイは実にけしからんなぁ! シスター服の上からでもわかる重量感よ!!」
斬魔の目前にモーニングスターが迫る。
音速を突破したソレは彼をひき肉にしようと唸りをあげる。
しかし斬魔は踵落としで無理矢理止めた。衝撃と共にモーニングスターが地面に埋まる。
驚愕するアリス。
鎖で引き戻そうにも、地面に埋まっているため言うことを聞かない。
何より、ソレを押さえている斬魔の脚力が異常だった。
斬魔は三枚目の雰囲気を消し、真面目な顔で告げる。
「失せろよ、カトリックの
途端にその身から溢れ出た剣気に、姉妹は眉一つ動かさない。
淡々と、しかし溢れんばかりの呪詛を込めて告げた。
「異教徒の豚が何をほざくのです? 貴方も悪魔共も、同じく塵。dust to dust……塵は塵に還りなさい」
「天使殺戮士だかなんだか知らないけど、調子に乗らないでよ。……さっきから臭いわよアンタ。糞虫の臭いがする」
殺意と憎悪の念を向けられ、斬魔はやれやれと肩を竦めた。
そしておもむろに己の体臭を嗅ぎ始める。
「……わりぃわりぃ、今度からちゃんと香水付けてくるからよ♪」
ヘラヘラと笑い、両手を広げる。
姉妹の眉間に深い青筋が浮かんだ。
瞬間、彼女達は消える。
斬魔はニヒルに笑いながら腰を落とした。
◆◆
華美で重厚な、純白のシスター服が靡く。
豊満な乳房に十字架のネックレスを乗せて──姉のマリーは異教徒撲殺を開始した。
天使の微笑で振るうは二振りのメイス。
無骨なデザインのソレを、彼女はバトンの様に手の内で回す。
その前方に丸い魔方陣が浮かび上がった。
マリーはソレを太鼓の様に二振りのメイスで叩く。
怪訝に思った斬魔だが、刹那に上体を反らす。
目と鼻の先に灼熱の業火球が通過した。
火炎魔術、凄まじく威力が高い。
絶え間なく放たれる業火球を斬魔は軽やかなステップで避けた。
そして思考を巡らせる。
(恐らく初歩的な魔術だろう。しかし威力が桁違いだ……あの、ジャパンの楽器の様なスタイルから推測するに、誓約か何かだろうな。あの行動を介して魔術を強化している、と)
魔術の一端に「誓約」と呼ばれるものがある。
アイルランドの神話群で用いられる「ゲッシュ」に近いものだ。
内容は、一定の制約を課す代わりに見合った力を得られるというもの。
誓約は、重ねれば重ねるほど己を首を締める羽目になる。
しかし熟練した術師が己の特性を理解し積めば、常人とは比べ物にならない戦闘力を発揮する。
悪魔や妖怪は基礎スペックが人間より高い。
真っ向勝負をすれば人間が敗北するのは必然。
故に人間はあらゆる手段を用いなければならない。
誓約は、その手段の一つだった。
(しっかし
飛んでくる魔術の内容は火、氷、雷など。いずれも初歩的な魔術だが、その威力は間違いなく魔法クラス。
現に背後のマンションは焼け落ち、住宅街は丸ごと凍結されていた。
凄まじい威力、並みの妖魔なら既に消滅している。
初歩的な魔術だからこそ低コスパで連射でき、更に応用も可能と──実に堅実な、らしい戦闘スタイルである。
しかし──
(誓約は敵にもわかる明確な弱点を己に課す事だ……どれだけ強かろうが、それは変わらねぇ)
雷速に匹敵する瞬動術で一気にマリアとの距離を詰める斬魔。
己の圏域に彼女を収めると同時に黒鞘を振りかぶった。
しかし半透明の壁に遮られる。
ヒビを入れられたものの、破壊するまでには至らなった。
斬魔は笑って連撃を繰り出す。
黒金の鞘で「壁」を滅多打ちにする。
しかし横からモーニングスターが飛んできたのでガードする。
その一瞬の隙を付き、斬魔の懐に入り込んだ妹のアリス。
何時の間にか装着していた半透明のナックルダスターで強烈な拳打を放った。
首や上体を逸らして避ける斬魔だが、ボディブローを放たれ敢えなく後退する。
後転し、着地した斬魔は更に後転して地面から飛び出てきた半透明の刺を避ける。
タンタンと小気味よく地を蹴っ斬魔はそのまま着地し、聖騎士姉妹を睨んだ。
(そりゃまぁ、後衛と前衛で別れるわな。普通)
斬魔はまるでクリスタルの様なアリスの得物達を観察する。
モーニングスターに壁、ナックルダスターに刺と──
斬魔は感心した様に顎を擦った。
「なんる程……結界術の応用か」
無言で睨まれたので確信する。
彼女の得物は「形状変化させた結界」だ。
堅牢無比な障壁を様々な得物に変化させているのだ。
斬魔はやれやれと肩を竦める。
(厄介だぜ……見たところ、魔術に対する防御性能も高い。ソレをそのまま攻撃力に反転させてんだから……うはぁ、えげつねぇ。流石カトリックの最高戦力ってトコか)
ドン引きしているのも束の間、怒濤の攻めを展開しだすマリー&アリス。
前衛、後衛と完璧にバランスが取れている。隙が一切無い。
雷火氷と結界の嵐を向けられ、斬魔は必死に逃げながら絶叫した。
「かーやってらんねぇ!! 戦略的撤退だぜこれぁ!!」
遠く離れていく斬魔を、アリスは憤慨しながら追った。
「逃げるな!! 異教徒のゴミクズ!!!!」
「!! 待ちなさいアリス!!」
マリーが制止するも既に遅い。
彼女達のラインが途切れた瞬間、斬魔は振り返り渾身の震脚を鳴らした。
地震と同時にアリスの横を通りすぎる。
反応出来なかったアリスは思わず叫んだ。
「お姉ちゃん!!!!」
反射的に姉の前方に結界を張るも、全て引き裂かれる。
無防備なマリーに対して、斬魔は黒金の鞘を振り下ろした。
「フフフ、甘いですよ子豚さん♪」
「……!?」
斬魔は瞠目する。
黒金の鞘は無骨なデザインのメイスに受け止められていた。
マリーは嗤う。
「この得物が楽器にでも見えましたか、貴方には」
「クッソ!!!!」
殴打の嵐を斬魔は紙一重でいなす。
しかし強烈な突きを腹部に当てられ吹き飛ばされた。
轟音と共に瓦礫に埋もれた彼を一瞥し、マリーは小さな溜め息を吐く。
安堵からくるものだった。
すぐに駆け付けてきたアリスが泣きそうな顔で謝る。
「お姉ちゃんごめんなさいっ! 私……っ」
「いいのよアリス、次からは気をつけて。彼は……異教徒でも別格の存在なのだから」
「……うんっ」
瓦礫の山が爆発する。
土煙の中から出てきた斬魔は額から血を流していた。
彼は内心舌打ちする。
(マジで面倒くせぇ……このままじゃジリ貧だ。こうなりゃ……)
斬魔は腰を低く落とし、十八番の抜刀スタイルに入る。
「少しマジになるしかねぇな」
マリーとアリスは驚愕する。
斬魔の身から迸る魔力が尋常ではなかったからだ。
異常事態に、しかしマリーは冷静さを失わない。
緊迫感をもって妹に忠告する。
「油断しては駄目よアリス、絶対に……」
「うん……!!」
油断なく構えを取る姉妹達。
斬魔は溢れ出る魔力をそのまま愛刀に注ぎ込んだ。
一触即発──
しかし、ここにきてイレギュラーが紛れ込む。
両者の間合いに「突如として」見知らぬ女が現れたのだ。
斬魔、マリー、アリスは驚愕する。
同時に大量の冷や汗を噴き出した。
「彼女」は、この物語の節目となる存在だった。
◆◆
その女は悪魔的に美しかった。峻烈さと禍々しさを同伴させた美貌はまさしく魔神のソレ。
エメラルドの長髪を靡かせ、漆黒の鎧を鳴らしながら、女は斬魔とアリス達の眼前を通り過ぎた。
そう、素通りである。
彼女は斬魔達に視線すら向けなかった。
まるで、道端の虫に関心を抱かないように。
その視線は、ただただ一点に向けられている。
「……ぁ、くっ……ッッ」
「…………ッッ」
アリスとマリーは動けなかった。
得物を掲げつつも、本能的に体が竦んでしまっている。
目の前の女は間違いなく悪魔──それも最上位クラスの魔神である。
カトリックの最高戦力、
だが動けなかった。
隔絶した実力差を理解してしまったからだ。
女魔神がその気になればこの場にいる三名など瞬殺できる。
恐らく秒も跨がない。
それこそ虫と人間クラスの……絶対的な力の差がある。
「…………ッ」
あの斬魔ですら硬直していた。
美女であれば口説かずにはいられない生粋の三枚目が、戦慄を隠しきれないでいるのだ。
重圧──
重苦しい時間が過ぎていく。
女魔神は髪の色と同じエメラルドの、鋭すぎる双眸を上げた。
「お初にお目にかかる……いいや、私は幼少の頃より貴方を知っていた。こうして対面できる事を誉れと思う……暗黒のメシアよ」
斬魔達は反射的にそちらへ向く。
倒壊しかけの建造物に、呑気に座っている大男がいた。
褐色肌の美丈夫。
彼はその灰色の三白眼を不機嫌そうに細めた。
「ったく、これから面白くなりそうって時に割り込んできやがって……誰だテメェ」
女魔神は直立したまま告げる。
「パイモン、大いなる我らが王サタン様の忠臣。……しかし貴方の事も尊敬していた、暗黒のメシアよ」
「していた……ねぇ。どーして、そんなにも怒ってんのか」
「戯言を。貴方にこの激情をぶつけるために、私は下界へと降りてきたのだ」
絶対零度の眼差しを向けられ、大和は不敵な笑みを浮かべた。
パイモン──ソロモン七十二柱の序列9位。
魔界の西側を支配する魔王の一角であり、悪魔王サタンの忠実なる僕。
イイ遊び相手だと、大和は唇を歪めた。