villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第二章「武人伝」
一話「魔界都市たる所以」


 

 

 夜。

 デスシティ中央区にて。

 多種多様なネオンサイトが瞬き、濁った夜空を彩る。

 

「……」

 

 男はその眩さに耐え切れないとばかりに、ハンチング帽を被り直した。

 茶色の地味なコートを靡かせ、喧騒の間を縫い歩いていく。

 

 彼は表世界で凄腕と名高い殺し屋だ。

 中国の秘境で暗殺技術を極めた、暗器術の達人である。

 闘気術の心得もあり、人外の殺害経験もある。

 

 彼は依頼達成のために魔界都市を訪れていた。

 依頼内容は──『黒鬼』の異名を持つ殺し屋、大和の暗殺だ。

 

 とある政治家から依頼を受けたのだ。

 政治界での権威を高めるため、重鎮達のお抱えであるこの男を殺してくれと。

 

 大和──殺し屋を営んでいれば、その名は嫌でも耳にする。

 

 曰く、世界一の殺し屋。

 曰く、世界最強の武術家。

 

 その腕力は鬼神すら打ちのめすと謳われている。

 人間でありながら人外と対等に渡り合う──正真正銘の怪物。

 

 男は埒外の金額を詰まれ、この怪物を殺す決意をした。

 男は己の腕に絶対の自信を持っていた。

 今迄殺し損ねた対象はいない。

 同じ殺し屋であろうと例外ではなかった。

 

 相手が人間であれば──必ず殺せる。

 男はそう確信していた。

 

 しかし、その顔色は優れない。

 何故か? 

 今居る場所が、世界最悪の犯罪都市だからだ。

 

 超犯罪都市デスシティ。

 世界中の悪という悪が集った場所。

 人と人ならざる者が同居する、魔界都市。

 

 男がこの都市に来たのはこれで三度目。

 しかし、未だ順応できていなかった。

 

 治安、何よりも治安。

 最悪の一言なのだ。

 メキシコの犯罪都市、シウダーフアレスがのどかに見える。

 

 白昼にも関わらず各所で勃発する銃撃戦。

 民間人が当たり前の様に武装し、ただの喧嘩が殺し合いに発展する。

 

 道端で寝転がっているのは麻薬中毒者達。

 それをゴミのように処分していく暴力団員達。

 

 裏路地ではエルフの少女がオークの集団にレ〇プされていた。

 ベンチに座っているカップルは堂々と野外セッ〇スを楽しみ、カフェでは富豪が奴隷達にロシアンルーレットをさせている。

 

 今もそう──

 男に声をかけてくるのは注射跡を隠そうともしない娼婦と、如何にも妖しそうな邪教徒だ。

 

 その悉くを振り切り、男は大きく溜息を吐いた。

 暴力、麻薬、淫行、狂気──

 ありとあらゆる悪事が、この都市では日常化している。

 

 まるで、聖書に記されているソドムとゴモラの街だ。

 

 世界中の負の概念がこの都市に集約されていた。

 男が如何に凄腕の殺し屋であろうと、所詮は表世界の住民。

 この都市に長居していれば頭がおかしくなる。

 

 それを誰よりも理解している男は、いち早く依頼を終わらせようと、標的が出現する場所──大衆酒場ゲートへと歩を進めた。

 

「──ネェ」

 

 ツンツンと、肩を突かれた。

 男は振り返ると同時に、隠していた暗器に触れる。

 

「……ッッ」

 

 男は絶句し、頭上を見上げた。

 肩を突いたのは、三メートルを優に超えるバケモノだったのだ。

 

「オモテセカイ、カラ、キタノ? スゴク、イイニオイ、スル」

 

 落ち武者の様な髪型に、異様に膨れた太鼓腹。

 仏教における餓鬼の如きバケモノは、その醜悪な面を喜悦に歪ませた。

 

「オイシソウ、イタダキマス」

 

 男が暗器を取り出す前に、その首が食い千切られた。

 男だった肉袋は掴み上げられ、バケモノの口に収まる。

 怖気が走る咀嚼音が周囲に響き渡った。

 バケモノは最後に、皺だらけの両手をパチンと合わせる。

 

「ゴチソウサマ、デシタ」

 

 中央区の名物が一つ。「人食い三太夫」

 表世界の人間を好み食らうバケモノである。

 

 中央区はデスシティの中心地だが、非常に危険な事には変わりない。

 この世界は、表世界の住民が生きていけるような場所では無いのだ。

 

 


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