斬魔の隣に躍り出たえりあは、無機質なその双眸に確かな怒りを宿していた。
「後で覚えておきなさい」
「おいおい、わざわざ助けに来てやったんだぜ? 少しくらい目ぇつむれよ」
「助けに来るのは当然でしょう? わたし達はコンビなんだから。わたしがキミの立場だったら同じ行動をしてる」
「さいですが」
やれやれと肩を竦めつつ、斬魔は美魔神ブエルを睨む。
彼はスカイブルーの長髪を揺らし、優雅に挨拶してみせた。
「先程は取り乱して失礼……貴殿が相棒の斬魔殿か。噂通り、若々しい男児だ」
「こちらこそ、お初にお目にかかるぜ魔神サマ。こんなくだらねぇ事の為に都市一つ滅ぼすかよ。ったく、やっぱり頭のデキが俺等とは違うのかねぇ」
「貴殿らは虫を潰しても本気で悲しんだりしないだろう? 害虫なら尚更な筈だ」
「ははぁ~ん、俺らが害虫と……俺らからすれば、アンタらの方が害悪なんだけどな」
斬魔の嫌みに対して、ブエルは手で制止の意を示した。
「よそう、所詮相容れぬ間柄……問答など不要だ」
「…………」
「私はただ、この眼で確かめたいだけなのだよ。君がえりあ殿に相応しい男なのか……。そうでなければ八つ裂きにする」
「何様だテメェ」
「一応、魔界で大総裁を務めている」
「そういうことじゃねぇ」
「ならばどういうことだ? 私はえりあ殿に本気で恋してしている。故に娶りたい。しかし、力強くというのは少々品がない。だからこその、この舞台だ」
「…………」
「さぁ、私に見せてくれ。貴殿がえりあ殿の相棒に相応しいかどうかを……そうであれば、私は潔く身を引こう」
ブエルの発言に、斬魔とえりあは視線を合わせた。
そして神妙な顔付きになる。
「アイツ、俺達の関係勘違いしてね?」
「さっきから聞く耳を持ってくれないのよ。うんざりするわ」
額に手を当てるえりあを見て、苦笑する斬魔。
彼は黒金の鞘を携えた。
「なら教えてやろうぜ、俺達の関係を──なぁ相棒?」
「そうね。このまま勘違いされるのは嫌だから」
えりあはスカートの下から巨大な二丁拳銃──対天使病拳銃「Danse Macabre」を取り出す。
二名の周囲を悪魔共が覆った。
ブエルはいつの間にか観客席に移っており、アドラメレクを伴い優雅に座っている。
彼は頬杖を突きながら告げた。
「さぁ、演目の始まりだ。そうさな、題名は──」
ブエルが思案する中、斬魔とえりあは舞を踏み始める。
天使殺戮士の剣林弾雨の舞は苛烈にして鮮烈。
ブエルの視線を瞬く間に釘付けにした。
◆◆
斬魔とえりあは目と鼻の先まで顔を近づける。
互いの瞳に映った悪魔を確認すると、それぞれ迎撃に入った。
歩調、体捌き、呼吸のリズム。全てが完璧。
まるでタンゴでも踊っているかの様──
情熱的に身体を寄せ合い、戦っている。
ブエルは思わず見惚れた。
男女の仲などという軽々しいものではない。
それ以上のものだ。
互いに背後を一切見ていない。
一つミスがあれば死んでしまうのに、全く臆していない。
信頼しきっているのだ。お互いを。
第三者であるアドラメレクも感心していた。
自我を優先する悪魔達には決して真似できない芸当。
人間の最も誇れる武器、その発露。
信頼──即ち絆。
銀光一閃が吹けば祝福儀礼済13㎜劣化ウラン弾が跳ぶ。
悪魔達の濁った血が真紅の花弁と不気味に混じり合う。
死の舞──しかし、美しかった。
一瞬で群がる悪魔達を鏖殺した二人はそのままブエルに突撃する。
しかし古式魔法による多重結界で遮られた。
眉根をひそめる斬魔とえりあだが、ブエルは感極まるといった様子だった。
心からの称賛を述べる。
「素晴らしい、素晴らしいよ──私の愛など無粋に過ぎる。それほどまでの舞だった!」
その言葉に斬魔とえりあは思わず吐き捨てた。
「何勝手に満足してるんだよ、キザ野郎」
「その眉間に風穴を開けてあげるわ」
二名の戦意は些かも衰えていなかった。
相討ち覚悟でブエルに挑もうとしている。
ブエルは一瞬「惜しい」と思ってしまった。
しかし彼等の戦意に応えたいと、腰を上げようとする。
そんな中、乾いた拍手が会場に響き渡った。
この場の一同がそちらへ振り返る。
ブエルとは反対側の観客席で、褐色肌の美丈夫が寛いでいた。
甘えてくる深緑の女魔神を膝に乗せている。
彼は両手を広げて告げた。
「成る程、素晴らしい演目だった。で? 何時になったら終わる? 俺は早く帰りてぇんだよ」
空気を敢えて読まないその振る舞い。
ブエルは苦渋に満ちた表情をした。
アドラメレクは歓喜と恐怖を交えた複雑な笑みを浮かべている。
そして──斬魔はニッと笑い、えりあは肩の力を抜いた。
そう、二人もこんなお遊戯に付き合っていられないのだ。
だからこそ、彼の登場に安堵する。
彼は──理想も絶望もぶち壊す暗黒のメシアだから。
◆◆
ブエルは額に冷や汗をかきながらも、まずは挨拶した。
「はじめまして、暗黒のメシア殿。魔界で大総裁を務めている、ブエルという者だ」
「そんじゃあブエル坊っちゃん、テメェの演目は中々だったぜ。だが役者が優秀なだけだ。脚本がまるでなってねぇ。これじゃ途中で飽きちまうよ」
退屈そうに欠伸をかく大和に、ブエルは眉間に皺を寄せる。
それでも笑ってみせた。
「貴殿を招待した覚えは無いのだがな」
「うるせぇぞクソ餓鬼、いいからこの茶番を終わらせろ。俺もソイツ等も、テメェのオ○ニーに付き合ってられるほど暇じゃねぇんだよ」
「……ッッ!!!!」
ブエルは羞恥と怒りで顔を真っ赤にすると、濃紺色の魔力を迸らせた。
真紅の舞台劇場が崩壊しかけるものの、魔力の奔流は唐突に霧散する。
ブエルは怯えた表情をしていた。
大和の膝上に跨がる女魔神に殺気を浴びせられたからだ。
彼女──パイモンは冷たい声音で告げる。
「分を弁えろブエル。貴様、誰に向かって殺気を飛ばしている。我が愛しき君に対してその無礼……殺されたいのか?」
「…………っ」
まるで蛇に睨まれた蛙だった。
パイモンはブエルよりも序列が上。弱肉強食の魔界において序列は絶対である。
それでも何か言い返そうとするブエルを、第三者が制した。
アドラメレクだった。
「お戯れはここまでにしましょう、ブエル殿。潮時です」
「しかし……!!」
「相手が悪すぎます、どうかご自愛を」
「……ッッ」
ブエルは唇を強く噛み締めると、怒気をのみ込みため息を吐く。
そして告げた。
「わかった、引こう……今回は私も些か大人げなかった。大和殿の意見を参考にさせて貰いつつ、次に生かそう」
「賢明な判断です」
アドラメレクは優雅に一礼すると、大和に流し目を向けた。
大和はフンと鼻を鳴らす。
「覚えておけよ、アドラメレク」
「フフフ……」
意味深な、それでいて艶やかな笑みを浮かべるアドラメレク。
きっと彼女は、全てを見越していたのだろう。
この茶番は彼女のためのものだったのかもしれない。
大和はやれやれと肩を竦めた。
そうして膝上のパイモンの髪を撫でる。
「お前もいけ。連絡先は交換しただろう? 時間が空けば連絡する」
「はいっ、お待ちしておりますっ♡」
打って変わって可憐な笑みを浮かべたパイモンは、大和の機嫌を損ねないよう早々に魔界へと帰還する。
ブエルとアドラメレクも足元に転移陣を浮かび上がらせた。
ブエルは最後にえりあに告げる。
「また会えると嬉しいよ、えりあ殿」
「…………」
えりあは何も答えなかった。
ブエル達は消えていく。
彼等が帰ったところを見届けた斬魔は、盛大なため息を吐いた。
「あーあ、ったく。本当に、やれやれだぜ」
「全くね」
頷くえりあ。
そんな二人の前に暗黒のメシアが降り立った。
彼は何時もの笑みで告げる。
「さ、とっとと帰ろうぜ。お互いのいるべき場所へ、な」
斬魔とえりあは頷く。
その表情は、非常に穏やかであった。
◆◆
倒壊し跡形も無くなったニューヨークシティに陽光が降り注いでいた。
全てが終わった証である。
三名は陥没した道路を器用に進んでいた。
斬魔は瓦礫を飛び越えながら大和に聞く。
「そういやぁ大和、カトリックの聖騎士姉妹はどうしたんだよ?」
「ああ、アイツらな」
えりあは嫌な予感を覚えた。
大和の負の側面──女に対する価値観を思い出したからだ。
しかしそれは杞憂に終わる。
「泣きそうな面で帰っていったぜ、可愛かった」
「うっは性格悪ぃ」
「るせ」
鼻で笑う大和に、えりあは安堵を覚えた。
彼女はふと、思い出した様に斬魔の隣に降り立つ。
「ねぇ」
「あ?」
えりあは、花が咲いた様な笑みを浮かべていた。
普段絶対に見せない笑みを向けられて、斬魔は全てを悟る。
儚げな、それでいて美しい笑みをこぼした。
「優しく頼むぜ……相棒」
「NO」
「ですよねー!!?」
叫ぶと同時に頬を殴り飛ばされ、斬魔は宙を舞った。
ベ〇ブレードの様に回転した後、瓦礫に転落する。
えりあはフンと鼻を鳴らした。
「すっきりしたわ」
「プッ……なんだよえりあ、茶化されたのか?」
「まぁね」
えりあは先程の事を根に持っていた。
大和は喉を鳴らしつつも、えりあを引き寄せる。
「馬鹿な野郎だ、こんなイイ女が隣にいるってのに」
「……」
「魔神が惚れた理由もわかるぜ」
頬を撫でられ、しかしえりあは嫌がる素振りを見せなかった。
目元を微かに緩める。
「キミにそう言って貰えると、少し自信が持てるわ」
「……フッ、そうか」
微笑み返す大和。
瓦礫から必死に出てきた斬魔は、頭から血を流しながらもえりあをからかってみせた。
「なんだえりあテメェ!! やっぱり大和の事が好きなんじゃねぇか!!」
「勘違いしないで頂戴。でも、そうね……貴方よりはイイ男よ。彼は」
えりあは大和に身を寄せる。
斬魔は「何をぅ!!」と目くじらを立てて飛び上がった。
「テメェみてぇな能面冷血女、こっちからお断りだっての!! オラ退け!! 俺ぁこれから大和とデスシティ娼館巡りに行くんだよ!!」
「何を言っているの? キミはわたしと本部に帰るのよ」
「嫌なこったい!! あっかんべー!!」
「…………」
両脇で喧嘩を始める二名に、大和は思わず吹き出した。
「ハッハッハッ!! テメェら本当に仲のいいコンビだな!!」
荒廃したニューヨークシティに笑い声が木霊する。
嵐の過ぎ去った後には快晴が広がる──
三名の進む先には、温かな陽だまりが出来ていた。
《完》