villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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四話「茶番劇」

 

 

 

 大和は肩を竦めつつ、硬直している斬魔に告げる。

 

「何ボケっと突っ立ってんだよ斬魔。相棒が、えりあがあそこにいるんだろう」

「……ああ、そうだよ」

 

 苦々しく笑う斬魔。

 大和は不思議そうに首を傾げた。

 

「ならさっさと行けよ。お前ら、相棒同士だろう?」

「ッ」

「コイツらは俺が適当にあしらっといてやる。……だから行け」

 

 斬魔は唇を噛み締めると、背を向ける。

 そして短く礼を言った。

 

「……サンキューな。借り一つだ」

「十分な報酬だ」

 

 笑う大和に、斬魔もまた薄く笑う。

 彼はそのまま走り去っていった。

 その背を見届けた大和は「よっこいせ」と重い腰を上げる。

 

「で──俺の遊び相手はどっちだ? それとも両方か?」

 

 赤柄巻の大太刀に手を添える彼に対して、女魔神パイモンは憤怒の念を露にした。

 

「私では不足と──? そこな虫共と同じ位だと、そう仰るのか」

「変わんねぇよ。俺からしたら全員雑魚だ」

「~~~~ッッッッ」

 

 激昂と共に濃密過ぎる魔力が解放される。

 その余波は周辺の瓦礫ごとマリーとアリスを吹き飛ばした。

 

 大和はしかし、不敵に笑っていた。

 その笑みは自信に満ち溢れた、何時もの笑みだった。

 

 彼は片手で手招きする。

 

「かかってこいよ、魔神ちゃん。可愛がってやる」

 

 パイモンは禍々しい蛇腹剣を顕現させると、鞭の様に地面に叩き付け星を揺るがした。

 

 

 ◆◆

 

 

 漆黒のつむじ風が吹く。

 音もなく人食い薔薇の花弁が断ち切れた。

 

 銀光一閃、真紅の花弁で編まれた多重障壁が両断される。

 そうして劇場台へと躍り出た漆黒の魔人は、何よりも先に相棒の安否を確認した。

 

 濃紺のドレスに身を包んだ彼女──えりあは、その冷たい眼を驚愕で丸めていた。

 斬魔は思わず愚痴る。

 

「ったく、世話かけさせんなよ」

「……らしくないわね、何時もの笑みは何処に行ったの?」

 

 小生意気な返事を聞いて、やれやれと肩を竦める斬魔。

 しかしその面には何時もの笑みが戻っていた。

 えりあも思わず微笑む。

 

 斬魔は両手を広げて魔神二柱に挨拶した。

 

「どーもどーも、俺のうるせぇ相棒を拐ってくれやがって……こんの腐れ悪魔共が。テメェらに一言、物申したい事がある」

 

 神妙な面持ちになった斬魔に、えりあも思わず表情を引き締める。

 美魔神ブエルも耳を傾けた。

 

 彼もアドラメレクも、斬魔が激情の言葉なり愛の告白なりを叫ぶものと思っていた。

 

 しかし斬魔は──えりあを指さし大爆笑しはじめる。

 

「誰だその能面冷血女にふりふりドレスを着せやがったのは!!? ひ────!!!! 腹が痛ぇ!! だ~~っはっはっはっはっは!!!! マジでウケる!!!! ちょっとやめてくんね!!? 笑い殺す気かよ!!」

 

 えりあも、ブエルも、アドラメレクも、呆気に取られていた。

 

 段々と……えりあの表情が無になっていく。

 アドラメレクすらも引いたほどだ、凄まじい怒気である。

 

 すると、ブエルが拳を握り締め咆哮した。

 

「何を言うかーッッ!!!! えりあ殿のこの美しき姿が可笑しいだと!!? そう言うのか貴様ぁぁぁ!!!! メチャクチャ可愛いだろうがぁぁぁぁ!!!! 普段色気の『い』の字も無い彼女が辟易しつつも少々恥じらいを持って佇むこの姿──全種族共通の『萌え』がわからぬのか貴様ァ!!!!」

 

「「ぶふぅッッ」」

 

 吹き出したのは斬魔と……アドラメレクだった。

 腹を抱えて蹲っている。

 

「……………………」

 

 静かに、えりあの眉間に特大の青筋が浮かび上がった。

 

 

 ◆◆

 

 

 瓦礫を押し退け立ち上がったマリーとアリスは、ただただ唖然とするしかなかった。

 

「何よ……コレ……ッ」

「……ッッ」

 

 

 爆音と衝撃波の嵐が吹き荒んでいる。

 ソレらを引き起こしているのは誰でもない、大和とパイモンだった。

 アリスは思わず呟く。

 

「次元が、違いすぎる……ッ」

 

 その顔にはただただ畏怖の念が浮かんでいた。

 全く目視できない。感知もできない。

 何が起こっているのか、全くわからない。

 

 まさしく次元が違う。

 

 大和とパイモンは時間無視行動寸前の、超超光速戦闘を繰り広げていた。

 1ナノ秒に満たない間に千の越える剣戟の応酬を交わしている。

 両者、一歩も引かない。

 

 大和は内心感心していた。

 たかだか魔王程度、簡単に捻り潰せると思っていたのだが──存外デキる。

 

 遊び相手には丁度いいと、スピードのギアを一段階上げた。

 

 一方パイモンは精一杯食らい付いていた。

 今まで培った経験を全て生かしている。

 己が才ある悪魔だと理解していながらも驕らず、何万年も努力し続けてきた成果が今、表れようとしていた。

 

 悪魔特有の古代魔法の陣を平行展開して大和を囲む。

 火水風雷四大属性フルバーストの弾幕は、しかし巻き起こされた剣風によって吹き飛ばされる。

 

 下級の神仏程度なら難なく消滅させられる得意技も、暗黒のメシアには通じない。

 

 そんな事、わかっていた。

 だがらこそ今、全身全霊を懸けるのだ。

 

 パイモンは最低限の魔力を残し、破壊に特化した純粋魔力弾幕を張る。

 現れた魔方陣は数千万──ニューヨークシティの空一面を覆い尽くした。

 

 一つから多次元宇宙を破壊できる魔力弾を掃射できるソレらを全門一気に解放する。

 超多次元宇宙破壊規模の攻撃は圧倒的……このままでは地球どころか太陽系が消し飛ぶ。

 

 しかし真紅の閃光が駆け巡り、数千万の魔方陣は一気に破壊された。

 

 大和が時間無視行動まで速度域を押し上げたのだ。

 不発した魔方陣が空一面を深緑色に染め上げる。

 

 パイモンは構えた。

 残り僅かな魔力で大和と同じ時間軸に突入すると、最後の攻めを展開する。

 相棒である禍々しい蛇腹剣を振るい、変則的かつ的確な攻めを魅せた。

 

 指に添えられた五つの引き金で間接一つ一つの駆動域を自在に操れる──使いこなせれば無限の可能性を発揮する武器。

 

 武術を極めた者でも扱いは至難を極めるこの武具を、パイモンはまるで自分の手足の様に扱えていた。

 

 何万年もの間、片時も弛む事なく修練を積んできたのだ。

 彼女もれっきとした武術家である。

 

 しかし忘れてはいけない。相手は『世界最強』の武術家なのだ。

 何億年もの間、パイモン以上の修行を重ねてきた神代の英傑なのだ。

 

 大和は縦横無尽にうねりを上げる蛇腹剣、その間接の駆動域一つ一つを完璧に把握し、対応してみせる。

 

 その剣技は常軌を逸していた。

 大太刀と脇差を適当にぶん回したかと思えば、精密無比な斬撃を重ねる。

 時に得物を左右の手の内で切り替え、斬撃の軌道線を極端に変化させる。

 唐突に逆手持ちに切り替えたかと思えば、足の指に挟んで振り回す。

 

 予測不能、天衣無縫。

 その戦い方に型はなく、しかし圧倒的な基礎が下地にある。

 だから無茶苦茶な攻撃が『技』として成立する。

 

 パイモンはあっという間に窮地に立たされた。

 白兵戦には自信があったのだが、やはり勝てないと悟り切り替える。

 

 蛇腹剣で大和の大太刀を絡めとると、そのまま距離を詰めた。

 

 大和は脇差しで兜割りを放つ。

 しかしパイモンは右腕を差し出し、敢えて断ち切らせた。

 

 驚愕する大和の懐に入ったパイモンは左手で彼の心臓付近を押す。

 そして全身の魔力を一気に解放、渾身の浸透勁を放った。

 

「我流・鎧通し!!」

 

 大和の心臓に直接衝撃が徹される。

 生まれた衝撃波はマンハッタンを通り抜け、他の行政区を滅茶苦茶にした。

 

 格上の神仏でも(とお)せば殺せる、まさしく必殺の一撃。

 功夫(クンフー)にも余念がなかった彼女だがらこそ放てた、会心の一撃である。

 

 しかし──

 

「まだまだ練り込みが足りねぇ。こんなんじゃあ俺の心臓は潰せねぇぜ」

 

 大和はケロりとしていた。まるでダメージがない。

 それはそうだ。彼は筋力もそうだが耐久力もまた最強──故に『怪物』。

 

「それでもまぁ、予想以上に楽しめたぜ。あばよ、今度はもちっと強くなっておけ」

 

 大和は慈悲なく脇差しを振り下ろす。

 しかしパイモンの表情を見て、寸前で動きを止めた。

 

「…………っ」

 

 パイモンは頬を上気させ、瞳を潤ませていた。

 まるで、慕う男を見つめる様な……

 

 怪訝に思った大和の胸に、パイモンはしなだれかかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 パイモンは熱に浮かされたように囁く。

 

「ああ……やはり貴方様は強く、美しい。数々の非礼をお許しください。私は先程まで、浅はかな怒りを抱いておりました……」

 

 峻烈なる女魔神は何処へ行ってしまったのか、その声音は乙女のソレである。

 

「私達成り上がりの悪魔にとって、貴方様は英雄なのです……。己の力のみで数多の苦境を乗り越えてきた貴方様は、私達の憧れ……っ」

 

 顔を上げたパイモンは、潤んだ双眸で大和を見つめる。

 

「アドラメレクにそそのかされたとは言え、先程の無礼は許されるものではありません。……どうか、情け容赦のない罰を……ッ」

 

 懇願するパイモン。

 当の大和はというと──

 

「……ッッ」

 

 苦虫を口一杯噛み潰した様な顔をしていた。

 そんな事は露知らず、パイモンは興奮気味に語り始める。

 

「罰が終われば是非……是非とも私めを貴方様の女に。サタン様に忠誠は誓いましたが、この身と心は貴方様のものです……っ」

「…………」

 

 大和は無言でパイモンを抱き寄せた。

 彼女は驚いたが、次には蕩けきった顔で身を寄せる。

 

「ああ、大和様ぁ……本物の大和様……ッ」

 

 恋慕と敬愛が混同している。

 大和は彼女を抱き寄せながら、しかし恐ろしく冷酷な表情をしていた。

 

(アドラメレクの奴、こんな臭ぇ手法使いやがって……絶対許さねぇ。あとで死ぬ寸前まで犯してやる)

 

 大和は遠く、真紅の花弁舞う劇場を睨み付ける。

 

 最後にどうなるかは別として、アドラメレクによる大和の足止めは成功した。

 

 

 


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