『異端審問会、特別捜査官のメモ帳の一部を抜擢』
暗黒のメシアの突然の来訪。
この事態、私なり対応しようとしたが、やはり無駄だった。
一日目にしてあの荒れ様、私個人ではどうすることもできない。
学園の混沌化は最早止められないだろう。
既に三日が経とうとしている。
私は、今現在判明している事をここに記載していこうと思う。
まず何故奴が……大和がこの陽炎学園に現れたのか。
やはりというべきか、総理大臣、大黒谷努が絡んでいた。
彼は敢えて大和を在学させ、学園の混沌化を計ったのだ。
大和に触発される超越者の卵たりえる存在を拾い上げるために──
しかし、この学園はまだ歴史が浅い。
案の定、生徒達は大和に付いていけず影響以前の問題となっていた。
奴を畏れ、呑み込まれている。
学園全体の調和が崩れるのも時間の問題だろう。
しかし、一度この調和を崩す事こそ大黒谷努の真の目論みなのかもしれない。
土壌を耕すように、敢えて一度掻き乱す──
真実は定かではない。
全ては憶測の域を出ない。
だが、一つだけわかったことがある。
あの男、大和は他者の成長を極端に促す。
そこに在るだけで、周囲の者達に何らかの影響を及ぼす。
我等の組織の死神部隊に所属している女──サイスの急成長ぶりがその証明だ。
暗黒のメシア──奴がそう呼ばれる理由の一端を、私は垣間見た気がする。
ここで一端、ペンを置こうと思う。
1日ごとに書き綴っているこの日記を後に清書し、本部へと提出する予定だ。
……あまり、良い内容ではなくなる事を予期している。
余談だが、この些細な情報を引き出すために私は奴に身体を売った。
任務だからと割り切っているが……色々危なくなってきている。
理性と本能がせめぎ合っているのだ。
できれば、早期の内にこの任務を切り上げたい。
◆◆
陽炎学園の勢力図がガラリと変わった。
それもこれも、全て大和のせいである。
一日目にしてその存在感を知らしめ、二日目には学園最強の生徒会長を下した。
三日目には所構わず決闘をふっかけてきた輩を蹴散らし、そうして今に至る。
四日目──最早学園は大和の思うがままの箱庭と化していた。
その腕力に抗える者はおらず、男子達は皆彼を畏れている。
その色気は凄絶であり、女子達は夢中になっていた。
そして、この日を境に大和が暗黒のメシアだとバレてしまい、学園の調和は完全に崩壊。
神仏すら恐れ慄く無敵の殺し屋相手に、何をしようとする輩はいない。
学園内は怯えた兎達で溢れ返っていた。
そう、一部の女子達を除いては──
「……♪」
百合はポニーテールを揺らしながら、上機嫌に階段を上っていた。
その手には手作り弁当がぶら下がっている。
隣を歩いている牡丹はニヤニヤと笑っていた。
「百合ちゃんの手作り弁当を食べられるなんて、大和様も幸せ者ね! 他の男子達が泣いちゃうかも!」
「……ふんっ」
鼻を鳴らしながらも、手作り弁当を大切そうに抱える百合。
牡丹は打って変わって挑発的な笑みを浮かべた。
「ふふふ! でも負けないよ! 私、今日もお弁当作ってきたんだから! どっちのお弁当が大和様に気に入って貰えるか……勝負しようよ百合ちゃん!」
「いいだろう、昨日は遅れを取ったが、今日はそうはいかない。これでも料理の腕には自信があるんだ」
「私もだよ! ……フフフ、負けないよ百合ちゃん!」
「ふふ」
共に笑いながら屋上を目指す。
しかし、屋上に続く扉の前まで来た百合が眉を曲げた。
既に先客がいることを悟ったからだ。
険しい表情で扉を開ける百合。
案の定、例の女達が大和に群がっていた。
「大和さぁん、今日暇ぁ? 陸上部に寄っていってよ。女子の皆興味津々なんだぁ♪」
「ずるい。大和さん、水泳部に寄っていって。歓迎する」
大和の逞しい腕に抱き付きながら甘い声を上げている女達。
陸上部部長兼、生徒会会計。
水泳部部長兼、生徒会書記。
杏奈はこんがり焼けた肌を惜しげもなく晒し大和を誘っている。
対して流衣が透き通った柔肌ごと豊満な乳房を覗かせ、大和に抱き付いていた。
睨み合いが始まると、大和の懐に収まっていた凛々しい美少女が睨みを効かせる。
「お前達、見苦しい真似はやめろ。大和様を困らせるな」
「「……はーい」」
むくれつつも言うことを聞く二人。
生徒会会長、
彼女達に対して、頭上に広がる蒼穹を眺めながら大和は囁く。
「夜には可愛がってやるんだ……今は大人しくしてろ」
「「「……はいっ♡」」」
三名とも蕩けた表情で頷く。
彼女達は完全に大和の虜になっていた。
大和は蒼穹に視線を向けたままだった。
百合と牡丹は不意に見惚れてしまう。
嫉妬すら忘れてしまうほど、その横顔が美しかったからだ。
何を思っているのか……明確にはわからない。
だが──何処か嬉しそうに見えた。
経験したこともない青春を、噛み締めているように見えた。
百合は思わず叫ぶ。
「大和っ!」
その焦った声を聞いて、大和はふわりと笑い返した。
「おう、来たか。一緒に弁当を食べよう。今回は俺も作ってきたんだ」
「「…………」」
その透き通った声を聞いて、百合と牡丹は顔を見合わせる。
そして頬を緩めた。
大和の新しい一面を見れて、嬉しくなったのだ。
嵐の様な激しさしか見てこれなかった二名は嬉しさのあまり、小走りで大和に駆け寄る。
大和は誰にも聞こえない小声で囁いた。
「努ちゃん、ありがとうよ。……色々楽しめたぜ」
灰色の三白眼が蒼穹を映し出す。
歪ながらも、青春というものを味わえた。
大和は満足していた。
《完》