一話「魔界都市たる所以」
夜。
デスシティ中央区にて。
多種多様なネオンサイトが瞬き、濁った夜空を彩る。
「……」
男はその眩さに耐え切れないとばかりに、ハンチング帽を被り直した。
茶色の地味なコートを靡かせ、喧騒の間を縫い歩いていく。
彼は表世界で凄腕と名高い殺し屋だ。
中国の秘境で暗殺技術を極めた、暗器術の達人である。
闘気術の心得もあり、人外の殺害経験もある。
彼は依頼達成のために魔界都市を訪れていた。
依頼内容は──『黒鬼』の異名を持つ殺し屋、大和の暗殺だ。
とある政治家から依頼を受けたのだ。
政治界での権威を高めるため、重鎮達のお抱えであるこの男を殺してくれと。
大和──殺し屋を営んでいれば、その名は嫌でも耳にする。
曰く、世界一の殺し屋。
曰く、世界最強の武術家。
その腕力は鬼神すら打ちのめすと謳われている。
人間でありながら人外と対等に渡り合う──正真正銘の怪物。
男は埒外の金額を詰まれ、この怪物を殺す決意をした。
男は己の腕に絶対の自信を持っていた。
今迄殺し損ねた対象はいない。
同じ殺し屋であろうと例外ではなかった。
相手が人間であれば──必ず殺せる。
男はそう確信していた。
しかし、その顔色は優れない。
何故か?
今居る場所が、世界最悪の犯罪都市だからだ。
超犯罪都市デスシティ。
世界中の悪という悪が集った場所。
人と人ならざる者が同居する、魔界都市。
男がこの都市に来たのはこれで三度目。
しかし、未だ順応できていなかった。
治安、何よりも治安。
最悪の一言なのだ。
メキシコの犯罪都市、シウダーフアレスがのどかに見える。
白昼にも関わらず各所で勃発する銃撃戦。
民間人が当たり前の様に武装し、ただの喧嘩が殺し合いに発展する。
道端で寝転がっているのは麻薬中毒者達。
それをゴミのように処分していく暴力団員達。
裏路地ではエルフの少女がオークの集団にレ〇プされていた。
ベンチに座っているカップルは堂々と野外セッ〇スを楽しみ、カフェでは富豪が奴隷達にロシアンルーレットをさせている。
今もそう──
男に声をかけてくるのは注射跡を隠そうともしない娼婦と、如何にも妖しそうな邪教徒だ。
その悉くを振り切り、男は大きく溜息を吐いた。
暴力、麻薬、淫行、狂気──
ありとあらゆる悪事が、この都市では日常化している。
まるで、聖書に記されているソドムとゴモラの街だ。
世界中の負の概念がこの都市に集約されていた。
男が如何に凄腕の殺し屋であろうと、所詮は表世界の住民。
この都市に長居していれば頭がおかしくなる。
それを誰よりも理解している男は、いち早く依頼を終わらせようと、標的が出現する場所──大衆酒場ゲートへと歩を進めた。
「──ネェ」
ツンツンと、肩を突かれた。
男は振り返ると同時に、隠していた暗器に触れる。
「……ッッ」
男は絶句し、頭上を見上げた。
肩を突いたのは、三メートルを優に超えるバケモノだったのだ。
「オモテセカイ、カラ、キタノ? スゴク、イイニオイ、スル」
落ち武者の様な髪型に、異様に膨れた太鼓腹。
仏教における餓鬼の如きバケモノは、その醜悪な面を喜悦に歪ませた。
「オイシソウ、イタダキマス」
男が暗器を取り出す前に、その首が食い千切られた。
男だった肉袋は掴み上げられ、バケモノの口に収まる。
怖気が走る咀嚼音が周囲に響き渡った。
バケモノは最後に、皺だらけの両手をパチンと合わせる。
「ゴチソウサマ、デシタ」
中央区の名物が一つ。「人食い三太夫」
表世界の人間を好み食らうバケモノである。
中央区はデスシティの中心地だが、非常に危険な事には変わりない。
この世界は、表世界の住民が生きていけるような場所では無いのだ。