北区はギャンブラーの楽園だ。
大小様々なカジノが看板を掲げている。
ネオンサイトの輝きは中心地より強く、大通りを闊歩する者達は活き活きとしていた。
世界中のゲーム、賭博を楽しめるこの場所は、デスシティの住民からも愛されている。
一日で動く金額の総量は中心地より上。
理由は客人達の多くが表世界から来た大富豪だからだ。
デスシティに「法律」という概念は存在しない。
民間警察もいない。
故に、何も気にせず娯楽に耽る事ができる。
富豪達は表世界で溜まった鬱憤を此処で晴らしていた。
カジノ以外の商いも富豪達のニーズに答えている。
中でもカジノの次に人気なのが、奴隷市場だった。
日夜、世界中から美女美少女が入荷される。
彼女達は強固な魔術拘束を施され、人権も剥奪されている。
競り落とした者は彼女等を苛め殺すも良し、犯して調教するも良し、部下達の慰め物にするも良し。
富豪達にとって、彼女達は便利な道具であり良質な玩具だった。
男性の奴隷も存在する。
容姿種族まで、多種多様な奴隷達が日々市場に並べられる。
デスシティ北区──
ここは貧富の差が最も顕著に出る場所だった。
とあるカジノにて。
店内から褐色肌の美丈夫が出てきた。
真紅のマントをはためかせ、灰色の三白眼を輝かせている。
店の前に居たバニーガール達は一様に彼に見惚れた。
「あァ……ッ」
「大和様……ッ」
恍惚とするバニーガール達。
客引きの仕事も忘れている彼女達に対し美丈夫──大和はウィンクをし、去って行く。
彼は歩きながら、凝り固まった首をグルグル回した。
「ふぅ、面白かったぜ。……金も稼げたし、やっぱり賭博は最高だな」
酒、煙草、セッ〇ス、賭博──
この男の趣味にまともなモノはない。
「人間の屑」「褐色肌の糞野郎」の二つ名は、この低俗な人間性から付いたものだった。
大和のスマホが鳴る。
彼は画面で名前を確認すると、迷う事なく応答した。
「もしもし」
『久しぶりだね。大和君』
「久々だな、努くん」
大和は親しみを込めてその名を呼ぶ。
電話の相手は
日本の首相──内閣総理大臣である。
内閣府の代表その人だ。
とんでもない権力者である。
彼は野太い声でガラガラ笑った。
『君くらいだよ。私をくん付けで呼んでくれるのは』
「一緒に女漁りした仲じゃねぇの」
『嫌いじゃないよ。君のそういうフレンドリーなところは』
電話越しに分厚い唇を歪める努。
少し丸いが彫の深い顔立ち。太い眉に短い鼻。
腹は出ているが、鍛えられた胸筋と腕筋は中々のもの。
まるで歴戦の相撲取りだ。
大和は彼に用件を聞く。
「で、何の用だ? まさか世間話をするために電話してきたんじゃあねぇだろう?」
『察しが良いね』
「依頼か? 誰を殺して欲しい」
『早まらないでくれ。今回は依頼じゃあ無い。伝えたい事があるんだ』
「何だ?」
『私の管轄下の人間が不穏な動きをしている。なんでも、君の命を狙っているらしい』
「表世界の殺し屋だったら楽なんだけどな。この都市に入った瞬間死んでくれる」
クツクツと喉を鳴らす大和。
努は忠告する。
『油断は禁物だよ。デスシティの殺し屋を雇う可能性だってある』
「何?」
『確証は無い。今部下に探らせているところだ。しかし、用心に越した事は無いだろう?』
「わざわざサンキューな」
『君は良きビジネスパートナーだ。当然だよ』
努はそう言いながら、ベッドの上で腰を揺する。
眼下で喘ぐ美女。
尻を鷲掴まれ、いやらしい嬌声を一層高めた。
大和は色々察し、肩を竦める。
「でもよォ努くん。こんな回りくどい真似せずに俺に頼んだらどうだ? 馬鹿な部下を殺してくれって。こちとら無法者だ、政治家だろうが殺せるぜ?」
『私達の問題だ、私達で解決するよ。この程度の問題を一々君に任せていてはキリが無いからね』
「おーけーおーけー」
努の言い分もわかるので、鷹揚に頷く大和。
そんな彼の視界に、とびきりの美女が映った。
獣人族の女。
頭の上から狼耳がひょっこり生えている。
童顔ながらも可憐な顔立ち。
ショートに整えられた黒髪はよく手入れされている。
服装はTシャツにホットパンツというラフなスタイル。
ボーイッシュな容姿だが、豊満な肉付きをしていた。
彼女は満面の笑みで大和に駆け寄ると、その腕に抱きつく。
ホットパンツから出ている尻尾がブンブン振られていた。
大和は三白眼を丸めた後、スマホを離して彼女に聞く。
「え? お前誰?」
美女は固まった。
その後、頬をハムスターの様に膨らませ、大和の足を踏みつける。
次に声を出そうとしたその唇に、大和は指を当てた。
そして電話を指す。
電話中だ。後にしろ。
言外にそう告げていた。
美女はもう一度頬を膨らませると、大和のすねを蹴る。
大和は鬱陶しいとばかりに視線を逸らした。
「ああ、悪ぃな努くん。ちょっと絡まれてよぉ」
『君がかい? 珍しい事もあるものだ』
「まぁな」
大和は狼女の頭を乱雑に撫でる。
耳ごとモフモフされるも、彼女はまんざらでもない様子だった。
その証拠に口元がニヤけている。
『話を戻そう。私達の問題は私達で解決する。もしも君にとばっちりが来た場合、悪いが君のほうで解決してくれないか?』
「本来なら慰謝料でも請求したいところだが……努くんは大事な顧客だ。いいぜ」
『ありがとう』
大和は懸念している事を努に聞く。
「だが大丈夫か? 問題の発端はデスシティに関わってる可能性があるんだろう? 他にもデスシティの住民が絡んでる可能性が高いぜ」
『大丈夫さ。私も数十名ほど雇っている』
「さっすが」
『だが、やはりその都市で起こっている問題には関与できないんだ。何せ総理大臣だからね』
努の言い草に、大和は吹き出す様に嘲笑した。
「それでも週一でここに遊びに来てるんだろう? ええ?」
『ハッハッハ。プライベートと仕事は別さ』
「いい建前だな」
『建前は重要だ。そして、こんな馬鹿みたいな建前を平気で呟ける今の環境を、私は何よりも愛している。だからこそだ。私は邪魔者に一切容赦しない。例え小さな芽であろうと、雑草であればすぐに摘む』
「金、女、権力。全て思いのままだもんな」
『んー、もう少しオブラートに包んで欲しいな』
互いに笑い合う。
不意に、大和は腹部に違和感を感じた。
見下ろすと、狼女が己の衣服をはだけさせていた。
彼女は舌なめずりしながら作業に没頭している。
害は無さそうなので、大和は無視した。
狼女の手は止まらない。
大和の浴衣をどんどん崩してゆく。
浴衣が緩み、大和の腹部が露わになった。
狼女は表情を蕩けさせ、熱い熱い溜息を吐く。
見事な腹筋だった。
無駄な肉は筋肉すらも削ぎ落され、実用性のある肉のみが残っている。
くっきり八つに割れた筋。体格の割に細いウエスト。
機能美を極限まで追求した、筋肉のあるべき姿。
あまりの美しさに、狼女は思わず涎を垂らした。
そんな彼女を見て、大和は思わず苦笑する。
(アー思い出した。コイツ、筋肉フェチの傭兵狼女だ)
過去に何度かセッ○スした仲だった。
『大和君?』
「ああ悪い、他の所に目がいっちまってよ」
『では、もうそろそろ通話を終えようか』
「おう。そっちは真っ最中なんだろう?」
『ああ、やっぱりわかるかい?』
「そりゃぁ、女の声がな」
『ハッハッハ』
大和は笑いながら、再度下を覗く。
狼女は脇腹にある刀傷に釘付けになっていた。
大和の肉体には大小様々な傷跡が奔っている
中でも脇腹の刀傷はクッキリと残っていた。
狼女はソレを指でなぞる。
耳がツンと立った。
次にゆっくりと舌を這わせる。
唾液のヌメリとした感覚に、大和は背筋を震わせた。
「……じゃあ努くん。また今度電話するわ」
『わかった。そうだ、今度一緒に女漁りをしないか? 今の愛人には飽きてしまってね』
「その内な」
『君も、その都市も、僕は大好きだよ。総理大臣としてでは無く個人的に、ね。では──』
通話が切れる。
大和は、刀傷にむしゃぶりつく狼女の頭を撫でた。
狼女は驚くが、すぐに表情をだらしなくする。
「やけに積極的だな……発情期か?」
間を置いて、コクリと頷く狼女。
彼女は情欲に濡れた瞳で大和を見上げていた。
大和は唇を歪める。
「……筋肉フェチの馬鹿女が。近くのホテルにいくぞ」
「!!」
「イイ声で喘がせてやる」
「~ッッ♡♡」
狼女は嬉しさの余りジャンプして大和に抱きつく。
大和は彼女をお姫様抱っこすると、近くのホテルへ足を向けた。