villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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五話「強制終演」

 

 

 斬魔の隣に躍り出たえりあは、無機質なその双眸に確かな怒りを宿していた。

 

「後で覚えておきなさい」

「おいおい、わざわざ助けに来てやったんだぜ? 少しくらい目ぇつむれよ」

「助けに来るのは当然でしょう? わたし達はコンビなんだから。わたしがキミの立場だったら同じ行動をしてる」

「さいですが」

 

 やれやれと肩を竦めつつ、斬魔は美魔神ブエルを睨む。

 彼はスカイブルーの長髪を揺らし、優雅に挨拶してみせた。

 

「先程は取り乱して失礼……貴殿が相棒の斬魔殿か。噂通り、若々しい男児だ」

「こちらこそ、お初にお目にかかるぜ魔神サマ。こんなくだらねぇ事の為に都市一つ滅ぼすかよ。ったく、やっぱり頭のデキが俺等とは違うのかねぇ」

「貴殿らは虫を潰しても本気で悲しんだりしないだろう? 害虫なら尚更な筈だ」

「ははぁ~ん、俺らが害虫と……俺らからすれば、アンタらの方が害悪なんだけどな」

 

 斬魔の嫌みに対して、ブエルは手で制止の意を示した。

 

「よそう、所詮相容れぬ間柄……問答など不要だ」

「…………」

「私はただ、この眼で確かめたいだけなのだよ。君がえりあ殿に相応しい男なのか……。そうでなければ八つ裂きにする」

「何様だテメェ」

「一応、魔界で大総裁を務めている」

「そういうことじゃねぇ」

「ならばどういうことだ? 私はえりあ殿に本気で恋してしている。故に娶りたい。しかし、力強くというのは少々品がない。だからこその、この舞台だ」

「…………」

「さぁ、私に見せてくれ。貴殿がえりあ殿の相棒に相応しいかどうかを……そうであれば、私は潔く身を引こう」

 

 ブエルの発言に、斬魔とえりあは視線を合わせた。

 そして神妙な顔付きになる。

 

「アイツ、俺達の関係勘違いしてね?」

「さっきから聞く耳を持ってくれないのよ。うんざりするわ」

 

 額に手を当てるえりあを見て、苦笑する斬魔。

 彼は黒金の鞘を携えた。

 

「なら教えてやろうぜ、俺達の関係を──なぁ相棒?」

「そうね。このまま勘違いされるのは嫌だから」

 

 えりあはスカートの下から巨大な二丁拳銃──対天使病拳銃「Danse Macabre」を取り出す。

 

 二名の周囲を悪魔共が覆った。

 ブエルはいつの間にか観客席に移っており、アドラメレクを伴い優雅に座っている。

 

 彼は頬杖を突きながら告げた。

 

「さぁ、演目の始まりだ。そうさな、題名は──」

 

 ブエルが思案する中、斬魔とえりあは舞を踏み始める。

 天使殺戮士の剣林弾雨の舞は苛烈にして鮮烈。

 ブエルの視線を瞬く間に釘付けにした。

 

 

 ◆◆

 

 

 斬魔とえりあは目と鼻の先まで顔を近づける。

 互いの瞳に映った悪魔を確認すると、それぞれ迎撃に入った。

 

 歩調、体捌き、呼吸のリズム。全てが完璧。

 まるでタンゴでも踊っているかの様──

 情熱的に身体を寄せ合い、戦っている。

 

 ブエルは思わず見惚れた。

 男女の仲などという軽々しいものではない。

 それ以上のものだ。

 

 互いに背後を一切見ていない。

 一つミスがあれば死んでしまうのに、全く臆していない。

 

 信頼しきっているのだ。お互いを。

 

 第三者であるアドラメレクも感心していた。

 自我を優先する悪魔達には決して真似できない芸当。

 人間の最も誇れる武器、その発露。

 

 信頼──即ち絆。

 

 銀光一閃が吹けば祝福儀礼済13㎜劣化ウラン弾が跳ぶ。

 悪魔達の濁った血が真紅の花弁と不気味に混じり合う。

 

 死の舞──しかし、美しかった。

 

 一瞬で群がる悪魔達を鏖殺した二人はそのままブエルに突撃する。

 

 しかし古式魔法による多重結界で遮られた。

 

 眉根をひそめる斬魔とえりあだが、ブエルは感極まるといった様子だった。

 心からの称賛を述べる。

 

「素晴らしい、素晴らしいよ──私の愛など無粋に過ぎる。それほどまでの舞だった!」

 

 その言葉に斬魔とえりあは思わず吐き捨てた。

 

「何勝手に満足してるんだよ、キザ野郎」

「その眉間に風穴を開けてあげるわ」

 

 二名の戦意は些かも衰えていなかった。

 相討ち覚悟でブエルに挑もうとしている。

 

 ブエルは一瞬「惜しい」と思ってしまった。

 しかし彼等の戦意に応えたいと、腰を上げようとする。

 

 そんな中、乾いた拍手が会場に響き渡った。

 この場の一同がそちらへ振り返る。

 

 ブエルとは反対側の観客席で、褐色肌の美丈夫が寛いでいた。

 甘えてくる深緑の女魔神を膝に乗せている。

 彼は両手を広げて告げた。

 

「成る程、素晴らしい演目だった。で? 何時になったら終わる? 俺は早く帰りてぇんだよ」

 

 空気を敢えて読まないその振る舞い。

 ブエルは苦渋に満ちた表情をした。

 アドラメレクは歓喜と恐怖を交えた複雑な笑みを浮かべている。

 

 そして──斬魔はニッと笑い、えりあは肩の力を抜いた。

 

 そう、二人もこんなお遊戯に付き合っていられないのだ。

 だからこそ、彼の登場に安堵する。

 

 彼は──理想も絶望もぶち壊す暗黒のメシアだから。

 

 

 ◆◆

 

 

 ブエルは額に冷や汗をかきながらも、まずは挨拶した。

 

「はじめまして、暗黒のメシア殿。魔界で大総裁を務めている、ブエルという者だ」

「そんじゃあブエル坊っちゃん、テメェの演目は中々だったぜ。だが役者が優秀なだけだ。脚本がまるでなってねぇ。これじゃ途中で飽きちまうよ」

 

 退屈そうに欠伸をかく大和に、ブエルは眉間に皺を寄せる。

 それでも笑ってみせた。

 

「貴殿を招待した覚えは無いのだがな」

「うるせぇぞクソ餓鬼、いいからこの茶番を終わらせろ。俺もソイツ等も、テメェのオ○ニーに付き合ってられるほど暇じゃねぇんだよ」

「……ッッ!!!!」

 

 ブエルは羞恥と怒りで顔を真っ赤にすると、濃紺色の魔力を迸らせた。

 真紅の舞台劇場が崩壊しかけるものの、魔力の奔流は唐突に霧散する。

 

 ブエルは怯えた表情をしていた。

 大和の膝上に跨がる女魔神に殺気を浴びせられたからだ。

 

 彼女──パイモンは冷たい声音で告げる。

 

「分を弁えろブエル。貴様、誰に向かって殺気を飛ばしている。我が愛しき君に対してその無礼……殺されたいのか?」

「…………っ」

 

 まるで蛇に睨まれた蛙だった。

 パイモンはブエルよりも序列が上。弱肉強食の魔界において序列は絶対である。

 

 それでも何か言い返そうとするブエルを、第三者が制した。

 アドラメレクだった。

 

「お戯れはここまでにしましょう、ブエル殿。潮時です」

「しかし……!!」

「相手が悪すぎます、どうかご自愛を」

「……ッッ」

 

 ブエルは唇を強く噛み締めると、怒気をのみ込みため息を吐く。

 そして告げた。

 

「わかった、引こう……今回は私も些か大人げなかった。大和殿の意見を参考にさせて貰いつつ、次に生かそう」

「賢明な判断です」

 

 アドラメレクは優雅に一礼すると、大和に流し目を向けた。

 大和はフンと鼻を鳴らす。

 

「覚えておけよ、アドラメレク」

「フフフ……」

 

 意味深な、それでいて艶やかな笑みを浮かべるアドラメレク。

 きっと彼女は、全てを見越していたのだろう。

 この茶番は彼女のためのものだったのかもしれない。

 

 大和はやれやれと肩を竦めた。

 そうして膝上のパイモンの髪を撫でる。

 

「お前もいけ。連絡先は交換しただろう? 時間が空けば連絡する」

「はいっ、お待ちしておりますっ♡」

 

 打って変わって可憐な笑みを浮かべたパイモンは、大和の機嫌を損ねないよう早々に魔界へと帰還する。

 

 ブエルとアドラメレクも足元に転移陣を浮かび上がらせた。

 ブエルは最後にえりあに告げる。

 

「また会えると嬉しいよ、えりあ殿」

「…………」

 

 えりあは何も答えなかった。

 ブエル達は消えていく。

 

 彼等が帰ったところを見届けた斬魔は、盛大なため息を吐いた。

 

「あーあ、ったく。本当に、やれやれだぜ」

「全くね」

 

 頷くえりあ。

 そんな二人の前に暗黒のメシアが降り立った。

 

 彼は何時もの笑みで告げる。

 

「さ、とっとと帰ろうぜ。お互いのいるべき場所へ、な」

 

 斬魔とえりあは頷く。

 その表情は、非常に穏やかであった。

 

 

 ◆◆

 

 

 倒壊し跡形も無くなったニューヨークシティに陽光が降り注いでいた。

 全てが終わった証である。

 

 三名は陥没した道路を器用に進んでいた。

 斬魔は瓦礫を飛び越えながら大和に聞く。

 

「そういやぁ大和、カトリックの聖騎士姉妹はどうしたんだよ?」

「ああ、アイツらな」

 

 えりあは嫌な予感を覚えた。

 大和の負の側面──女に対する価値観を思い出したからだ。

 しかしそれは杞憂に終わる。

 

「泣きそうな面で帰っていったぜ、可愛かった」

「うっは性格悪ぃ」

「るせ」

 

 鼻で笑う大和に、えりあは安堵を覚えた。

 彼女はふと、思い出した様に斬魔の隣に降り立つ。

 

「ねぇ」

「あ?」

 

 えりあは、花が咲いた様な笑みを浮かべていた。

 普段絶対に見せない笑みを向けられて、斬魔は全てを悟る。

 

 儚げな、それでいて美しい笑みをこぼした。

 

「優しく頼むぜ……相棒」

「NO」

「ですよねー!!?」

 

 叫ぶと同時に頬を殴り飛ばされ、斬魔は宙を舞った。

 ベ〇ブレードの様に回転した後、瓦礫に転落する。

 

 えりあはフンと鼻を鳴らした。

 

「すっきりしたわ」

「プッ……なんだよえりあ、茶化されたのか?」

「まぁね」

 

 えりあは先程の事を根に持っていた。

 大和は喉を鳴らしつつも、えりあを引き寄せる。

 

「馬鹿な野郎だ、こんなイイ女が隣にいるってのに」

「……」

「魔神が惚れた理由もわかるぜ」

 

 頬を撫でられ、しかしえりあは嫌がる素振りを見せなかった。

 目元を微かに緩める。

 

「キミにそう言って貰えると、少し自信が持てるわ」

「……フッ、そうか」

 

 微笑み返す大和。

 瓦礫から必死に出てきた斬魔は、頭から血を流しながらもえりあをからかってみせた。

 

「なんだえりあテメェ!! やっぱり大和の事が好きなんじゃねぇか!!」

「勘違いしないで頂戴。でも、そうね……貴方よりはイイ男よ。彼は」

 

 えりあは大和に身を寄せる。

 斬魔は「何をぅ!!」と目くじらを立てて飛び上がった。

 

「テメェみてぇな能面冷血女、こっちからお断りだっての!! オラ退け!! 俺ぁこれから大和とデスシティ娼館巡りに行くんだよ!!」

「何を言っているの? キミはわたしと本部に帰るのよ」

「嫌なこったい!! あっかんべー!!」

「…………」

 

 両脇で喧嘩を始める二名に、大和は思わず吹き出した。

 

「ハッハッハッ!! テメェら本当に仲のいいコンビだな!!」

 

 荒廃したニューヨークシティに笑い声が木霊する。

 嵐の過ぎ去った後には快晴が広がる──

 

 三名の進む先には、温かな陽だまりが出来ていた。

 

 

《完》


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