Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第三十章「英霊伝」
一話「羅刹と英雄」


 

 

 

 魔界都市の朝は静寂に包まれている。

 視界も定まらないほどの濃霧に覆われ、強力な魑魅魍魎が跋扈するからだ。

 その中には邪神の奉仕種族も混ざっており、この時間帯は力を持つ者でも外出を控える傾向にある。

 

 魔界都市の朝は逢魔が時。

 比較的安全地帯である中央区ですら危険度は最高値にまで跳ね上がる。

 故に住民達は深い眠りにつき、安全な夜を待つ。

 

 魔界都市を代表する殺し屋、大和も早朝は自宅でのんびりと過ごしていた。

 

 彼にとっては快適な時間帯である。己を狙う殺し屋の数が減り、騒がしさが無い。

 自宅で煙草を吹かしながら、のんびりと新聞を読むことができる。

 

 大和はラフな浴衣姿で寝転んでいた。

 ラム酒を瓶ごと呷り一息つく。

 そうしてゆっくりと新聞を読み進める。

 

 最後まで読み終わり、彼は一度大きく身体を伸ばした。

 依頼手帳と女手帳を覗いて、今日の予定が無いことを確認する。

 最後に時計を見て良い頃合いだとわかれば、立ちあがり布団を敷く準備をはじめた。

 

 と、そんな時である。玄関から凄絶な「美」の気配を感じ取ったのは。

 同時にインターホンが鳴り響く。

 大和は玄関の前にいる存在を察し、怪訝な面持ちで足を運んだ。

 

 玄関扉を開けると、稲穂色の金髪と共に狐耳がひょこりと動いた。

 

 大和は視線を下ろす。

 眼下に絶世の美少女がいた。

 

 真紅の双眸は淑やかな光を灯し、白磁の如き柔肌は見るだけで柔らかさを確信させる。

 羽織っている羽織は豪華絢爛でありながら嫌味を感じさせない。

 

 むしろ、彼女の美貌を妨げていた。

 

 整い過ぎた顔立ちは最早言葉にできない。

 あのアラクネさえも超える神域の美貌は人類では到達できない境地に達している。

 

 先端の白い九本の狐尾が揺れる。

 彼女は大和を見上げると、頭に生やした狐耳を「みこん!」と立てた。

 

「大和様~!」

 

 勢いよく抱きつく美少女。

 極限の美が薄れ、代わりに無垢な幼さが露わになった。

 

 大和は呆れ混じりに問う。

 

「こんな時間になんの用だ? 万葉(かずは)

 

 世界一の傾城街、東区。

 そこのトップを務めている魔女。

 

『白面絢爛九尾狐』『妖仙』『傾世の魔女』『魑魅魍魎の主』

 

 嘗て数多くの王朝、大国を滅亡させた稀代の大化生。

 伝承で有名な九尾の狐、その人である。

 

 デスシティを代表する妖魔王は、大和の腹筋にスリスリと頬を寄せていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和にその美髪をすいてもらいながら、万葉は上機嫌にしていた。

 九本の尾をふりふりと揺らしている。

 膝上に乗る彼女を適当に可愛がりながら、大和は聞いた。

 

「こんな朝っぱらからなんの用だ、万葉」

「ふふふ♪ 大和様に会いに来た、という理由だけでは駄目かのぅ?」

「別にいいけどよ。それならこんな時間帯には来ねぇだろう。依頼か?」

「さっすが大和様、話が早い♪」

 

 万葉は大和の胸板に寄りかかりながら視線をあげる。

 

「インドの羅刹族の残党を妾と共に討ち取って欲しいのじゃ」

「ほぉ……羅刹族ねぇ。懐かしい名前が出てきたもんだ。詳しく聞かせろ」

「うむ。妾が大昔にインドで暴れ回っていたのは知っておろう?」

「そりゃあな。史実にも影響を及ぼしたくらいだ。あん時のお前は美しくも残酷だった」

「ふふふ♪ 大和様好みのイイ女じゃったろう?」

 

 妖艶に笑われ、大和は喉を鳴らした。

 

「俺を振り向かせたいから三国を滅ぼしたのか?」

「無論。貴方様の寵愛を少しでも授かれるのであれば、億の命など安いもの」

「悪女だなぁ、お前は」

「大和様には言われたくないわい♪」

 

 九本の尾で大和の身体を絡めとり、甘えはじめる万葉。

 この可憐な美少女が嘗てインド、中国、日本で悪逆の限りを尽くした妖魔王だと誰が思おうか……

 しかし、その『傾世』と謳われる美貌は未だ隠されたまま。

 これが解放されると共にわかる。

 彼女の化生としての本質が──

 

 大和は彼女をモフモフしながら聞く。

 

「で? 何で今更になって羅刹族が出てきた? 理由はわかるのか?」

「それは妾の方で探る。大和様には被害を出している羅刹族を全員ぶっ殺して欲しいのじゃ。大和様は殺し屋じゃからな。餅は餅屋じゃて」

「成る程」

「……妾の昔からの部下が随分と世話になっとるらしいからのぅ。あんの蛮族共め。根絶やしにしてくれる」

 

 滲み出る邪気は成る程、大化生のそれだ。

 しかし大和はやれやれと肩を竦め、その頭を撫で回した。

 

「心配すんな万葉、テメェの殺して欲しい奴は全員ぶっ殺してやる。まぁ、報酬は貰うがな」

 

 だから──そう言って微笑む。

 

「テメェはそのままでいろ。大化生としてのお前も好みだか──花魁のお前の方が好みだぜ」

 

 万葉は目を丸めた。

 次には花が咲いたように笑む。

 

「……ふふふ。やっぱり大好きじゃ、大和様。愛しておる」

 

 振り返り、立ち上がった万葉はそのまま桜色の唇を大和に重ねた。

 

 

 ◆◆

 

 

 所変わってインドの秘境。

 この森林地帯は「マンティアコアの住み処」とされ、原住民すら立ち入りを禁止されていた。

 

 その真実は温厚な妖魔達の隠れ家。

 インド神話群が正式に認めた自治区である。

 

 高度な結界で守られたこの森に部外者が侵入することは殆どない。

 最近になるまで不穏な空気が漂うことは無かった。

 

 神気が満ちる熱帯林を、大和は万葉を抱えながら歩いている。

 

「野性動物の殆どが怯えてやがる……血の臭いもするし、羅刹族が出没してるって情報はマジみてぇだな」

 

 羅刹族は武勇に長けたインド特有の神族である。

 別名「ラークシャサ」「ラクササ」。

 夜叉族と並ぶインド神群の敵対勢力であり、生まれながらに戦うことに長けた戦闘民族。

 

 根源的には鬼や妖魔に近いが、その本質は神仏。

 故に下級の者達ですらAクラスの戦闘力を誇る。

 

 万葉は呟く。

 

「まぁ、中級以上の羅刹はランカ島に封印され、今暴れてるのは下級……雑兵共なのじゃが」

「つっても羅刹は羅刹だ。だから俺を呼んだんだろう?」

「無論、大和様はあの羅刹王ラーヴァナを封印した真の英雄、神代の豪傑じゃ。貴方様がいれば千人力よ♪」

「ったく、おだて上手め」

 

 狐耳ごと頭を撫でられ、万葉は気持ち良さそうに目を細めた。

 

「で、本当の理由は?」

「さぁ、なんのことやら」

「誤魔化すな、下級の羅刹なんざお前一人でどうにかなるだろう。何故俺を呼んだ」

「……言わなきゃ駄目かのぅ?」

「正直に言ったら頬にキスしてやる」

「ああんっ、それはズルい! ズルいのじゃぁ!」

 

 万葉は喚くと、頬を朱に染める。

 

「その……大和様と二人きりになれる機会など滅多になかろう?」

「……」

「大和様は魅力的すぎる男故、何をしても周囲に女が群がる。でも……妾が一番大和様を愛しておるんじゃ! じゃから……!」

 

 言い終える前に、大和は彼女の頬にキスをした。

 そして微笑む。

 

「ありがとうな。そんなに俺を愛してくれて」

「……当たり前じゃ。世界で一番、愛しているっ」

 

 万葉は大和の唇を奪う。

 二名の関係は太古に遡り、その絆はアラクネにも劣らない。

 

 甘い時間が流れていく。

 最中、風が切り裂かれた。

 迫ってくる鋼鉄の(やじり)を大和は指二本で挟み込む。

 しかし梵天のマントラが込められた第二射は避けた。

 

 目の前の森林が抉られる。

 扇状1500メートルほどを消し飛ばした威力は、成程梵天の決戦兵器の疑似再現と嘯ける。

 

 最も、劣化版も甚だしいが──

 

 大和は静かに、されど殺意のこもった視線を彼方に向けた。

 

 燃え盛るような紅蓮色の髪。

 バラ色の瞳には並々ならぬ敵意を迸らせている。

 太陽神の加護を賜った衣服に身を包んだ美男子……にも見える美女は、凛々しい声音で告げた。

 

「何奴か!! ここはデーヴァ神族の庇護下にある聖域、心優しき妖魔達の安住の地である!! 所属と目的を言え!! さもなくば神々の加護を賜った鏃が貴様らを穿つ!!」

 

 彼女の手中で輝く黄金色の弓──神々の武具だ。

 それも最上級の一品である。

 

 サルンガの弓矢。

 

 調和神の弓に太陽神の矢。

 更に梵天神のマントラ。

 ここまでくれば、行きつくのはインドが誇る最優の英雄。

 理想的君主の代名詞。

 

 ラーマ。

 

 その子孫である彼女は、一切の油断なく大和達に狙いを定めていた。

 

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