翌朝、陽炎学園の生徒会室には三名の女子生徒が集っていた。
二名は浮かれた様子だった。
着崩された制服から滲み出る色香は凄まじい。
彼女達の様子を確認し、もう一名の美少女は苦笑した。
「骨抜きにされたか?」
「あっ……いえ、その……なははーっ♪」
「面目ない……」
二名とも顔を真っ赤にする。
三年生のアイドル達が骨抜きにされたとあっては、男子達が黙っていないだろう。
それが噂の留学生なら尚の事である。
しかし生徒会長……
むしろ当然の事だと肯定している。
猛禽類を連想させる紫色の双眸。腰まで伸ばされた漆黒の長髪。太めの眉が意思を強さを物語っている。
二名以上のダイナマイトボディを誇る彼女は学園の頂点に君臨している女傑。
退魔剣士の家系「四条家」のお嬢様だ。
彼女は呆れ混じりに告げる。
「お前達が優秀なのは知っている。幼馴染みであり、頼れる従者達だからな」
だから、そう言って紫は鋭すぎる双眸を細めた。
「喧嘩を売る相手を間違えるな。あの御方は暗黒のメシア……世界最強の武術家だぞ」
「いや~っ、似てるだけの別人かと思って……」
「姫様の言う通りだった。凄まじい女誑し……噂以上」
二名は昨夜の出来事を思い出し、身体を震わせる。
紫はやれやれと肩を竦めると、打って変わって獰猛な笑みを浮かべた。
「しかし、またとない機会だ。私も挑んでみるとしよう」
愛刀を携え部屋を出ていこうとする紫を、二名は慌てて止める。
「待ってください姫! アイツは本物です! 絶対勝てません!」
「……姫様も食べられちゃう」
二名の心からの忠告に、しかし紫は笑ってみせる。
「案ずるな、挨拶をしに行くだけだ。私流の……な」
◆◆
昼休み、大和は教室で昼食をとっていた。
「はい、大和様♪ あーん♪」
内容は牡丹の手作り弁当。しかも「あーん」付き。
男子達は血涙を流していた。
しかし何も言えない。先日、こてんぱんに叩きのめされたからだ。
男というのは単純な生き物であり、腕力の強さを見せつけられると何も言えなくなる。
これ以上惨めを晒さぬよう努めているが、それでも憎悪の念は隠しきれないでいた。
一方、女子達は大和に興味津々といった様子だった。
隙あらば……と瞳を潤ませている。
当の本人は呑気に昼食を楽しんでいた。
牡丹の手作り弁当に舌鼓を打っている。
「美味ぇぞ牡丹、特に唐揚げが一品だな」
「えへへー♪ これでも料理得意なんです♪」
牡丹は嬉しそうに笑いながら、チラリと百合を確認する。
「その手があったか」と本当に悔しそうにしていた。
牡丹は内心ほくそ笑む。
(百合ちゃんには悪いけど、私も大和様大好きだから手加減しないよ? 百合ちゃんは咄嗟な魅力半端ないから、私はコツコツと好感度を上げていきます♪)
悪女の才能を発揮しつつある牡丹。
百合は悔しがりつつも、「明日こそは……」と計画を練っていた。
混沌としている教室内。
他のクラスから見物人がやって来ている中、唐突に廊下のほうが騒がしくなった。
騒動が近づいてきている事に気付いた大和はゆっくりと振り向く。
見目麗しい美女が教室に入ってきた。
太い眉を動かさず、しかしダイナマイトボディを揺らして歩いて来る。
クラスメイト一同に加え、百合や牡丹も驚いていた。
しかし大和は軽い調子で問う。
「なんのようだ、生徒会長殿」
「私は貴方の素性を知っている。故に、今から行う非礼の数々を許していただきたい」
「…………」
大和は灰色の三泊眼を細めた。
灯った冷たい輝きに竦みそうになりながらも、生徒会長──四条紫は告げる。
「貴方に決闘の申し込みたい」
「…………ふぅん」
大和は百合と牡丹を離れさせると、紫に身体を向ける。
そして苦笑した。
「……馬鹿じゃあなさそうだが、一応言っておくぜ。決闘をしたってお前にメリットはねぇ」
「ありますとも、私にはメリットがある」
「…………」
大和はフムと顎を擦ると、ゆっくりと立ち上がる。
そして意地悪く笑った。
「いいぜ、俺にもメリットがある。でも、負けたらどうなるか……わかってるよな?」
「無論。しかしタダで負けるつもりはありません、全身全霊をかけさせていただきます」
「ククッ……いいぜ、やろう。場所は何処がいい?」
「校舎の中央に広場があります。そこでしましょう」
踵を返した紫に、大和は付いていく。
生徒達はいてもたってもいられず教室を出ていった。
それは、百合と牡丹も同じだった。
◆◆
広場には全校生徒の殆どが集っていた。
教員達も目を光らせている。
何故なら、学園最強の生徒と噂の留学生が決闘を始めるからだ。
生徒達の殆どは生徒会長の勝利を信じて疑わなかった。四条家は日本でも有数の退魔剣士の家系。柳生との親睦も深い。
その宗家出身である彼女は才能も経験も、生徒の範疇を越えている。
しかし百合や牡丹、各勢力のスパイ達は全く逆の思いを抱いていた。
相手にならない。若返ったとしても大和は大和だ。伝承に出てくる鬼神や魔王を軽く捻り潰してしまう怪物……
退魔剣士「程度」が勝てる筈もない。
百合達は勝敗よりも、今後の展開について心配していた。
紫が愛刀を抜き放ち、名乗りをあげる。
「四条紫、四条宗家の退魔剣士」
それに対し、大和は笑いながら返す。
「大和だ。いざ尋常に」
そう言って懐から取り出したのは──定規だった。
30㎝物差しである。
これには紫も周囲の者達も唖然とした。
我に返った紫はその太い眉をひそめる。
「……愚弄するか、私の事を」
「ほざくな青二才。俺の実力を知ってんだろう? ハンデだ」
「…………っ」
紫はグッと激情を飲み込み、愛刀を携えた。
基本の型から忠実に、一切手加減なく斬撃を放つ。
それに対し、大和は鼻で笑いながら定規を振るった。
◆◆
野次馬達は唖然とするしかなかった。
紫の衣服ごと、背後にあった時計塔が切り刻まれたからだ。
壮絶な音を立てて崩れ落ちていく時計塔。
高層ビルとまではいかないが、巨大な建造物が倒壊した衝撃は凄まじい。
広場にまで風圧が行き届いた。
生徒達は何が起こったのかわからないでいた。
百合や牡丹、スパイ達でも詳しい内容は把握できていない。
ただ、わかることと言えば──
斬ったのだ、30センチ物差しで。時計塔を。
出鱈目ここに極まれり。
膝を付く紫を見下ろし、大和は告げる。
「俺くらいの武術家になれば定規も魔剣に変えられる。……思い知ったか?」
圧倒的実力差。
紫は負けを認めるしかなかった。
「完敗です……やはり次元が違いましたか」
「クククッ」
大和は紫に上着をかけてやると、お姫様抱っこする。
「さぁて、約束の報酬だ。……その身で払え」
「……フフフ、いいでしょう。しかしあまり甘く見ないでほしい。私はそこまで軽い女ではない」
精一杯強がってみせる紫に、大和は艶やかな笑みを向けた。
「そういう風に強がる女を、俺は全員骨抜きにしてきた」
「っ」
「従者の二人も連れてこい。でないと満足できねぇ」
「……本当に、噂通りの益荒男なのだな。貴方は」
耳まで真っ赤にし、紫は大和の厚い胸板を撫であげた。
その夜、女子寮から悲鳴にも似た喘ぎ声が途絶えなかったという。
しかも同室から複数名の声が聞こえてきたので、女子達は驚愕すると同時に身震いした。
これを機に、学園の勢力図は一気に瓦解することとなる。
そして、各国のスパイ達の動きは──