褐色肌の体躯は神仏すら恐れ慄く超暴力の体現。
灰色の三白眼、その奥に揺らめく殺意は人類の
暗黒のメシアは戦場の空気を目一杯吸い込んだ。
そして大きく息を吐き、傍に居た帝釈天に告げる。
「五分で終わらす。……それまで持ちこたえろ」
「ッ」
帝釈天は息を飲んだ。
大和は両手に薙刀と十文字槍を携え、深く身を屈める。
帝釈天は戦場に存在する全ての味方に叫んだ。
焦燥に駆られるままに──
「お前達!! 前線を空けろ!! コイツはマジだ!! ……マジで五分で終わらせる!!」
戦慄、奔る。
刹那、莫大過ぎる真紅の闘気が解放された。
あらゆる権能・性質・能力・術式・魔法を無効化する闘気術。
まずは羅刹王ラーヴァナと維持神ヴィシュヌの権能が無効化される。
それによって前線に出ている羅刹と武神達が加護を失った。
「フハハハハ!! 刮目せよ神仏ども!! 奴こそ暴力の権化!! 史上最強の益荒男だ!!」
神滅狼フェンリルが嬉々として叫ぶ。
大和は地面を粉砕し、駆けた。
始まる。
世界最強の暴力による蹂躙が──
◆◆
暴力──そう、ただの暴力だ。
酷く稚拙で、単純に過ぎる。
しかし、世界最強の武術家が振るえばどうなるのか──
一同は思い知る事となる。
暴力は、この階梯まで登り詰める事ができるのだ。
「クハハハハ!! ハーッハッハッハ!!」
駆ける、ただそれだけで特殊構造製の戦場が崩壊していく。
無量大数の三千大千世界がその規格外の運動エネルギーに耐えきれないのだ。
手中にある得物が振るわれれば、まるで紙屑の様に羅刹達が吹き飛んでいく。
武神達は渦中から逃げる事で精一杯だった。
暴虐星、破軍。
仙人達の間で囁かれている大和の二つ名である。
駆けている。ただ真っ直ぐに
眼前数多を蹴散らしながら──。
天下無双、古今独歩。
一騎当千、百戦練磨。
世界最強の武術家が齎す暴力は、ただただ規格外だった。
今まで優勢だった羅刹族が一気に劣勢に陥る。
天地が裂け、空前絶後の衝撃波が生まれる。
数十億からなる羅刹の軍勢が瓦解していく。
流石の七魔将、八天衆も慌てていた。
「フハハ!! 大和め!! この大馬鹿者が!! 久方ぶりに本気を出しおって!! いいぞもっとやれ!! インドの木偶どもに貴様の力を見せつけてやれぇ!!」
「フェンリル!! 引くぞ!! 俺達も巻き込まれる!!」
狂喜乱舞しているフェンリルを無理矢理引っ張って戦線離脱する牛魔王。
孫悟空も筋斗雲に乗って撤退していた。
「兄貴……っ」
愛しき兄貴分に思うところはあるが、己の立場を弁え現場を離れる。
その他の者も戦闘を一時中断、超暴力の渦から逃れていた。
一方、遠くから好敵手の姿を確認していた羅刹王は歓喜で打ち震えている。
「邪なる仙人よ……盟約の件についてだか」
震えるその言葉に、雅貴は口元を緩める。
「安心なされよ、盟約の内容は「神々と戦う際に控えて貰うこと」。暗黒のメシアは対象外だ」
「……!」
「行かれよ、そして存分に暴れてくるといい。……貴殿らにしか、あの男の相手は務まらない」
「……感謝するぞ、雅貴」
初めて雅貴の名を呼んだラーヴァナは、今か今かと命令を待っている最上位羅刹達に告げた。
「喜べ貴様ら!! 好敵手の登場だ!! 我等を縛るものは何もない!! ……存分に暴れてこい!! 長年の鬱屈を晴らす時ぞ!!」
「「「「「応!!!!」」」」」
嬉々として丘の上から飛び降りる戦士達。
ラーヴァナもまた、昂る気を抑えきれずに愛刀である超大剣を携えていた。
◆◆
大和は標的であるラーヴァナを遠くから見据えていた。
同時に悟る。
最上位の羅刹達が動いた事を……
思わず獰猛な笑みをこぼす。
「いいぜ……纏めてぶっ殺してやる」
大和はシンボルである真紅のマントを脱ぎ捨て、灰色の三白眼をドス黒く染め上げた。
静電気にも似た直感が八天衆と七魔将に奔る。
それは本能的な恐怖……意思を持つものならば必ず持つ、危機管理能力だった。
「まさか……!! 兄貴、それは駄目だ!!」
孫悟空が叫び、止めに行こうとする。
しかし可憐な声によって遮られた。
「お主に止める権利など無かろう、斉天大聖」
「!! ……お前はっ」
悟空の後ろにいたのは、見目麗しい狐耳の美少女だった。
「弟子としても女としても見限られた主が、あの方になんと言葉をかける? 何も無かろう。その口から出る言葉は全て軽い。……偽善者め、そこで大人しく見ておれ」
「……ッッ」
悟空は唇を噛み締める。
万葉はやれやれと肩を竦めると、一転して蕩けた笑みを浮かべた。
鬼神に変貌しつつある彼へ、慰めの言葉をかける。
「皆勘違いしておるのじゃ、貴方様が現状に満足していると──。誰よりも憤っておる。窮屈で、理不尽なこの世界に。……全力で暴力を振るえるこの機会、見逃す道理など無いよなぁ……大和様っ」
刹那、真紅の業雷が降り注ぐ。
莫大な水蒸気を撒き散らして現れたのは──本当の意味での怪物だった。
縦に避けた瞳孔、赤銅色に染まった褐色肌。
眉間には何十本もの皺が刻まれ、脈打つ血管は鼻の頭まで及んでいる。
髪紐が解け、艶やかだった黒髪が戦慄き上がる。
一回り膨張した筋肉によって上半身の衣服は弾け飛び、その身に刻まれた幾千の古傷が浮かび上がった。
五行の法則から成り立つ唯我独尊流、火の型。
「修羅転身」
その詳細は肉体の崩壊を抑えるためにかかっている脳のリミッターを解除し潜在能力を解放する、いわゆる「火事場の馬鹿力」だった。
人間は普段、二割ほどの力しか出せない。
余分な力で肉体や神経の損傷を防ぐためだ。
このリミッターを意図的に外すことが「修羅転身」の全容である。
日々、鍛練と実戦で限界まで身体を鍛え込んでいる大和はこの技を「ほぼ」ノーリスクで発動できた。
……考えてみてほしい。
普段から強敵達を腕力だけで蹴散らしている男が、その潜在能力を100パーセント引き出したら。
答えは、無敵。
『────────────ッッッッ!!!!!』
極大咆哮。
憤怒と憎悪を伴ったソレは無量大数の三千大千世界と共鳴し、一切合切を無に還す衝撃波となった。
特殊構造製の戦場が完全に崩壊し、ヴィシュヌが耐えきれずに気を失う。
すかさずシヴァとブラフマーがフォローに入ったが、それでも間に合わない。
八天衆、更には他勢力の創造神らが加勢し、なんとか戦場を保たせる。
危うく地球に余波が行き届き、太陽系ごと塵に還ってしまうところだった。
ただの咆哮でこれである。
今ので無量大数の三千大千世界が破壊された。
そんなのお構いなしに、大和は今の衝撃を耐えてみせた最上位羅刹達を睨み付ける。
『他のカス共は耐えられなかったみてぇだが……そうだよなぁ、テメェ等なら耐えるよなぁ。だったらコレだ……』
大和は右手を握り締める。
そして渾身の闘気を込め始めた。
七魔将の正宗とゼウスは瞠目する。
あの技は唯我独尊流、陽の型「
しかし前回の比ではない。
大和の拳に収束されていく闘気は輝きを伴い更に質量を上げていく。
それでも拳に収まりきれないオーラは戦場の半分を覆い尽くした。
大和は嗤う。
『マジで殴ったら世界がどうなるのか……試してみたかったんだ。今の俺がどんだけの階梯にいるのか……知るいい機会だ』
大和は大きく拳を振りかぶる。
肩、腰、足、のみならず全身の筋肉繊維、関節、骨格を引き絞る。
そうして溜まりに溜まった鬱憤と共に右拳を振り抜いた。
瞬間、世界が紅蓮色に包まれる。
目の前にいた最上位羅刹とラーヴァナはその光に飲みこまれていった。
七魔将の面々は思わず叫ぶ。
「オイオイオイ!! マジかよ!!?」
「まさかこれほどとは……」
「大和の馬鹿! 少しは手加減ってやつをね!」
「フフフ……やはり貴様は最強の男だ!! 大和!!」
流石の万葉も泣き叫んだ。
「大和さまぁぁん!! 鬱憤晴らしはいいのじゃが、これは流石にやり過ぎじゃぁぁぁぁぁ!!!!」
無量大数以上の三千大千世界を破壊し、行き着くのは無限のその先──
無限数の三千大千世界で構成された、未だ手付かずの世界。
虚無空間。
ここまで到達しても尚、紅蓮の閃光は止まらない。
無限数の虚無空間を破壊していく。
そうして辿り着く。
世界の最果て──終点へと。
無限数の虚無空間を内包した最上位の世界に、彼は踏み込んだのだ。
拳一つで。
『真極・天中殺』
あまりに規格外な威力に、インド勢力のみならず七魔将、万葉。更には邪神群の外なる神達が手を貸す。
世界の真理に到達した極限の一撃は、後の世に多大な影響を及ぼす事となった。
彼は、新たな「最強」の道を示したのだ。
当の本人はスッキリしたのだろう、ゲラゲラと笑っていた。
彼こそ幕引きの英雄──
デウス・エクス・マキナである。