villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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五話「甘酒と不穏な影」

 

 

 インド勢力と羅刹族の大戦争は、暗黒のメシアの暴力によって無理矢理収束した。

 神々を含めた世界中の強者達は強制終焉、幕引きの一撃の真の威力を目の当たりにしたのである。

 

 羅刹王ラーヴァナと最上位羅刹達は消滅こそ免れたものの、重症を負いあえなく封印された。

 しかし何名か、高名な羅刹が封印から逃れた。

 そちらは神々の方で捜索している。

 

 雅貴含めた七魔将は混乱に乗じて速やかに撤収。

 神々は追跡部隊を派遣したが、間もなく消息を絶ったため諦めた。

 

 大和と万葉もまた速やかに撤収。

 怒れる神々は同じく追跡部隊を派遣しようとしたが、八天衆に止められ渋々諦めた。

 

 こうして、インド神話を揺るがす大戦争は終わりを迎えたのである。

 

 

 ◆◆

 

 

 魔界都市デスシティは何時もの営みを繰り広げていた。

 夜に栄え、犯罪が横行し、大金が生まれ、欲望が満たされる。

 数多の悲哀、怨嗟を無かった事にするように七色のネオンは魔性の輝きを放っていた。

 

 所変わって裏路地のアパートの一室で。

 傾世の美貌を誇る魔女は暗黒のメシアの晩酌に付き添っていた。

 その逞しい腕に寄りかかり、深紅の盃に美酒を継ぎ足している。

 

「気に食わんのぅ……クシャナ、じゃったか。あの娘、いっぱしに女を気取りおって」

「ククク、確かに「今のお前」と比べると、可哀想になるな」

 

 苦笑する大和。

 カーテンから漏れた人工光に照らし出されたのは、恐怖を抱かせるほど美しい妖美姫であった。

 

 どのような美的感覚を持とうとも、彼女を美しいと思ってしまう。

 それほどまでの力がある。

 能力や技術ではない、彼女は美の概念そのものだった。

 

 容姿が十代から二十歳に変わるだけで、ここまで違うものか……

 ハイエルフや美の女神が霞んでしまう。

 隣にいる大和の魔性の色香すらも打ち消していた。

 

 まさしく美の極致──

 

 着崩した浴衣から鎖骨を覗かせ、しかし万葉は酷く不機嫌そうに告げる。

 

「あのような男も知らぬ生娘と比べないでくださいまし」

「比べてなんかいねぇさ。アイツもアイツで美しいが──比べる対象が悪すぎる」

「フフフ……貴方様の言葉は心地よい。嘘偽りがなく、透き通っておる」

 

 こてんと、その肩に頭を乗せる万葉。

 大和は微笑みながらその狐耳を撫で上げた。

 

 雄であれば金縛りにあってしまうほどの「美」。

 これを前にしても大和は平然としていた。

 

 理由は、見てきたからだ。

 万葉がこの境地に辿り着くまでの軌跡を。

 彼女も同じく見てきた。

 大和が暗黒のメシアと呼ばれるまでに辿った軌跡を──

 

 故に、二名の間に他者が割り込む余地はない。

 その絆は山より高く、海よりも深い。

 別格だった。

 

「……」

 

 大和は盃に揺蕩う水面を見つめている。

 何か思っているのだろう。

 万葉はやれやれと肩を竦めた。

 

「似ていたか? あの娘と、昔の妾が」

「……」

「そういう顔をしておった」

 

 悪戯っぽく笑う万葉に、大和は静かに頷いた。

 

「フフフ、そうか……ふぅむ、成る程」

 

 怒りはない。

 万葉は大和の下顎をすりすりと撫でる。

 

「妾にもあのような未熟な時期があった。故に思う……貴方様は変わらない。昔のままじゃ」

 

 万葉は遠い過去を振りかえる。

 

「変化の術もロクにできなかった妾を、当時の貴方様は可愛がってくれた。……嬉しかった、今でも鮮明に覚えておる。今の妾があるのは、貴方様のおかげじゃ」

「お前自身の努力の賜物だろう」

「努力しよう、そう思わせてくれたのは貴方様じゃ」

「……」

「振り向いてもらいたい、認めてもらいたい。そう思うて必死に努力していたら……フフフ、今や妖魔の王の一角じゃ」

「……」

 

 大和は微妙な表情をする。

 万葉は苦笑すると、空になった盃に美酒を継ぎ足した。

 そして優しく告げる。

 

「あの娘も一緒じゃ。貴方様に憧れ、努力しておる。じゃから……今度会った時は、可愛がってやってくれ」

 

 大和は目を丸めた。

 意外だったのだろう。

 

 万葉は彼の手を取る。

 そして細い指を絡めた。

 

「しかしそれはそれ、これはこれじゃ。今は貴方様を独占したい……妾だけを見てくれ」

 

 大和は微笑み、万葉の桜色の唇を奪う。

 浅いキスを終えた後、万葉は曙光の様な笑みをこぼした。

 

「愛しておるよ、大和様……これからも、ずっと」

 

 摩天楼の喧騒は遠く、二人の愛は更に深まるばかりだった。

 

 

 ◆◆

 

 

「八天衆の追跡をまいていただき、感謝の念に尽きません」

「いやなに、君が勧誘に乗ってくれたからだよ。これからは同士だ、よろしく頼むよ……インドラジット殿」

「それは通称です。本名はメーガナーダといいます」

「おっと失礼、そちらの名があまりにも有名なものでね。何せあのインドラを降した事がある羅刹族最強の戦士だ。神話を生きた者ならばその武勇、必ず知っている」

「それを言うなら貴女の悪名も大概でしょう……『解脱者』殿」

「今はシィナ・ミナクリスと名乗っている。故にシィナと気軽に呼んでくれ」

「ではシィナ殿、貴女が首領を務めるこの組織……テロ組織「リベリオン」でしたか? 最終的な目的は何ですか?」

「そんなものないよ」

 

「……は?」

 

「いいや、正確にはあるんだが……君には関係のない話だ」

「ほう」

「この組織は数多の種族で構成されている。まずは内部を見て回るといい。私の目論見が知りたいのなら、後で話そう」

「約束ですよ」

「ああ、約束だ。……君の働きに、これから期待しているよ」

「やるべきことはやりますよ」

 

 

「フフフ……然るべき時に知らしめようじゃないか、世界に。我々リベリオンの存在を」

 

 

 

《完》


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