立場と種族
オークの青年、ラースは生まれも育ちもデスシティだ。
科学と怪異が混同した魔界都市、デスシティ。
ここで生活しているラースは、オークにしては珍しい細身の好青年である。
デスシティの美女達から慕われ、仕事もそつなくこなしている。
そんな彼にも、年頃の青年らしい悩みがあった。
◆◆
曇天の夜空に覆われている摩天楼。
ありとあらゆる種族で溢れ返るこの都市は眠らぬ闇の桃源郷。
悲憤と憎悪をそれ以上の歓びで塗り潰す、悪徳なる世界だ。
「……」
私服姿のラースは前を歩く大きすぎる背中に羨望の眼差しを向けていた。
真紅のマントを靡かせるその背に、何度憧れたことか……。
褐色肌の美丈夫。
大和は、ラースにとって永遠のヒーローだった。
「ラース、テメェとの娼館巡りは中々面白かった……また今度一緒に行こうや」
振り返り、微笑んでくれる。
それだけでラースは満たされた。
手を伸ばせば届きそうな距離にいる。
しかし実際には遠い。
誰でもない、ラースが一番それを理解していた。
彼は思わず吐露する。
「どうすれば、大和さんの様になれますか……」
「あ? どうしたいきなり」
首を傾げられ、ラースは慌てて訂正した。
「いえ! すいません藪から棒に……忘れてください」
「…………」
大和はラースの表情を覗いて色々悟る。
「……俺になれるのか? お前は。なれねぇだろう」
「っ」
「何処まで行ってもお前は「お前」だ。……俺に影響を受けるのは構わねぇぜ。でも俺は俺、お前はお前だ。……わかるだろう?」
大和は、決してラースを馬鹿にしたワケではなかった。
ラースもよくわかっている。
それでも、ラースは口にしてしまった。
「でも俺、オークだし……やっぱり大和さんのようには」
ラースの額に、デコピンが炸裂した。
「ッ!!? ッ~!!!?」
世界最強の武術家のデコピン。
いくら手加減されていても、途轍もなく痛い。
思わずうずくまるラース。
涙目で顔を上げると、眉をひそめている大和がいた。
「くだらねぇことぬかしてんじゃねぇ。強い奴は強い、美しい奴は美しい。そこに生まれや育ちは関係ねぇだろうが」
強く告げると、打って変わって温和な笑みを浮かべる。
「お前は真面目で礼儀正しく、向上心がある奴だ。オークだからどうした。……俺は、お前を高く評価してるんだぜ」
大和はラースの肩を叩く。
「いいんだよ、お前はお前で」
「……っ」
ラースは瞳を潤ませた。
もう、オークだがらと己を卑下しなくていい。
誰でもない、
「おいおい、男が泣くなよ」
大和はラースの頭を撫で回すと、先へと進む。
そして振り返らずに手をあげた。
「じゃあな。また一緒に娼館巡りしよう。……何かあった時は遠慮なく言えよ」
遠くなっていくその背に、ラースは深く頭を下げた。
瞳に溜まった涙が、静かに地面に落ちていった。
◆◆
大和は種族や立場で他者を差別しない。
大嫌いなのだ、そういうのが。
東洋で栄華を誇っていた大王朝の第一皇子として生まれ、しかし人智を逸脱した力のせいで畏れられた。
両方味わったのだ。
立場による孤独感と種族による疎外感。
だからこそ差別を嫌う。
正義感などではない、単純に気に食わないのだ。
強い奴は強い、美しい奴は美しい。
大和は己の物差しで世界を計っていた。
ゆるりゆるりと中央区を抜けて、到着したのは東区の端っこ側。
此処は大和が己の専属鍛冶師のために買い取った土地だ。
今夜は武具の新調の報せを聞いてやって来た。
彼女は既に仕事を終わらせているのだろう、何時もの鍛冶の音は聞こえない。
大和が古びた戸を叩くと、無愛想な女の声が聞こえてきた。
「入っていいぞ」
「おう」
戸を開けると、如何にも鍛冶師といった出で立ちの美女がいた。
筋肉質ながらも女性らしいメリハリのとれた肢体、整った顔立ち。こんがり焼けた褐色肌に結われた紫色の髪。
そして、額に開いた第三の目。
世界最高の鍛冶師の一角、
大和は彼女に笑いかける。
「何時も武具の新調ありがとな。また進化したのか?」
「ああ。もっと頑丈に、更に殺傷力を高くしておいた。手にも馴染む筈だ」
「でもよお、前に造って貰った奴らはまだ壊れてねぇし、当分は大丈夫だぜ?」
「いいや駄目だ、全部取り替えろ。全部だ」
「へいへい、ったく」
「お前には常に最高の状態でいて欲しいんだよ」
唇を尖らせる村正を見て、大和は柔らかい笑みをこぼす。
そして告げた。
「何時も本当にありがとうな。金は何時ものところに振り込んでおく。他にして欲しいことはないか?」
「…………そ、そうだな」
村正が第三の瞳を泳がせたので、大和は首を傾げる。
「どうした? 何かあるのか?」
「…………まぁ」
「遠慮なく言え、俺とお前の仲だ。できる限りの事はするぜ」
「…………うん、その、あれだ」
村正は無愛想な面を朱に染めると、上擦った声で告げる。
「……昔みたいに、頭を撫でて貰いたいなって……」
本当に恥ずかしそうに言うものなので、大和は表情が緩むのを抑えられなかった。
そのまま村正の頭を優しく撫でる。
「これでいいのか?」
「あと……ぎゅって抱き締めてくれると、嬉しい……」
「御安いご用で」
筋肉質ながらも細いその肢体を抱き寄せ、慈しむ大和。
村正は本当に嬉しそうに目を閉じていた。
彼女は大好きな男のために鍛冶師になった、不器用な女の子だった。
大和は彼女の事を心の底から愛していた。
頬にキスをされ、村正はくすぐったそうに身を捩らせる。
かの死神の女王が言った様に、彼は殺した数以上に誰かを救っているのかもしれない。
完璧ではない、むしろとことん人間臭いその人柄は好き嫌いをハッキリさせる。
が、それが大和の魅力だった。
飼い猫の様に喉をならす村正を、大和は長い時間甘やかした。
《完》